第2話 村を焼いた日-2-
「アスハ、少し外に出てくるけどいい……?」
キッチンで夕食に使う野菜を選んでいたアスハに声を掛けると、アスハは眉を顰めて振り向いた。
「は? おまえ……」
茅峨の腫れた頬に目をやると、すぐに救急箱を持ってくる。
「またやられたのか」
「あはは」
「あははじゃないだろ、一人でウロウロしたら何されるか分かったもんじゃないのにまた出かけるって? 今は徴税の時期で皆気が立ってる。茅峨が歩けばその度に当たられるぞ」
「……犬も歩けば棒に当たる?」
「シャレにならねー」
アスハは茅峨の頬や手足の傷、汚れを水タオルで拭き消毒液を当て、傷テープを貼る。そして足の方にも目をやった。
「その足のテーピング、巻き直してやるから」
「……うん」
あの白衣の人が待っているとは思ったが、なんとなくアスハに甘えてしまった。
昨日の傷。気にしてはいないし先ほど痛くないと言ったものの、本当はまだ少し痛む。
アスハは優しい。
アスハの母であるユツカや他の村人がいる時は態度に出さないが、誰もいなければ食事も作ってくれるしこうやって世話を焼いてくれる。
「本当に行くのか? 気をつけろよ」
「少し道案内するだけだよ。すぐそこかもしれないし、もうこの時間ならあんまり人も出歩いてないから」
そう言って扉を開ける。
「じゃあ行ってくる」
「ああ……晩飯、おまえの好きなものだからな」
「えっほんと? ちゃんと帰ってくるから遅くなっても捨てないでね!」
当たり前だろ、と苦笑してアスハは茅峨を見送った。
ユツカを含め誰かが居る時に茅峨を庇うと、アスハまで虐げられる対象になる。だから茅峨もこれでいいと思っている。
「けどそれって偽善じゃね?お前のことが本当に大事なら、いつでもどこでもお前を庇ってくれるのが本当の優しさじゃねーのかよ」
――どこからか声が聞こえた気がした。
・
・
・
・
・
「お待たせしました!」
もしかしたら居なくなっているかもと茅峨は少し思いながら出向くと、白衣の男は特に場所も動かず何もせず立っていた。
先程は気づかなかったが足元に一つ鞄を置いている。荷物はそれだけの様だ。
「えっと、どちらに行きたいんですか?」
「あぁ。ウガノという洞だ」
「ウガノ……」
ネハラ村の近くにある洞。
近くにあるが特にそこがどうという場所でもなく、落盤などがあっても面倒という理由で村人は寄りつかない。
確か歴史調査で立地の確認がどうのと言っていたが、洞の方へ行きたいのならどうしてこの村の中腹にこの男はいたのだろう。
茅峨は行先を承諾し、男を案内するよう歩き出した。
「さっき三人で来たと言ってませんでしたっけ。他の人は……?」
「他の担当箇所へ行っている。私は、私の担当である洞へ向かおうとして、どういうわけかこの村に着いていた」
迷子? まぁ近くではあるからそこまでズレてはいないし、村周辺には行き先の立札もないから仕方がないとは言える。
「そうなんですね。だけどどうしてこんな村の中まで? 結構外側から入り込んでるけど……」
村の入り口まで歩きながら茅峨は訊ねた。
「それは周辺に人がいなかったからだ。方向を訊ねようとして人を探したが、私の姿を見ると何故か遠目に避けられるばかり……話せる者がいないかとうろついてしまった」
それは恐らく、この村の他者を排斥する方針が働いているからだとは思うが……しかし加えてこの男の風貌が原因だったのだろう。
長身でのったりとした雰囲気、肩口近くまである黒い髪は目元にも掛かっているし、黒い眼鏡。
一対一ではあまり関わりを起こしたくない雰囲気がある。
しかし村人達は「通常から逸脱しているもの」に攻撃的なので、この男がもしネハラに滞在するなどという場合があれば、きっと村中の人間が画策し、多数で時間をかけ精神的、物理的に追い出すことだろう。
そんなことを考えながら男の顔を見上げて、茅峨はふと訊ねる。
「あの、もうすぐ日も暮れるけど、その黒い眼鏡は取らないんですか? 暗くて見づらい気がして……」
「よく質問して来るな」
「!」
男にそう言われて咄嗟に口をつぐんだ。
村人以外の人、という存在に無意識に高揚していたのかもしれない。
普段なら絶対に自分からこんなにも話しかけない。
「す、すみません…」
「″お前の風貌は威圧感があるから」
「え?」
茅峨のしょげた顔と謝りを全く聞かずに男は続けた。
「官僚達や周囲の心象によくない。あとお前と並ぶと異性がずっとチラチラ見てくるのも鬱陶しいので目が光に弱いことにしてその眼鏡は昼夜外すな″……と同僚に言われている」
「えぇ……?」
思わずポカンとして男を見上げると男はすました顔をしており、冗談なのか本当なのか茅峨には判断つかなかった。
威圧感については確かに背丈はかなり高いが筋骨隆々というわけではないので、素顔の雰囲気が怖いのだろうか。
「異性が見て……えっと、もしかして俳優さんみたいな見た目、とか……?」
「さぁ。美醜の決め付けは人それぞれだが、確かにこちらに来てからやたらと視線を受けるのでそいつの言う通りに眼鏡をかけていたら……」
「いたら……?」
「眼鏡をかけていないと落ち着かなくなってしまった。なので周りに誰がいようがいまいがかけるようにしている」
は、はぁと茅峨は曖昧に返事をする。
最初に変な人だと思ったが、やはり少し変わった人かもしれない。
その眼鏡は特殊加工で、明暗や彩度に関しては問題なく見えているので気にするな、とのことだった。
そうして妙な雑談をしているうちに村の周辺を抜け、ウガノの洞の近くまでやってきた。
小さな林の入り口にぽっかりと存在を示す洞窟で、あまり大きくはないし変わった印象もない。
茅峨も村から出る時は買い出しくらいしかなく、洞の見た目は知っていても中に入った事はなかった。
「さて、私は洞の奥まで行く。お前は……」
「おっ俺も着いていっていいですか?」
こんなこと普段は頼まない。
これは興味本位だ。けれど今それを咎めて茅峨を殴ってくるような人はいない。
どうだろうか……という少しの不安を持ちながら茅峨は男を見上げる。黒眼鏡なので彼と目が合ってるかはあやしいが。
男は茅峨を少し見下ろし、こくりと頷いた。
「構わない。先行レポートでは特に悪い足場もないし、一般人が問題なく見て回れる洞だ」
「わ、やった」
「かと言って岩場なのは変わりない、あまりはしゃぎすぎないようにしろ」
「う、うん」
そんなやりとりをして二人は洞に入っていく。
男が灯した携帯ランプにより周囲はぽっと明るくなる。
入り口は小ぶりだったが進むにつれて徐々に足場が広くなり、五分も歩かない内に開けた所へと出た。
『ぶっちゃけさぁもう必要ないよね』
『でもでも賢者様が……』
『半永久的にされちゃってるからどうにもならないし』
『そのせいで孤立しちゃってかわいそう』
「……不思議な声がする」
「?」
茅峨の小さな一言に男は首を傾げる。
「あっいえ! なんでもないよ!」
咄嗟に誤魔化すと男は特に気にも留めず更に進んでいく。
その事が茅峨には有り難かった。
自然の声が聞こえる。
――いや、声、というと語弊はあるかもしれない。
空気や空、木々、それこそ地形などが発するエネルギーが話しているように感じる……という状態に近い。
茅峨自身もよく分からないが、「もうすぐ雨が降るよ」と空が言っているように感じるし、「日の光が嬉しいな」と木の葉が言っているような気になる。
実際にそれは雨が降るし、植物の成長の良し悪しも目で見て分かった。
この事を誰かに口にして説明した事は無いが、しかし「自然の声」と感じ取ってしまうせいでどうしても茅峨が相槌として独り言が口に出てしまい、それが村人に疎まれてしまった。
――あの村にいると、自分は疎まれてばかりだ。
「着いたぞ」
声が掛かり茅峨はハッと顔を上げる。
そこに建っていたものは赤い門のような、柱……のような……
茅峨の身長の三倍くらいはありそうな高さだ。
「鳥居か」
男が口にした単語は茅峨には分からなかったが、ひやりと冷たい空気に混じる澄んだ自然の声の方が気になった。
男のランプの灯りで明るさとしてはとても禍々しく見えるのだが、不思議と悪い気持ちではない。
しかし妙に圧迫感があった。
なんだか囲われてるような、守られているような……
男が鳥居と言ったそれには捻れた縄が一本張られ、そこに白い変わった形の紙が横に何枚も吊るされている。
風はないので動いてはいない。
男がなんともなしに真っ直ぐ鳥居を潜ったので茅峨もそれに習った。
奥には木造りの大きな建物があって、男が言うには本殿と言うらしい。
男はその本殿の前に立ち、装飾で掘られた木の引き戸を特に躊躇もなく両側にガラガラと音を立てて開けた。
『……』
『……!!』
『戻ってきた?』
『ぜんぜんちがうひと!』
周りの空気が何かぼそぼそと言っているが茅峨には分からない。
「え……え!? 勝手にいいんですか!?」
そして男はズカズカと中へ入っていく。
こんな厳かな雰囲気の建物に土足で入っていいものだろうか。
「いやよくない」
「よくないんですか!!?」
軽い男の言い分に茅峨は驚いて気持ち飛び上がる。
「そうじゃない、ここは神殿や祭壇を真似て神力を借りているだけの建物だ。本物の神殿に順序や許可も無く土足で上がっては駄目だ」
「う、うん……?」
「ここは何百年も前にどこぞの賢者が隠れ家にしていた記述がある。その力がこの地域一体を守っていたようだが……」
「けんじゃ……」
「その力は今の世の中重要ではない。ただ……」
男は木造りの床、壁や装飾、所謂神体が祀られているらしき祭壇を手で触れて確認する。
「豊穣の神、神の使いは狐か。有りがちだが……この場所では浮いているな」
男が没頭し始め茅峨では理解し難いことを呟きだしたので、茅峨もひとりで見回ってみる事にする。
男の持っていたランプはかなり広範囲に明るさを届ける術式があるようで、物の影は作られるものの、近辺を見回るには支障のない明るさだった。
踏みしめるたびギシギシと鳴る床。
そして茅峨が奥の方の部屋をちらりと覗き見ると、広いスペースの床に何か模様が描かれていた。
木に焼き付けたような焦げ色の線で正確な円が幾重にも描かれていて、その中に数字や記号のようなものが均等な配置で振られている。
これは……
「……大きな……まほうじん?」




