第18話 例の用の話
街の外れ――
茅峨と嘉神は依頼にあった遺跡がある森の入口に来てきた。
ここは街に住む人物の個人所有の森と遺跡だが、最近魔物が棲みつき困っているらしい。
魔物自体は弱いものしかいないそうだが、遺跡の奥までは確認出来ていない。
「――故に、住み着いている魔物の種類を調査し報告をあげてほしい、という依頼内容だ」
「魔物を倒すわけじゃないんだ?」
「勿論倒すのは可だが、調査して棲みついている魔物のランクによっては討伐隊に任せるつもりのようだ。つまり無理はしなくていい」
「そっか」
「しかし多少無茶をした方が茅峨のスフィアの技術は上がりやすいのかもしれない……?」
嘉神はむむ?と顎に指先を当てて思案したので、茅峨は被りを振る。
「あの! 少しずつ慣れたいです!」
既にこれはルーキーよりランクを少し上げた依頼でもある為、初手で無茶振りをしていることには変わりない。
嘉神はやや戸惑っている茅峨を見てふと「そうだ」と何かを思い出した。
「これを渡そうと思ってな」
そう言って先ほど再会した時から持っている銀色の棒のようなものを茅峨に差し出した。
「あとこれだ」
嘉神はどこからかワンショルダーバッグを取り出し茅峨にさらりと装着する。
「ポーションと毒消し、携帯食料やその他諸々アイテム一色入っている。初心者パックというやつだ。お前は何も支度が無かったからな、私から茅峨にやろう」
「え!? い、いいの!?」
「私の都合でお前と同行しているし、お前に旅をさせてしまうところもあるからな」
「……?? そういえばまだ聞いてなかったよね、嘉神が俺に用があるっていう話……」
そのことを聞くタイミングをかなり逃してしまっていた。茅峨は背の高い嘉神を見上げる。
「あぁしかし……今話すとややこしくならないか? それに立ち話になるが」
「や、かなり前から気になってるし……俺を嘉神の宿にまで連れて行ってくれたのも、用があったからなんでしょ? 話してほしいな」
その言葉にやや嘉神は間を置いて口を開いた。
「……お前と会った時、青い髪で……術のような能力が使えているのを知って、未族だと私は認識した」
初めて村で会った時と、セレキと対峙した時だろうか。
「私は元々お前の種族、未族の地がどこにあるかを知りたかった。お前なら知っているかと宿まで連れて行ったのだが、お前は未族自体を知らない孤児のようなもので……しかし茅峨と共にいれば未族の情報が他所からでも舞い込んでくるのではないかと思った」
「嘉神が、未族の地の場所を知りたい……?」
茅峨は少し目を丸くする。
「場所というか正確にはその知識だな。未族の知識は深いんだ。クレオリアの……いや前国からのライブラリーの情報よりも、彼らが行っている研究知識や情報の方が先進的なのではないかと見当をつけている。私はそれが知りたい」
「……どうして?」
純粋な疑問。そして違和感。何のために知りたいのか。
嘉神はクレオリアの国賓とのことだ。クレオリアにとって外国から来ている大事な客……
そして未族の地は辺境とはいえクレオリア国内に有るらしいので、仮に本当に未族の知識の蓄えが豊富であれば、それを外国の者に伝えていいのだろうか?
「どうしてと言われると、答えられないのだ」
「え……」
「クレオリア王とその周辺から口止めされている」
「王?」
茅峨はううん?と疑問符を浮かべる。
嘉神の内情の口止めを嘉神の国の王が口止めするのなら至極普通だが、なぜ「未族の事を知りたい理由」の口止めをクレオリア王がするのだろうか。
「う〜ん……ごめん、ややこしくなってきた」
「だから言っただろう」
この話で率直に分かることは、嘉神は未族の知識が知りたい、それなら未族の地に行けばいい……その地の場所が知りたい。
そして茅峨といると未族の情報が得られやすいのではないか、ということだ。
「ついでに言えば私は立場上自由時間が無限にあるわけではないから、茅峨に未族の地を発見してもらい私に教えてほしい、まである。むしろそれが私から茅峨への用の本題だった」
「う、うわ〜! でも未族って俺の力利用しようとしてるかもなんだよね!? 嘉神、俺が未族の所に行って協力するの否定的だったと思うんだけど……!?」
「そう。あの女、主麗の言ったことは誤算だった。ああ茅峨をあちらに行かせるのは良くない、という意味でだ。それは私も本気で思っているし、だから困っている」
つまり嘉神の茅峨への用は、現在半ば頓挫しているようなものだ。
「ひとまず茅峨が王都へ向かうのと、能力を把握して使いこなせるようにしておくことは私にとっても手堅い。ただ、お前が未族の地へ向かわないにせよお前が今後知っていく未族の情報を、私に提供してほしい。見返りは茅峨……お前が助けを希望する時は昼夜問わず私は力になる」
そう言った嘉神だが、茅峨はこの見返りを飲み込まないだろうとも思っていた。
この少年は自分の身や精神に頓着がなく、人の助けや気遣いを戸惑いつつ汲み取りはするものの、自分のことを敢えて助けてほしいなどとは考えそうにない。
「……嘉神は」
茅峨は頭を捻りながら思った事を訊ねてみる。
「未族をどうにかしたいとか、もしかして国や戦争とか、そういうことに関わってる人、なの……? クレオリアの王様も、嘉神が魔法を使えるって知ってる?」
「王は一通り事情を知っている。しかし俺は……私は、何にも関わらない。私個人の問題だ。それに私が調べている考古学と遺跡に関する調査の結果では、未族に頼らなくてもいいかもしれない。まぁこの地に来て十年以上調べて何も解決していないから期待は薄いが」
腕を組んでやや溜め息混じりに嘉神は答える。
嘉神の言うことは茅峨にとって嘘か本当かは分からない。
ただこれまでの振る舞いや無表情の中で茅峨を気遣ったり嗜めたりする彼は、嘘を並び立てるような人物ではないと思う。
(俺が思いたいだけかも、だけど。それに十年以上も調べてるんだ……)
嘉神の年齢がいよいよ不詳になってきたが、それほど長く他国にいて自分の知りたいことの進展もなければ、いやだと思うときは無いのだろうか。
「調査をやめたいと思ったことはないの……?」
茅峨の問いに嘉神は少し首を傾げる。
「ここだけの話、面倒だなと思うことはまぁあるが……しかし私はこの場所に居られる身ではない。きちんと帰らなければならないし、それに何年も調べてきたおかげでお前にも会えた」
「……」
「私の同胞に言わせれば楽観的なのかもしれないが、長い目で見ているよ」
風が嘉神の白衣と黒髪を靡かせていく。
どうしてだろうか。茅峨の今までの周囲の大人はどこか棘があり、鼓動が早く生き急いでいるようにも感じていたのだが、嘉神からは国柄なのか不思議と時間の流れを緩やかに感じる。
「私が今話せるのはこんなところだ。納得出来そうか」
「う……ええっと、俺が嘉神に出来るのは未族の情報提供ってことだよね。それをする代わりに、嘉神は俺を助けてくれる……で合ってる?」
「そうだな」
「うん……嘉神が国や戦争に関わってないなら、未族のことが何か分かったら教えるよ」
「……そうか。助かる」
「でも俺のこと助けてくれるのは……嬉しいし、俺旅の右も左も分からないからとっても助かるけど……」
他人がフォローしてくれるというのは茅峨にとって殆ど経験がなくて、誤解を恐れずに言ってしまえば、居心地が悪い。
有難いが気後れしてしまうし、それが年上の最近あったばかりの人物だと尚更だ。
「安心しろ」
「えっ?」
「お前にこれから始終張り付こうなどとは思っていない。期待は薄いとはいえ私も個人や仕事の調査はあるし、お前も折角しがらみが無くなったのだから様々な場所へ行ってみるといい」
「…………」
「茅峨が一人で旅立てるまではフォローしようという話だ」
そう言われて茅峨は自分の複雑な気持ちを汲み取ってくれたような、恥ずかしいというか座り心地の悪さというか、それでいて有難さとないまぜの気持ちになった。
「そ、そっか……でも、嘉神が居なくなったらそれはそれで寂しいかも……」
そう苦笑する茅峨を嘉神はただ見つめる。
「私がいてもいなくてもそう変わらないと思うが」
「そっそんなことない」
嘉神は冷静さや茅峨の知らない知識も深く持っているが、単純に存在感もある。ビジュアルの色合いこそ地味だが背丈と雰囲気だって圧がある。
「なんにせよ離れても何かあれば頼ってくれていい。その手段は色々あるが、今は話さなくてもいいだろう。……では、その渡した物についてだが」
嘉神は先程茅峨に手渡した棒の様なものを指差す。
「あ、これ……?」
三十センチほどの銀の棒で軽い。先端に不思議な装飾が付いていて、茅峨がカチャリと握り込むと、弾ける様にして瞬時に棒の尺が伸びた。茅峨の身長半分ほどの長さほどだ。
「びっびっくりした……! もしかしてロッド!? 武器の……」
「ああ。スフィアを発動するにあたり慣れるまでは方向の指針になる媒体がある方がいい。棒術を使えば護身用にもなるし、腰が痛い時は杖にもなる」
「俺、腰が痛かったことはないけど……」
「なん、だと……」
茅峨はまじまじとそのシンプルなロッドを見る。
セレキは何も持たず派手なモーションも無く異能を発揮していたが、茅峨がそうするとなると確かに初心者すぎて、炎など出したらとんでもない方向に飛んでいきそうな気もした。
「術を使う場合は武器に術式を込め、効果の増幅や詠唱破棄をするが……スフィアは自然と呼応するから、ロッド目掛けて自然の力を集める様にするといい。森の中で実践してみるか」
「う、うん……!」




