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第16話 接触-3-

 茅峨は少女の手を引いて広場から離れ、横道に逸れたところで一息ついて少女と向き直る。


「ご、ごめんなさい。俺余計なことしたかも……」

 手を離して少女にぺこりと頭を下げると、少女も不機嫌さを落ち着かせたようだった。


「謝らなくていいです。私もちょっと軽率に声を荒げてしまったわ……反省ね」

 ショールを被り直し少女は溜め息を吐く。


「とはいえありがとう、それに巻き込んでごめんなさい。私が困ってると思って貴方、助けてくれたのね」

「いや! 俺全然何もしてないから……あの、本当に人を待ってたんじゃない? ここまで引っ張ってきちゃったけど、テラスのお会計とかも……」

「あそこは前会計だったし気にすることないわ。確かに人を待ってはいたけど平気。連絡するから」

 そう言うと少女は下げていたポシェットから小さな板のような何かを取り出し、ポチポチと指先で操作をした後これで大丈夫と言った。

 見慣れない物体に茅峨は首を傾げていると、少女は茅峨の顔をじっと見てくる。


「その……貴方、気にしないことね。背だって私より高いのだし、その髪の色は奇抜ではあるけど、貴方に合ってると思うわ」


 ん? と茅峨はきょとりとする。

 もしかして先程の男たちに、チビだの髪の色がヤバいだのと言われたことをフォローしてくれているのだろうか。


「……あ、全然気にしてなかった」

「そ、そう……」

 男たちに言われたことなど、今まで茅峨が周囲から言われてきたものに比べればむしろ事実でしかないまである。

 なので自分のそんなことよりも。


「君こそ、あの人達が言ったこと気にしないで……君はとても、可愛いと思う」

 頭からショールを纏っていても少女の可憐さやその中に現れる気丈さは、世間に鈍感な茅峨でも分かる。

「……」

 茅峨の言葉に少女は少しだけ目を丸くした後、にこりと笑った。


「ふふ、ありがと」

 あ、これは容姿を褒められ慣れてるなと茅峨は思った。


「じゃあ私は行くわね。貴方もどこかへ行く途中だったんじゃない? それかこの街の人?」

「あ、俺も人と待ち合わせしてて、そろそろ行かなくちゃ」

「そうなの……もしかしてカノジョ?」

 それとなく愉快そうに聞いてきた少女の言葉に茅峨はエッと息を詰まらせうっすらと青ざめる。

「全く違う……そうだ、君はこの街のギルドって知ってる? 俺場所分かってなくて。もし知ってたら方向だけでも教えてくれたら助かるんだけど……」

「……ギルド?」



.

.

.




 ギルドとは冒険者支援協会のことなのだが、その協会が冒険者やフリーランスの錬金術師などに仕事を斡旋する施設の事を通称で指している場合が多い。


 大きめの街には大体ギルドがあり、どの街のギルドとも情報共有はされているが、仕事の依頼は主にその街の周辺に関するもの。練度の高い依頼になると遠くのダンジョンに赴くものもあるのだが。


 昔は羊皮紙に書かれ所狭しとギルドに貼り付けられていた依頼を冒険者が各自練度と照らし合わせて受注していたらしいが、今はほぼ電子管理となっている。


 国が冒険者や錬金術師を支援する主な理由は、冒険を推奨することによりダンジョンの生態とマップ管理、危険性魔獣(モンスター)駆除、動植物の分布管理や新薬精製の情報を吸い上げ促進する為だとか。


「国で専門職をそれぞれ育成するよりも、民間で募って各々得意分野で散策して貰う方が効率がいいもの。一種の民営化よね」

 目的の場所に向かいながら少女はそのギルドについて茅峨に説明してくれた。


「同じ場所が待ち合わせだったなんて奇遇ね。貴方もなにか依頼を受けるの?」

「実は俺、よく分かってなくて……一緒にここに来た人が、ギルドで冒険者登録も先に済ませておけばいいって言ってたんだよね」


 嘉神はかなりぶん投げた形で茅峨に指示をしていた。

 路銀がないのでギルドで依頼を受けて日銭を稼ぐらしいのだが、依頼はギルドに登録していないと受けられない。登録は簡単だからやっておけ、とも言われたが……


「それなら教えてあげる。名前を記入する程度だもの」


 辿り着いたギルドは意外にも洒落たバーのような見た目をしていた。

「昔は酒場を兼用してたギルドが多かったんですって。冒険者ってほら、宴会好きだから。その名残で今はバーやカフェが併設されてるの」


 ギルドに入ると軽装備から重装備まで様々な冒険者達がいて、茅峨は初めて見る人々の装いに目を瞬かせた。


「ほら、受付はこっちよ……あ、えーっと貴方の名前を聞いても? 私はミナ」

「あ……」


 そういえば嘉神の時は成り行きで名前を知ったような気がする。

 茅峨にとって互いに自己紹介するのは生まれて初めてかもしれない。


 名前……玲綬という本名を教えられたことを一瞬思い出したが、おそらく今後もそれを名乗ることはないだろうな、と茅峨は思う。


「俺は茅峨だよ」

「みょうが……」

 ミナと名乗った少女は少し目を丸くしながら微笑んだ。

「よろしくね。王都だとちょっと珍しい発音かも」


「ふふ、俺誰かとちゃんと名前言い合ったの初めて。村から出たことなかったから」

 そう言いながらほのかに笑う茅峨を見て、ミナはああそうかと感じていたものが腑に落ちた。

 ギルドや世間を知らなそうな物言いに、見た目も相まって茅峨はどこか浮世離れしているのだ。


「……折角の初めての自己紹介なのに、なんだか申し訳ないわね」

「え?」

「さ、茅峨! こっちに来て」

 茅峨はぐいぐいと受付に連れてこられる。

 受付の女性に登録の旨をミナが伝えると、電子の薄い板とペンを渡された。板には冒険者協会による特記事項と、記入項目枠がいくつか表示されている。


「わぁ、紙に書くんじゃないんだね」

「ね。最近はほとんど電子よ、契約書とかも。ほら、名前と歳と、誕生日を書くだけ。あとパスワードも決めてね。名前はなんでもいいの」

「なんでも?」


 どうやら名前は通名などでもいいらしい。しかし協会に直に名前を呼ばれたり功績が認められれば表彰・賞与もある為、ふざけた名前だとあとあと辛くなるとか。


「……」

 茅峨の誕生日。

 これは拾われた日ではなく実際茅峨が生まれた日だと言われたことがある。何故それが分かっているのかは不明だが……今まで自分の誕生日はこっそりとアスハが祝ってくれていた。

 血まみれのアスハと面会謝絶のことを思い出し、茅峨は頭を振る。

 最後に登録のアイコンをペンでタッチした。


「茅峨って私のひとつ年下だわ……私、お姉さんね」

 茅峨の心境をよそに、茅峨の年齢を見て何故かミナは胸を張っている。


「そ、そうなんだ……えと、色々教えてくれてありがとう。そういえばミナもここが待ち合わせってことは、何か依頼を受けるの?」

「ええそのつもり……」


「お嬢様」

ふと女性の声がかかる。


「シルヴァ! お待たせ。大丈夫だった?」

「ええ勿論」

 ミナが駆け寄ったのは、黒い執事服に身を包んだ女性だ。

「おっお嬢様……!?」

 確かに可愛らしく所作が綺麗だしどこかしら気品がある。……しかし男達に絡まれ茅峨に矛先が行った時すぐに怒ったことといい、ミナはお淑やかというより気丈で溌剌とした印象があった。


「も、もしかして俺、気軽に話しちゃいけない人だった……!?」

 茅峨は民間人なので、もし平民や貴族の確執があるのなら言葉遣いどころか近付くだけで不敬かもしれない。世の中の階位のことはよく分からないが……


「そんなことないわ。ナンパや粗雑な奴らと違ってこうして会えたのだから、気楽に話してくれた方が嬉しいもの」

「お嬢様……またナンパされたのですか」

 女性は顔を顰める。

「ちょっとだけね! それにこの子が庇ってくれたの」

 向けられた矛先に茅峨は首を横に振る。

「全然、大したことしてないです……!」

 そう言っているのに女性に深々とお辞儀を返された。


「お嬢様を守って頂きありがとうございます」

「いや、ぜんぜん! です! ほんとに!」

「本来であれば私がお側に居なければならないのですが……」

「シルヴァはひったくり犯を追いかけてくれてたのよね」

「えっ」

 シルヴァと呼ばれている女性は茅峨より背が高かったので見上げる形になる。茶の髪を後ろで一つに束ね、凛々しい碧眼を携えていた。


「街を歩いてたら犯人が逃げてて。だからシルヴァに追いかけて貰ったの」

「悪人を見過ごすわけにはまいりませんので」

「すごいね……!? でもシルヴァさんってミナの護衛?なのに、ミナから離れて良かったの?」


「はい、お嬢様は一人でもその辺のチンピラなんかより大層お強いですから」

「ちょっと、なんでシルヴァにはさん付けで私は呼び捨てなのよ」

「えっ」

 確かにミナは先程の男に手を掴まれても一瞬で振り解いていた気がする。

 そんなことを思い出していたらミナにムッとして顔を近づけられた。

 男達の時といい、感情は表に出やすいのかもしれない。



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