第15話 接触-2-
……恐い、と思った。
率直な恐怖という意味ではなく、十数年ぶりに顔を見た姉の子どもに頼むにしては強大な話すぎる。
こちらの事情もお構いなしに未族の地へ来いと促し、そして慕っていたらしい姉への最後の態度。それに……何故か父親の話は一切出なかった。
「…………ねえ嘉神」
「なんだ」
茅峨は消えた映像の場所を見つめたまま、ずっと無言で佇んでいた嘉神に問いかける。
「今の……本当の話なのかな」
主麗に話された事柄はなんというか、全体的に最初から最後まで酷く無粋に感じてしまったのだが、しかし茅峨は自分の感覚に自信が無かった。
「……俺、すごく複雑、かも。今の話が本当か分からないし、急に身内とか母親の話とか、全然実感湧かない……けどもし戦争が起こるかもしれなくて、俺がそれを止められるなら……」
確かに自分は生まれや親のことを憂いて考えることはほぼなかったが、それでも。
母親が自分をネハラ村に捨てたのは事実だとしても……その母を勝手に蔑ろにされた気がしたのだ。
ただ主麗の主張通り、茅峨が行くことで戦争を回避出来るなら行かないという理由にもならないはず……
黙り込んでしまった茅峨を見下ろし少しだけ間があってから、嘉神は薄く口を開いた。
「……種族の長がその土地から出た者を粗雑に評価するのは俺の考えにはないことだが」
「……?」
嘉神の言葉が上手く入ってこず、茅峨は疑問符を浮かべる。
「それとは別にして、あの女の話が本当か否か、という点においてだ」
「……うん」
「青い髪の種族というのはまず世間に公表されていない。茅峨のその髪色も他者が見れば奇抜に染髪しているくらいにしか思われないだろう。だが今の女は青い髪に式神という映像受信端末を使役し、未族と茅峨の母、賢者の力にまで言及した」
「……」
「西の国境、隣国がきな臭い動きをしているという噂はある。侵略の話題を出してきたことも踏まえて、主麗とやらが話したことは、虚言よりも事実の可能性が高い」
「……そ、うなんだ……」
嘉神はいつも冷静だ。出会ってからこの短い間柄でも茅峨は嘉神のことをそう思っている。
なので嘉神が主麗の発言をそう分析したのならきっと正しい、のだろう。
「ただ茅峨が未族の地で囲われた時、実際どうなるか分からない。あの女の思考には妙な自己肯定がある。お前の能力が欲しいだけで、自我は関係ないかもしれないからな」
「え……?」
それはネハラの時のように茅峨の自己は無いものとされる……ということなのか。
確かにあの主麗の態度や発言で、それは無い、とは言い切れない。
しかし。
「……俺のことはいいんだ」
今の茅峨の理念はただセレキがまた現れて、無差別に人を殺してしまうかもしれなくて、それだけはどうしても阻止したい。というものだ。
「……俺、俺の体でもセレキの体でも、とにかく村を焼いた落とし前はつけなきゃと思ってて」
「落とし前」
「この分裂した自分を治したい。もしそれが王都の医学でも未族の知識でも治るなら俺は選り好みしない……」
茅峨は無意識に自分の胸元を押さえた。
「それに主麗って人が言ったことが本当で、本当にクレオリアと隣の国が危なくて戦争を止められる力が俺にあるなら、俺の意思とか聞いてもらえなくてもさ、協力したい……」
「茅峨」
考えを言葉にすることは不慣れだったが、茅峨はとつとつと自分の思いを口にする。
しかし嘉神はそれを聞き、大きな声ではないが珍しくはっきりと、どこか咎めるように名を呼んだ。
「……お前はセレキに殺戮をさせないようにしたいのだろうが、未族の派閥を冠した戦争を止めることにお前の力が必要というのならば。それは間違いなく力尽く、セレキの能力や技術を茅峨が使いこなす前提だ」
「え……?」
「まだ年端もいかないお前の力を頼る意味はそれしかない。あちらがどういった方向性かは分からないが、保守派という名義が攻撃性を持っていないとは全く言い切れない。善意や自分の咎と、主麗の主張は切り分けて考えるべきだ。まだ答えを出す時じゃない」
「……」
嘉神の言葉に茅峨は目を丸くして息を呑んだ。
考えに及ばなかったこと。
戦争を止める為と聞けば自分の力で犠牲が出ないで済むならと安直に考えたが……
「お、俺が未族のところに行ったらまたたくさん誰かを殺しちゃうかもってこと……?」
自分の意思でもセレキの暴虐でもなく、未族や領土を守る為に。
茅峨は頭を抱えた。
「あぁそれと」
「ま、まだある……!?」
「隣国とクレオリアがきな臭いというのは王宮内々の話だった。めちゃくちゃ箝口令を敷かれていたので悪いが他言無用で頼む」
「…………」
嘉神は真剣に茅峨を見て言ってきたが、その声色にはついウッカリみたいな空気感が出ていた。
「いやいや箝口令って命令だよね!? そっそんなポロっと!」
「私は遠くの地から来たので情勢の緊張度に疎くてな……」
そういう問題なのだろうか? この人が国賓で大丈夫か?
「茅峨がこの事を誰かに喋った時点で宰相直々に刑罰が下るので宜しく頼む。まぁ俺もだが」
「うそでしょ、巻き込まれた……!? あっでも俺が村でやった事がもう最高刑事罰級だからもうなんの違反しても変わらないかも!? なんて……」
「確かに。ということは茅峨には内密の話を全て通しても……」
「絶対やめて!?」
.
.
.
街の中央にある円状の広場には出店の花屋やアクセサリーなどの露天商、クレープやワンハンドフードを販売しているキッチンカーなどが並んでいて賑やかだ。
茅峨は少し一人で散歩したいと言って嘉神と別行動を取っていた。
初めての大きな街を自由に見て回りたかったのもあるし、自分の気持ちを落ち着かせたかった。
そして嘉神も存外過保護ではなく、茅峨が散策する間に自分も見繕うものがあると言ってどこかへ行ってしまった。
「すごい、華やかだなぁ……」
街並みや人もだがこうやって可愛げのある雑貨などを見るのも初めてだ。
手持ちの金がないので完全に冷やかしだが、並ぶものはどれも物珍しく茅峨は露店の小物をまじまじと見ていた。
「あの……人を待っていますので」
不意に声が聞こえて茅峨が顔を上げると、広場のオープンテラスカフェに座る少女が二人の男に囲まれていた。
「けどよぉもう一時間くらい一人ぼっちで座ってんじゃん。俺らここで遊んでたからたまたま見てたんだけどさ、誰待ってんの? 彼氏?」
「こんなに待ってて来ない男なんかより俺らとどっか行かねぇ?」
「行きません」
ぷいと顔をそらす少女。
少女といっても茅峨と同じくらいの歳だろうか。頭からすっぽり薄手のショールを巻いているが、そこから覗くシルバーブロンドの髪に青い瞳。
男達は少女に素気無くされても必要に食い下がってくるので少女はムッとした顔をしているが、それでも可愛らしい顔立ちをしていた。
(困ってる、よね……? も、もしかしてナンパってやつかな!? 都市伝説の……!)
べつに都市伝説ではないのだが、世間をそんなに知らない茅峨にとっては目新しすぎる。
茅峨はついやりとりを見てしまっていたが、しかしどう見ても少女は鬱陶しそうであるし、男達はそんな少女の気持ちにお構いなしといった風だった。
「私、もう行くので……」
少女が席を立ちその場を去ろうとすると、男の一人がグッと少女の手首を掴む。
「!!」
少女は目を丸くしたかと思えば自分の手首を器用に捻り、掴んだ男の手を瞬きの間に外した……
「……あの」
と同時にその場に近づいていた茅峨が少女と男達に声を掛ける。
(あれ!? 今この子、一瞬でこの人の手を外した……?)
(あ? 俺、今手ぇ外された……?)
茅峨と男の心の声が微妙にハモった。
「あ? なんだよオマエ、もしかして彼氏?」
手を掴んだ男とは別の男が茅峨を見下ろして声をかける。
「え待ってこんなのが彼氏なの!? チビだし髪の色ヤバくね?センス無さすぎ……それでイキってるつもり?」
「え、えっと……」
「ちょっと」
割って入ったはいいものの茅峨はこの後の行動をどうするか考えていなかったのでもたついていると、今度は少女が茅峨の前に出てきた。
「その言い方はなに? 貴方達の方がよっぽどイキってる感じでダサいわよ」
「……んだと?え?優しくしてやってんのにいい気になっちゃった?」
何故か茅峨を挟んで喧嘩が始まりそうだ。
「優しくしてやってるのは私の方なんですけど」
「あっあの! とにかく俺達もう行きますから……!」
少女が意外にも迎え打つ形になってしまったので、茅峨は体ごと間に入って少女を男達から離し、そのまま背を押して移動させようとする。
「ったくなンだよ。つまんねぇな!」
「せっかく相手してやろうと思ったのに、このブス!」
離れ際にも男達は少女と茅峨に小言を吐き捨てる。
「なっなんなのよ貴方達は……!!」
「……ブス?」
茅峨は男達に振り向いてふと微笑んだ。
「……そう見えるんだ?」
素朴に、しかしどことなく厳かに笑みを返されて、男達は固まってしまった。




