第14話 接触-1-
※この話は連載の途中です。第1話から読むと流れが分かりやすいです。(注:この話に物理的な接触はありません)
ノイズ混じりの映像で目の前に現れた女性は、茅峨と同じ青い色の髪をしていた。
初めて見る自分と同じ髪色に茅峨は思わず目を丸くさせる。
何も言えないでいると、その女性はこちらの反応はお構いなしに意気揚々と話し始めた。
「ずっと貴方の事を探していたの! 東の辺境地に居る所までは見当がついていたのだけど、どうしてもはっきりと居場所が分からなくて……もう何年になるかしら! 十四……十五年? 嗚呼赤ん坊の時以来だわ玲綬!」
「は……はぁ……?」
どう見ても女性は茅峨に向かって喋っているが、いかんせん話の要領を得ない。
赤ん坊の時? 更に全く聞き慣れない名前を言っている。
「あの……俺のことですか? 俺、れいじゅ? とかいう名前じゃないですけど……」
「まぁ! そうよね。今までもしかしたら他人が勝手に付けた名前で呼ばれていたかもしれないけど、貴方の名前は玲綬、未 玲綬よ。かわいそうに、こんな素敵な名前で呼ばれて来なかっただなんて……」
……なんだか微妙に話のテンションが噛み合っていない気がする。
彼女は茅峨を見て心底嬉しそうな声色で、そして哀れんでいる。何故だか分からないがこの感じ、セレキと会話した感覚と似た覚えがある。
「玲綬の居た場所はきっと賢者様の結界が敷かれていたのね。悲しいわ。もう賢者様なんてとっくに居ないのに、残り香でずっと貴方を閉じ込めるだなんて……もっと早く貴方とこうやって話したかったのよ。何度も式神も送ったの。けど弾かれてしまって……貴方が賢者様の辺境地から街に出てきてくれて本当に嬉しいわ!」
女性は祈るように指を組んで本当に感激しているようだった。
が、茅峨はとにかく困惑する。
式神……もしかしてこの小さな人型の紙のことだろうか。
先日にも宿屋のベッドの上でこの紙は茅峨を見ていたが、何もせずに弾けた。
賢者というのは恐らくウガノの洞と関係しているあの賢者のことだろう。大昔の存在だったらしいが……
(そういえばここに来て空気が変わった感じがしたっけ。解放感があったけど、ネハラに居た時は守られてたような……今思えば、だけど……)
そこから離れたので、この女性が茅峨と接触出来た?
(この人は……?)
本人は全て知った風に喋ってくるが茅峨は何も分からない。
少し後ろに立つ嘉神をちらりと見上げると、嘉神からはいつにも増して全く表情が読めず茅峨は更に戸惑った。
「それでね玲綬」
「あ、あの、貴方は誰……ですか?」
女性の話を遮って問いかける。このままでは自分が話を飲み込む前に次々と捲し立てられそうだった。
「やだごめんなさい。嬉しくてつい前のめりになっちゃって。私は未 主麗。未族の族長よ。貴方は私の姉の息子なの」
「未……主麗?」
姉の、ということはこの女性は自分の叔母にあたるのか。それに玲綬もだが、聞いたことのない名前の響きだ。
「辺境に閉じ込められて本当に何も知らないままだったのね……姉さん、貴方の母や私達のこと知りたかったでしょう? 本当の母親のことや血の繋がりが恋しかったに違いないわ。それに綺麗な青い髪はさぞ他人に疎まれたでしょう……よく頑張ったわね」
「あ……う、ん」
じんわりと、しかし茅峨の中ではっきりした。 この眼前に浮かび上がる主麗という叔母は、己の主体のみで話を進めている……
正直なところ、茅峨は物心ついた頃からネハラでの自分の立ち位置を『そんなものだ』だと思い込んでおり、今まで実の母親を恋しいどころか思いを馳せることもなかった。
確かに青い髪も周囲に誰一人として同じ髪色はなく常に虐げられていた。が、茅峨の性格や思想上それで卑屈になることもなかったし、この青色を綺麗だと考えたこともなかった。
自らの境遇に頓着がない茅峨は、セレキに言わせればたぶん『おかしい』のだろうが……
(……あ! セレキはこの人のことどう思うんだろ……ていうかこの状況分かってるのかな。もしかして寝てる……?)
セレキはあの暗闇以来表立っては出て来ていない。
茅峨に対して内側から主張することもなく、文字通り大人しくしている。稀になんとなく内側から文句やツッコミが聞こえてくる時があるようなないような……
ともあれ、今は全く無反応だ。
「玲綬。貴方には未族の地へ戻ってきて欲しいのです。本当は私が迎えに行きたいのだけど、族長は土地から出られない決まりだから……」
「未族の地……?」
その言葉に今まで黙っていた嘉神がほんの少しこちらに視線を向けた。
「私には貴方の力が必要なの。私の大好きな姉さんの子……貴方が今一番未族の中で力があるのよ」
「ち、力? あの……俺はその、何も出来ないけど……」
「いいえ。貴方の異能があれば全人類が平伏すの。その力で私を助けて!」
……ちょっと何を言っているか分からない。
そう言われて興味が湧くどころか逆にあまり関わりを持ちたくない気になってきた。
嘉神を横目で見ると、彼も微妙に難しい顔……表情は見えないが、なんとなくそんな反応をしている。
「え、えぇっとその……すぐに助けに行く、のは厳しいかも……未族の地も分からないし……」
「未族の地はクレオリア領のずっと西にあります。そして国境の境でもある……隣国が侵略しようとしている土地」
不意に主麗が落ち着き払った声になる。
「今、未族は二つの派閥に分かれているの。ひとつは私が束ねている、土地や種族を厳格に守る保守派。もうひとつは隣国と共謀して未族の地はおろか、クレオリア領さえその手に治めようとしている侵略派」
「……」
待ったなしに未族とやらの話が始まって茅峨はどうしようかと思った。
が、その十数年ぶりに顔を合わせた叔母という親族の手前下手に無碍に出来ず、茅峨はなんとか話を噛み砕こうとした。
「えっと、保守派と侵略派……それって……」
土地の侵攻……未族の規模は不明だが、隣国が立ち上がりもしクレオリアが迎え撃てば戦争になる。
「私はどうしても侵略派の謀を止めたいのです。未族の長として……種族やクレオリアの人々の平和を脅かすことはあってはならない。けれど私の力よりも玲綬、貴方の力の方が強いのよ」
「う……」
主麗の表情は相変わらずノイズで伺えないが、口元と声色で必死さが伝わってくる。嘘、ではなさそうだが、しかし突拍子が無い。
突然自分の種族のことを言われ、血の繋がりのあるらしい身内が自分を頼っている。
その理由が今後起こるかもしれない隣国との戦争を止める為……
「貴方の母もきっと私の力になってくれたに違いないわ。姉さんはとっても優しくて気丈で強い人だったもの」
茅峨が言い淀んでいると、主麗は茅峨の母親を思い出しているようで嬉しそうな声で語る。
母……
「あ、あの……俺の母親はいまどこに? 未族の地にいるんですか?」
「さあ?」
「え?」
……一瞬耳を疑った。今までの話ではどう聞いても主麗は茅峨の母を慕っていると感じられたのに、全く関心のないような返事が返ってきたからだ。
「知らないわ。姉さんは未族の地から出ていってしまったから。土地から離れた上に玲綬を置いて行方知れずとなると、きっと何処かでのたれ死んでいるんじゃないかしら?」
――大好きだという姉の、実の息子にこんなにはっきりと言えるものなのか。
自分の置かれた感情には疎い茅峨だが、自分自身がその言葉で攻撃されたわけじゃないというのに、主麗の態度には妙な動揺を覚えた。
――それとも、それこそ『そんなもの』なのか?
茅峨はネハラ村の人々の態度や行動しか知らない。世間では主麗の言い回しが常なのだろうか。
(……わからない)
主麗はなにやら自分の姉についての思い出を語り出していたが、茅峨の頭にはもう全然入ってこなかった。
そうこうしているとふと映された平面の像のノイズが濃くなる。
「嗚呼……玲綬、その土地ではまだ長く通信が持たないみたい。早く此方へ向かって頂戴。西へ近づけば未族の者も貴方を迎えに行き……る。ただ……」
迎えにという言葉に茅峨は思わず眉間を顰める。
未族……この人も、セレキも、自分とは根本的に違う気がする。それとも己が逸脱しているだけ……?
「侵略派の者達が玲綬を捕え……するかも。お願い用心して。貴方の……は……」
主麗の像がノイズでフェードアウトする。そして像を映し出していた小さな白い人型の紙……式神は、ふるふると震えたあと静かに霧散した。
茅峨は暫く何も言えず、ただ霧散した先を見つめていた。




