第12話 隣街-1-
「……想像以上にすぐ使えるかもしれないな」
嘉神の言葉に茅峨は苦笑する。
自分の力とセレキの力……セレキも風を使ったのだとしても、これよりはもっと鋭い……
「……セレキは、風で切り裂くのとは違ったのかな?」
茅峨の周りで風がなびく。
「……なにか言っているか?」
「……あのね、風を鋭くすることは出来るけど、ネハラのみんなをあんなふうにするのはもっと違うやり方で、風……空気を、無くしちゃうんだって」
「……ああ、なるほど。体の周囲に細い擬似真空を幾つも作って空気を流れ込ませれば、確かに切れ味は……」
村の惨状の見ての通りになる。しかし人の周りの空気を無くすことが出来るならそのまま……という手段も取れるわけで。
……嘉神からしても、セレキの考えることと手段はどうにも理解し難い。
……能力で体を切り裂かれた村人達。
茅峨はそこでずっと思ってた事を嘉神に聞いた。
「あの……村でセレキと会った時、そばにその、怪我をした人が倒れてたりしなかった……?」
問われて嘉神は薄く思案する。そして思い出したように茅峨を見た。
「あぁ……黒髪の……茅峨くらいの少年か? 今頃は大きな街の病院にいるだろう」
「え!?」
茅峨は思わず前のめりになった。
「ア、アスハが……!?」
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――丸一日後。
「そろそろ着く頃だ」
「う、うん」
二人はアスハが運ばれた医院のある街へと馬車で向かっていた。
街と町を定時的に行き来する小さな馬車。嘉神の向かいに座る茅峨の横には、昨日嘉神がくれた大きなウサギのぬいぐるみが座っている。
このぬいぐるみ……嘉神の率直な気遣いはありがたかったが、王都に向かうとして持って行くにはかなりどうしたものか、である。
その事をなんとなく嘉神に言うと、
「確かにかなり邪魔だな」
と言ってのけたので茅峨は被りを振った。
折角貰ったものを無碍にはしたくない。パッチワークウサギも置いていかないでと言っている、気がする。
なんてことを考えると、内にいるセレキに『何言ってんのオマエ』とジト目で見られたような気がした。
ネハラ村の一番近くにあった小さな町、そこに嘉神達は宿をとっていて茅峨も泊まっていたのだが、更にもうひとつ西にある街へ向かって移動している。
宿にしていた小さな町には町医者はあれど大きな設備がなかった為、アスハをはじめ生き残った子ども達は皆ここに運ばれたのだという。
「そのアスハに、見舞いとして預けたらどうだ?」
などとウサギに対して嘉神は言う。
アスハはていのいいアイテムコンテナではないのだが……と茅峨は苦笑したが、しかし確かにアスハに預けても捨てられはしないという確信は茅峨にあった。
それにこのぬいぐるみは嘉神が緊張を和らげるべく物として差し出したものなので、アスハにも効果があれば……とも思ったのだ。
――前日、町宿のロビーにて。
アスハに会いに行きたいという茅峨の横で、それに付き添いたいという嘉神がロアンに大目玉を喰らっていた。
「嘉神……茅峨くんに用があって、しかも体調やら心労が心配なのはわかるけどさ。お前まだ仕事中なんだぞ?」
「あれ? そう言えば嘉神の俺への用ってなんだっけ」
「あぁまだ具体的に話してなかったな、なにも」
「嘘だろ結構二人で喋ってたのに? なにしてんだよ……」
ロアンが呆れたように嘉神を見やる。
「まぁでも茅峨くんを一人で置いていけないのもそうなんだけどね。確か君、王都にも行きたいんだろ? 送ってやりたいのはやまやまなんだがなぁ」
嘉神達は仕事でこの地域に来ている為、そうほいほいと現場から離脱するわけにはいかない。
大体ネハラの一件でスケジュールが押している上に、嘉神が更に出会ったばかりの一人の少年茅峨に付き合うとなると、いくら国賓とはいえ社会人として意味不明である。
「頼むロアン、数日だけ俺のことは部門長に誤魔化してくれ。お前と須真がいれば大抵のことは出来るだろう」
「無茶言うな……って言っても聞かねぇからなお前は。マジで須真も連れてきてて良かったわ」
須真というのは先刻食事を持ってきてくれた眼鏡の青年のことだろうか。
「茅峨を一人王都に向かわせるには心許無い。最近はまた特に物騒だからな。旅支度や身を守る方法について俺が教えておこうと思う」
そんな嘉神の言葉に茅峨はパッと顔を上げる。
「え、い、いいの……!? 仕事止めちゃって、俺すごく迷惑かけてるんじゃ……」
嘉神は、焦る茅峨を一瞥した後にロアンを見る。
「なんで俺を見るんだよ。茅峨くん、変な話だけどね、嘉神はまぁ色々あって本当は仕事優先じゃなくていいわけ」
「“まぁ色々あって”……??」
「なのにコイツが妙に優秀だから部門長が喜んじゃって仕事振りまくってんだよな。お前から言えば? 俺は客だぞっつって」
「部門長には世話になっているからそういうことはあまり」
だったら誤魔化してほしいとか言うなよなとロアンはあからさまに苦い顔をしたが、茅峨のこともある。
村の惨事があって今は未成年たった一人。
……ロアンとしては茅峨が無傷でいたことがなんとなしに引っかかるものの、この素朴な少年にあの大火事を起こす一端があるとは思えなかった。
「たく仕方ないな……じゃあ二、三日適当に理由付けとくから嘉神は茅峨くんのこときちんとフォローしろよ。道中何があるかわかんないし、冒険者協会に登録するのもありかもな」
ロアンは嘉神の胸元をこづきながら頼みを承諾する。
今の世はギルドに登録している職業冒険者やら、簡単な討伐・採取クエストで日銭を稼ぐ若者もいるのだ。
各街が観光地でもないのに宿屋が建っているのはその為でもある。
「……では支度調整を済ませてから茅峨の兄弟に会いに行こう」
茅峨の体調を鑑みて明日に発つ、ということに決まり茅峨を宿泊部屋へ返したあと、ロアンが声色を落として口を開いた。
「……茅峨くんの兄弟って、おまえが応急処置した子だろ。あんまり治癒魔法使うなって俺言ったよな」
「……無害な人間を救わない理由はない」
「命は大事だよ。そりゃ分かってるけどどこで誰が見てるか分からねえだろうが」
ロアンは金髪の頭をガシガシと掻いた。
「おまえは攻撃魔法も治癒魔法も規格外なんだから、それを下手な官僚に知れて軍に囲われたら……」
「着いたみたい!」
茅峨の声でハッとする。
街の入り口で停車したことを確認し、嘉神は茅峨と連れ立って馬車を降りた。
「わ……!!」
茅峨にとってネハラ周辺を越えた初めての大きな街。
家屋はレンガ造り、二階建て以上の建物が何軒も立ち並び、色合いも華やかだ。
なによりも街を歩く人達の数はここからだけでもネハラの何倍も多い。
「すごい……!! 本の絵でしか見たことなかった!」
嘉神にしてみればこの街の入り口だけでこれだけ目を見張っていたら、王都に来たときはひっくり返るのではないかと思うほど、茅峨はウサギを抱きしめながらきょろきょろと落ち着きがなかった。
丘寄りの方に目的の医院が建っているというので早速街並みを抜けて向かうことにする。
民家が密集して並びつつ、看板が壁に吊られているものや扉の前にイーゼルが出ているものなど様々で、街路樹や花壇なんかも手入れされている。
ネハラ村にも木々や植物は植わっていたが全く雰囲気が違う。
(雰囲気が違うといえば、今までとちょっと空気が変わった気がするな。ネハラにいたときはなんとも思わなかったけど……)
妙な言い方をすると、体が解放されたような。
外に出て初めて思う。ネハラが一番空気が濃く、さきほどまでの町でも少し感じていて、ここでは空気が軽くほぼ何も感じない。
(なんでだろう……)
風に訊いても分からなそうで、茅峨は首を傾げた。
自分の置かれていた立場の場所から物理的に離れることで、無意識に抱えていた気持ちの負担が軽くなったのかもしれない。
けれど。
(解放感もあるけど、元が悪かったわけじゃないと思うんだよね……どっちかというと守られてるみたいだったけど……)
そう思うのは育ったネハラが故郷だと思うからだろうか。
(セレキだったら理由が分かるかな?)
なんて考えてしまい頭を振る。
(守る……)
なんとなくふと思い出した。
ウガノの洞……不可思議な建物に、静謐めいた場所と床に描かれた円の術式。
――賢者の居たとされる場所……
「ッ!?」
突然ビリッと痺れるような気配がして茅峨は思わず背後を振り返る。
しかし人通りがあるだけで、特に変わった所はない。
「……なんか」
なんだか妙な感じがして嘉神を仰ぎ見るが、嘉神はスタスタと歩いていて変わった様子はなく、相変わらず黒い眼鏡の奥は見えない。
(俺の気のせい、かな……)




