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第11話 白衣の者達-3-


 嘉神はベッドサイドの椅子に腰を下ろす。


「気分はどうだ」

「……うん。平気だよ」

 温かいものも体に入れ気持ちは少し落ち着いたし、正直今後やセレキの力の事は気になるが今は結論は出ない。


「食事はしているか?」

「うん、ありがとう。嘉神はご飯食べた?」

「私は朝食が遅かったから気にするな。……悪いが、食べながら私の話を聞いてくれるか」


 いつもと変わらないトーンの筈だが少し神妙な気がして、茅峨はこくりと頷いた。

 嘉神がひとつ息を吐く。


「……もう一人のあのお前とは話し合えたのか?」

「……えっ!?」


 嘉神の言葉に茅峨は最後のポタージュのひと飲みを吹き出しそうになった。


「もっ……え、もう一人の……!?」


「多重人格の者は心だか脳だかで他の人格と会議を行うんだろう? 私も詳しくはないが」

「っもう一人のそれ、俺を、し、知ってるの?」

「知ってるもなにも会っただろう。暴走していたのか元々の性格なのかやや反抗的だったが……あの場では会話より事態の収束が優先だと思ってな。少々手荒だが気絶させた」

「あっ」


 そういえばそうだった。

 セレキがクロメガネがどうの、茅峨の中に入れられたとかどうのと言っていた。

 という事は必然的に嘉神はセレキに会ったことになる。


「わ、あの、あいつと会って大丈夫だった……!?」

 セレキは口も悪けりゃ態度もデカいし容赦もない。嘉神にも横柄な行動をとったのではと茅峨は焦燥する。


「私は特に問題無いが。なにか気にすることがあったか?」

「えぇっと見た目は俺だから、俺が偉そうな態度を嘉神にとってるって感じに……! あのアレは俺だけど俺じゃなくて……! いやアイツが言うには俺ってことなんけど……!!」

 慌てながらしどろもどろに話す茅峨に、嘉神は少し首を傾げて「あぁ」と返した。

「あの少年もお前だと考えるのはややナンセンスだと思っている」


 その言葉に茅峨は目を大きく開いて嘉神を見上げる。



「現に性格も言葉遣いも顔付きも違っていた。あれに名はあるのか」

「な……名前は……セレキって言ってた、よ」


「そうか。ならあれはセレキという者で、茅峨と同一にはしない。少なくとも私はそうする」

「…………」



「茅峨?」

「あっううん…………そか……俺、セレキと……」

 セレキに散々お前は俺だと言われたから。


「セレキと俺は……違う、よね」


 完全に別者にはならないのだとしても。

 あの残虐性を持つ心が、自分ではないと思っていたい。


 

「そのセレキに、何か言われたのか?」


 単調に、且つ安定する声色で訊ねられてドキリとする。


「えっと……そ、そう。俺が寝てるあいだにね、夢みたいな感じで二人で話をしたよ。それで……俺は、精神が別れてしまう症状なら、ちゃんと治したいって……言った」


 茅峨の話に嘉神はこくりと小さく相槌を打つ。


「けど、本当はセレキを俺から引き剥がせたら……って。そんなこと出来るのかは分からないけど……」


「……ふむ。精神が解離した一つだけを剥がす……事例を聞いたことはないな」


「セレキがちゃんと俺とまたひとつになってくれるのか、それとも剥がせるのか……王都に行けばそういうことに詳しいお医者さんや術師も居るのかなって。だから俺は王都に行きたい……それにセレキも王都に行きたいみたい。理由は教えてくれなかったけど……」


「……別人格も王都に行きたいのか」


「でも、もし、罪人として捕まるならどこに行きたいとかは無くって、きちんとそうする」


 一呼吸置いて茅峨は自分の両手を握った。

 嘉神は黒眼鏡の奥で思案するように目を細める。


「私は医者でも陪審員でもないから答えは出せない。だが、セレキとやらが無作為に暴れるようなら問答無用で捕えなければならない」


「……そう、だよね」


「逆に言えば、セレキが出てこないならばこの件は保留だ」


 そう言われてハッとした。

 セレキ自らが暫く大人しくしている、などと言ったのはこの為に……?


「さっきも言っただろう、お前とセレキは別人として考えていると。それから俺の私用があり、茅峨に頼みたいことがある。なので“茅峨”を捕らえられることはしたくないし、今の時点で警士団もそれは出来ないと思っている」

「え……? それってどういう……」

「ホットサンドいいのか」

「あ、た、食べる……」


 あまりそれどころの話ではないのだが、とりあえず茅峨はサンドをひとくち頬張った。

 嘉神は順番に話そう、と口を開く。


「まず単純な話、お前は『一般的な人間』だ。そしてあのネハラ集落を壊滅させたのは『術のような痕跡がある為一般的な人間じゃない』と捜査では考慮されるだろう」

「……術師ってこと?」


「ああ。術を使うのには国の認可と登録が必要だし、無認可の術師を探すのにも時間がかかる。それに茅峨はそもそも術師ではない。故にお前が捕まることは今の時点で薄い……セレキを捕えなければならない、という件はややこしくなるので一旦置いておく」

 嘉神は両手を使い一旦置いておく動作をした。

 話をなんとか噛み砕きながら、「な、なるほど……?」と茅峨はホットサンドを食べ進める。


「茅峨は魔法や術は使えないな?」

「も、もちろん」

「しかしセレキは使える」

「……!?」

 具材の海老とたまごが元気にこぼれ、茅峨は流石に信じられないという顔をした。


「俺、術の勉強なんてしてないよ……!?」


「厳密にはセレキが使ったのは術ではない。警士団の術師は炎を術式だと判断したようだが、本来はやや違う……茅峨、お前は自然の声が聴こえたりするだろう」


 急なその指摘に茅峨は一瞬かなり狼狽えたが、そのまま頷く。


「そう、だけど……でもぼんやりだよ。なんとなくこう言ってるなぁ、みたいな」


「それを強化させたのがセレキの力だ。系統は超能力に近い、簡潔に言えば自然と呼応して発動するサイコスフィア……異能だ」

「さ、サイ……??」


 聞いたこともない。そもそもどうして嘉神はその事を知っているのだろうか。


「先程茅峨を一般的な人間とは言ったが、実際はセレキと同等の能力が内に備わっているはずだ」

「う、うん……えっ!? それ本当に、俺……セ、セレキが超能力者……ってこと!?」


 普段聞きなれない言葉に茅峨は頭を抱える。

 そろそろ脳内の処理速度が詰まりそうだ。


「な、なんか混乱しちゃって……」

「ふむ。先に最後まで食べるか?」


 そう促されて茅峨は戸惑いながらも頷く。

 もぐもぐと小さく一口ずつ食べながら思い返してみた。


 自然の声とかほんとにもう感覚で物心ついた時から感じていて、ただそれだけで。

 自分も出来るとは思えない。セレキみたいに炎を出す、とか……あと……そうだ……


 茅峨は食事を終えて一呼吸つくと、ゆっくりと口を開く。


「あの、村の人たち、炎が広がる前にもう、怪我を……してて……」


 体を容赦なく乱雑に切り裂かれていた。衝撃的な状況の中、確かに思った。

 自分は、セレキは、どうやってそれが出来たのだろう。

 嘉神は茅峨を一瞥し淡々と続ける。


「ああ……私も見た。刃物を持たずに人体を切り裂き致命傷を負わす。そして雨上がりで湿気っていた家屋にも関わらず、集落全土と包む炎。マッチなどの火種を使ったとしてもあの広がり方はおかしい」


「そ、そっか、雨上がりだったのに……」


 不可解な点、確かにセレキが何かの異能力者だとしたら合点がいく。


「恐らくだがセレキは火と風を使っている。空気中の水分を爆発させる火力が瞬間的にあれば大火事にもなる……風の方はわからんが」

「風を鋭くして切るとかじゃ……?」

「どうだろうな、もっとシビアな方法に見えた。セレキと対峙した感じだと、セレキの能力は瞬発力は魔法と似ているが構築は術に近い。故に術式だと勘違いされたのだろうし……私は術は専門外だからな、ロアンの方が詳しい」

「……」


 自然に関した超能力……異能?は、魔法と術の間という感じなのだろうか。

 茅峨はふと訊ねてみる。


「あのさ、魔法と術って結構違うの?」

「違うというか……基本的に暑い場所で雪は降らないだろう。術は化学式をフィルターさせて気温を下げ雪を降らせることが可能だが、魔法は暑いまま雪を降らせられる。法則も容量も無視するものが魔法、ということらしい。俺もよそから聞いた話だが」

「え、嘉神は魔法使いなのに聞いた話なんだ」

「お前、なんで声を出せるのかと聞かれて理屈が答えられるか?」

「う、ううん……」


 嘉神は魔法を息をするように使うから理屈がわからないということなのか。それもすごいことだが。

 そう聞くと魔法は奇跡のようで、だから普通の人間には使えないんだろうなぁと思うと同時に、超能力だって普通は使えないんだけどなぁ……などと茅峨は項垂れる。


「少しやってみるか。茅峨は自然の声でどれが一番よく聞こえるんだ」

「えっ!? そ、そうだなあ……風とか空気? 天気のこととか」


 ふむ、と嘉神は思案し、サイドテーブルに置かれていた紙製のスープカップに目をやり、近くの窓を開けてみる。


「この空のスープカップを浮かせられるか?」

「そ、そんなの考えたことないけど……うーんと……」


 浮くイメージ……窓からの風……空気で持ち上げる感じだろうか。


「……出来そう?」



 独り言のように自然に呼びかけてみる態度に、嘉神は黒眼鏡の奥で少し目を見開いた。


 そしてふわりとカップが浮かぶ。

「あ、待って……」

 何故か茅峨が止めようとしたが、カップは浮いたままその周辺にぶわりと風を起こし、そして天井まではじけ飛んでしまった。


「……」

 嘉神は茅峨を見つめたまま、落ちてきたカップを片手で受ける。


「な、なんか呼ばれたのが嬉しくて調子乗っちゃったみたい……」

 それは風が故意に発言したものなのか、茅峨も戸惑っていた。




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