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灰と血と

作者: すばる
掲載日:2025/12/26

「うぅん……もう朝か」


今目を覚ました男…俺こと、黒蓮阿嘉こくれんあかは人間である。

もし、普通の人間と違う点があるとすれば……父が40歳を超えても厨二病を患っているくらいだ。


「おう、起きたのか。」

「親父、いつも言ってるだろ?その修道服みたいなの着るのやめろって」

「何言ってるんだ。うちの一族は代々吸血鬼様を支えていたんだ。吸血鬼様が姿を消したからって、その誇りを捨てることはできないだろう?」

「だから、そろそろ厨二病卒業してくれない?恥ずかしいんだけど」

「言っているだろう?父さんは厨二病じゃない。本当のことを言っているだけだ」


見ての通り、父さんは頭がおかしい。

今年に46歳になる父さんは朝から真っ黒な修道服的な物を着て、吸血鬼様がどうとか言っている。

正直すごく恥ずかしい。こんなのが仕事もせずに家にいる時点で友人を家に呼ぶこともできなかった。

そして、うちは母がいないので小中の授業参観にもこれが来ていたのだ。

普通の感性を持つ人間ならよくわかるだろう。地獄だ。

友達からは弄られ、一緒に街を歩けばコスプレイヤーと勘違いされる。


「頼むから、やめてくれないか?俺、今日から高校生なんだけど?」

「何を言っているんだ。お前が高校に行けるのも吸血鬼様のおかげなんだぞ」

「そういうこと言ってないで、仕事探してくれないか?ほら、こないだ渡しただろ?タウンワーク」

「そうだ、思い出した。さりげなく机に簡単な仕事に付箋を貼ってあるタウンワークを置くのやめてくれないか?地味に心が削られるんだ。父さんにも威厳とかそういうの、あるだろ?」

「ないけど?」

「いやいや、お前だって小さい頃は将来お父さんみたいになる〜!とか言ってたじゃないか」

「若気の至りってやつだな。あと、その格好するのをやめてくれたら、少しは威厳とか出るんじゃないか?」

「な、なにおぅ……」


父さんが悲しそうに言ってくる。

罪悪感なんて微塵も湧いてこない。どうしよう、もう少し家族愛とか持ったほうがいいのかな……?

いや、いらないか…悪いのはこいつだしな


「あ、今日帰ってきたらすぐに引越しの準備始めるから」

「なんでそんなに一人暮らししたがるんだ…父さん寂しい」

「父さんがそんなんじゃなかったら引っ越しも考えないんだけどな」

「いつでも父さんはかっこいいぞ?」

「ついに頭だけじゃなくて眼も…?」

「父さん阿嘉をそんなことを言う子に育てた覚えはありません!!」

「俺、できるだけ父さんから学ぶことはないようにしてるんだ」

「なんでそんなことを!?」

「なんでわからないんだ…?」

「父さんから学べば素晴らしい人間になれるのにな……」

「あ、もうそろそろ出ないとな」

「無視だと!?」


もうすぐ7時だし、そろそろ出ないとな。

高校の入学式に遅刻するとかありえないしな…

俺は初めて高校の制服に袖を通した。


「行ってきまーす」

「ちゃんと帰ってこいよ〜」

「できるだけ時間潰して帰ってくる」


俺が入学するのは薫ヶ丘高校、偏差値58のそこそこの名門校だ。

校門を潜って、地面に散った桜の花びらを踏みつけて歩く。

ふっと、風に乗った花の香りが漂った。


「おはよう。君も新入生?私と一緒だね」

「え、あぁおはよう」


長くて白い髪を風に揺らした、隻眼の彼女は俺の肩にポンと手を置いた。

日傘をさした彼女は、にっこりと笑って口を開く。


「急に話しかけちゃってごめんね!びっくりさせたかな」

「いや、別にいいよ」

「ほんとっ?よかったよ、じゃあ次会う時まで血は大事にしておいてね!」


そういうと、彼女は俺の傍を走り抜けた。

怪我しないでねでよくない…?可愛かったけど、変な子だなぁ。ただ、なんとなく放って置けない感じがした。


歩いていって、俺は下駄箱の扉にデカデカと書かれたクラス表を見て、教室へと向かった。

俺は3組かぁ…扉を開いて教室に入る。

入学初日の教室は静かだった。同じ中学校から進学してきたであろう一部の生徒だけは小声で会話しているけれど


「うわ!偶然だね!」

「え、だれ…って、朝の美少女?」

「美少女だなんて…君、口がうまいね」


ニコニコと笑って、俺の肩に手を回して言った


「私を煽てて何かしてほしいことがあるのかな?」

「いや、別にないよ」

「ないのかぁ…結構私、告白とかされてたんだけどなぁ。もしかして私、魅力的じゃない?」

「いや、そんなことないけど」


なんか、あんまり構うと面倒くさそうだな……

そう思いながら、ぺちゃくちゃと語りかけてくる彼女を無視して黒板に貼ってある座席表を確認する。

お、一番後ろの席だ。やったぜ

授業中は寝る。それに限る。

え、勉強?それはできそうな時に家でやるから問題ない


「ねぇねぇねぇ、なんで無視するの?」

「なんで話しかけてくるの?」

「なんか、おいしs……気が合いそうだったから」

「今なんて言おうとした…?美味しそうって言った?」

「いってないよ。おいシスターって言おうとしただけ」

「なんで突然シスターに命令しようとしてるの?」


俺の隣の席に座って、彼女が話しかけてくる。

無視すればいいのだが、なんだか無視するのは気が引けた。

なんだろ……?この気持ち……母性?


「え、君そこの席なの?」

「んぇ?あぁ…わかんないや。まあ、空いてたからいっかなって」

「席順見てきなよ」

「面倒くさいなぁ?」

「見ないほうが後々面倒くさいことになるよ?」

「そっかぁ……」


彼女が黙ると、教室を静寂が支配した。

あれ、さっきまでも静かだったけど、もうちょっと雑音はあった気がしたんだけどな…今は、時が止まったように無音だ。

というか、周りの生徒がみんな固まっている…


「なんで、みんな固まってるんだ…?」

「さぁ?私たちのどっちかが突然時を操る能力に目覚めたとか…!?」

「流石に違うでしょ…あ、カーテン開けるね?ちょっと暗いし」

「えっ!?ちょっとそれはやめてほしいかなぁ」

「なんで?明るいほうが色々やりやすくない?」

「私、暗いほうが好きなんだよね。お願い」

「ふーん、まぁいいか」


暗いほうが好き……か、世界にはそういう人もいるんだなぁ

高校生になって世間とか社会とかをわかったような気分になっていたが、まだまだわからんものだな。


「ねぇねぇねぇ!!!私ここの席だったよ!すごくない!?運命だよ!!!」

「すごいね、そうだね、運命だね。よかったよかった」

「なんかすっごい雑じゃない!?」

「雑じゃないよ」

「それならいいけど」


この子……隣の席なんだ…うるさそうだな…

というか、事実うるさいしなぁ…

最初の席替えっていつだろ?


「ねぇ!無視しないでよ!?」

「え、ごめん聞いてなかった」

「ひどくない!?私結構喋ってたよ!?」

「考え事してたわ…」


名前も知らない少女と会話していると…ガタリと、少し前の生徒が立ち上がった。


「あ、あの…俺、そいつより面白い話できると思います!」

「え?えっと…だから?」

「そんなやつとじゃなくて俺とお話ししませんか!?」

「えぇ〜?ごめん、あんまり興味ないかなぁ」


え、失礼すぎない?

なんで俺は突然こいつに馬鹿にされてるんだ…?

なんか、やかましい少女の声も冷ややかだし。ちょっと怖いんだけど…


「な、ならなんでそいつと!興味なさそうじゃないっすか!」

「えぇ、面倒くさいなぁ…別に私が誰と話してても自由じゃない?」


それは自由だけど、うるさいからそっちと話してくれるならそれはそれで…

うん、その方がいいや。あんまりしつこくされるのも嫌だし。


「あの、俺は別にいいから二人で話たら?」

「え?別に私この人と話したくないんだけど…」

「あのっ!こいつもこう言ってますし、俺と話しましょうよ!」

「いやだよ」

「なんでですかっ!!」


少女と、男子生徒の言い争いが過激化してしまった…

どうして……?

別に俺のことは放置して話してこればいいのに……


「なんで君は黙ってるのさ!私がこの男に取られちゃうよ!?」

「いや、君を手に入れたつもりないんだけど」

「な、なにをぅ…!?」


少女は、今もなお話しかけ続けている男子生徒を無視をして俺に話しかけてきた。

彼、無視されても懸命に話しかけてるよ?返事してあげないと可哀想じゃない…?


「むぅ…私のこと無視するとは…失礼なやつだね…!」

「君も無視してたじゃん」

「私はいいの!!」

「それ、ずるくない??」


それからも無視され続けた男子生徒は、泣きながらさっていった…


「彼、帰っちゃったよ?可哀想じゃない?」

「え…私あの子には興味ないし…」

「クラスメイトだよ…?」

「え、だから?」


その後、数人の男子が話しかけてきて同じ末路を辿った…

なんであんなに話しかけてきたんだろ…?それまでに玉砕した戦士たちを見て学べばいいのに…なんでだろうな…あ、この子可愛いからかな?

俗に言う一目惚れってやつをしたんだろうな。きっと…なら、人を下げて自分を上げるのやめればいいのに…


「ねえ、今から入学式だって!一緒に行こ〜」

「確か、体育館に行けばいいんだっけ?」

「うん!書いてある経路を辿ればつくらしいよ」


体育館に向かって、入学式の長い話を聞いて教室に戻った。

無駄に長かったな…


「話長かったな…」

「ほんとにね〜私、一回の会話で耳にタコができたの初めてかも」

「あれ、同じことを言い換えて4回くらい言ってたもんな」

「無駄過ぎたよね〜」


俺と少女は教室の席に戻ってうんざりした顔を見合わせていた。

担任から、配布された教科書の内訳の資料を渡されて家に帰った。


「父さん!俺の教科書どこ!?今日届いてるはずなんだけど!」

「配送先を新居に変更してもらっておいたぞ〜」

「まじか!さすがだな父さん。珍しく見直したぞ」

「珍しく…っていうか見直す!?元々父さんのこと馬鹿にしてたのか!?」

「うん」


ダンボールを父さんの車に詰めて、新居に向かう。

ちなみに、俺はそこまで服やインテリアに凝る方ではないので、ダンボール2つ分くらいで済んだ。

家具は新居に用意してくれてるらしいから本当に必要なものはあんまりなかった。


「いやぁ…いよいよ阿嘉が父さん離れするのか…寂しいなぁ」

「そうだな…寂しいから次会うときは3年後だろうな」

「高校の卒業式までは顔を合わせないつもりなのか!?」


当たり前だろう…こんな厨二病を患ったいったいおっさんと顔を合わせたいわけがないだろう。

父さんとダンボールを新居に運び込んだ。

そのまま、父さんが出て行った。


「じゃあ、父さんは帰るな。時々会いにくるからな〜」

「おう、できるだけ来ないでくれ」

「おう!月一くらいで顔観にくるからな〜」


来なくていいのに……てか、修道服のおっさんが運転する車に乗るのも嫌だったのに、エントランスにあんなのがいるだけでも嫌なんだけど……

玄関の鍵を閉めて、ダンボールを開封していく。


「これ、どうしようかな……父さんから押し付けられた修道服……」


捨てたいけど…面倒臭いんだよなぁ…絶対父さん怒るし…

これ他の服3着分くらいあるし邪魔だなぁ…

めんどいから適当なところに置いておくか

タンスに服をしまってから時計や卓上ライトを設置した。


「ふぅ……疲れた…」


設置を終えた俺はやることがなくなって、テレビをつけてみたが……面白いのないな…

どうせならもうちょっと実のある時間を過ごしたいし……散歩でもいくか?


「散歩かあ…疲れてるけど…うん、行ってみようかな」


運動靴を履いて、玄関のドアを開けて外に出る。

太陽の沈んだ街からうちの中に、寂しげな風が吹き抜けた。


「最近は春でも暑いけど、日が沈むと涼しいな」


独り言を呟きながら歩き出して、いつも見る街並みとは違う新街並みに新鮮さを感じる。

コンクリートで仕切られた家の間を縫って進みながら、鉄柵に覆われた公園、真っ赤に彩られたポストに通行止めの標識を眺める。

これまでにみたことがある景色も、出発点と終着点が違うだけで全く違うものに見えた。

不思議な感覚に囚われながら、街を歩く。

街そのものが巨大な怪異に取り憑かれたのかと錯覚するほど、これまでみてきたものが違うものに感じた。

チカチカと点滅する街灯が照らす曲がり角に、長く伸びた影が現れた。

ばっと角から現れた人影に押し倒された


「うわ、な、何すっ……!?」

「え、あっ…ごめんなさい」


俺を押し倒した白髪の少女の、赤い目と真っ白な尖った犬歯が街灯に照らされて怪しく光っていた。

一瞬、俺はその少女の美貌に見惚れて何かに気がつく


「……ん?お前…?」

「あっ!」


声を上げた少女は目を見開いて俺に向かって指をさして言った。


「君…隣の席の…!?」

「え、あ今朝の美少女だ…とりあえず、退いてくれない?重いんだけど」

「……重くないし」

「いや、そこじゃなくて…退いてよ」

「重くない」


目からハイライトを消して、撤回を求めてくる少女に俺は気圧される。


「お、重くないです……退いてくれませんか…?」

「よろしい。退いてあげる」


俺に馬乗りになっていた少女は、俺から降りて立ち上がる。

俺も立ち上がって、背中の砂を払う

くっ…圧力に負けて撤回してしまった…日本人の血め…


「あの、ごめんね。怪我してない?」

「え、あぁ、それは大丈夫だけど…なんで飛びかかってきたの?」

「それは…えっと、変な子って笑わないでね?」

「うん。笑わない」


少し、迷った彼女は目をとじて一拍置いてから言った。


「君ってさ、吸血鬼って信じる…?」

「信じない」

「一言でバッサリ!?」


いや、信じるわけがないだろう……

この子も父さんと同じような悲しき重症患者か…


「お前…えっと、名前は?」


よく考えると、俺と少女は互いの名前を知らない。


「あ、まだ名乗ってなかったね!私は紅霞堂月姫こうかどうつきひだよ」

「俺は黒蓮阿嘉だ。よろしく」

「それでさ、阿嘉は吸血鬼とか信じてないんだよね」

「あぁ。微塵も信じてないし、今のところ紅霞堂のことは哀れな厨二病の重病患者だと思ってる」

「……私、厨二病じゃないんだけど?」

「じゃあ、なんだ?吸血鬼は実在するとでも言うのか?」

「うん。だって、私がそうだもん…ほら!」


紅霞堂は唇をイーッと引っ張って、尖った犬歯を見せつけてくる

だから、飛びかかったとでも言いたいのだろうか?


「実は私、3ヶ月くらい血を飲んでないからお腹空いてて…」

「で、たまたま出会った俺に飛びかかったと?」

「初めて会った時から君の血が美味しそうだと思ってたから…」

「だから話しかけてたってことか?」

「うん。仲良くなったら血を飲ませてくれるかなって」

「どんだけ仲良くなっても嫌だけど?」

「これで信じてくれたよね?」

「あぁ、凝った設定だな」


ものすごく凝っているし、今のところ矛盾点も多分ない。

彼女は小説家とか向いているかもしれない。


「違うよ!設定じゃないもん!!」

「そうか…可哀想に、卒業できなかったんだな…」

「違うよっ!?」

「大丈夫だ、高校の間には卒業できるように手伝ってやるからな」

「……本当に違うんだけど!?」


ワタワタと手足を振りながら、紅霞堂はなんとか証明しようとしている。


「うーん、えっと……うぅ〜…あっ!吸血鬼だから魅了チャームとか使えるよ!!」

「そうか、じゃあ見せてみてくれるか?」

「…子供扱いしてない?」

「してない」

「そうなの?じゃあいいや…今から使うから見ててよ!うぅむむむ…」


紅霞堂の赤い目が、光を帯びていった…

んなっ!?目が光ってる…!?まさか…本当に…!?

…………何も、起きないな

もしかして俺が気がついていないだけでもう魅了されているのだろうか…?


「なあ、まだか…?」

「…が…ないの」

「え?」

「血が…足りないの!!」

「はぁ?」

「もう3ヶ月くらい血を飲んでないから、力が足りないんだもん!!」

「いや、だもんって…」


まあ、魅了チャームとやらも設定の一部なんだな。あんまり突っ込むと可哀想か…

それにしても、手かどこかにライトを隠していたのだろうか?

マジシャンも向いているのかもしれない


「そうかそうか。血が足りないなら仕方ないな。それじゃあ俺、もう帰るから」

「……うー!!ほんとだもん!信じてよ!」

「信じてる信じてる。」

「人間が同じことを2回言うときは大体適当なんだよ!!もぅ!」

「ごめんごめん……うん?てか、お前制服じゃん。家帰ってねぇの?」

「また2回行ってるぅ…あぁ、これ?私、3ヶ月くらい前に家追い出されちゃったからさ。あんまり服持ってないんだよね」

「いや、お前その頃まだ中学生だろ?設定にしても、もう少し考えて作れよ」

「ふふん、年齢的にはそうだけど、吸血鬼ならそれでも生きていけるから」

「その設定、まだ続けるの??」

「設定じゃないんだけど!?」


紅霞堂が俺の顔を覗き込みながら言った。


「じゃあ、私が今住んでるところ見せてあげたら信じてくれる?」

「いや、信じてる信じてる。大丈夫だよ。また明日から学校で会おう?」

「だから2回はダメなのぉ!いいからついてきてよ!」

「はぁ……わかったわかった…ついてくよ…それでいいだろ?」

「やったぁ!!途中で逃げちゃやだからね!」


そう言って、俺の腕を引っ張る紅霞堂。

そして…俺が連れて行かれたのは、公園に置かれた大きめの段ボールの箱だった


「えっと、何これ?ゴミの山?」

「ひどい!私の家だよ!!ほら!」


穴を塞いでいた段ボールを紅霞堂が外して中を見せてくる。

そこには、おそらく配送で使われた段ボールをそのまま流用したであろう本棚と地面に散らばった服と下着があった…


「ふむ、ピンク…か」

「え?…わぁっ!!ちょちょちょちょっと待ってて!片付けるからっ!!」


背中を押されて、追い出された俺は段ボールの前で待っていた。

いや、これ…まじなの…?

設定とかじゃなくて中3で捨てられるってまじ…?


「よし!綺麗になった!入っていいよ!!」

「あぁ、ありがとう…」

「ふふん!普通の家には劣るけど、雨の日でも雨漏りしないんだよ!!」

「そうか…そうだな…すごいなぁ…」

「えっ、なんで泣いてるの!?ちょっと、撫でないでよ!子供扱い嫌いっ!!」


いや…可哀想にも程があるんだけど…?

え、この子これからずっとここで生活してく感じ?


「紅霞堂は…」

「月姫でいいよ。家にまで呼んだ中だからね。私も阿嘉って呼ぶし」

「わかった。月姫は、ずっとここで生活するつもりなのか?」

「え?うん。元々吸血鬼はみんな洞窟暮らしだったからね。あんまり変わんないよ」

「え、今シリアスシーンなはずだったんだけどその設定まだ続けるの?」

「むぅ…!なんで信じないのさ!でもね…ここには絶対に信用させる秘密兵器があるんだよ」

「そうなのか…シリアスさんかわいそう…」


ガサゴソと、段ボールから教科書やらクッションやらパンツやらを投げ出しながら一つのパックを取り出す。

片付けたわけじゃなくて、落ちてたものを詰め込んだだけじゃねぇか


「ジャーンッ!輸血パック!!」

「ふむ、今度は黄緑のストライプか…」

「そっちに注目しないでよっ!?」


「もうっ!」と怒りながら、彼女は輸血パックを見せつけてくる。


「いちごジャムか?」

「違うよっ!?輸血パック!!書いてあるでしょ!?」

「いや、輸血パックとかこんなところにあるわけないだろ」

「むぅ…特別だからね…!」


そう言って、輸血パックを開封した月姫が俺に突き出してくる

え、何…?


「一口あげるっ!特別だからねっ!」

「え、いらない…」

「このまま私が飲んでもこれが血だって阿嘉は信じないでしょ!?」

「うーん…確かに」

「ほら!だから飲んで!」


渡されたパックに口をつけて、少し吸う


「うわぁ…鉄臭っ!?マジの血だろこれ!?」

「そりゃ、そうでしょ」


チューっと、パックの残りを飲み干して月姫が笑う


「ふふん!信じてくれた?」

「まぁ…少しは」

「むぅ…」

「あ、血を飲んだんだし魅了チャーム使えるのか?」

「うっ…輸血パックだと全然栄養補給にならないんだよね…どちらかというと、お腹だけいっぱいになる感じ」


そうなのか…どうせなら、吸血鬼パワー的なものを見てみたい


「じゃあ、俺の血を吸えば?腹減ってんだろ?」

「いや!」

「え…?」

「いや!!私は人の血を吸わないことにしてるの!」

「いや、仲良くなったら吸うって言ってただろ…」

「えっと、ちょっと我慢できなくて…本当に美味しそうだから…」

「てか、輸血パックだと栄養補給できないならお前そのうち死ぬだろ」

「そうだよ。でも、それでいいかなって」

「よくないだろ」

「いいんだよ」


ふと、笑った月姫は手に持っていたパックを投げ捨てた。


「私はいいんだよ。私は人間が好きだから。人を傷つけたくないの」

「だからって、お前が死ぬのは違くないか?」

「ううん。私は毎日を楽しく生きて、血が足りなくなった時に幸せなまま死ぬんだよ。それが、私の人生設計。」

「いや、それどうなの?お前に死なれて困る人とかいないの??」

「あ、もうすぐ日付が変わっちゃうね…ちょっと、話しすぎちゃったかな。引き止めちゃってごめんね。また明日学校でね」


矢継ぎ早に話し終えて、俺を段ボールの中から追い出そうとしてくる

流石に段ボールハウスの友人と明日から同じ感覚で関われる自信がない…


「いや、お前…流石に同級生がこんなのの中で暮らしてるのは看過できないんだけど」

「別に気にしなくていいよ。私、腐っても吸血鬼だから腕っぷしではほとんど負けないから」

「それでも、だろ」

「だったら、どうするの?」

「うちに住ませてやる」

「…それに、急に言っても家族の人が認めないでしょ」

「いや、俺今日から一人暮らしだから大丈夫だよ」


クラスメイトがダンボールハウスで生活してるのはちょっと…見逃せないからな、

強引に月姫の腕を引っ張って、立たせながら言う。


「よしっ!荷物まとめろ!今日から生活したほうが楽だろ!」

「いや、迷惑じゃないの?」

「別に…てか、ここでも俺の家だろうがこのまま輸血パック生活して死ぬなら少しでもいい生活したほうが幸せだろ?」

「それはそうだけど…」

「とりあえずうち来い…!お前風呂入ってないだろ」

「は、入ってないけど…香水つけてるし…」

「それいつか最悪な匂いになるだろ…今もちょっと匂うぞ…?」

「ネ、ネカフェとかいくし」

「なら、うちにこれば解決だな」

「それ意味繋がってないでしょ!?」


無理やり荷物をまとめさせて、その段ボールハウスを取り潰す。

「わぁあああ!私のお家がっ!」とか泣いている。

可哀想だけど、こうでもしないと家にこなさそうだし

その後、いくつかの段ボールに月姫の荷物を詰めて俺の家まで向かった。


「俺のものより多いんじゃないか…?まあ女子の着替えは多いからしょうがないか…」


エントランスを抜けて、俺の部屋に入る。

玄関から入ってすぐの俺が使っていない部屋に月姫の荷物を詰め込む


「月姫はこの部屋な」

「あ、ありがとう…」

「どうかしたか?」

「いや…あの、なんで私君の家にいるの…?」

「え、クラスメイト…というか友人が公園でホームレス生活してるのは心苦しいから」


そういうと、月姫は自分を指さして言う。


「でも、私吸血鬼だよ?」

「だから?」

「もしかしたら、君のことおそっちゃうかもよ?」

「そんときは必死で抵抗するよ」

「普通の人間にそんなことできるわけないじゃん」

「やってみないとわからないだろ」

「わかるよ」


呆れたような顔をして呟いた彼女に、俺は自信満々で言う


「いいや、大丈夫だ…最後に負けても抵抗自体はできる」

「それ、君死んでると思うけど」

「まあ、そん時はそんな時だ」

「私、君を殺したくないんだけど?」

「じゃあ、頑張って耐えてくれ」

「理不尽だねっ!?」

「ま、代わりに宿を提供するから」

「それはありがたいけどさぁ…なんかいい匂いするし…これが生き殺しってやつかな?」


ぶつぶつと言っているが、まあ出て行こうとしたりはしていないからいいだろう。

俺の匂いがいい匂いってのは本当なのだろうか?


「あれ、月姫は飯は食うのか?」

「食べないよ。基本的に血と水分さえあれば生きていけるから」

「そうなのか。じゃあ俺の分だけでいいか」


そう言って、カップラーメンにお湯を注いで3分計る

これがこれからの俺の主食になる予定だ。


「ねぇ、いつも夜ご飯それなの…?」

「え、いや…前は父さんが作ってたんだけど…俺は自炊できないからな」

「お父さんはいないの?」

「いるけど…一緒に生活してるとそれ以外の部分でストレスを与えてくる」

「ふーん…ねぇ、私ご飯作れるよ」

「え?お前は食べないんじゃないの?」

「いや、私が追い出されてすぐの頃に私を匿ってくれた人に教えてもらったんだよ」

「え?じゃあ、なんで今はその人の家じゃなくて、段ボールに……?」

「その人仕事はわかんなかったけど、よく怪我してたから。血の匂いがちょっと…我慢できそうになくって……」

「へぇ、吸血鬼って大変だなぁ」


ピピピ…とタイマーが3分を告げたので、蓋を外してから俺は麺を啜る

美味いな。特にこの不健康そうな味が


「不健康な匂いがする…」

「まあ、今家にあるものなんて醤油と塩のカップ麺だけだしな」

「不健康の極み…!?」

「失礼だな…」


ダイニング机の俺の対面に座った彼女は不満そうに俺が麺を啜るのを見ている。

別に、見なくていいのに…そんなに見ても他に何か食べ物あるわけでもないし…

だからさ、ぶつぶつと野菜の名前を言うのやめない?俺野菜あんまり好きじゃないんだよね



俺が食べ終わったのを見て、彼女は息をついて覚悟を決めたように口を開いた


「住まわせてもらうのに、事情を何も言わないのは良くないよね」

「別にいいよ」

「ううん、私がよくないの。」

「なんでだよ」

「もしかしたら、君に迷惑がかかるかもしれないから」

「迷惑はかけられる前提で連れてきたから問題ねぇよ」

「でも、その理由を知る権利が君にはあるんだよ?」

「あんまり、重い話は好みじゃないんだ」

「そっか」


月姫はあははと笑って気まずそうに頭をかいた


「あ、ちなみに私が死んでも勝手に太陽で焼けて消滅するから君に迷惑はかからないと思うから安心してね」

「いや突然、クラスメイトが死んだら困るだろ」

「大丈夫。私が死ぬときは転校とかってことになると思うから」

「それ、俺には当てはまらなくないか?……?」


不思議に思った俺は首を傾げた


「まぁ、そうだね…でもさ、私が死んじゃったことを誰も知らないなんて寂しくない?」

「教師とかは知ってると思うぞ」

「それは、お仕事でしょ?」

「確かに」

「もし、私が死に損なったら、動けないうちに殺してね?」

「まあ…苦しそうなら、介錯くらいならしてやるよ」

「ありがと」


嬉しそうに、彼女は顔を綻ばせる


「それに、俺に止める権利もないからな…」

「別に、阿嘉がそういうことをしたくないて言うのなら、私が出ていけばいいだけなんだよ」

「どっかで野垂れ死なれてモヤモヤする方が嫌だし、どうせならうちで死んでくれ」

「そんな監禁癖のあるメンヘラみたいなこと言わないでよ」

「あ、できれば、俺を殺すのはやめてほしいな」

「そうなりそうなら、太陽の下で焼かれて私が死ぬよ」

「それはそれで良心の呵責に苛まれそうではあるけど…」

「それは、ごめんね」

「てか、どれくらいで死ぬのかってわかるのか?」


それがわかれば、少しくらい覚悟はできると思うんだよな


「うーん、わかんない」

「わかんないのか…」

「だって、これまで輸血パックだけを飲んで死んだ吸血鬼はいないんだもん。みんな我慢できずに、人間を襲って血を吸っちゃうの」

「そうなのか……ま、なんでもいいか。なんと言おうがこれから同棲することになるのは変わらないからな」

「ど、どうせいっ!?」


そういうと月姫はぼふっと顔を赤くした。

熱でもあるのだろうか…?

あれ、吸血鬼って熱出るのかな?


「え、どうした!?」

「あ、阿嘉が恥ずかしげもなくそんなことを言うからだよ!?」

「…吸血鬼にいっちゃいけない言葉とかってあったっけ?ポマード?」

「違うよっ!ど、同棲とか…なんか響きが恥ずかしいじゃん」

「そうか…?恋愛感情があるわけでもあるまいし、関係ないだろ」

「その考え方へんだよ!絶対やめた方がいい!!」


ギャーギャーと月姫が騒いでいるが、一旦無視して考えをまとめる。

というか、こいつどうやって昼に外を歩くのだろうか?


「なぁ、月姫お前どうやって昼間外出するんだ?」

「え?あぁ、ちょっとくらいなら大丈夫だから日傘をさしてるよ。日差しが強い時はちょっと体が焦げたりするんだけどね」

「へぇ〜結構対策できるんだな」

「最近の吸血鬼はハイテクなんだよ」

「やってることは結構ローテクじゃない??」


食べ終わったカップ麺のゴミは、捨てる前に水で濯がないといけないらしい。

俺が適当に捨てようとしたら、月姫が止めてきた。


「ねぇ、阿嘉はなんで私を拾ったの?」


カップ麺のゴミを水につけていると、月姫が聞いてくる。


「え、顔合わせた時にこいつダンボールハウスで生活してるって思うと、罪悪感がありそうだったから…」

「それだけなら、別に警察でもなんでもそう言うのを保護してくれそうなところに連絡すればいいでしょ?」


確かに、それはそうなのだが…

なんというか、父さんがいつも吸血鬼を崇めてるせいで、なんとなく適当にしたくなかったんだよな


「ま、いろいろあるんだよ」

「ふーん…まぁ、どうせ私はもうすぐ死ぬからね。あんまり仲良くしすぎると後悔するよ?」

「せいぜい気をつけるさ」


こうして、俺と月姫の同棲生活が始まったのだった。


翌朝。

窓から差し込む朝日が部屋を照らす。

ベッドの上で目をこすった俺は、台所から聞こえてくる物音に気づいた。


「……なんだ?」


そっとドアを開けると、エプロン姿の月姫がキッチンに立っていた。

背伸びしながら、慣れない手つきでフライパンを振っている。

うち、エプロンあったっけ…?


「お、おはよ……」

「あっ! 阿嘉!? なんで起きてくるの早いの!?」

「いや、普通の時間だろ……何してんだ?」

「え、えっと……朝ごはん。お世話になるから、せめてこれくらいは」

「俺の自己満足だから、気使わなくていいのに」

「大丈夫、私のも自己満足だから」


何を作っているのだろうと、俺はしてやったりと笑っている彼女が握るフライパンを覗き込む。


「何これ…炭?」

「す、スクランブルエッグ…なんだけど…」


フライパンから立ちのぼる匂いは、ものすごく焦げ臭い。

でも、その必死な横顔を見た瞬間、俺は笑ってしまった。

ジューッと音を立てて、スクランブルエッグだった物体は未だ加熱され、さらに黒い塊へと変わっていく。

月姫は慌てて火を止め、振り返ると赤い目を潤ませた。


「ち、違うもん! さっきまではちゃんと黄色だったのに……!」

「いや、まあ……努力は認めるよ」

「ぐすっ……バカにしてるでしょ」

「してないしてない。……ほら、焦げてても食えるだろ」


料理ができると…聞いていたのだが、出されたのは暗黒物質ダークマターだった

皿に盛られたそれを一口食べた。

味は……うん、炭。

でも、不思議と嫌な気はしなかった。


「……意外と、悪くない」

「ほんと!? やったぁ!」

「まあ、調味料の味しかしないけどな」

「むぅ……明日は絶対成功させるから!」


得意げに胸を張る月姫。

その仕草が妙に眩しくて、俺は目を逸らした。


「というか、うちに食材なんかなかっただろ」

「え?あぁ、近くに24時間営業のスーパーがあったから買ってきたんだ」

「そのエプロンもか?」

「うん!どうかな?」

「めっちゃ可愛いと思う」

「ありがと」


皿を下げていく彼女の後ろ姿を見ながら、俺はこの日常が少しでも長く続くことを願ってしまった


でも、この日常も長くは続かないことは、理解している。

そして、それが俺の力では変えようがないことも


「ねぇ、どうしたの?阿嘉。眉間に皺がよってるよ?無理にあんなの食べるからお腹壊しちゃった?」


彼女は“血を飲まない吸血鬼”だ。

いつか必ず限界が来る。

それでも、俺は今日という日を、彼女との毎日を、できるだけ笑って過ごそうと思った。



それから1年経って、彼女はまだ死んでいなかった。


「阿嘉〜今日学校一緒に行こ〜?」

「いかない。お前、モテすぎて一緒に登校すると妬み僻みがものすごいんだよ」

「えぇ〜、そんなの気にしなければいいじゃんか〜」

「俺、時々実害が出るから無理」


この一年で月姫は、かぐや姫とかいうだっさい異名と共に学校中で有名になっていた。

そして俺は、彼女と1年を共にして随分と彼女に惹かれていた。

正直、心のどこかで彼女に死んでほしくないと考える自分がいることにも気がついている。

だけど、それは月姫の覚悟を踏みにじることに他ならなくて、彼女のことを想うならそれを口に出してはいけないこともわかっていた

だから、俺はそれを隠し通す…彼女の死に直面して、俺が本当に黙っていられるのかは…わからないが


「おーい!阿嘉!今日は一緒に行こ〜!」

「嫌だって…」


正直学校には一人で行きたい…僻み妬みがとてつもなく面倒臭い…

実際俺も彼女に惹かれていて、その気持ちがわかってしまうからこそ、なお面倒くさい


「学校には一人で行ってくれ」

「や〜だよ!!」


月姫はリュックを背負った俺の服の裾を掴んで、勢いよく家から飛び出した。

玄関の鍵はオートロックだから、閉める必要はない。


「おまっ俺まだ準備終わってないんだけどっ!!」

「学校に置き勉してるでしょ」

「それでもだよっ!」


俺の言葉を無視した月姫がぴょんっと飛んで、玄関の目の前の柵を飛び越えて地面に向かって落下していく

月姫に無理やり連れて行かれる時は、いつもいつもこうだ。

本当に怖い。無理、心臓がキュッてなる……


「だから!これやめてってば!こんなことしなくても間に合うでしょ!?」

「え?楽しいでしょ?」

「ただただ怖いだけだよバカなのふざけるなよ」


俺がブチギレていると、月姫の肩からフスフスと焦茶色の煙が吹き出していた。

曇ってるからって横着をして日傘をささないからだぞ……去年は、これくらい問題なかったのにな…


「おい、ちょっと肩焦げてるぞ。いくら曇ってるとはいえ、日傘さした方がいいんじゃないか?」

「え?うーん、めんどくさい…代わりに傘持ってくれない?」

「え、やなんだけど……」

「お願い〜!今度やからに絡まれた時も守ってあげるからさ〜」

「そのヤカラの出現原因お前なんだけど」

「…だめ?

あ、ちょっと待って、ちょっと腫れてきた…このままじゃ焼け死んじゃう」

「はあ、もう仕方ないな…」


日傘を広げて、月姫の上に差し出す。

ニコニコと、嬉しそうに俺に身を預けてくる月姫に苦笑しながら俺は学校への歩みを進める。

結局、一緒に学校に行くことになったな……まあ、いいか。一緒に登校するのも楽しいからな。


相変わらず薄暗い教室に入ると、俺たちに視線が集まる。

嫉妬や僻みや羨望が混ざり合った視線だ。

ちなみに月姫の特性は教員には伝えられているのか、教室のカーテンは開放厳禁となっている。

月姫が俺の袖をクイっと引っ張って小声で言う


「図書室行く?」

「いや、いいよ。どうせ変わらないからな」

「そっか」


相変わらず、俺の隣の席に座っている月姫は俺に話しかける。


「あ、忘れてた。これ阿嘉のお弁当」

「お、ありがと」


ピンクの巾着に包まれた四角い箱を受け取ると、周りから視線に加えて呪詛のような言葉が発された。


「こういうの、私ほんっとうに嫌い」


月姫がそういうと、周りはしんと静まり返って視線を俺から外した。

こいつら…都合いいな…?

って、あれ…?

俺は、ふと違和感を感じて口を開く


「なあ、月姫…ちょっと焦げてないか?」

「…え?」


月姫から、うっすらとだが白煙が立ち昇っていた


「うわ、ほんとだ…やっぱりそろそろまずいのかなぁ…?」

「…気をつけろよ」


彼女からしても、自分の最期が近いことはわかっているのだろう。


「まあ、最後まで幸せに生きるよ。私は」


にこりと笑った彼女は、どこか弱々しくて……それ以上に美しかった




授業を終えて、日が暮れるまで図書館で時間を潰してから月姫と一緒に下校する。


「ねぇ、阿嘉…ちょっといい?」

「どうした?」

「いや…あのね、私そろそろまずいかも」

「やっぱり?」

「持って、あと1週間くらいかなぁ…もしかしたら途中で理性がなくなるかもしれないけど」

「それなら、学校サボって色々なところで遊ぶか?」

「ううん…いつも通りがいいな」

「そんなもんか?」


どうせなら、普通だったらできないことをすればいいのに

俺が困惑していると、急に月姫が走り出した。


「うわ、ちょっと待てよ」

「やーだよ!!」


ピューっ!と走っていった月姫を見送りながら、俺は追いかけて走り出した。

数十分ほど走った先にある公園でなんとか追いついた俺はそのばで倒れ伏した


「お、お前…早すぎ…全力で走るなよ…本来、人間は車と同等の速度を出すことは不可能なんだぞ……」

「ふふふ!どうして私が人間に気を使わなければならないのかな?」

「なんで悪役風なんだよ」

「その方がかっこいいかと思って」


ブランコを地面と水平に漕ぎながら、月姫がこちらに視線を向けてくる。

ブランコって、こんな座面上がるんだ…?

そんなことを思っていると、座面を蹴って、月姫がぴょんっと飛び跳ねて着地する


「よいしょ!!」


地面が抉れて、土煙が飛び散る


「うわ…威力えぐ…」

「ふふんっ!吸血鬼パワーだよ!」

「これまで、こんなにアホみたいな力出てたっけ?」


純粋な疑問だったのだが、月姫が一瞬顔に影を落とした


「吸血鬼の力を制御できなくなってきてるんだよ。本当に、最期が近いのかもねぇ」

「お前、怖くないのか?」

「怖いに決まってるじゃん」

「だったら、なんで血を吸わないんだよ」

「死ぬのより、人間を殺す方が嫌だからだよ」


ーー俺は、お前が死ぬ方が嫌だけどな


俺は、思わず口から出そうになったその言葉を飲み込んで他の言葉を口にする


「なあ、俺とお前ってだいぶ仲良くなったよな?」

「え?親友を超えた類友だと思うけど」

「いや、類友は友人の区分じゃないぞ」

「えっ違うの…?」


すっとんきょうな月姫の声を聞きながら、俺は話を本題にもどす。


「お前、仲良くなったら血を吸いたいって言ってたよな」

「一回気の迷いでいったことはあるけど、本気にしないでよ」

「いや、せっかく仲良くなったんだ。俺の血を吸ったらどうだ?」


正直、こんなことを言う自分が情けないとおもう。

中途半端に同情して、生きていてほしいと…死なないでほしいとはっきりと彼女に言うことができない自分が…本当に情けない


「嫌だよ。阿嘉は協力してくれるっていってたじゃん」


月姫が、じろりとこちらを睨んでくる


「絶対に、私は血を吸うことはないよ」

「なんでだよ」

「私が、人間が好きだから」

「それじゃあ、俺が納得できない」


はっきりというと、彼女は悲しそうに目を伏せる。


「この際だから、はっきりと言わせてくれ。俺は、月姫に死んでほしくない」

「私も、死にたくて死ぬわけじゃないよ。人間を一人も傷つけないために、私が犠牲になるため」

「お前のためになら傷つけられてもいいと、言っている人間が目の前にいるぞ」

「ごめんね。私は、他のどの人間よりも…阿嘉を殺したくない」

「貧血くらいじゃ、俺は死なねぇよ」


月姫に一歩近づいて俺はいった。

そうは言ったものの、死んでもいいと…俺は思っている

この言葉で、彼女が揺らいでくれるのならそれが一番いいと思った。


「でも、私は…」


それでも口籠った彼女に、俺は耐えられずに口を開いた


「でもじゃねぇ…俺は、お前が好きなんだよ!自分の命よりもお前のことを大事に思っちまうくらいにさ!だからさっ、生きてくれよ…なんで…一人で死のうとするんだよ…」

「だったら、なおさら吸えないよ」

「どうしてだよ」

「私、ちょっとでも血を吸ったら…我慢できる自信がないの。だから、どっちが生き残っても、叶わないんだよ。その恋は」


彼女は、話は終わりだと言わんばかりに背を向けて歩き出した…

結局、彼女は血を吸わないで死んでしまうのだろうか



家に帰って、風呂から出てきた月姫の長い白髪を櫛で梳かしながらドライヤーで乾かす

長くて綺麗なその白髪を乾かしてそれの手入れをするのはいつからか俺の仕事になっていた。

乾かし終わると彼女は、少し訝しむような雰囲気で口を開いた


「私さ、阿嘉に忠告したよね…あんまり私に絆されないでって」

「うぐ…ごめん」


恨めしそうに俺を睨む彼女は続けて口を開いた。


「君のせいで、覚悟が揺らいだりしたらどうするつもりなの?」

「それは、俺にとっては望むところなんだけどな」

「阿嘉の意地悪」


俺は意地悪呼ばわりされてもいいから、お前を活かしたいんだけどな…


「本当に、お前の覚悟ってどうやったら揺らぐんだ?」

「教えてあげなーい」

「なんでだよ」

「だって、教えたら阿嘉はやるでしょ」

「そりゃやるよ」


当然だ…そうすれば月姫が生き残ってくれるなら、体どころか、命までかけられる自信がある。


「私が簡単に教えると思ったら大間違いだよ」


その夜、彼女が口を割ることはなかった。

そして、3日間というのは長そうで…思っているよりも短いことを知った




3日後の夜、彼女は深刻な顔で俺の前に立っていた。

俺は、彼女がこんな顔をしている理由わけを知っている。


「この3日間、楽しかったね。いつもの日常だったはずなのに、ちょっと意識するだけで特別になっちゃった」

「そうだな…」


俺たちは、この3日間いつも通りの生活をして…笑って、喧嘩して仲直りもした。

そして、その日常の終わりが……近いのだろう


「それでさ、私…明日の夜まで理性を保ってられないと思うんだ」

「そうか…それで、俺にお前を殺せってか?」

「うん…私、殺されるなら阿嘉がいいって思うから」

「残酷だな」

「うん、とっても残酷なことを言ってると思う…けど、お願い」


昔は正直彼女が死にたいのなら死ねばいいかなって思っていたんだけれど…今はとてもじゃないが、そんなことを思うことはできない


「もしかして、殺せなさそう?」

「う…」


俺の手に、ナイフを持たせた彼女は俺の顔を覗き込んで訪ねてくる


「もう、介錯くらいはしてくれるって言ってたのは嘘だったの?」

「う…すまん」

「なら、仕方ないね…」


そういって、彼女は俺を担いで家の外に出た。

……なんだ?心中か…!?心中するつもりか…!?俺は最悪それでもいいぞ!?

わかり切ってはいたが心中ではないらしく、流れるような着地を決めた月姫は、無言で森の奥まで俺を担いできて…ぽっかりと木を失った花畑の中で、止まった


「どこだ?ここ」

「お気に入りの場所だよ。お花がいっぱいで綺麗でしょ」

「あぁ、綺麗なのは認めるが。どうやって帰るつもりだよ…普通に帰ったら遅刻確定だぞ」

「大丈夫だよ。阿嘉は真面目に授業を受けてるし、1日くらい学校休んでも」

「お前は時々サボるから1日休むとまずいだろ?」

「大丈夫だよ。もう、いいからさ」

「何言ってるんだ、俺はお前を殺すつもりはないぞ」


風に吹かれて舞う花びらの中心で、くるくると回る彼女はとても美しかった。


そのまま、時間が経って…空が少しずつあからんでくる


「おい、もう帰ろうぜ?お前陽の光だめだろ」


叫ぶが、彼女は俺を無視した

花びらの中で、佇んだ彼女は寂しそうな目をこちらに向けた。


「何やってんだよ!俺に、殺されるんじゃねぇのかよ!」

「本当は、最期は阿嘉に殺されたかったんだけどね…」

「だったら戻ってこいよっ!」

「でも、阿嘉は殺してくれないんだよね?それでも、流石に一人で死ぬのは、寂しいからさ」

「何言ってんだよ!後少し血を飲まなければ結果は変わらないんだろ!?」

「無理だよ。たぶん私、理性を無くして人を襲っちゃうから」


少しずつ、体を灰に変えながら笑う彼女は、口を閉じて押し黙る


もうすぐ理性が、なくなるって言うなら…理性が、保てなくなってきているのなら…俺が今、血を流せば彼女は俺の血を求めて森の中に入ってきてくれるのだろうか

もし、彼女が生き残ってその後、理性が戻ったならば…幸せに、生きてくれるだろか?


「すまん、月姫。俺はやっぱり、お前に死んでほしくないんだわ」


そういって俺がナイフを振り上げると…月姫が、俺の腕を掴んだ


「何やってるの!?」

「血を見せれば、お前は理性を失うんだろ?」

「そしたら!阿嘉が死んじゃうの!」

「俺は、それでもいいんだ?」

「私はよくない」


彼女に掴まれた腕は、いくら力を入れても動かない…

吸血鬼パワーやべぇな…


「阿嘉、私はね幸せだったんだよ」


子供をあやして言い聞かせるように、優しい口調で彼女はいう


「二人で学校に行って、仲良しなのを他の子に見せつけて、図書館で時間を潰したり、公園で遊んだりするのがさ…それで、阿嘉に好きって言ってもらえて」

「お前、まだその返事もしてないだろ」


だから、生きろよ…そう俺が言おうとするのを遮って、彼女は言う


「もし私が死んでも、阿嘉が生きていてくれるなら…私は幸せだから」


もし俺が死んでたとしても俺は月姫に生きていてほしい。

俺も、そう思ってしまっているからだろうか…いくつも浮かんだ反論の言葉が、口から出る直前に消滅して、声にならなずに消える。

そして、俺の口から出た言葉は…短かった


「俺さ、やっぱり月姫のことが好きだよ…愛してるんだよ…自分より、他の誰よりも月姫のことを大事だと思ってるんだ、頼むよ…生きてくれよ…俺はどうなってもいいからさ…お前だけは…生きてくれよ…」


自覚してから、大きくなり続けていた感情を…再び彼女にぶつける。

これ以上に、今の彼女に響く言葉を俺が持っているとは思えなかったから


「こんな時ににゃに言ってるの!?それは叶わないんだって言ったじゃんっ!それにさ、多分噛まれて血を吸われて、もう死ぬってなった時…阿嘉はそんな気持ちより死にたくないって思うと思うよ…」

「ならねぇよ」

「なるよ。だって、阿嘉は人間だもん」

「絶対にならない。俺は、最後の最後までお前を好きでいるよ」

「な、なんで急にそんな強引なの…!?」


顔を真っ赤にして、慌てる月姫が俺から手を離した。

瞬間、俺は自分の肩にナイフを突き刺す

ナイフを抜くと、血が溢れてきた。

辺りに、血の匂いが充満する


「な、何やってるの!?」

「ごめん月姫…幸せに、生きてくれよ?」


駆け寄ってこようとして、すぐに彼女は足を止めた

頭を抑えて、苦しそうにしている


「血…いや…なんで…」


月姫は、なんとか、理性を保っているのか…動かない

俺は、直ぐに踵を返して森の中に向かって走り出す。

すぐに追いつかれてしまうだろうが、どうせ死ぬのならできるだけ、森の深いところで。陽の光が、森の木々に遮られて届かなくなるくらいに深いところで。


「ぐっ…」


血を流しながら走りつづけて、血が足りないのか世界がモノクロになってぐるぐると廻る。

何度もよろめきながら、走って走って走る

そして、ついに木の根っこに足が引っかかって、俺は前方に倒れた

ここが限界か…

俺は、地面を見つめながら考える


「でも…ここなら、光も、通らないな」


後方から、ガサガサと音が聞こえて月姫が姿を現す。

彼女は倒れている俺の体を起こして、首に噛み付いた。

意外と…痛いなぁ…


「なぁ、月姫…俺…最後までお前のこと…好きでいられたよ…」


薄れる意識の中で、俺は血を貪る月姫に言って…俺は人生に幕を下ろした。






…あれ?私、何してたんだっけ

陽の光が射さない森のなかに、私は座り込んでいた

不思議と、私の理性を削り取りつづけていた空腹は満たされている。

ふと、足元を見た私は一瞬目の前が真っ黒になるような錯覚を覚えた


「な、なんで…?」


地面に横たわる、血塗れの阿嘉の姿があった


「こんな手の込んだドッキリしても無駄だよ。早く起きないと遅刻するでしょ」


しかし、すぐに私は冷静さを取り戻して阿嘉に声をかける。

ふっ、こんなのに引っかかる私ではない。タチの悪い冗談だ。どうせ血糊と死んだふりだろう。最近の阿嘉は、なんだか調子に乗っているような気がするし。わからせてやるいい機会だ

こんなことで動揺していたら阿嘉の思う壺だからね。

しかし、阿嘉は起きてこない。まるで本当に死んでしまったかのように、動かない。

その場にしゃがみ込んで、阿嘉の体を揺さぶって口を開いた


「あ、阿嘉…?冗談でも、やっていいことと悪いことがあるんだよ?知らないの?」


阿嘉は、返事をしない


「ねえ、一緒に帰ろ?なんだか、お腹がいっぱいでね、まだまだ一緒に暮らせるよ。また、一緒に学校に行けるよ。一緒に登校して、図書館で時間を潰して、公園に行ったり、しようよ。ねぇ、起きてよ。ねぇ…!ねぇ!」


阿嘉の体を抱き抱えて、私は泣きじゃくりながら叫んだ

何が起きたか、わからない…否、わかっているけど…分かりたくない。

本当は、覚えているのだ。阿嘉の血を、私が吸って殺したことも。彼が私に、生きてほしいと望んだことも…


「でも、無理だよぉ…私、一人で生きていたくないよぅ…」


涙が、鼻水が、溢れて、溢れて、止まらない。

この一年、私が幸せだったのは阿嘉がいたからだ。これは、誰がなんといっても揺るがない。

彼と出会ってから私の幸せは彼と共にあったし、彼がいない人生に価値を見出せそうにない。


「ねぇ、阿嘉…私、無理だよ…一人に…なりたくないよ」


去年は、といっても3ヶ月程度だけれど、私は孤独だったはずだった。

一人で、生きていたはずだ。ダンボールで作った家に、ビニールシートを被せて家具紛いのダンボール箱を並べていた。

それなのに、今の私は……一人が怖い…

孤独に、耐えられる気がしない


「ごめんね。阿嘉…私、阿嘉と一緒に、終わりたいよ」


阿嘉の体を抱き抱えて、森の中を歩く

ゆっくりと歩いていって、森の浅瀬の木漏れ日で体が焼ける…痛い…でもこれでは死なない…せいぜい火傷するくらいだろうな…

そのまま歩き続けて…私の視界に大きなお花畑が広がった。

いつ見ても美しいこの場所を、私と阿嘉の棺桶に据えよう。

そう思いながら、その場でゴロンと寝転ぶ…


花畑の花達の命を育む太陽の光が、私の全身を焼く…


「これが、太陽の光かぁ…なんて、傲慢で理不尽で暖かくて…あぁ、なんて憎たらしい…次の人生が…あるなら、また…阿嘉と一緒に…楽しく過ごせたらいいなぁ」


体が焦げて白煙がゆらゆらと昇る…少しだけ自慢だった白く長い髪の毛は焦げてチリチリだ…阿嘉がいつも、手入れしてくれてたのに、怒られちゃうかな?

ふふ、阿嘉と話せるなら、それもいいかも

体が痛い…苦しい…怖い…死にたくない…死にたく…ない…?ううん、私は死にたい…阿嘉と一緒にの場所に…早くいってしまいたい


「意外と、長いなぁ…」


私の体を蝕む痛みがどんどん失われていく。

体に、ほとんど力が入らなくなって…もう、最後だと理解した。

グッと、阿嘉の体を抱きしめて…告白されていたことを思い出す

そういえば、告白に返事してないなぁ…気がついた私は、抱きしめた阿嘉の頭を撫で付けてなんとか口を開く…


「ねぇ…阿嘉…私も…阿嘉のことが…好きだよ…」


私の体にのしかかった、阿嘉の体の重みを感じながら…私の意識は、永遠に焼かれて闇に消えていった

なんか、気づいたら書き上がってた短編です。

正直あんまり暗い雰囲気の作品は得意ではないのですが、これびっくりするくらいくらいですね??

正直、何が描きたいのかよくわからない作品ではありますが面白いと感じていただけたら是非とも評価お願いします。

ちなみに、これは作者のモチベにはつながりますがこの作品の投稿頻度もクオリティーも上がりません。一応別作品のクオリティは爆上がりします

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