第2話「賢者と剣士」
呪文を唱えてから数日後。
テルーナはあの書物を鍵のかかる戸棚にしまい込み、誰もいないことを確認しながら、密かに自身の背中を鏡に映した。そこには、淡く光る紋様が刻まれていた。熱は引いたが、その紋様は消える気配がなかった。彼女は、恐れと同時に、言いようのない不安に襲われた。
そんなテルーナの元に、一人の使者が訪れた。 漆黒のローブを纏った、物腰の柔らかな女性。彼女こそが、アリシア王国随一の賢者、マリアだった。
「テルーナ・ミシャフォルドさんですね。あなたの持つ才能について、お伺いしたいことがあります」
マリアはそう言って、テルーナの銀色の髪と、時折揺らぐ瞳をじっと見つめた。その眼差しは、好奇心に満ちているようにも、何かを試しているようにも見えた。テルーナは、自分の秘密が知られてしまったことを悟り、身構える。
「ご安心ください。私はあなたの力を、危険なものだとは思っていません。むしろ、その才能は王国にとって、かけがえのない宝となるでしょう」
マリアは優しく微笑み、テルーナに手を差し伸べた。 「私と共に王都へ来ませんか?あなたの才能を存分に活かせる場所で、もっと深く学んでほしいのです」
テルーナは戸惑った。王都に行けば、この紋様の謎が解けるかもしれない。だが、同時に、この力が何をもたらすのか、まだわからなかった。
テルーナがその誘いに迷っていると、村の入り口で一つの影が動いた。 銀色の髪と、鋭い赤色の瞳。 その姿は、まるでテルーナ自身の影を具現化したかのようだった。
男は静かに村を見下ろし、テルーナの背中に浮かぶ紋様の光を、遠くから見つめていた。彼の右手の甲には、テルーナのものとよく似た、しかし少し形の違う紋様が刻まれている。彼は「ようやく見つけた」とでも言うように、不敵な笑みを浮かべた。
「あの紋様……。やはり、彼女が『鍵』だったか」
男はそう呟き、テルーナの視線に気づくことなく、再び影の中へと消えていった。




