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許しの羽

カラン、キン、コン…

ウィンドチャイムが、客の来店を知らせる。


冷気を吸い込みながら恐る恐る開かれた扉の先から顔を覗かせたのは、コートとマフラーで身を固めた、一人の女性。

黒いストレートのロングヘアは、ついさっきまで強い風に吹かれていたのか、顔にまとわりつくように乱れている。


隙間から忍び込むように店内へ入ると、何をしたらよいのか分からない、といった風に扉の前から動く様子がない。

目を見開いて硬直する彼女に、店主である私が声をかける。


「いらっしゃいませ。ようこそ、宝石店Phantomへ」


彼女はようやく、カウンターに立つ私の方へ目をやった。しかし、驚きの表情はさらに隠せなくなったようである。

突如、見知らぬ店の扉が現れたうえ、顔も見えないローブを羽織った人影に出くわしたら、無理もないだろう。


「よろしければ、こちらへおかけ頂いても構いませんよ」


カウンターを示し、座席を案内する。

彼女は数秒の間、アンティーク調の店内に所狭しと置かれたジュエリーや原石を見回してから、カウンター席にゆっくりと腰掛けた。


「温かいお飲み物はいかがでしょう。外は寒いようですし。珈琲や紅茶程度ならお出ししますが」


「あっ、ありがとうございます」

「珈琲でよろしいですか?」

「はい…」

「ミルクはお入れしますか?」

「い、いえ、ブラックで…」

「かしこまりました」



彼女が珈琲を啜ったのを見計らい、訊ねる。


「お客様、本日はどちらでこの店を?」

「えっと、駅の改札を出て歩いていたら、知らない扉があって、気づいたら開けていたというか…」

「そうでしたか」


「いつから、こんなところにお店を?」

「当店は、見える人には見えるのです」

「見える人には?」

「はい。当店に入られるのは、この店との御縁がある方のみ。出会うべくして、出会うのです」

「はぁ…」


「お客様、最近、何かお困りごとや悩み事は御座いませんか?」

「悩みですか?それは…無いことは、ないですけど」


「お客様が店や商品を選ぶように、店や商品もお客様を選ぶのです。当店にある宝石のなかのどれかが、お客様を呼んだのでしょう。

差し支えなければ、お話をお聞かせ願えませんか?

あなたを呼んだ石との、橋渡しを致しましょう」



彼女が重々しく語ったのは、恋人と先日別れた話だった。

結婚間近だったにも関わらず、同棲をきっかけに理想の生活が難しくなり、彼女から別れ話を切り出したのだそう。


彼女の最大の悩みは、自分を許せない事だった。


「彼なりに努力していたんです。

私のいないときに苦手だった料理の練習をしたり、収入のために仕事を増やしていたなんて。

知人から聞くまで、私、何も知らなかった。

あのときもっと彼の話を聴いていれば。

彼、凄く悲しそうな顔をして…」


小さな声でポツリポツリと語りきった彼女の顔には、後悔の念が見て取れた。




「お話し頂き、有難うございます。

お客様の一助となる石をいま、お持ちいたします」




彼女の前に置かれた、ふんわりと丸みを帯びたハート型のペンダント。

その形を施している、淡い雪雲の様な青色の石。


「この石は?」


「こちらはエンジェライト。石言葉は博愛。

天使を意味する石でございます」


「博愛…。でも、次の恋愛なんてとてもできそうには…」


「いいえ、お客様。

博愛とは、他者に対するものだけではございません。許しの意味を持つこの石は、自分自身の心を癒やし、次に向けての後押しをしてくれる、助けにもなるのですよ」


「許して、いいんでしょうか…」


「許されるべきだから、この石があなたを呼んだのでしょう。チェーンをつけて、ほら」



彼女の胸元に収まったその石は、鮮やかさこそ無いものの、冷えた心にそっと寄り添うように溶け込んでいる。



店の扉を閉じる彼女の背筋はどこか、すっと正されているように見えた。


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