4-02 追放勇者の魔王軍復活作戦
魔王を倒した勇者パーティは王都に帰還する。
しばらく王都で過ごした後、勇者レーヴェは魔王を倒した力の脅威と平穏を取り戻し用済みになったことで1人王都からの追放を受けた。
王都を出たレーヴェは考える。魔王軍が復活すればまた戦いと栄光の日が戻って来るのではないかと。魔王軍の残党を集めレーヴェは彼らを鍛え上げることにするーー。
王都から遠く離れた大森林の奥深くで。
「ほらそこ! もっと気合入れて走れ!」
「んひぃ!!」
ちんたら走るゴブリンの尻を黒い聖剣の斬撃が掠める。
集落の外周を走るゴブリン達に声を掛けるのは、元勇者のレーヴェだ。
「ほらあと三十周!」
集落の中心から聖剣を振り回す。
「あら、本当にいた」
背後から声が掛かった。
「何の用だ、アイシャ」
振り返らずにレーヴェは訊ねる。
声を掛けてきたのは、大きな三角帽子が特徴的な元勇者パーティの魔法使いだ。声色と気配だけでレーヴェには誰か分かった。
ぐるんと、レーヴェの身体が後ろを振り向く。アイシャの魔法だ。新緑の瞳がレーヴェの碧い瞳に映り込む。
「元とは言え、同じ魔王を倒した仲間に向かってその態度は冷たいんじゃない?」
「今はもう敵、だろう」
「別に私はあなたを殺しに来たわけじゃないし、殺す気もないわよ」
「だろうな」
アイシャに殺気はない。
アイシャはレーヴェの隣りに立って、彼が見つめる先を見る。
今は基礎体力づくりの時間だ。他にも剣術や魔法、奇襲や隠密行動の類に魔族とは何たるかまで、ゴブリンに限らない様々な魔族に指南していた。
「本当に魔王軍を復活させる気なのね」
「あぁ」
短い返事。ちらりと盗み見た彼の瞳は魔王を倒すと誓ったときと同じ、どこまでも遠くを真っ直ぐに見つめている。
ときは半年前。魔王を倒した勇者たちは、最初こそ王様や街の人々に歓迎されていた。しかし、魔物を倒すことでしか生活の出来ない彼らは用済みとなり、世間から疎まれるようになっていった。
レーヴェを覗いて四人いた仲間たちは、自然とバラバラになった。一人は元々王宮の聖女ということもあり職に困ることもなく、むしろより一層もてはやされている。二人目のタンクは毎日毎日酒場で酒を飲んでは武勇伝を延々と語り疎まれている。三人目の戦士はうつ病にかかりやがて自殺をした。四人目の魔法使い――アイシャは持ち前の器用さと魔法を使って生活をしていた。
アイシャがレーヴェの噂を耳にしたのは数日前。街で姿を見ないので以前から行方を追っていたが、まさか魔王軍の復活を企んでいるとは思わなかった。
「意外に思うか?」
「えぇ。良ければどうしてか聞かせてくれるかしら」
「……ルークは立派な戦士だった。それなのに用済みになったからと、街の人々に石を投げられ、自殺した。あいつは戦うのが本当に好きだった。俺もだ。俺も戦うことでしか生きられない」
そんなことはない、と言おうとしてアイシャは口を噤む。自分は戦い以外のことでも生きているからだ。
「戦場がないならば戦場を用意すればいい。魔王を倒したとは言え、魔王軍の残党はいる。彼らがいつ襲ってくるかも分からないで街の奴らは俺たちを用済みとした。ならばもう一度思い出させてやればいいのさ。本当に必要なものが何なのかを」
どこまでも冷静な口調で、嗤う口元は魔王と戦っているときと同じものだった。
「なるほどね。あなたの気持ちは分かったわ」
「それで、俺をどうする気だ」
「面白そうだから私も仲間に入れて頂戴」
「は?」
レーヴェが目を丸くしてアイシャを見る。
「だって街にいても雑用ばかり押し付けられてつまらないんだもの。それにあの王様のお世話なんていつまでもやってられないわよ。魔法に関してならあなたよりよっぽど上手いし百人力よ。ね、いいでしょう」
微笑むアイシャの顔は子供のように楽しげで生き生きとしていた。
「遊びじゃないんだぞ?」
「あら、私は遊びでもいいと思うわよ」
アイシャの態度にレーヴェは一歩退く。まるで彼女の方が魔王のようだと言わんばかりに。
「む。今凄く失礼なこと考えていたでしょう?」
「気のせいだ」
わざとらしく大きな咳払いをして襟をただす。そういえばアイシャはパーティのムードメーカーなほど、面白いことが好きだったのを思い出す。レーヴェは再びゴブリンたちのほうへ目を向け訊ねる。
「ところで、仲間になりたくて俺を探しに来たのか?」
「たいへん、すっかり忘れてたわ。レーヴェ、あなた一人でも大丈夫でしょうけれど私はあなたが心配で来たのよ。もうすぐここに王族の兵たちがやって来るわ。あなたの噂を嗅ぎつけて」
「俺を殺すためか」
ふっ、とレーヴェが笑った。
「出て来いよ! 居るのは分かってんだぜ!」
レーヴェが叫ぶ。少し間があって、集落を――レーヴェたちを囲むように鎧を纏った男たちが姿を現した。集落の周りを走っていたゴブリンたちは兵にぎょっとして村の中心に一斉に逃げ込んだ。
鎧には王室の紋章が印されている。リーダーらしき人物が前に出た。
「レーヴェ・アルスターとアイシャ・ミランダだな」
「前は『殿』をつけてくれたのに今は呼び捨てか、団長さん」
「反逆者を敬う理由などない」
対話をする気はあっても、話を聞いてくれそうにはなかった。兵たちが剣先を向ける。
「なぁ、アイシャ。もっと早く忠告に来れなかったの?」
「まさか王室の対応がこんなに迅いだなんて思わなかったわよ。それにあなたを探すの結構苦労したんだから」
敵に囲まれたときの対応として、自然と背中合わせになる二人。レーヴェは聖剣を、アイシャは杖を構える。
「ゴブリンたちは戦わないの?」
「あいつらはまだ育成途中だ」
「そう。道は長いわね」
喋っているのを隙と捉えた団長が、腕を前に出し攻撃の合図を出す。
「かかれぇぇぇぇ!!!!」
百人はいるであろう兵が一斉に二人へ襲い掛かる。
「やっちゃっていいのよね?」
「あぁ。俺たちはもう人類の味方じゃない」
「了解」
竜巻が吹き荒れた。
団長も、ゴブリンたちも何が起きたのか理解出来なかった。気が付けば集落は跡形もなく消え去り、兵たちが倒れていた。
その中心に立つ二人。アイシャの風魔法と、聖剣による斬撃の突風が兵たちを一網打尽にしたのだった。
「で、団長さんはどうする?」
「ば、バケモノめ……」
魔王を倒したあの勇者を簡単に捕らえられるとは思ってもいなかったが、まさかここまで実力差があるとは。心の底から出た本音は、今だけでなく勇者が勇者をしていたときから感じていたことだった。
「へぇ。俺たちのことそう思ってたんだ」
「どうする? 彼もやるの?」
「いいや、団長さんは逃がす」
「どうして?」
団長の方を向いてレーヴェは聖剣を掲げて告げる。
「王様に伝えろ! お前たちが追放させた勇者は魔王になったと! 俺が二代目の魔王、レーヴェ・アルスターだ!」
団長は青い顔で逃げ出した。
拍手が、ゴブリンたちから湧きあがる。アイシャもまた拍手をして魔王の誕生を祝う。
空に掲げた聖剣は、これから起こる世界の混沌を映すかのように黒々としていた。