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4-24 歓喜の波が吹く土地で

世界に吹き荒れる風『歓喜の波』。それは触れれば絶望を巣食わせ、やがて自死へと至る人類にとって最大の脅威。その脅威から人類生存圏を守る最前線『トーワ』

そこでは希望を蓄えて飛ぶ銃弾と、絶望を迸らせて飛ぶ銃弾が、『歓喜の波』を押し返し続けていた。終わるはずのない消耗戦。

しかし、ひとりの「希望弾」使いの少女と元「希望弾」使いの少年が再会したとき、

死んでしまったはずの少女とともに世界はそのありようをひとつずつ変えていく。

感情の異世界荒廃ファンタジー 開幕。

 草木も生えない荒地に、黒い風が吹き荒れていた。

 その風に立ち向かうように林立する同胞の人影。

 耳に残るは発砲音と、それから苦悶の声。けれど、嗅覚を刺激するものは何もない。

 ひたすらに冷血で、無臭の戦場だった。


 ━━ああ、遠い。ひどく遠くに体があるようだ。

 黒く、黒く体が壊死していくように弱っていくのがわかる。この黒い風にむしばまれているのが半分。

 そして、そのもう半分はこの銃だった。

 右から発砲音。続く苦悶の声に合わせ、右の同胞が膝をつくのが見えた。


 彼の援護のために、とっさに右手の回路を使おうとして、歯噛みする。

 右手の回路『希望』の充填速度が、全く足りない。

 ━━僕では、やはりこっちはもう無理だ。

 諦めて左手に力を注ぐ。憎悪とか、絶望と言われる類の感情が、回路中をじくじくと痛みとして走る。

 発砲と同時に、体から体温が抜けていくような感覚。

 内燃燃料たる「希望」がことごとく弱り、そっと体をむしばむような「絶望」だけがエネルギー源となる。

 左手の回路から生成・発射された『絶望弾』が黒い風を散らしては霧散する。

 その成果を喜ぶこともできず、反動が体を襲う、手の回路を使うほどに反動でその汚れは増えていく。

 それでも、使わなければ命をつなげない。 

 もはや何発の絶望を励起して撃ち放ってきたかはわからない。 

 それでも、その絶望すら利用しなければここでは生きていけない。

「消えろ」

 発砲を繰り返す。狙いが定まらずともかまわない

 これは狩りでもなければ、まともな戦闘でもなく、ひたすらに生存圏を主張するための消耗戦なのだから。

 その相手は『風』。触れ続ければ心をくじき、折り、やがて自死へと至らせる『風』

 わずかな悪意とか、かすかな敵意。あえかな絶望。そう言う空気であって風であって、波だ。

「第二波、来る!!」

 後方で、誰かが叫ぶ。大きな黒い黒い大波が、眼前に迫ってきているのがわかる。

 誰が名付けたか、『歓喜の波』

 それがまっさらな荒野に吹き荒れる、絶望の象徴。


 対抗できるのはたったの二つ。

 回路の刺すような痛みに耐えながら、左手の銃を撃ち放つ。

 発射された弾丸は波に渦を与え、同化し、少しだけ波に穴をあける。

 少しだけ波が霧散する。小さな波なら、消耗を度外視すればこれだけでもなんとかなる。

 けれど、ここまで大きな波であれば、絶望一つでは到底足掻けない。

 

「キョウ、下がって!!」

 後方から、自分を呼ぶ鋭い声が響く。後ろに目をやれば長い黒髪に、鋭い目つき。

 綺麗で、高潔で、潔白でもっともここに似合わない少女が、そう吠えていた。

 ━━君が、ここに来なければいいのに。

 それでも、彼女はここに必要だった。


 対抗策の二つ目。稀有な『希望弾』の使い手として、戦場が彼女を求めていた。

 彼女は期待にこたえるかのように、その右手を前に掲げる。

 彼女の銃口が、あんまりにもまぶしい、白い白い閃光の奔流を放ち。

 

 すべてをくらませた。

 痛みも遠のくほど、感覚が真っ白に漂白されていく。


 音は、何もしなくなっていた。

 数瞬立って、くらんだ視界が元に戻る頃には、

 すべてをまるでなかったかのように、消し去ってしまった。

 

「お疲れ様。撤退しよう、今日の大きな波はここまでみたい。通常警戒態勢に戻して、普段のシフトで対応しよう、お疲れ様」

 左手の痛みが意識を薄れさせてゆく中、その『希望弾』の彼女、ユウの指令の声だけ耳に残っていた。


 *

 

「あなたが幸せに襲われても、リタがいっしょに堕ちてあげる」

 懐かしい声だった。視界は何もうつしていないけれど、懐かしさだけを否応なく押し付けてくる。

「私はあなたと一緒にいられるなら、それがどこだって、なんだっていいのよ」

 蠱惑的な声だった。怖いけれど、甘えてしまえるのであればそれが甘美な提案にも聞こえた。

「生きることはこの黒い黒い気持ちを、絶望を受け入れていくことでしょう」

 そうじゃないと、かつての僕は拒んだけれど、今になってこれを拒めるだろうか?

「死なないように、あがいていくことでしょう。

 でも、結局は、真っ黒に汚れて死んでしまうなら。私と一緒に堕ちたっていいじゃない」

 それに、何と答えられたのか、うまく思い出せない。

「大丈夫、独りにはしないわ。一緒に、逝きましょう」

 後悔の源泉のような少女が、そう語る姿を幻視した。



 こんこん、というノックの音で、目を覚ます。 

 目が覚めたのは、絶望立ち込める『歓喜の波』前線基地の病棟だった。

 自然と目の前には彼女の姿があった。

「久しぶりね、内地以来かな。3年くらい?」


 そこには、あの『希望弾』の少女が立っていた。

 ユウカと口が勝手に動いては、言葉を続ける。

「久しぶり、来てほしくはなかったよ」

 本心から、来てほしくなかった。

「お見舞いに来たのに、それはひどいな」

 そう言うと、彼女は腰掛ける。その所作が、どこか希望に満ちているようで、自信があふれているようで、少しうらやましかった。ちょっと昔だったなら僕もこうだったのかもしれない。

「それで、内地では優秀な『希望弾』使いだった君が、どうして『絶望弾』を使っているのか教えてくれる?」

「……あんまり話したいことじゃないよ」

「私は今、君より少しだけ上官だよ、隠し事、できる?」

「……」

「では上官として聞きましょう。キョウ・アーゼル。君はどうして『希望弾』使わなくなった」

「……一度でも絶望に身を浸したら、だれもが希望を持てなくなる。君に言うまでもないだろ」

 あくまで、友人として答える。当たり前のことだった。だから、絶望弾使いは希望弾を守るように配置される。『歓喜の波』に心をむしばまれれば、純粋な希望はもう持ちえない。希望は、守られなくてはならない。

 僕はその道から踏み外れただけだ

「そう、でも、君は絶望をしていないでしょう?」

 君には『希望弾』が使えるはずだとその言葉は刺していた。なにより、風に当たった程度のことで君の希望が折れるはずもないと、そのまっすぐな瞳が告げていた。

 それにどこか懐かしさすら感じる。

「昔から、君は強すぎるよ」

「いつだって強かったのはキョウの方でしょ。わたしよりも先に前線指揮官になってるんだもん」

「君の方が有能だったから内地の最終防衛線に備えられてたんでしょう。それに今は君のが上官だ」

「上官として認めてもらえるのは結構だけど、それなら誤魔化さずに言ってほしいかな」

「もう、僕に『希望弾』はつかえない」

「……何があったの?」

「ひとり、助けれられなかった少女がいるだけだ。ここではよくあることだよ、でも、それきり希望を練り上げられなくなった」

「……それは、リタ・クリストフ?」

「良く知ってるね、調べてきたのか」

「やっぱり、上層部が貴方に話を聞くべきだと言っていたのは、これね」


「何のこと?」

 そう問うと彼女は一枚の紙を差し出してきた。差出人は、内地の上官。

 目くばせで読んでみろ、と訴えてくるものだから、開いて目を通す。

 そこに書かれていたのは、たった一言。


 旧前線兵 リタが『歓喜の風』の発生源として生きている。


 僕が守れなかった、僕が殺してしまった鮮烈な後悔そのもの名前がそこに刻まれていた。

「だから、貴方はまだ絶望をしてばかりではいられないでしょう」








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