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4-23 タイムパクリックス・ゴーストライター

俺は『小説家になろう』で書籍化を目指して執筆した。けれども、俺の作品がランキングに入ることは一度としてなく、なろうは女性向け作品に埋め尽くされていった。そんなある日、俺は突如、自分が2009年の12月に戻っていたことに気付く……


 2024年12月、小説投稿サイト『小説になろう』は完全に終わった。

 勿論、これは『小説になろう』がサービスを終了をしたという意味ではない。

 ランキングを女性向け作品で占拠され、往年の心躍る異世界ファンタジーの競作場としての意義を完全に喪失してしまったのだ。

 異世界転移や異世界転生作品――2010年代の初頭には、これらを「なろう系」と呼んで蔑む風潮もあった。

 だがしかし、巷間なろう系へのネガティブイメージはすっかり払拭され、新たなライトノベルの形態として読者に受け入れられて久しい。

 なろう系のファンタジー作品は、初期の神様転生に端を発し、チートハーレムやクラス転移、最弱スキルやパーティ追放、人外転生等々、多種多様なパターンに分化し進化を続けてきた。

 これほど多くの作品を育んできた文化の揺籃が、不本意な形で落日を迎えたことは、俺に目も眩むほどの失望を与えた。

 かつて栄華を誇った『小説家になろう』がここまでの凋落を見せたを原因は、(ひとえ)に女性向け作品の流入が原因である。

「界隈に女性が参入するとコンテンツが劣化する」と昔から言われているが、本音を言えばこれは正しいと俺は考えている。近年『小説家になろう』で女性向けの異世界恋愛作品が急増してヘゲモニーを獲得したのは、決してこれが今まで主流だった男性向けのファンタジー作品より優れていたからではない。

 俺も勉強のために人気の女性向け異世界恋愛作品を何作か読んでみたが、どれも悪役令嬢や婚約破棄などのテンプレ化された作品が多く、ストーリーラインも主人公の女性がハイスペックな男と結ばれるまでを描くワンパターンなものばかり。男性向けのファンタジーのような奇抜アイディアや心躍る多様性は見受けられなかった。

 『小説家になろう』は、どうしてこんな女性向けの作品で埋め尽くされてしまったのか。

 ……身も蓋もない話をすれば、女性読者の方が作品に対するレスポンスが速いからだ。

 女性の方が、いいねや評価を男性よりも即座に入れる傾向があるという。しかし、俺はこれを美徳と認めることができなかった。

 作品の評価を行うのは、ある程度連載の進んだ作品に対して、吟味を重ねた上で行うべきだ。

 安い投げ銭の評価に、一体何の価値があるというのだろうか。

 加えて、女性はSNSで創作に関するコミュニティを形成する傾向があるという。

 これも頂けない。創作とは、ただ己と向き合う孤独な営みである。お友達ごっこで相互に評価を入れあって、何が楽しいというのか。

 しかし、俺が蔑んでやまないその創作スタンスが、結局のところ『小説になろう』の最適解であることが証明されてしまった。

 悔やんでも、仕方のないことだろう。


 俺が『小説になろう』に投稿を開始して、もう七年になる。

 書籍化を目指して、必死に努力してきたつもりだった。

 これまできたのは、由緒正しいなろう系の長編ファンタジーが3本。いずれも200万文字前後で完結させている。

 けれど、ついぞ一度も、俺の作品がランキングに載ることはなかった。

 解析を見ても、ここ最近のユニークユーザーは減るばかり。

 常に新境地の開拓を試みてきたが、いつの間にか俺の作風はすっかり時代遅れのものになってしまったようだ。

 SNSで幾度も宣伝はした。完結してからも、外伝やサブストーリーの更新を忘れず、新着に留まるように心がけてきた。

 だけど、感想は数少なく、総合ポイントも1000に達するかどうかというものばかり。

 一週間で10000ptを超えるような化け物がしばしば現れるなろうという戦場では、俺は誰にも顧みられることのない小粒の作者だった。

 そして、人気の主流を女性向け作品に奪われた今、俺の作品が浮かび上がる目は完全に失われたと言っていいだろう。

 誰にも評価をされないなら、俺は一体何のために小説を書いてきたというのか。

 馬鹿馬鹿しい。もう疲れた。

 そんな失意の中、俺はPCの電源を落とし、ベッドに転がって目を閉じた。


 ◇


 目覚まし時計代わりに使っているスマホが、耳元で「HANAJI」を奏でる。

 ……どうしたことだろう。随分昔に、アラーム代わりに使っていた曲だ。「この素晴らしい世界に祝福を!」のオープニングテーマ。

 スマートフォンに手を伸ばす。違和感があった。

 薄く小さなスマホには、まだ丸いホームボタンが付いている。

 これは、最初に買ったスマホ、iPhoneの3GSだ。

 何だ? まどろみが一気に醒めた。

 起き上がって見回すと、部屋のあちらこちらの様子が違う。

 回転を始めた脳が間違い探しを始める。布団カバー、壁のポスター、カーテンの色、PCの機種……

 起き上がると、自分の腹回りが随分とすっきりしていることに気付いた。

 ここ数年、ストレスによる暴食で体重は増えるばかりだったというのに。


 スマートフォンの画面を確認する。

 2009年12月14日。

 ホーム画面には、そう表示されていた。




 ――かつて、俺が『なろう』で小説の執筆を開始した2010年代の終盤、既にファンタジーは激戦区だった。

 ランキングの上位に入るか否かは、小説技術の巧拙よりも、いかにトレンドに迎合した作品を執筆できるかにかかっていた。

 また、レッドオーシャンである、なろうランキングを駆け上がるかは、ある意味運次第。

 日間や週刊のランキングの上位に並ぶ作品と、クオリティでは何の差異もない、あるいは書籍化作品よりも優れているだろう作品が、誰にも顧みられることもなく消えていくのを星の数ほど見た。

 俺自身、自分の作品が商業化された作品と比べて遜色あるとはまるで考えていない。

 作りこんだ壮大な世界観や、作品の各所に散りばめられた巧妙な伏線は、真似できる作家は数少ないと自負している。

 あと僅かに運の天秤が傾きさえすれば、俺の作品は書籍化されて特大のポップと共に書店に平積みされていただろう。

 俺の作品が、頭一つ抜け出るものが足りなかったことは認めよう。

 言い訳をさせてもらえば、作品の数も、アイディアも、既に飽和しきった環境の中ではできることは限度があったのだ。

 けれども、俺の作品と内容では大差ない作品が次々と商業化され、アニメ化されていく現状は、運がなかったの一言で片付けるにはあまりに不公平で不条理ではないか。


 だがしかし、この世界では違う!

 なろうに溢れていたファンタジー作品の数々は未だ世に出ておらず、なろう系ファンタジーというジャンル自体が黎明の幼年期にある。

 ここに、俺の作品を投下したらどうなるだろう? 

 歓喜で背筋が震えた。


 ――2010年4月13日 橙乃ままれ作

 ログ・ホライズン 投稿開始


 ――2012年4月20日 鼠色猫/長月達平作

 Re:ゼロから始める異世界生活 投稿開始


 ――2012年10月29日 アネコユサギ作

 盾の勇者の成り上がり 投稿開始

 

 ――2012年11月22日 理不尽な孫の手作

 無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 投稿開始


 ――2013年2月20日 伏瀬作

 転生したらスライムだった件 投稿開始

 


 これらのなろう初期の人気作は、なろう系の初期の成功作として、後に数えきれないフォロワーを生み出してきた。

 反面、まるで創意工夫が感じられない二番煎じ――忌憚なく言えば、アイディアの剽窃とでもいうべき、唾棄すべき作品も増えた。

 俺は、アマチュア作家としてそんな恥知らずな真似はできなかった。

 誰かの後に続くより、自分の後に道ができるような、そんな新しいなろう系のファンタジーが書きたかったのだ。

 既存の作品のエッセンスを取り入れ、パクリとして後ろ指をさされるような真似はプライドにかけてできなった。

 もう、認めよう。

 俺のそのプライドが、作品を窮屈で、つまらないものにしていた。

 誰もが歩まなかった道は、新しい道である可能性より、誰かが歩んで行き止まりだと気づいた道なのだ。

 けれども、この2009年の世界ならば、そんな詰まらない枷を自分に嵌める必要はない。

 俺が学んだ過去の名作たちは、まだ一作としてこの世に出てはいないのだ。

 優れた部分はリスペクトと共に遠慮なく取り入れ、拙劣な部分は取り除く。

 そうすれば、きっと俺が過去に書いてきたどんな作品よりも素晴らしい小説ができあがる。

 この2009年の『小説家になろう』ならば、まだ作品の平均レベルは低く、未熟なものばかりだろう。

 俺の作品は、際立って優れて見えるはずだ。

 書籍化――コミカライズやアニメ化まで、トントン拍子で進んでいく未来が目に浮かぶ。

 興奮を隠せない。

 俺の作品は、万人に受け入れられる、新たな名作になるに違いない。

 15年後。

 再び2024年が巡りくる時には、俺の作品は、なろう系の代名詞となっているだろう。




 続。

  

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