4-22 岐阜城花嫁殺人事件
この世ならざる者を視る刑事、松平憲治。
そして超人的な胃腸を持つ、うら若き女性警察官、柊 咲。
この二人のコンビが、悲しき殺人事件を解決へと導く。
岐阜城花嫁殺人事件。
ちょっとトボけたオッサンと、しっかり者のうら若き女刑事が織りなすサイコホラー・サスペンス。爆誕。
岐阜県の金華山には岐阜城が聳え立っている。県民なら知ってると思うが、その近くにはリス園もあり、非常に可愛いリス達がお出迎えしてくれる人気のスポット。
その金華山で変死体が発見された。岐阜城内、時刻は午後二十二時。本来ならば立ち入れない時刻に、城内に警察関係者が集っている。ロープウェーで鑑識が到着し、現場の保管に勤めていた警察官の一人、柊 咲、二十五歳は敬礼しながらある男を見つけた。鑑識と共にロープウェーで登ってきた同僚の遅刻野郎を。
「上さん、遅い」
「ごめん、非番で飲んでたんだよ。おでん屋で」
「はぁ? なんで私、呼ばれてないんですか!」
「いや、勤務中だったからじゃない? んで、今回はどったの」
まるで日常茶飯事のような軽やかさで殺人現場へと鑑識と共に入る咲と上さんと呼ばれた男。彼の本名は松平 憲治。時代劇ファンの咲は、おしい! と同僚の名前を確認したとき思ったという。それから彼女の中で男のあだ名が決まった。上さん、というのは咲が命名した。白馬に跨り、暴れる将軍から取った名前だ。
「上さん酒くさ……」
「何と言っても飲んでたからね」
周りの警察官にも挨拶。そこは岐阜城内の天守閣。ちょうど岐阜の街を見下ろすような形で、ウェディングドレス姿の女性が椅子に座らされていた。
しかし、首は切断され、自分の膝の上に。大事に首を抱えるように座っている。
「なんだこれ。また手の込んだ事を……」
「被害者の身元はすぐに分かりそうです。免許書とスマホも持ってましたから」
「そう……わざと置いてったな」
鑑識が花嫁の遺体を検分しはじめると、上さんは天守閣から岐阜の街を見下ろす。何故首を切断したのか。膝の上からでは、柵が邪魔で見えない。
「あ、上さんが到着する前に高坂さんも現場に……滅茶苦茶怒ってましたよ。ウェディングドレスのレンタルがいくらするのか知ってるのかって」
「あいつ、結婚控えてるからな……」
ちなみに高坂は刑事課の係長。その係長を育てたのが上さん。今ではあちらが上司になってしまっている。さらにちなみに、上さんは四十代バツイチである。
「上さん、ちょっといい?」
すると鑑識のボス、西村が上さんへと声をかけてきた。初老の男性で上さんとは古くからの付き合い。
「スマホに動画残ってた。撮影されたの、たぶん殺害された時だわ」
「え、なんで分かんの」
「今日の日付で……えー、撮影されたのが午後十八時。一応一緒に見てくれる?」
「えー、いや、高坂は? ちょっと咲ちゃん、高坂呼んできて」
「もう戻ってますよ。たぶん捜査会議の準備で……」
重要な証拠物を責任者無しで見るのは中々に面倒くさい。しかし致し方ない。死亡推定時刻の重要な手がかりが動画内に残っている可能性がある。
「いい? 再生するよ」
上さんと西村は共にスマホの画面へと注目。咲も二人の間をこじ開け、画面を見つめた。そこには一人の女性が笑顔で写っている。
『綺麗だね、ねえ、あのあたりが私の家』
被害者だ。撮影者は声を出さないが、手が一瞬写った。咲は薬指に指輪がはめられているのが見えた気がする。
『私、この街が好き。今度は鵜飼してる時に来ようよ、きっと綺麗だよ』
頷くように画像が上下に揺れる。
『じゃあ、はじめよっか、結婚式』
そこで動画は終わっていた。上さんは首を傾げる。動画内では女性はカーディガンにロングスカート。しかし今はウェディングドレスに身を包んでいる。ここで着替えた? こんな手間も時間もかかりそうな物を、こんな場所で。
「咲ちゃん、ここって何時まで入れるの?」
「えーと……十七時半までですね」
「動画は十八時過ぎに撮られたものだから、この二人は不法侵入してたってことか」
西村は動画を見直すように。何か不審に思ったようだ。
「どうしたの、西村」
「いや、この動画撮ってる奴、女かなって……」
咲も上さんも先入観から、てっきり男が撮影者だと思っていた。しかし手が映った所で動画を一時停止。確かに男にしては指が細い気がする。その手は右手。薬指には指輪。
「右手の薬指に指輪。咲ちゃん、どんな意味?」
「え? 確か左手が婚約者で、右手の薬指は友人とか恋人との絆をどうとかって意味じゃなかったっけ……?」
自信無さげな咲の言葉に、オッサン二人は「ほー」と感心するばかり。
「で、死因は? わかりそう?」
「たぶん窒息死。顔にうっ血があるから。首絞めた後に切ってるね。切り口からして鋭利な刃物かな。凶器は……見つからねえな」
「鋭利な刃物……刀でズバっとって事?」
「犯人は居合の達人かね。その辺に血痕も無いから、てっきり別の場所で切断したんだと思ったんだけど……この動画見る限りなぁ……ここで斬ったのかなぁ」
咲と上さんは天守閣の遺体周辺をライトを照らしながら眺めてみる。鑑識が無いと言っているのだから、見つかる筈もないが一応。
「え、動画とって、別の場所に移動して殺害して、またここに戻ってきたってことですか? なんか無駄が多くないですか?」
「だよねぇ。それにこのドレスにも血が一滴も付いてないってのも……。これ、首の出血どうなってるの?」
「血ぬきでもしたんですかね……鶏じゃあるまいし……」
血ぬき、と聞いてふと上さんはライトを照らしながらウェディングドレスの裾をめくってみる。被害者の足が見えてくると、咲と共にドレスの中へと潜るように。
「……上さん、これ……」
「血ぬき、してんな……。おっちゃん! これ!」
花嫁の両足首。そこには縄できつく縛られたかのような痕が。
上さんは嫌な予感がしたのか、天守閣の柵から身を乗り出し真下を眺める。しかし暗くて良く分からない。まさかとは思ったが、この下の地面を調べれば被害者の血が大量にみつかるかもしれない。
「でも、動画の撮影者が女だとしたら……中々に重労働ですよね、これ。いくら相手も女性とはいえ……首を絞めて窒息させた後、切断して足を縛って血抜きって……」
「まあ、出来ない事も無いんだろうけど……わざわざウェディングドレスまで着せてるしね、そうとう時間はかかったと思うけど……問題は目撃者だね。第一発見者は?」
「あ、警備のおじさんです。天守閣に白い影が見えて、おや? と思ったそうで……」
「他に何か見てるかもしれない。咲ちゃん、その警備のおっちゃん今は?」
「あ、リス園の事務所に居るって」
了解、と上さんは天守閣から咲と共に降りようとした。しかしその時、この場に不釣り合いな存在がそこに佇んでいる。少年だ。
一人の少年が、花嫁の前に、じっと佇んでいる。泣きもせず、ただただ花嫁の首と目を合わせるように。
「上さん? どうしたんすか?」
「……署に戻るよ、咲ちゃん」
「え、なんで?」
その少年は既に消えていた。
この場では上さんにしか見えない存在。
上さんの目には、ただただ無表情で切断された首と見つめ合う少年が、そこまで悪い物ではないように見えた。しかしこの世の物でもない。
「ちょっと、上さん」
「被害者について洗ったら戻ろう。西村、免許書の住所は?」
「あー、岐阜市〇〇町……二十八の四、待鳥 晴香。って、仏さん、今日誕生日じゃん」
この日は十二月二十五日。
街はクリスマスでイルミネーションが輝いている。
花嫁は、その夜景を自らの膝の上で見下ろしていた。いや、見れなかっただろう。膝の上からでは柵が邪魔だ。何故首を切断してしまったのか。そうしなければ、見れたかもしれないのに。
※
『えー……これより捜査会議を始めます。起立! 礼!』
岐阜警察中署にて始まる捜査会議。既に時刻は二十六日の零時を回っているが、彼らに時間の制約などあってないような物だ。咲はたらふくアイコスを吸った後、バニラアイスクリームを一気食いして喝を入れてきた。昔からどんなに冷たい物を食っても、腹を壊した事は無い。
『では被害者の報告から。鑑識』
「はい。待鳥 晴香 二十七歳。待つ鳥と書いて、晴に香るで晴香。現在市内のアパートで一人暮らし。職業は運送会社の事務で、三日程前から出勤していないとの事。会社の方には病欠の連絡が来ていたそうです。えー、あと財布から産婦人科の診察券。妊娠していた可能性あり。明日、朝一で病院に問い合わせます。司法解剖も明日の朝からです」
『次、第一発見者』
「えー、第一発見者は警備会社のエルダー社員。午後二十一時頃、岐阜城の天守閣に白い影が見えたと警備会社に連絡し、自ら中に入って確認。その後、遺体を発見。110番通報』
『不審者、不審車両』
「第一発見者の証言も含め不審人物の情報は無し。ただしリス園の従業員によると、被害者は昼間に来ていたと……えー、監視カメラでも確認済み。同伴者は無し。被害者と直接会話した従業員によると、慌てていた様子だった、逃げ込むように入ってきたとの事。監視カメラにそれらしき不審者の姿は無し」
上さんは自前の手帳にメモを走り書きしている。子供、妊娠、に二重丸が打ってある。
脳裏に蘇る少年の姿。彼は一体何だったのか。
幼き頃から見えるこの世ならざる者。多くの事件をその目で解決へと導いてきた、ちょっとトボけたオッサンと、超人的な胃腸を持つ若き女性警察官のコンビが殺人事件の捜査へと乗り出す。
岐阜城花嫁殺人事件へと。





