4-20 ひそかに世界の危機ですが、みんなの力で激ヤバダンジョンなど攻略してやりますわ
歴史ある小国ティルナノクの王女レオリアは、強国ブレイズの第三王子との婚約を破棄された。
ティルナノク唯一の資源たるダンジョンが、いまや魔界とつながってしまい、未知のモンスターどころか、邪悪な魔神までほいほい出てくる激ヤバダンジョンと化してしまったからだ。
資源目当てだったブレイズ王国からの大型支援の話は白紙に戻った。
父王は病床にあり、大量のポーションを要する身。
最強戦士として名高い兄王子も、多くの騎士たちも、ダンジョン内で行方不明。
だがそんなことは屁でもない。
レオリアは、資金を調達し、戦力を整え、各階層を支配する大魔神と、最深部の魔神王を倒さんとする。
「まずはお兄さまの救出ですわ!」
頼もしい仲間たちとともに、激ヤバダンジョンで激ヤバな敵と戦いまくり、資源を集め、どんどん強くなって勝ち進む。
ついには世界を救い、真実の愛も見つけるのだった。
私がティルナノク城の広間に姿を現すと、掃除をしていたメイドたちが仰天して腰を抜かしました。
「ひ、姫様!?」
「レオリア様……? え、ええ、いつのまにこちらへ、え、ええ、えええ!」
驚くのも無理はありません。留学先のブレイズ王国の王立学園の卒業式は今日。しかもその日の夜までに帰国できるなんて、ありえません。
我がティルナノクは、ブレイズから見てはるか西の辺境にある小さな国。死の森と魔の山に囲まれて、周囲との行き来も困難。
各地にある魔法設備の転移門など駆使した身一つの最速でも、一週間はかかりますわ。
お金をかければ三日でいけそうですが、いずれにせよ、未婚の十八歳の一国の王女が、そんな移動を易々とできるはずもないですが。
しかも、私だけでなく、筆頭の侍女と護衛、さらにはいくつもの木箱や袋、長持ちなど、身の丈よりも高く積み上がった大荷物も一緒です。
メイドたちが混乱するのも無理はありません。
しかし、事前に知らせを送るまでもなく、我が聡明なる十三歳の妹ミルダが、広間に駆けつけてきました。
「レオリア姉様! 婚約破棄されましたか?」
「はい、されました。もはやブレイズ王国にとって、我がティルナノクのダンジョン探索は損切り案件、貴重な政略結婚の手駒を費やす意味も、探索を支援する価値もなくなったのでしょう」
「残念です。でも、真実の愛を見つけたんですから、仕方ありませんね」
「ええ。私も恋愛感情はありませんでしたから。異国へ婿入りなんて大変でしょうが、幸せになって欲しいものです」
わがティルナノクは、大昔から、ダンジョン探索を生業としてきた国です。
我が国は、国土に対するダンジョン密度が際立って高く、ダンジョンのモンスター素材や生成アイテムの収集が主な産業でした。
ダンジョンにも色々ありますが、ティルナノクのダンジョンは、初心者向け上級者向け、大小問わず、すべて地底魔界由来の、俗にいう生えてきたダンジョンです。
底知れぬ魔界の溢れんばかりの闇魔力をリソースとして、時空の歪んだ地下世界が生み出され、モンスターが無限に湧き出して尽きることは無く、さまざまな素材や、ときには魔界由来のアイテムも手に入ります。
本来なら、危険は多いですが、何しろ大昔から国が主導してやっておりますから、初心者冒険者の方でも、無理をしなければそれなりにやっていけるしくみが整っておりますのよ。
今やそのしくみは崩壊してしまいましたが。
我が国最大の資源ダンジョンに異変が起こったのは三か月前。
本来、地下十階までだった構造の底が抜け、さらなるダンジョンが広がったのです。
ダンジョンが広がるのはよくあることですが、そこから未知のモンスターや大魔神が出てくるのは、我が国始まっていらいの出来事です。
封印の魔法陣で地下に押し込めたものの、少しずつ地下から溢れだし、今や地下五階程度で魔神やらとてつもないモンスターやらに遭遇する激ヤバダンジョンになってしまいました。
資源どころか、国が滅ばされてしまうかもしれません。
私の元婚約者セイルが婿入りすることになったアヤート国は、文化の異なる東方の国です。
東方独特のさまざまな産物と同じく、ダンジョン資源も西方とは大きく異なります。
資金や戦力で援助すればしただけ、旨みたっぷりの見返りがあるダンジョンと、恐るべき闇世界の魔神や、邪悪なモンスターによって、投下したリソースを消耗するばかりの激ヤバダンジョン。
ブレイズ王国にしてみれば、どちらを取るかなんて迷う必要もありませんわね。
でも、それって私たちにはいろいろ好都合でしたのよ。
「さあ、時間がありませんわ。まずはこの荷物の山を片付けましょう。そちらの黒塗りの長持ちはすべて至急お父様のお部屋へ。金属のものは探索騎士の倉庫へ。木箱と袋は素材です。城内と城下の魔法工房、錬金工房へこの調合メモとともに送って、大至急、合成・調合に入ってもらいます」
集められた家臣たちの指示を受けて、使用人たちが動き出します。
「レオリア様。いったいこれは……これだけのポーションを、いったいどうやって……」
「こちらの薬草も、とんでもない上等な品ですぞ! このままでも使えますし、精製すれば、さらに強力なポーションが作れます……!」
荷物を解いて記録しながら、家臣たちが目を回しています。
当然ですね、ブレイズ王国が約束していた大型支援とやらが、みみっちく見えてしまいますもの。
ちなみに私がすぐ帰国できたのも、支援物資のおまけで転移させて下さったからですわ。おまけって、そんな簡単なと驚きましたが、向こうでは大した術ではないそうですわ。
もちろん、これだけの支援には、理由があります。
まずは、このポーションによってこちらが戦力を立て直し、激ヤバダンジョンを攻略できたら、今度は私たちが支援に行く約束です。
セイル王子とスザナ姫がいるアヤート国へ。
ブレイズの知らない、アヤート国の激ヤバダンジョンを攻略するために。
ともにこの世界を救うために。
ブレイズ王国が知らないことがもう一つ。
ブレイズは、セイル王子が持つ希少な天恵を、我がティルナノクに得意げに売り込んできました。ダンジョンの国であるティルナノクにとって、喉から手が出るほど欲しいだろうと。
でも、実はそこまで欲しいものではなかったんですのよ。
あれば便利ですが。
だって、もうありますの。
うちのお父様、我が国の国王陛下、よく寝込んだりしますが、別に病弱じゃないんですの。
魂縛の天恵、国王みずからが持っていらっしゃいますの。もちろん、自分のみならず、他の方の魂も体に縛りつけられますわ。
肉体的には死んでも、肉体を修復すれば復活させることができる。死を単なる行動不能にできますのよ。
強力ですわよ。小国ですが、わがティルナノク全土のダンジョンに効果を及ぼせます。もっとも、現在は無理ですが。
お兄さまと、王国探索騎士団のバーティを複数、ダンジョン内で魂縛しているので、体力と魔力がだだ洩れ状態で、今までになく、寝込んでおりますの。
お兄さま、私が帰国するまでお待ちくださいとあれほどお願いしたのに、ダンジョンに突然大魔神が現れたと聞いて、戦いの血が騒いで突っこんで行かれてしまって、ダンジョンのどこかで戦闘不能状態ですわ。
あれでもティルナノク最大、いえ、この世界でも有数の戦力ですから、損壊して動けない体を治癒してお救いしなければ。
さあ、明日からは、まずはお兄さま救出作戦です。
レベルが高くて強い個体ほど、維持するのに魔力と体力をバカバカ消費しますので、お兄さまの魂を維持するコストさえ消えれば、お父さんの負担が消えますわ。
助けたら、今度は回復アイテムをしっかり持たせて、私が手綱を握って、探索騎士達を順次救助しつつ、ダンジョン攻略ですわ。
……私も、戦いは嫌いじゃないのですけれど。
お兄さまとはいいません、私と同じくらいには強くて、お兄さまくらい信頼できて、お兄さまをはるかに凌駕するまっとうな判断力を備えた素敵な殿方、どこかにいらっしゃらないものでしょうか。
「私も運命の愛が欲しいですわ……」
「いますわ、レオリア姉様。いずれ会えますわ」
ミルダがこそっと嬉しいことを言ってくれました。
わが妹の天恵は絶対予知。何か未来のことでミルダが確信したなら、それは絶対に起こって外れないのです。
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そのころ。とある魔境の森のほとり、辺境の町の冒険者ギルドでは。
全身をすっぽりとマントで覆い、フードを目深にかぶり、いかにも呪力ありげな意匠の目元だけ覗く装飾的な兜をつけた男が、求人広告の一枚をまじまじと覗きこんでいた。
「『アットホームな小国です』? 『初心者冒険者さんも大歓迎』だああ? ぜったい激ヤバ真っ黒だろ、これ……」
兜の内側ではあっとため息。しかし、彼に選ぶ余地もなく、また、わかりやすいブラック案件であることは好都合ともいえた。
この辺のまともな冒険者なら誰も受けない。実際、広告は持って帰って検討できるように束にして画鋲でボードに留めてあるが、一枚も取られた形跡がない。
ここでやれてる経験豊富でまともな冒険者が、こんなわかりやすい初心者ブラックホイホイにかかるわけがないし、まともにやってない奴らなら気にする必要はない。
彼はまた深くため息をつくと、広告を一枚取った。
彼には、好都合なのだ。
顔面を灼こうが潰そうが、治癒魔法と外科処置で造り替えてもらおうが、天恵がパッシブで完全に修復してしまうから、やたら目立つ顔を損なうすべがない。
結果、顔を隠した胡散臭い男か、誰でも気がつくお尋ね者か、二つに一つだ。ちなみにこの兜、見掛け倒しで、特に恩恵はなく、ただ軽いだけだ。
魔境の森を越えた先、西の山脈の向こうにあるという、ティルナノクとやらまで行けば、少なくとも、暖かい時期に暑苦しく顔を隠さないで済むだろう。
「面倒くせえ……」
だが、生きて行かなければならない。死んだ仲間たちとの、約束だから。





