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4-18 裏催眠アプリが世界中で流行ってから、早二十二年

『催眠アプリ』それが世の中に放たれて二十二年。

育児放置児が三倍以上に増え、自殺者も四倍に増加。

催眠アプリを所持しているだけでも極刑になるまで法整備が整えられていた。


そんな中で、催眠の能力の一つ『その場に自然に溶け込む催眠』を扱えることをある日

知ってしまい、催眠を使える事を周りが知れば、自身が過ごしている児童養護施設に迷惑がかかると、一人施設を飛び出す。


ひっそりと隠れながら過ごす中で、催眠アプリを通して形成された裏の社会に関わっていくことになり、歪に歪んでしまった社会と、同じく催眠能力を得た存在達と共に戦っていくことになる。

 踏切の中へ落ちた松ぼっくりが、電車に轢かれる光景を眺めていた。砕け散った破片が嫌な光景とかぶって、握った拳が痛みを伝えてくる。あの日、姉のような存在だった彼女、ヒラ姉が死んだ日も今日みたいな風が冷たくて、夕焼けの赤が嫌に鮮明だったのを覚えている。彼女の笑顔を思い出したくて、毎日この踏切へ来てしまう。

 よく一緒に他愛のない話をして笑い合った遮断機の前、自分たち以外殆ど誰も来ないからと、お互いの将来の夢や恋バナなんて、聞かれたら恥ずかしくなるような話しをよくしていたと、遮断機のほうへと視線を向ければ――


「はっ?」


 ヒラ姉と瓜二つの女性が儚げな笑みを浮かべてそこに立っていた。

 明るい服を好んでいたヒラ姉とは違って、髪から服まで真っ黒で落ち着いた印象を思わせる女性。確実に別人だ。でもあまりにも似すぎたその容姿に目の前の出来事を上手く受け止められず、ただ女性を見つめたまま立ち尽くす。

 さすがに、数秒間じっと見つめていたからか俺の視線に気づき、何を考えたのか笑みを強めて、近寄ってきた。カツカツと靴音を響かせながら彼女が近づけば近付くほど肩に力がこもり、変な汗が体中からあふれ出す。


「あらあなた、やっぱり私が見えるのね」

「へ?」


 だから、こんな突飛な発言をされて戸惑わない方が無理というものだろう。あふれるような夢からどうしようもない現実に引き戻された気分だ。


「ふふっ、反応してるってことは本当に認識されているのね、これはこれは」


 何やら思案顔で追撃をかけてくる女性を無視し、遮断機が上がり始めた踏切側へ駆け込んだ。あれは関わってはいけないタイプだ。逃げないと面倒なことになると、遠回りをしながら家へと向う。

 不審者が周辺にいると自宅である児童養護施設の長へ連絡をしなきゃといけないと考えていれば、施設まで問題無くたどりていた。


「あれ? おかえり、冬夜にーちゃん。今日は早かったね」


 扉を開けると早速と近くにいた妹分の遙花が小走りで駆けきたが、眉間に皺を寄せ不思議そうな表情を俺へと向けていた。声色もどこか暗い印象を受ける。


「遙花、何かあったのか?」

「へ? 特に何もないけど……何かあるように見える?」


 声をかけてみれば小首を傾げられ、困惑されてっしまった。

 今の表情からは先程まで感じていた違和感はなく、気のせいかと自身を誤魔化すことにした。


「いや、気にしないでくれ。それより施設長どどこにいるか知ってるか?」

「ん? んー食堂かな……あ、違った! まだ帰っていと思うよ。書類提出どうっていってたし」

「そっか、じゃあ後でいいか……」


 いないなら仕方が無いと話を切り上げて自室へと戻り、鍵を閉めた瞬間。今まで感じなかった後ろに、気配を感じ取り距離を取る。


「ふふふっ、今頃気づいたんですね」


 覚えがある嫌な声。

 何故俺の部屋に? そもそもどうやって施設に入り込んだ。

 いや、そんなことより、今のままだと何をされるかわから無い。と、机の上に放置していたカッターナイフを咄嗟に掴み、声の方へと構えた。


「あら、怖い顔。刃物まで持って、襲われちゃうかしら」


 振り返った先で女は夕陽に赤々と照らされ、クスクスと笑ってい。おもむろにカッターを握る俺の手を掴んで、「襲わないの?」とでも言いたげに自身の首元へあて始めた。


「好きにして良いわよ」

「なにがしたい」

「人生を謳歌したいだけよ」


 さらに零れ出す彼女の狂気に俺は怖くなり、カッターを握る手が震え出す。が、怯えてたままだったら本当に何をされるか分らない。


「どうやってここに入ってきた」

「ただ歩いてきただけよ。だってあなた以外に私は見えないみたいなの。面白いでしょう?」

「まさか幽霊だとでも言うつもりか?」

「まだ死人じゃないわ。でも近いものを挙げるならそうね、透明人間かしら? 少なくともあなた以外の人には見えないみたいだから」


 彼女は艶めかしい微笑みを浮かべながら答えた。その示す言葉の意味をそのまま受け取れば、今この世界で導き出される答えは一つしかない。俺は目を細めて彼女を鋭く睨みつけた。


「お前、死にたいのか?」


 俺は彼女を壁へと押しつけ、カッターに力をこめてすごむ。が、彼女は相変わらず余裕の表情を崩さず、俺は焦りと怒りに支配されていくのを感じた。


「死にたくなんかないわ。できる事なら他の人達と同じように老衰して死にたいわ」

「催眠アプリに手を出して、この児童養護施設で自分を他人から認識出来ないようにしている奴が、ここの奴等を不幸にしたのと同じ存在が、よくもぬけぬけと生きたいなんて言える」

「催眠アプリなんて持っていないわよ」


 恫喝するような俺の勢いを受けても平然としたしている彼女に、自身の怒りが揺らぐのを感じた。


「嘘をつくな、だったらどうやって誰にもバレずにこの部屋に入ってこれる。催眠アプリを使ったに決まってるだろう」

「そんな危険な物、もう一般人がおいそれと手に入れられるような代物じゃないわよ。それに分っていると思うけど、所持だけで重罪よ。麻薬や刃物とは違って、一発で国家転覆容疑になるような代物よ。誰が望んで持ちたがるのよ」

「さっきから意味不明な言動が矛盾している奴の発言の何処を信用しろっていうんだ」

「あら、酷い言われようね。本当に催眠アプリなんて持っていないわよ。ほらね」


 不敵な笑みを浮かべながら、彼女はポケットからスマホを取り出し渡してきた。その瞬間、俺の視界から彼女の姿が消え、背後に気配を感じた。心臓が激しく鼓動を打ち、息が止まりそうになる。冷や汗が背中を伝い落ちる中、声すら出せないほどの衝撃が全身を襲った。


「まぁ催眠アプリは持っていないけれど、催眠自体は出来るわよ。今のあなたに対しては殆ど無用の長物だけれど」


 理解できない状況に、手足から力が抜けていく。全身が震え、冷や汗が背中を伝い落ちる。頭の中が真っ白になり、目の前の現実を受け入れられない。荒唐無稽な話だと否定したい気持ちを押し殺して、俺は状況を冷静に分析しようとした。彼女の表情や、ここまで誰にもバレずに接近できた事実。アプリか彼女自身の自称異能かは不明だが、催眠が使えるのは間違いない。拳を握り、動揺を抑えながら、彼女の一挙一動を注視した。


「私には人の意識の外へ逃げ込む力があって、誰からも認識されなくなるの。――そしてあなたは、おそらくだけどまるで空気のようにその場所に溶け込める催眠が使えるわね」


 突然の告白、畳みかけられる情報に、俺は混乱を隠せず「コヒュゥ」という、不格好な音を鳴らす呼吸しか出来なくなっていた。


「催眠が使えるって、そんな冗談……」


「催眠から逃れられるのは、催眠の力を持つ者か、他の催眠にかけられている者だけよ。そして、あなたからは私と同じ力を持つ者特有の香りがするの」


 妖しげな笑みを浮かべながら、彼女は俺の首元に鼻を寄せスンスンと嗅ぐような仕草をとってきた。間近似感じる彼女の体温と重たい香水の臭いに、戸惑い緊張、警戒心、などなど様々な感情がわき上がっては交ざってゆく。なんだよ、催眠術を使える同じ臭いのする相手って。


「だから、同類として私から忠告をしてあげるわ」


 背中を冷たい汗が流れていくのを感じながら、俺は彼女の言葉に耳を傾けた。同類?俺が催眠を使えるなんて、そんな馬鹿のことあるはずはない。だが、彼女の言葉には不思議な説得力があった。喉の奥がカラカラに乾き、手のひらに爪が食い込むほど強く握り締めた拳からは、冷や汗が滲み出ていた。


「今から施設を出て身を隠さないと、此処の人にも迷惑がかかるわ。貴方、見つかったら確実に残酷な死が待っているわよ」


 彼女の警告が、静かに頭に染み込む。全身の血が凍りつくような恐怖が背筋を走り、息をするのも辛くなるほどの重圧を感じた。


「だから、私と共に逃げない? 私がいれば、とりあえず身を隠すのには苦労しないわよ」


 艶のある声で誘うように手を差し伸べる彼女。その手を取るのがどうにも魅力的に思えた。まるで蜜の甘い香りに誘われる蝶のように、抗えない魅力を感じ、気がつけば手を取っていた。頭の中が綿で満たされたように朦朧とし、思考が徐々に遠ざかっていくのを感じた。


「それじゃあ、行きましょ。逃げるのに私の力を使ってあげる」


 柔らかな手に引かれるまま彼女についていけば、いつもは俺を見ててすっ飛んでくる子達が、素通りしていく。これが、彼女の世界……と誰もが自分を見ない光景に浸っていれば、暫く歩いた先で急に彼女が立ち止まった。直後、急激に襲ってきた嫌な予感に従いその場から距離を取った。

 今、俺がいたのは踏切の中、線路の上だった。

 どういうことだと彼女へと視線を向ければ――。


 ――その瞬間、目の前で姉さんと瓜二つだと思い込んでいた顔がみるみる変貌し美人である事以外の共通点がない別方向の顔つきへと変わっていた。


「お前、俺を催眠にかけて殺そうとしてたな」

「やっぱり、あなたには催眠への耐性があるのね」


 厄介でしかないといいたげなジト目でこちらを睨む女。

 ヒラ姉の姿をしていたってことはこいつ、最初っから……。


「何故俺を殺そうとした」

「言ったでしょ。催眠能力はバレただけで人生が終わるわ。私は常に誰にも見られない様に生きて平穏に死にたいの。それがおびやかされるような相手を生かしておくわけないでしょ?」


 催眠アプリが世に解き放たれてから二十二年。ひっっそりと人類は新たな形へと進化の舵を切り始めていた。そして俺もまた、その渦中へと飲み込まれていくのだった。

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