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4-17 俺は『氷漬けの魔女』

「ねえシューセン『氷漬けの魔女』って知ってる?」


 物心がついたころの話。

 幼馴染のマコライから、毎日のように『氷漬けの魔女』の話を聞かされた。


 たまに行商人の父と村に来る同年代のパスカも連行して、道連れにしたりもした。


 そんな幼馴染のマコライが、ある吹雪の日に家族と夜逃げしたんだ。

 部屋に彼女の氷像と、数多の日記を置いて。


 マコライは、いつも勝手だ。


 『氷漬けの魔女』は人々を無差別に凍らせる存在だと聞き、昔は恐怖したものだ。


 俺らの村で有名な『氷漬けの魔女』の話は『冬場に子どもが外を歩き回らないように』と言う願いを込めた、大人がよく話している童話なのだろう。


 バカ正直に怯えていたころが懐かしい。

 怖い話は大抵が嘘だと分かってしまう年。

 こうして雪かきも一人で任されてしまうほど、身も心も成長してしまった。


 騙されたこと気付いてからもう何年経つのかすら、よく覚えていない。

 

 普通の村が一面の銀世界に変わっていても、もうワクワクどころか待ち構えている雪かきの嫌さを思い出してしまう。

 

「ねえ、知ってる?

 『氷漬けの魔女』ってすごい美人さんでね、私と同じ空色だったらしいの」


 でも幼馴染のマコライは違った。

 大人びた無表情のまま、積もった雪に飛び込む子ども心が生きている。


 ほら、今でも集めた雪の山を玉にしてぶつけてくるタイプの人間だし。

 首を傾げて白の玉を避けると、後ろでサボっていたもう一人の幼馴染にぶつかった。

 

 見事に顔面キャッチだ。

 鼻を赤くしたパスカは彼女を睨みつけるも、もう雪合戦に発展することはない。


 ため息代わりにか、彼は毒を吐いた。


「17にもなって、まだマコライは信じてんのか、実際いるのならともかく、オレは架空の女には興味ねーよ」


 吊り上がった眼に迫力はあるものの、ただ単に生まれつきの造形と寝不足によるものだろう。

 パスカは行商人の父と今日の朝、村に到着して寝ずに雪かきの手伝いに来てくれたのだ。


 となれば、一刻も早く彼を寝かせてあげるためにマコライの機嫌を取るべきだな。

 放置すれば、二人して部屋に連れ込まれて『氷漬けの魔女』の逸話が永遠と聞く羽目になるから。


「空色だっけ。薄氷色じゃなかった?

 僕も好きだよ。カッコイイよね魔女さん」


 確か『氷漬けの魔女』の出身も雪国のはずだ。マコライはいつも自慢していたから覚えている。

 髪色も似たようなもので、彼女が自身を『氷漬けの魔女』と自称したら信じる人もいるかもしれない。


 しかし、儚さと死の象徴である『氷漬けの魔女』はあまりにも似合わないな。

 悪に憧れる彼女には申し訳ないけど。


 どうやら僕の思考回路はバレてしまったようだ。

 頬を膨らませて、弱々しく睨みつけて。

 クールぶっていても、あまりにも可愛らしい。お天道様の下で憧れている方が、僕は好きだ。


「パスカもシューも、分かってないよね。

 『氷漬けの魔女』は本当にいるんだから

 証明してみせるから、覚悟してよ?」

「ああ、せいぜい頑張れよ」

「何か手伝えることあったら言ってね」


 不意に、真剣な眼差しが潤む。

 唇が気持ち噤まれて、彼女の様子が変化する。

 パスカと顔を見合わせ、何か言い過ぎたのかと声をかけようとした時。


「じゃーね」


 マコライは突然口を開き、笑った。


 ■□■□■


「起きろシューセン!

 マコライが、マコライたちが消えた!」


 吹雪の夜が過ぎ、幼馴染の一人が夜逃げした。正確にはマコライとその両親が、夜に外出したきりいなくなった。


 村の酔っ払いが、コソコソと出ていく様子を目撃したらしい。

 

 寝着のまま急ぎパスカと隣の家へ赴く。

 鍵のかかっていない扉を開けると、何も変わらない普段の部屋があった。


 吊り下げられた包丁、洗いっぱなしの皿、燃え続けている暖炉、置きっぱなしの洗濯物。


 凪いでいる室内には気配もなく、行方をくらます理由も見当たらない。


「パスカ、やっぱり酔っ払いの見間違いでしょ。ただ急に用事ができて――」

「んなわけあるか。

 父ちゃんは吹雪を警戒して、無理やり深夜も馬走らせて村に来たんだぞ。たとえ王命だとしても、オレは外に出ねえよ」


 分かっていたことを、なぜパスカに聞いたのか。多分、信じたくなかったからだ。


 何一つ、状況が飲み込めない。

 理解もできない。気持ちも追いつかなくて、自暴自棄にはなれない。

 希望が半端に残っていたからだ。


「まだ、まだ、あるかもしれないよ。

 他に理由があってさ」

「そもそもさ、何もかも意味わかんねーんだよ。命が狙われるようなこと、アイツら誰もしないだろ」

「――命が、狙われる?」

 

 いつか、そんなことをマコイラが話していたような気がする。 


『アタシが殺されそうになったらね、シューくんにお手紙かくよ』

『氷の魔女に

?』

『違う、氷漬けの魔女!

 あ、でも命を狙われてからじゃ遅いよね。

 今から書いとこうかな。ママたちには内緒ね』


 幼い頃の話。

 10歳の誕生日、彼女が子ども部屋を与えられて招待された時の。

 

「おい、シューセンどうした。

 なんか心当たりでもあんのか?」

「ある。マコイラの部屋だ」


 ほぼ走るかのように廊下を歩き、あのシックなネームプレートが掲げられた部屋の前へ。

 窓に叩きつける雪が、僕をあの記憶の元へと囃し立てた。


「おい待て、オレもいるんだぞ!」

「ごめん。急がないと」


 刺されるような冷気が部屋から漏れ出ている。凍りつく寒さなのに、なぜだか汗は止まらない。

 息を呑み、ドアノブに手をかけ、一気に押し開く。


「は、なんだよ、これ」


 パスカの声は最もだった。

 あるのは、いつも見ているシングルベッドに、いつ使われているか分からない机と椅子のみ。


 中央にあるはずの、何に使うか分からない紙の山とペンが転がるローテーブルは無く。


 部屋の主を模した氷像が、諦観の表情で立ち尽くしていた。

 

「『氷漬けの魔女』か」


 大きな瞳も綺麗な薄氷の髪も。

 丁寧に、何一つ欠けることなく残っている。


「バカかお前、そんなのいるわけが。

 なんだよ。そいつが実在して、殺されたってか?

 信じねーぞ、信じねーからオレは!」

「お前は信じなくていい」


 耳に響く声に、上の空で返事をする。

 高まる鼓動を無視して、彼女の氷像も横切って机に置かれた本を手に取り、目を通す。


「おい! 何言ってんだシューセン!

 アイツが、マコイラが――」

「大丈夫。『氷漬けの魔女』の仕業じゃない」

「じゃあ、誰の。誰がマコイラを」

「マコイラ自身だよ」


 間の抜けた答えが部屋に響く。

 未だに冷気が漏れ出ている氷像は、溶ける気配もない。


「つまり、なんだ?」

「この日記、読んで。マコイラのだよ」


 普段は何も置いていないのに、今日だけ意図的に置かれていたであろう日記だ。

 いや、日記というよりは。

 

「研究成果、か?」

「マコイラなりの手紙だと思うよ。

 『氷漬けの魔女』改め『七代目氷の魔女』ってところじゃない?」

「『どころじゃない?』じゃ、ねーだろ。

 取り敢えず、マコイラは無事ってことで良いんだよな」

「うん。命は狙われてそうだけど」


 日記に書かれていたのは、氷魔法の研究の記録だった。パスカが読んでいる本は最新版で、残りはベッドの下に積まれている。


 潜り込んで適当な本を拝借し、パラパラとめくってみる。随分と字が汚いと思ったら、記録日時が8年前だ。

 なるほど、全てが手紙か。


「なんか『氷漬けの魔女』に執着してると思ったら、アイツ自身が『氷漬けの魔女』とはな。そりゃ実在するに決まってんな」

「にしては、ザルだよね。

 部屋には平気で招き入れるし、ベッドの下なんか僕たちが盗み見てたらバレるのに」

「オレらが紳士で良かったな、ホント」


 緩んだ緊張で和やかな空気が流れる。

 でも、実際はまだまだやることがあるのだ。

 まずは一つ、誤解を解いておこう。


「あとさ、マコイラは『氷の魔女』であって『氷漬けの魔女』じゃないよ」

「ん? あっ確かにシューセンは『七代目氷の魔女』とか言ってたな。

 じゃあ『氷漬けの魔女』なんかいねーじゃん」

 

 自分もそう感じて、なんとなく最初の日記を見直してみる。

 バストと一緒に手がかりを探っていると、千切れたような紙がはらりと落ちていく。


「おい、落ちたぞ」

「ごめん持ってて。今拾う」


 落ちていたのはページの切れ端。

 わざわざ切って、目立つように挟んでいたらしい。

 気が使えるというか、杜撰だと言うか。

 まあ良いだろう。今は役に立つ。


「俺は『氷漬けの魔女』らしい」

『は? なにいってんだ?』


 正直、自分でもよく分かっていない。

 冷え切った空気を吸い、一息で読もう。


「よく分からないけど、書いてあるまんまを伝えるよ。

『氷の像はマコライの死体として村の人たちに話してね。あなたたちが読んでるころには』私は命からがら逃亡中です。

 実はシューセンは氷漬けの魔女です。

 なので逃げてください。

 あと、シューセンは僕じゃなくて俺って言ってください』

 だってさ」

「は?」

「そんな顔されても、俺もわかんないよ」

 

 自分たちは顔を見合わせ、首を傾げる。

 

「取り敢えず、戻るか」

「うん、そうしよ」


 重要であろう最初と最後の日記のみを抱え、暖炉のあるリビングへ戻った。

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