4-16 ファンタジー・パンク 消えた魔王と砂漠の都市
ルールイア王国から旅立った勇者は、騎士と共に魔王を討伐する為の旅に出た。川を越え、森を抜け、山を登って。街道を見過ごしていたのに気づいて二人して落ち込んで。けれど楽しい旅の中。
道間違いで偶然立ち寄ったインス聖国。ここで二人は教会に潜む悪を倒したことで信頼を勝ち取り、新たに聖女が仲間になった。流石に聖女は常識を持ち合わせており、二人の旅は幾分も安全なものになっ……た。うん。なった。探索した遺跡の罠の悉くを踏み抜いたり乗った船がクラーケンに襲われたり、こんなトラブル旅ではよくあること。
そして壊れた船から漂流し、辿り着いたのはクーンヤの塔。ここの頂上にあった図書館に隠居していた賢者は、封じられた魔本と魔王に興味があり脱出と引き換えに旅へと同行することに。
そこからさらにいくつかの出来事もあり、聖剣、忠盾、神杖、魔本を集めて魔界に踏み込んだ勇者一行は、ようやく魔王との決戦に挑むのだった。
「くふふふっ──人間は本当に脆い、脆いのぉ」
魔王は玉座に腰掛けたまま、目下に広がる赤い絨毯の方へと微笑みかける。
「もう終わりなのかえ。ここからが面白いというに」
欠伸を一つ。愚かにも上位存在へと逆らった運命の奴隷達は、満身創痍で跪いたまま動けない。騎士の盾は罅割れて、賢者の魔力は枯渇寸前。聖女の祈りにも限界があり、勇者の傷は治らない。彼等は──敗北したのだ。
「皆様お逃げください 魔王は私が押し留めます!」
玉座を降り、コツ、コツとヒールを鳴らして魔王が歩む。それを騎士が闘志を振り絞って押し留めようとするが魔王は一蹴。
「駄目じゃ。一人たりとも逃すつもりはない。ここで歴史から消えるがよい」
石化。魔王の従える眷属の魔眼が、騎士の盾を、鎧を、肉体を、瞬く間に石へと変えた。聖女の悲鳴が広間に響く。
「……めろ、やめろ……やめろ……!」
「ほう?」
それに応えて立ち上がる勇者。勇気あるからこそ讃えられた彼が敵を前にして挫ける訳がない。剣を支えにして赤くなった体躯を起し魔王を睨む。
「おやめください勇者殿!その傷では本当に死んでしまいます!」
「勇者君、もういい、もういいんだ、僕達は負けたんだ……」
聖女と賢者は蛮勇を諌めるが、魔王は嬉しそうに笑い、手招き。数多の眷属と異形の剣を呼び寄せて死地へ誘う。
「妾を殺せれば、幾らか主らの運命も変わるかもしれんな。く、ふ、ふっ♪」
「魔王ォォッッ!!」
抜ける血を気で補い猛進。雄叫びと共に聖剣を振りかぶる勇者。魔王が応じて獲物を撫でれば緑色を見せて。二つの剣が交錯する。
「起動せよ ヴァイブロ」
──しかし、ルールイア王国の記録に以降の彼等の消息は記されていない──。
「…………?」
記憶が曖昧だ。俺は何をしていたのだろう。周囲を確認しようとした彼は、身体が動かないことに気づく。身体が石に包まれていたのだ。今は瞳だけがそれを免れている。
「ぐ、っ……!」
記憶にある石化の対抗策通り、全身に力を漲らせれば覆いは容易く剥がれた。これで問題なく探索できる。冷たい灰色の床を降りてしばらく歩くことにした。
「ここは何処なんだ?」
だが疑問は生まれる。今歩いている金属の廊下の造りに意匠に見覚えはあるもののそれに思い至らない。状況と記憶が結びつかない。辿るための経緯を見失っている。故に仕方なく道なりに進み続けると大きな部屋に出た。隅が5つあるこの部屋の中央には、4つの武器が飾られていて──彼は駆け出した。
「あれは……!」
それは聖剣だった。かつて自分が振るっていた相棒。そう、彼は勇者だ。勇者と呼ばれていた。それに他の武器も騎士の忠盾に賢者の魔本、聖女の神杖だ。それらが聖剣と同じ金属とガラスの筒の中で液体に漬けられ保管されていた。
「取り返さないと」
四つの管から紐が繋がった箱を調べる。幾つもの突起や数字が記されているが意味がわからない。強引に取り出したら後が怖いし……と触っていると、不意に箱が話した。
『指紋認証成功 保存機構解除 おはようございます』
「なんだ!?」
暗かった部屋と廊下に光源が灯り、煙を吹き出しながら管中の液は蒸発。ガラスが開いて武器を取れるようになった。首を傾げながら回収。床に並べて次の状況変化を待つ。
「全くなんなんだ……俺は魔王と戦って……ああ駄目だ、思い出せない」
勇者は徐々に思い出し始めた。ここは色こそ違うが魔王城のようだ。見覚えのある意匠も、魔王城のあちこちで見かけていたもの。となればここは魔王に由来する場所なのだろうか。だが勇者一行と魔王は対立していたはずで……。
「──勇者様…?」
「──勇者君……」
「──勇者殿ッ!」
……深く考え込んでいるうちに他の扉から別々に、されど同時に現れたのは三人の女。共に魔王と戦った聖女と、賢者と、騎士。記憶に残る決戦前と変わらない姿で、見惚れてしまいそうなほどに綺麗だ。
「よかった、三人共生きて「「「服を着ろ!!!!」」」た……え?」
──ちなみに、勇者はここまで全裸であった。
「悪い……暗くて分からなかった」
「勇者様はご自身の魅力に無頓着すぎます!」
「勇者君の素肌なんて寝起きに毒だよ」
「勇者殿か培った筋肉は衰えていないようで安心しました!」
彼女らに連れられ目覚めた部屋で服を見つけ着用。改めて作戦会議。決戦の後城に帰った記憶がないのに、何故ここにいるのか。しかし何度語り合っても浮かばない。そして一つの案が出た。
「皆。ここから出てみないか?こんなに話していても結論は出ないんだ。今の状況をもっとよく知るためにも、僕達はここから脱出しないといけないと思う」
「……そうだな」
賢者の言葉で一行は装備を整えて立ち上がり、未だ空いていない残り一つの扉の前へ。鍵穴は見当たらなかったが、横にある三角の突起を押すと扉が開き、小さな部屋が現れた。予想外のものに四人は顔を見合わせるが他に行き先もないので侵入。同時に閉まる扉。
『上へ参ります』
「やはり罠でしたか!?」
「いや、さっきも聞いた声だ。この声に敵意はない」
「うん、確かに。軽い浮遊感がある。上に向かっているのは本当のようだ」
「勇者様も賢者さんも状況に慣れすぎではありませんか…!?」
「「諦めた」」
「息ぴったり!?」
入って暫く。何分経っただろうか。覚悟を決めてからの退屈に耐えかねそうになったが再び声が。
『到着しました』
そして目前に広がったのは一面の砂。魔王城のあったあの魔界とは似ても似つかない光景だ。
「………………勇者君、僕は仲間に加わったのは最後だったように思うんだが、こんな地形を見た覚えは?」
「ないが。騎士は?」
「ありません!外交に詳しい聖女様ならば或いは」
「し、り、ま、せ、ん!あと騎士は私に話を投げるのやめてください!」
勇者一行は新たなる地へ。魔王が忽然と消えてしまったのは気になるが、未開の地の冒険はそれ以上に楽しみで。先程の場所が魔王城のようだったから、旅のうちに手掛かりも見つかるだろう。そう思って一歩を踏み出し──。
『皆様さようなら この施設は残り30秒で爆発します』
「「「「……嘘ォ!?」」」」
──その足は全力疾走に変わった。急がないと爆発する。忘れ物はない?多分。きっと。問題ないだろうと信じ思って砂上を走り抜ける。もう、それは、寝起きに水を差されて床に火がついていた時のように。
ドォォンッッ!!バァァンッ!!ダンッダンッダンッ!
幾度も大魔法が繰り返されたよりも大きな衝撃が繰り返され巻き上がった砂が波になって勇者一行を飲み込まんと追いかける。
「勇者様あぁぁ!!もう私走れません〜〜!!」
「ごめんっ、僕もそろそろ……」
「皆様貧弱ですね私はまだまだ走れますよ!!」
「おい賢者どうにかしろ!魔法で雨を降らせるとか!氷とか!あるだろ!俺雷しか使えないんだよ!!」
「──忘れてた!開け魔本よ!根源接続!」
「「賢者様ァ!?」」
賢者は振り返り本を開く。同時に周囲に浮かぶ魔法陣。展開されるのは指令通りの銀世界。
「氷の頁 コールド・ゼロ!」
止まる。凍る。彼らを急かす波はこの通り止まった。一面の砂に再びの静寂が訪れた……と思いきや。ここは大自然。砂を棲家とする生物もいる。
『『シャァァァッ!』』
細く、長く、ブヨブヨと皮ながらもあちこちに金属質の部位を持つ生物。それが大量に。
「イモムシみたいだねぇ!?あ、僕は魔力使いすぎで暫く無理カモ!」
「下がれ賢者、騎士頼んだ!」
「ええ、私がお守りします!」
騎士が躍り出る。力強く氷を踏み締め、盾を突き出し。怒り狂い口を開く巨大イモムシに恐れず騎士は叫ぶ。
「示せ忠盾 護りを我らに!」
騎士を中心に仮想防壁が展開される。何度も何度も食い付かれるが、その度に鋭い牙が弾かれ中へは欠片の一つも通さない。それをみて聖女は安心したのか調息に努め、勇者は仁王立ち。
「ふぅ…ふぅ……」
「聖女は休んでいろ。俺が決める──聖剣よ放て!」
そして直上に振り上げた聖剣から、雷が登って巨大な刃が生まれる。飛び上がった彼はニヤリと笑うと、大回転。群がる生物をすっぱり両断。数は大量、質はそれなりだったか。
「よかったです……本当に、いつもこんなことばかり……はぁ。回復しますね 神杖に願う 皆に再歩の奇跡を……」
そして血飛沫に混ざって舞い散る神の奇跡。消費した魔力も、疲れていた肉体も、瞬く間に全快。精神以外はなんとか。なんとか……一件落着か。
「はははっ……なんとか、なったな」
「いやぁ、ははは。まさか爆発するなんてね、この賢者の予想をもってしても」
「賢者殿は賢いですがバカですよね」
「ハァ!?」
「落ち着いてください二人とも!!何か聞こえませんか?」
ブロロロロ──聞き慣れない音が聖女の耳に届く。先と違って生物感はないが、やはり未知となれば気になるもので。遠くを見れば、今度は殆どが金属で覆われた箱が砂煙を上げて向かってくる。
『そこの未登録市民!こちらは戦域警備隊13番!武装を解除して跪け!戦域保護法により、抵抗しなければ命は保証する!』
「…‥などと言っていますが」
「今度は爆発しないことを祈るか」
「だねぇ」
「もっと危機感を持ってください!!」
そして待機を選んだ彼らは軽い問答の末、ケラエノ工業の車両、X19-30に乗せられて 戦域警備隊の詰め所に連行されたのだった。
「……コイツら魔王のによく似た眷属持ってるな。敵か?斬るか」
「僕も思ったよ。折角だ、魔法で解析したいね」
「妙なことはしないでください……怒られますよ」





