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4-13 かみものゝ見世

 名無し横丁に並ぶのは、骨董に古書、唐傘に風鈴、提灯に筆、そのほかアクの強い主が営むいわく付きの店。

 ここで商いを始めたい? それでは私、紙もの屋がお節介をいたしましょう

 まず、こちらの帳面にお名前をどうぞ。こうやってかみさまに名前をお預けして土地を借りるのです。これであなたも名無しの仲間入り。

 私どもはお金をいただきません、とはいえタダで商売はできませんので、ふさわしい対価をいただきましょう。諍いの種となりますから、交渉は正々堂々、明瞭に。

 ……まあ、決まりといえばその程度。店主たちは揃って大酒飲みですから、飲みの誘いは適度に断ること。ああ大事なこと、朝は《きれい好きさん》の邪魔をしないように!

 そして何より、《ちう》にご注意を! 


 ががっ。ずががっ。

 店の前の通りから音がする。《きれい好きさん》が引きずるちりとり(・・・・)の音だ。誰も姿を見たことはないが、いつもこのあたりをきれいにしてくれるのだ。《きれい好きさん》の邪魔をするとひどい目に遭う……らしい。いったい何をされるのかは知らないけれど。


 ちりとりの音が遠のいたのを確認し、私は店を開ける準備をする。



 名無し横丁は地図の上に存在しない。ちょっとしたはずみで迷いこむ、賑やかで風変わりな店が立ち並ぶ狭い商店街。骨董に古書、唐傘に風鈴、提灯に筆……どれもアクの強い主が営んでいて、よくよく探せば、欲しいものはだいたい見つかるはず。

 名無し横丁で商いをするには、かみさま(・・・・)から場所を借りる必要がある。契約の帳面に名前を書いたらかみさま(・・・・)の預かりとなるので、店主たちに名前はない。私たちはお互いに「古書肆」とか「壺屋」とか呼び合うので不便はない。

 ここの店は基本的に物々交換だ。私たち店主もよその店で欲しいものを見つけることがあるので、だいたいどの店にも無関係な品がいくつか置かれている。私のところにも風鈴やらお面やらが飾ってある。


 私は「かみものゝ見世」を営んでいる。その名の通り紙もの(・・・)を扱っている店だ。綺麗な包装紙、便箋、世界各地の使用済み切手、金箔入りの和紙でできた雛人形、何十年も前の新聞、もう存在しない場所の地図、厚紙の機関車模型キット、古いポストカードに忘れられた手紙、捨てられたビラ、劇場のポスターに半券、日記に果たし状、とにかく紙ものなら何でもござれ。それらは棚や引き出しや木箱に仲良く収まっていて、正直どこに何を入れたか覚えていないので、棚を眺めるたびに新鮮な気持ちになれる。

 建物は古い。看板はすっかりはげてしまい、煉瓦色の壁面は黒ずんで、軒はしたたる水滴の跡だらけ。店内だって大きめの台車なんかが前を通ると「地震かな?」というくらい揺れるし、タイルはひび割れ、棚はささくれてニスを塗り直さなければならない箇所がいくつも目につくが、小ぢんまりと温かみがある。とても居心地が良いので春先なんてついつい居眠りをしてしまう。良くも悪くも、いつも客は少ない。

 が、それにしても今日は静かだ。

 私は棚にハタキをかけ、思った以上に埃が舞ったのでびっくりした。確かにまめに掃除をする方ではないけれど。目に入った塵を瞬きをして追い払う。


「あ、ケサランパサラン」


 上から降ってきた白いふわふわ(・・・・)に手を伸ばすと、ふわふわはスンと私の手のひらにおさまった。かわいい。


「しばらくうちにいたら?」


 塵を払ってやりながらが言うと、ふわふわは「どうかな」というように離れていった。



 午後も遅い時間になっても客は来なかった。まあこんなものだ。

 仕入れもなく商品整理という名の探索も落ち着いたので、暇だなぁと思いながら私は店先に出た。向かいにある金物屋(深緑のタイルの粋な建物だが、看板は『●●金物屋』と名前部分が外れて分からなくなっている)のおやじさんと目が合ったので手を振る。店内は工具やらテープやら紐やらでものすごくごっちゃりとしているが、たまに物色に行くと変わった錠前なんかを見つけてとても楽しい。

 そんなことを考えていると、近くでガサリと音がした。

 電柱の下にいるそれは、ぱっと見は猫のようだけど、よく見れば温い風に揺れる紙屑だと分かる。大きめの、ところどころ泥で汚れた、少し前まで花だかファストフードだかが包まれていたごみ(・・)。それは枯れ葉とじゃれ合いながら、ゆっくりと転がっている。

 私はくすりと笑った。紙屑はふらふらと私に向かって漂ってきた。

 やがて、紙屑はナァウと鳴いて伸びをし、ふわふわの毛を持つ猫になった。汚れに見えた場所も可愛いブチ模様に早変わり。

 この子は道端で彷徨い、通行人に猫だと勘違いさせる紙屑のおばけで、名無し通りでは本物の猫らしい姿にもなれる。とっても目つきが悪いので私はうろん(・・・)ちゃんと呼んでいる。いつだったか、水溜りに浸かってしまったところを助け出してからは私の店で暮らしている。まあ、紙ものの一種には違いないし。

 近づいてきたうろんちゃんを撫でようとすると、後ろから声がした。


「こんにちは、紙ものの姐さん」

「あら金魚屋さん」


 金魚屋を営むこの男は三十代半ばで私より年上のはずだが、なぜか「姐さん」と呼んでくる。長い羽織ものをなびかせて歩く姿は妖しいベタみたいだ。


「おや、ロン公もこんにちは」


 うろんちゃんは私の脚に擦りつきながらそっと金魚屋を見上げた。そういえば、この子は少し前から金魚屋の魚を欲しがっていた……彼が交換してくれそうな何かを見つけられると良いのだが。

 私は金魚屋が口元にぽっぴん(・・・・)を咥えていることに気づいた。


「素敵ね」

「ありがとう」彼はぽっぴんをペコッと鳴らした。「風鈴屋でうちの琉金と交換してね。ところで、古書肆があんたに用があるってよ」

「あらそうなの?」

「大きめの買取りをしたら、自分よりあんた向けのものがあったんで、今度見に来いってさ」

「楽しそう。伝言ありがとう、明日あたり行ってみる」

「んじゃね」


 金魚屋は羽織を翻して去っていった。

 私向けのものって何だろう。名もなき著者の創作メモとかかしら。私は店の中に戻った。うろんちゃんもついてくる。

 ウナウナ、とうろんちゃんが鳴き、私の脚に頭突きしてきた。猫を撫でながら、なんだかお腹が空いたし買い出しにでも行こうかな、と思った矢先に入り口のベルが鳴った。


「いらっしゃい」

「……こんにちは」


 大学生くらいの男の子だ。それ以上言い表しようのない、ごく平凡な青年だった。背は高くもなく低くもなく、よくいる感じの短髪、白いシャツにくたびれたデニム。強いて言えば、目が少しだけ外斜視だった。

 きっと意図せずに名無し横丁に迷いこんだのだろう。戸惑い気味に店内を見回している。


「何でも、手に取ってご覧くださいね」

「あ、ありがとうございます。ここは……」

「紙ものの店ですよ」

「へえ……」


 青年は狭い店内を見まわした。


「このあたりは初めて?」答えは分かりきっていたが、私は世間話をするために尋ねた。

「はい……いろんな店があって……なんか、古き良き感じですね」


 古き良き感じ。確かに。


「その中からうちに来てくれてありがとう」

「ええと……さっき、店の中に猫が入っていくのを見て」

「なるほどね!」


 図らずもうろんちゃんが招き猫になってくれたようだ。うろんちゃんは人見知りするたち(・・)なので、棚の陰からそっと青年の様子を伺っている。


「まあ、押し売りはしないので適当に見てってね」

「ありがとうございます」


 その時、一番奥の棚の向こうから音がした。


 ガリッ……ガリガリ……


 それを聞くや否や、うろんちゃんがイカ耳になって毛を逆立てた。


「あらあら」


 私はハタキを掴んで、竹の柄の方でゴッ!と棚を突いた。

 音が止んだ。


「やれやれ」私はハタキをそのへんに放った。

「……何だったんですか?」

ちう(・・)よ」

「ちゅう……? ねずみですか?」

「そんなところ。ああ大丈夫、別に私たちに悪さはしないから」


 うろんちゃんが私を見上げてウァン……と鳴いたので、私は猫を安心させるために抱き上げた。

 青年はあまり納得していなかったけれど、棚の物色に戻った。


「これは何ですか?」

「えーっと……ああ、戦前の単語帳ね」

「字が綺麗な人ですね。 ”Let us go” …… ”行かうじゃないか” ……へえ、こんなの買う人がいるんですか?」

「どうかしら。でもせっかく生き延びたんだから、ね」

「そっか……」


 青年はしばらく単語帳をめくっていたが、そっと棚に戻した。うんうん、ちょっと面白いけど別に要らないよね。


「あの……」青年は言った。

「何でしょう?」

「ここで聞くことじゃないかもしれないんですけど」

「どうぞ」

「えっと、ちょっと待ってください……」


 彼は肩掛け鞄を探り、小さい巾着に包まれた何かを取り出した。


「まあ、勲章かしら?」


 私はうろんちゃんを下ろし、それを手に取った。

 大きさはマッチ箱くらい、台座は少し黒ずんだ菱形の金属で、花びらのようにエナメル細工が施されており、リボンはすっかり色褪せているものの破れずに残っている。きっと大事にされてきたのだろう。

 何にせよ面白そうな品だ。青年はちゃんと目的があって名無し横丁に迷いこんだみたい。


「そう思うんですけど。確か──」

「あ、ごめんなさい。私には分からないから、一緒に骨董屋へ聞きに行きましょう」

「え? ついてきてもらうのは申し訳ないので──」

「いいのよ、どうせ暇だもの。楽しそうだし」


 私は電気を消し、店の鍵を掴んだ。


「さ、行きましょ!」

「は、はい」


 私が店の入り口に手をかけた時、また奥の棚から音がした。


 ガリッ……


 私はUターンしてハタキで棚をガンと叩いた。


「静かに!」

「ほんとに大丈夫なんですか?」青年はちょっと引いていた。

「ええ、行きましょう──お先にどうぞ」


 私は入り口に「外出中」の札を貼り、鍵をかけた。


「あ」


 ハタキを持ったままだ。とりあえず傘立てに突っこんでおこう。

 骨董屋に向かって歩き出した私たちの後ろを、うろんちゃんがふわり(・・・)とついて来る。


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