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4-11 売れない地下アイドルグループ、運営資金を稼ぐために超能力で探偵やります!

地下アイドル界隈は、希望と絶望を煮詰めた世界である。

泥の中で輝き、星となって陽の目を見る者たちもいれば、深く底なしの泥に沈んでいく者たちもいる。


どちらかといえば限りなく泥寄りのガールズアイドルグループ、『プライド☆ライム』

彼女たちは日々の活動資金にも困る、有象無象の中のひとつだった。


それでも彼女たちがアイドル活動を続けられる理由は2つ。

まず、好きであること。環境の困難さから活動を断念する者が多い中で好きの気持ちを保ち続ける強さが、彼女たちにはあった。


そして次に。

彼女たちがそれぞれ、異能力を持っていること。見たものを忘れない能力や絶対嗅覚、瞬間的なIQの増加など、決してアイドル活動に役立つものではない。


けれど、小遣い稼ぎにはそれなりに役に立つ。


本業、アイドル。副業、探偵。

彼女たちは、アイドル活動資金を稼ぎ出すため、日々様々な依頼を受ける。

 小さな小さなライブハウス。

 観客は3人。


 対して、ステージ上で歌うアイドルは5人。その上、3人の観客のうち、1人はマネージャーである。


 ギラギラとした照明の中で一曲を終え、5人がステージ中央に集まってくる。


「今日も来てくれてありがとー!!」

「さかもっちゃーん! 物販&チェキ、今日もあるでー!」

「バカっ! ライブ中にファンを名指しするやつがあるかよ」

「ええやん、今日は2人しかおらんしー。トモ太郎くんも、もっと前に来てやー!!」

「ああもう。結局全員の名前呼んじゃったよ」


 ファンの1人、坂本は無言で5色のペンライトを振っている。彼は曲のレスポンスでしか声は出さない信念をも持つ。

 入り口近くの壁にもたれかかり、腕組後方彼氏面をしているトモ太郎は、組んだ腕はそのままに右手人差し指と中指だけをピッと立ててレスポンスを返した。


 地下アイドルの惨状を大げさに煮詰めたようなこのライブ風景が、彼女たちの日常だった。

 パフォーマンスのレベルは、そこまで高いというわけでもなく。歌唱力はそこそこ。売り上げなんて黒字になったことがない。

 それでも、5人はアイドルとしてそこに立つことが好きだった。トレーニングは欠かさず、周囲の流行もできる限りは追っている。


 何より、この5人でいることが特別なことだと思っていた。メンバーに、換えは利かない。その共通認識は強く彼女たちの根底にあった。


 だから、バイトのかけ持ちをしてでも、生活費を切り詰めてでも、彼女たちはステージに立つ。


 ひっくるめて言ってしまえば、好きだからやっているのだ。


 ◯


 ライブを終え、2人のファンともしっかりと交流して控え室に戻るやいなや、メンバーの1人が私服への早着替えを披露する。


「じゃ、あたしバイト! ハコ代は先にマネージャーに渡してあるから!」

「頑張ってなー。うちらのためにたんまり稼いできてやー」

「あんたらも依頼(・・)入ってんでしょ。うまく捌いてよね。それじゃ!!」


 脱兎の如く駆けていったメンバーの1人を見送った陽気なクセ毛が声を上げる。


「ハナコちゃん、ああ言うとったけど?」

「5時に駅前の喫茶店。メンバーは、わたしとあなたと戸隠(とがくれ)さん」

「にゃはは、忘れとったわ。ほなマミちゃんはお留守番か」


 そう話を振られたメンバーの1人はビシッと親指を立てる。


「ぶい。片付けなら任せて」

「あいあい。ほな行こかぁ。あれ? シノちゃんは?」


 キョロキョロと見回し、シノ──戸隠(しのぶ)を探すが見当たらない。今日の依頼で一緒に行くと先ほど告げられたばかりだというのに。

 首筋に、ひやりとした手が触れた。


「……わたし、シノ。いま、あなたの後ろにいるの」

「ぴぃやぁぁぁぁ!! 冷たっ! 冷たぁっ!」


 触れられるまで一切気が付かなったが、そのことには何も驚きは無い。これは、戸隠忍の能力(プライド)によるものだと、メンバーの誰もが分かっているからだ。


 時間が近いから早く行くよと急かされ、3人は駅前に向かう。

 道すがら、依頼主の情報についてもう一度情報共有がなされた。


 アイドルを続ける維持費を捻出するため、彼女たちは副業として探偵をやっているのだ。


「依頼は人探し。でも、受けていいかどうかを見極める必要はあるみたい」

「せやからうちとシノちゃんの能力(プライド)が要るっちゅうこっちゃな」

「うん。危険のない依頼なら受けるからね」


 アイドルメンバー5人は、それぞれ異能を持っている。ただそれは、普通に生活を送る分にはまるで役に立たない程度の微弱なものだった。アイドル活動の足しにもならない。


「ほないつも通り、話を進めるんはアンちゃんに任せるわ」

「代わりに依頼人の調査はよろしく」


 5人のリーダー的ポジションにいるのが彼女、増田(あんず)で、これは彼女の持つ能力(プライド)が大きく影響している。

 杏の能力なしでは、彼女らが探偵として稼ぎを上げることは不可能だと言ってもいい。


 増田杏の能力は、【増幅(アンプ)

 他のメンバーの能力を大幅に強化することができるため、実質彼女がいなければ能力は無いに等しい。それほど、メンバーが持つ能力は微弱なものだった。


 喫茶店には、依頼人の姿はまだ無かった。先に席を確保し、店員に出された水を飲む。ちなみにグラスは2人分しかない。

 これも戸隠忍の能力で、杏がいなければ、少し影が薄い程度だと認識される彼女の能力【隠密】は、増幅されることで完全に他者からの認識を遮断することができる。


 やがてやってきた依頼人は、一見すると好青年で、思っていたより若いことに彼女らは少し驚いた。


「はじ、はじめまして。中貝さんの紹介で、あの、人を探していただきたくて」

「はじめまして。増田杏です。仲介者から話は聞いてますよ」

「そない緊張せんでもええやん。うちらが頼りなさそうに見えとる感じ?」


 依頼人は慌てて否定する。


「いえ、そんな! その、お二人(・・・)ともとてもキレイで驚いたと言うか、もっと怖い感じの方を想像していまして」


 そこにいるはずの戸隠は、しっかりと認識されていないらしい。思惑通りだ。杏にも認識できていないが、彼女はそこにいると信頼している。


「にゃはー! 嬉しいこと言うてくれるやん! アンちゃん、依頼料割引しとこ!」

「しないわよ」

「あいたっ」


 杏がスパンと頭を叩く。

 これは、関西弁の彼女──瓶井(かめい)来鹿(らいか)の能力発動に必要な行動だ。すべて、滞りなく順調にことが進められていく。


「騒がしくてすみません。それで、探して欲しい人というのは……」

「あ、はい、これを。写真です。名前は……分かりません」

「名前分からんのに探す……なんや訳アリっぽいやん。どれどれ──えっ?」


 再び、スパァンと来鹿の頭が叩かれる。

 これは能力発動のためではなく、""余計なことを言うな""という杏の無言の圧力だった。

 写真には、彼女たちの数少ないファンの1人、いつも入り口近くで後方彼氏面担当をしているトモ太郎の姿があった。もちろん、本名ではなくファンネームである。


「詳しく聞いてもいいですか?」

「……今は、その、言えなくて。連れてきていただければ、詳しくお話します」

「えー。そらちょっと怪しすぎんか?」

「い、依頼料は弾みますので!!」

「よっしゃ、ばっちり探してき──あいたぁっ! アンちゃんがぶった! 親にもぶたれたことあらへんのに!!」

「言える範囲で結構ですので、情報をください。写真だけではさすがに難しいです」

「ツッコミも無しなん!!?」


 騒がしい来鹿を無視して、杏は依頼者をまっすぐ見る。依頼者が手をぎゅっと組むと、左手薬指の指輪がちらりと見えた。

 少ししてから、観念したように彼はぽつりと言う。


「僕の、大切なものを、そいつは奪ったんです……。すみません、今は、それだけしか……」

「……わかりました」

「お願いします!! い、依頼を受けていただけるなら、報酬は惜しみません! 前金もこの場で増額してお支払いしますから、どうか……!」


 懇願し、テーブルに頭をつける依頼主に、来鹿が声をかける。


「お金で人を動かそうっちゅうんは、褒められたもんやないんとちゃう? まぁ、それはそれとして、念のため、一応、ほんまに聞くだけ聞いとくんやけど、具体的に前金でおいくら出してくれんの?」

「……この場で300万。ここにあります」


 分厚い封筒を静かに差し出す依頼人。彼女らの人探しの相場は、前金で5万、達成報酬でさらに20万円ほどだったので、これは破格中の破格だった。


「草の根分けてでも探してきたるわ!!」

「ちょ、ちょっと来鹿!」


 杏があまりの金額に呆気にとられている間に、来鹿が話をまとめてしまった。


「ほんとうですかありがとうございますよろしくお願いします!!」


 すぐさま礼を言って、依頼人は驚きの速さで荷物をまとめ、前金の入った封筒だけ置いて喫茶店を出ていった。

 あまりにも怪しい挙動に、破格すぎる報酬。不審であり不穏でしかない。


「もう、ばか。ばか来鹿。さすがに怪しすぎるでしょ」

「……ハッ。つい金に目がくらんで……」

「とりあえず、情報をまとめましょ。能力解くわ」


 杏は、大きく結んでいたポニーテールを解いて気を緩める。すると黒髪ロングヘアの女性が、先ほどまで依頼人が座っていた席に現れた。彼女が戸隠忍である。


「忍。分かったことある?」

「荷物。漁ってみた。前金の他にも、まだ札束がカバンにたんまり。あと、免許証見た。5枚くらいあった。全部別人」

「まともじゃなさそう。逃げたい要素しかないじゃない……。来鹿は? 何かある?」

「せやなあ……」


 来鹿の能力は、【瞬間記憶】

 頭に衝撃を受けた際に見ていた風景を細部まで完全に記憶できる。


 初めに対面した時と、彼女らのファンであるトモ太郎の写真を見た時のことを思い出す。


「あ。2人とも、同じピアスつけとる」

「人間関係。もつれたのかも」

「それなら名前を知らないのが不自然じゃない。いやもう何もかも不自然なんだけどさ。結婚指輪もしてたよね」

「あ、ほんまや、しとる」


 どう考えても怪しいが、目の前に300万は置き去りにされてしまっている。

 杏は大きくため息をついた。


「とりあえず、事情が知りたい。トモ太郎を尾行しましょ」

「ハナコちゃんの出番やな! バイト先まで迎えに行こ」


 次の一手を決め、彼女らは喫茶店を後にした。

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