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4-10 コックローチ飛岩さん

甘川(あまかわ)等子(とうこ)はオタク気質の高校二年生。一か月前まで不登校だったが、風紀委員長飛岩(とぶいわ)来良(ライラ)の支援もあって徐々に復学出来てきた。ライラに恩を返したいが、自己肯定感の低さとコミュニケーション能力の拙さから気後れする日々を過ごしていた。

等子は部屋で人語を解する不思議なゴキブリ『カブリさん』と共同生活を送っているが、カブリさんとライラの反応に共通項を覚えひとつの結論に至る。


「ライラ氏ってもしかして、カブリさんじゃないですか!?」


カブリさん、そしてライラやクラスメイトと高校生活を過ごしながら、飛岩来良とカブリさんの正体に迫っていく。

 校門前の風紀委員の集団あいさつ運動。その輪から少し離れた校舎脇に、襟首を引っ張られて連れ込まれた私。


 「だからね等子さん。髪をまとめて、鏡で制服を正してから来てって毎朝言ってるじゃない」


 彼女は手先だけで、私に両腕を挙げるよう促すと、手品師のような鮮やかな手つきでワイシャツをスカートの裾に入れ、リボンの形を正していく。


 「ご、ごめんなさい。昨日も夜更かししてたもので……」

 「もう、程々にね」


 口は尖らせつつも眼差しはどこか柔らかい。迅速に、丁寧に、私の着付けを終わらせると今度はカバンからブラシを取り出す。そして、近くのベンチに座って私を手招くのだ。


 「早く、あと13分で始業なんだから」

 「え、ええ。ありがとうございますライラ氏ぃ」

 「お偉方みたいな呼び方、いい加減やめてよね」


 ライラ氏を背に腰掛けると、後ろから艶やかな白い手が伸びてくる。ゆっくり櫛が通る度に、爽やかな柑橘系の香りが漂ってきた。制汗剤の香りだろうか、しかし臭いについてあれこれ言うのは気持ち悪かろう。

 私は務めて自然体で、ライラ氏のセッティングを受けた。ナイロンめいた長髪と、荒れ模様の首筋をくすぐられるのは、少しこそばゆい。


 意識しすぎないように、遠くを飛ぶスズメを目で追っていると慌ただしい足音が聞こえてきた。


 「おーいナド子!今日も鬼岩にお世話してもらってんのかー!」


 声のした方に首を向けると、坊主頭の田中氏が手を振っていた。スポーツバックを背負ってるので、朝練終わりなのだろう。視線を合わせていないのに、溢れ出る陽キャ感が眩しいったら無い。


 「た、田中氏……」

 「田中さん、私はともかく等子さんのことをそのあだ名で呼ばないでください」

 

 挨拶しようとしたら、ライラ氏が先にピシャリと言い切った。しかし髪を梳く手は一定で、止める気配は無い。


 「オタクっぽさと名前を掛けたいい呼び方だろ?実際こいつも気に入ってるし。だろ?」

 「え、ええ。私も面白い名前だなあなんて……」

 

 振り返ってフォローを入れようとしたら、ライラ氏に後頭部を鷲掴みにされた。


 「ぐえっ」

 「社会的属性を謗る呼び方をするなと言っているのです。本当、デリカシーが無い」

 

 彼女は語気を強く言い放つ、顔を伺えないがきっと眉間に皺を寄せていて、それでも麗しいのだろう。申し訳なさと言い方の険しさに、自分が言われている訳では無いけど萎縮してしまったが。


 「ちぇっ、鬼の風紀委員長には適わねえな。じゃあな遅れんなよー」


 田中氏は私の方まで回り込んで手を振ってから、足早に駆けて行った。律儀な彼に手を振り返すと、ライラ氏が髪を梳かしながら私の背を軽く叩いた。


 「等子さんも少しでも思うことがあるならはっきり言わないとダメよ。私に対してもね」

 「は、はぁ……」

 

 そんなことを言われたって、毎朝私の身支度を手伝ってくれる彼女になにか言える立場では無いだろう。私の思考は、またも喉奥につっかえる。

  

 「それにしても、長くて素敵な髪ね。元々の髪質が性格通り素直なのかしら」


 私の脳味噌が瞬間、茹だった。


 「そ、そんな!私の髪なんてごっわごわでヤマアラシみたいでしょう!?もっとですかね!?ええっとガンガゼ!?アザミ!?」

 「毛じゃなくて棘じゃない、それ」

 「そ、そそそそそうですねぇ!?それもそれでダメですよね!?じ、磁性流た……むぎゅっ!?」


 煮詰まり情動湧き上がる口を、ライラ氏の手に摘まれた。レモンのような爽やかな香りが鼻を突く。いきなりのことで呆気に取られていると、ライラ氏はその秀麗な顔を綻ばせてくれた。


 「髪のセット、終わったわよ。あいさつ運動終わったら、一緒に教室行きましょ?一限の古典の準備もしなきゃ」

 「は、はいぃ……」


 私は煌びやかな彼女の影を踏まないように気をつけながら、玄関の前へ向かうのだった。



 *



 「ひ、ひぃ……疲れたぁ……」


 時と場所を大きく飛ばして、自室のベッドの上。私は制服のまま、うつ伏せで寝ていた。

 学校に再び通い始めて二週間。今日も今日とて疲れすぎて、一歩も動けそうにない。ここにライラ氏がいたら、


 「等子さん、制服は脱がなきゃシワになるわ。特にスカート。よれちゃうと取り返しがつかなくなるから」


 そんなことを言って、私をすっぽんぽんにするのだろうな。

 近視めいた細目で私をじっと見てから、すぐに口先を緩ませるのだ。あれをやられると、本当に適わないなと思う。


 ライラ氏……飛岩来良さんはとても正しい人だ。つい一か月前まで不登校だった私は、ライラ氏に身辺の色んなことを手伝ってもらい、段階的に復学できた。

 

 勉強も苦手だが、それ以上に身だしなみを整えるのが大の苦手なのが私、ナド子こと甘川等子である。風紀委員長たる彼女のサポートと理解無しではまたもトラブルメーカーと化していたことだろう。

 そんなライラ氏に少しでも恩返ししたい……欲を言えば仲良くなりたいのだが、現実はスモールステップにしか進まない。


 相変わらず慣れない日々だが何とか乗り越えて、私は六畳の楽園へと戻ってきた。ここには漫画もゲームも何もかもがある。そして、最近は友達もできた。


 「……そろそろ、起きますかね?」


 のそりと起き上がった私はメガネを掛け直すと、部屋着に着替えてテレビの前に。テレビ台の下からカセットを何個か出し、腕組みしつつ眺めてみた。


 「今日は久々に『ヒウモカ・オンライン』とか?それとも『BLOODling』みたいなアクションものがいいかなー」


 しばし長考していると、なにやら私の足元でカサカサと動く影があった。目線を下にやると、正座をした私の膝の前あたりに黒々としたゴキブリが一匹。

 思わず悲鳴をあげそうになったが、羽にリボン柄のマスキングテープが見え、少し落ち着きを取り戻す。


 「びっくりした……今起きたんですね。カブリさん」

 「キキッ」


 カブリさんは短く返事をして、私の前を数度はね回る。互いに既知の仲とはいえ、ゴキブリが躍動しているのはだいぶSAN値が削られる思いだ。


 彼女と知り合ったのは復学してすぐのこと。ブレザーの内側に彼女が入り込んでいたのだ。着替えようとした瞬間、床にポトリと落ちたあの日の驚きは未だに忘れられない。

 すぐに暴れるだろうと退避したが、仰向けのまま足を伸び縮みしてその場で藻掻くのみ。遅れて、彼女の足に綿ゴミが絡みついていると理解した。そのまま家の外に置いてしまうことも考えたが、助けずには居られなかったのだ。


 きっとライラ氏なら、同じことをするだろうと。


 その後、外に放ってあげたのだがカブリさんは幾度となく私の部屋に戻ってきた。

 窓から入ってきたり、服に着いてきたり、そもそも部屋の中にいたりと。識別のため、背中にマスキングテープを貼ってみたが彼女以外のゴキブリが部屋にいることは一度も無かった。

 根負けした私はなけなしの小遣いで飼育ケースを買い、共生することにしたのだ。


 さて、話を戻そう。

 カブリさんはカサカサと動き回ると、とあるカセットの上に乗ってぴょんぴょん跳ねた。タイトルは『色めきスクールLIFE』、往年の名作恋愛ゲームだ。


 「これがいいんです?こういうの大好きですねカブリさん」

 「キキキッ」


 私は、彼女が勧めるままにゲームを起動した。

 まもなく画面にはヒロイン数名が大写しになる、初日の登校シーンが始まったらしい。なんだかんだ、私も触れるのは初めてだ。


 「あ、私この子がいいです」

 

 私が選んだのは真面目で愛らしい風紀委員長キャラ。どう考えたってあの人に影響されている。


 「ギギギギギ!!!」


 私が決定ボタンを押す寸前で、コントローラーにカブリさんが飛びついてきた。


 「うわあ、何です!?」


 私が慌ててコントローラーから手を離すと、今度は液晶テレビ上のとある人の胸元に止まった。

 見るからに芋っぽい眼鏡っ娘。根暗でシンパシーを感じるけど、共感性羞恥を刺激されてすごく嫌だ。意地でもこのキャラを攻略したくない。


 「えぇ、カブリさん趣味悪くないですか?無難にさっきの子にしましょうよ」

 「ギチチチチ!!!」


 カブリさんは羽をめちゃくちゃに掻き鳴らした。このままじゃゲームどころでは無い。


 「頑なですなぁ。……ねぇカブリさん」


 さて、今更触れるがカブリさんはどうやら人語を解するらしい。私の発言に反応する他、ゲームや勉強の際に鳴いてアドバイスしてくれる。だからこそ、ちゃんと説得すれば動いてくれる事もある。

 私は画面にかぶりつく友達に、話しかけた。


 「私ね。この子によく似た素敵な子に沢山助けて貰ってるんです。だからちょっとこれで練習したいなーなんて」

 「ギチィ」

 「出来れば仲良くなりたいんです。その子、優しい子なのに怖がられてて。私なんかでよかったら、力になりたくって。それに……!」

 「ギギギギ!」

 「──ひぶっ!?」


 カブリさんは勢いよく私の頬に衝突して、肩に飛び乗った。どうやら交渉成立らしい。カブリさんの当たったところから、なんか爽やかないい匂いがした。


 「ありがとうございます。カブリさん」

 「ギチチチ」


 夜半、ようやく私たちはゲームを始めた。

 私は私なりのやり方で、私なりの歩幅で。彼女に近付いていこうと思う。


 「この子性格難儀すぎませんか!?なんで褒めてるのに怒るんです!?」

 「ギチチチ!!」

 「ええっ、なんでカブリさんが怒るんですか!?」


 前途多難そうだが。

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