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4-09 幻の「満漢全席」完全再現を目指します!

エルナは十六歳にして調理魔法の師範。

料亭の経営も悪くはないが、エルナは料理を振るまうより食べたい。工房で魔法を教える道を選んだ。

師範として教えるより食べ歩きに費やす刻のほうが長かった。


食い道楽を続けていたある日、エルナは国王からの唐突な密命を受ける。刻限までに古代から受け継がれたらしい幻の「満漢全席」を用意せねばならない。

巨大隣国が「満漢全席」による接待を希望し、用意できねば戦さだ。


断りようもないが、断る気もなかった。


「満漢全席」? 何それ、食べたい!


エルナは調理魔法の師範。だが新たな料理を覚えるには食べる必要がある。レシピを手にいれただけでは魔法は発動しないのだ。逆に食べさえすれば特殊魔法で料理は再現できる。


幻の「満漢全席」は、リヴェテ界に風習が残っているという。エルナは、責任重大ながら幻の料理を食べられることを密かに喜び旅にでる。食い意地が何より勝っていた。

 「満漢全席」――


 それは何千年も昔に栄華を誇っていた王国の、豪華絢爛な饗宴(きょうえん)

 幾日にも及び繰り広げられる酒池肉林。珠玉の料理の数々は奇跡の美食だ。筆舌に尽くしがたい贅を極めた絶品料理の数々が所狭しと並ぶ。


 だが「満漢全席」は今では神話と化し、その全貌を知る者は存在しないと伝えられていた。




 * * * *




 四頭立ての馬車三台は中継地の関所からリヴェテ界の関所へ転移で送られた。ここでの検問が済めば、「満漢全席」を引き継ぐ城が存在するというアルヴェイン国へと入れる。


 エルナは鼓動が速まっていくのを感じていた。国の命運を背負う使命感と、極上の料理がいよいよ食べられるという高揚感が()いまぜになる。


「迎えはきているかしら」


 エルナは(ひと)()ちるように呟いた。


 いつもの関所入りとは違い、慣れない豪華なドレスを着せられている。長い銀髪は結われ華やかに飾られた。アルヴェイン国に到着した際は即座に城へと向かう。王族に準じる公務用のいでたちも、王の名代だから仕方ない。


「関所の出口広場にて、第二王子の一団が待機しているとのことです」


 向かいの席に座る警護のアリオンが応じる。軽快で貴族的な品のある武装姿。エルナ守護の精鋭として選ばれたキリオス城の騎士団長だ。


 エルナは、アリオンの言葉に頷きながら別のことを考えていた。

 窮屈な衣装だけど、食べるのに支障がないといいな……。

 いや、やはり心配だ。「満漢全席」が伝説通りの品数、いや予想を超えていたら、この腰の絞られた衣装では不都合だ。食べるけど。


「エルナならアタシひとりで護れるのにぃ。これじゃ警護じゃなくて監視よねぇ」


 思案しているエルナの肩に座るフィルセアが、アリオンへと思い切り不満の言葉をぶつけた。小さな人形のようなフィルセアは、白い翼、白いふわふわ髪、白いドレス。

 今は変身しているが、元は三歳の誕生日に父母からもらった白馬の縫いぐるみに擬態していた神獣。ユニコーン要素が強く男が嫌いだ。


「こら。フィル。そんなこと言うものじゃないの。王さまは、わたしの身を案じてくださってる。ありがたいことよ?」


 エルナは慌てて小声で叱る。

 国の命運をかけた依頼を受けたとき、エルナは「満漢全席」で頭がいっぱいだった。王はそんなエルナのために、身を守る手段を周到に手配してくれた。予想以上に難儀な旅なのだ。


「ええ。それは分かっておりますよ、フィルさま。ですが、万が一にも、エルナさまの身に何かあれば国が滅びます(ゆえ)


 アリオンは、神妙な響きながら低めの(さと)す声でフィルセアへと応じる。濃い灰色の短髪。普段はキツい表情だが、灰色の眼は必死で柔和そうな笑みを浮かべようとしていた。


 エルナや同行者、神馬、馬車など、関所が要求する全てに魔力での通行証は付与されている。いつもどおり馬車に乗ったまま検問は終了するはずだ。


「ししょーは、きっと喜ぶねぇ」


 警護のアリオンに睨む視線を向けた後で、フィルセアは不意にしみじみと囁いた。エルナは頷く。


「そうね。レシピの数が一気に増えたら喜んでくれると思う」


 五歳で家族を亡くしたエルナは、遠縁の魔女に育てられた。食べさせるのが好きで(ほが)らかな、料理魔法の師匠であり独り身の養母。愛情深くエルナは実母よりも慕っていた。記憶のなか、いつも美味しそうな数々の料理の香りとともに居る。

 師匠は、エルナを引き取ったときからフィルセアに気づいていた。三人での生活は楽しかった。


 料理魔法を習うエルナは、ひとりで色々実験をする。料理工房の敷地内で食材を見つけ習得した魔法を試した。そんな実験を繰り返すうち進化したエルナの調理魔法が、師匠を驚愕(きょうがく)させたのだ。


 食べることで料理を解析し魔法レシピへと変換。そして料理魔法で完全再生できる。それは例のない魔法だと師匠が教えてくれた。


「エルナが食べさせる番だねぇ」


 フィルセアは虹色の瞳をキラキラさせて可愛らしく笑んだ。「満漢全席」を師匠に食べさせに行く日のことを、フィルセアは夢想しているのだろう。肩の上ではしゃいでいる。


「師匠は、もてなすのが好きだから。レシピを贈りたい」


 エルナは頷き応える。


 師匠の料理は直ぐに食べ尽くした。師匠は片っ端から食堂や料亭へ連れていってくれたが、近隣の料理も全部食べてしまった。

 新たなレシピのためには遠出するしかない。エルナが十五歳のとき、師匠は食べ歩きの旅を提案した。


『フィルがいるから安心よ』


 師匠はフィルセアに全幅の信頼を寄せている。万能型の神獣で、エルナを連れての転移も、防御・攻撃も得意だ。


『任せてししょー』


 脳裡に残る力強いフィルセアの声。

 旅立ちを決めたエルナに、師匠は多額の資金を持たせてくれた。旅するうちに城ひとつ購入できる額だと知り、エルナは師匠の愛を噛み締めたのだった。




「あ~、もう。長旅のあいだ、ずぅっとアリオンの顔を見てるの飽きたぁ」


 フィルセアは、再びアリオンを睨み話題を蒸し返す。

 エルナと二人旅が良かったなぁ、と可愛らしい足をジタバタさせた。


「私は楽しいけど?」

「アリオンが?」

「アナタたちの会話のことよ」


 ムッとするフィルセアへ、エルナは応えた。お喋りするより二人のやり取りが楽しい。長い旅路も退屈せずに済んだ。


「エルナさまに楽しんでいただけて光栄です」


 旅の任務中はエルナを王として扱う、と誓っているアリオンは表情薄くボソッと呟いた。






 エルナはフィルセアのお陰で効率的な旅をし、各地の料理を食べまくるうち自然豊かなキリオス国へと辿り着いた。平和な国。親切で快活な人々。

 キリオスの王家は民との交流を重んじる。珍味好きで食い道楽な王は、お忍びで食べ歩きを楽しんでいるらしい。

 珍しいメニューを掲げた多数の食堂。歩くごとに空腹をさそう香辛料や美味な匂いが漂う。食べ甲斐がありそうだ。


「美味しい! 銀耳かな? あ、これはマタタビの塩漬けを使ってるのね」


 さっそく城下の繁華街にある料亭の円卓で、エルナは美食に舌鼓。ウキウキなエルナを、姿を隠し肩に座るフィルセアは見守ってくれている。

 料亭は盛況で席はどんどん埋まった。隣に座った年配の男性が、エルナの追加注文と同じ郷土料理を食べ始めている。穏やかで品の良い男性は満足そうな表情だ。


「この食材素晴らしい。初めての味わいだけど……」


 エルナは食べながら呟き少し首を傾げる。


「キリオス特産の時渡り魚じゃよ」

「時渡り魚?」


 応えてくれたリュステンと名乗る男性と会話が弾んだ。食の好みも食い道楽の方向性も合致。食事が終わる頃には意気投合していた。

 以来、孫のような扱いでエルナを食べ歩きに誘ってくれる。キリオス国王だと知ったときは驚いたが、さまざまな珍味を共に味わう仲だ。

 王の勧めもあり、エルナはキリオス国で暮らし始めた。




 巨大隣国であるノラディアからの使者が訪れたのは、エルナがキリオス国に住み始めて半年くらいのこと。

 無茶な要求をし、できなければ(いく)さ。ノラディア国の常套手段だ。近隣国は無理難題をふっかけられ次々に侵略されている。


 キリオス国への要求は、ノラディア王家を「満漢全席」で接待せよ。不可能と確信の無茶振りだ。


 だが、キリオス王リュステンは諦めなかった。総力をあげて調査させ幻の「満漢全席」が存在する国を突き止めた。



「アルヴェイン王家は、秘伝ゆえ『満漢全席』を外部の者に教えることはできぬが一度だけ食する機会を与えることなら可能だ、と言うのでな。アルヴェイン国は僻地だ。隣国が知れば暗殺にくるやもしれん。命がけの旅にはなるが、引き受けてくれぬか?」


 王リュステンは、エルナを城へと呼びつけ控えの間でコソッと訊いてきた。食べることでレシピが手に入るエルナの魔法を王は知っている。

 十六歳の少女に国の命運を託さねばならぬ故の苦しみが見てとれた。だがエルナが「満漢全席」に興味を示すのは、お見通しだったろう。


「承知いたしました」


 エルナは即座に引き受けた。一も二もなく。


 だって、「満漢全席」――!

 師匠から物語のように聴かされた幻の饗宴だ。


 何より食べ友である王からの頼みだもの。

 食の豊かなキリオス国を護りたい。必ずや「満漢全席」を食べて国を救おう!

 (いささ)か不純な動機も含むが使命感に燃えて誓った。


「済まぬな」


 王は礼をすると、エルナを控えの間から要職の者たちが勢揃いした広間へと連れだす。


「エルナを、我が名代としてアルヴェイン国へと遣わすことに決定した!」


 王は高らかに宣言した。(どよ)めきとともに、エルナに視線が集中する。


 エルナには王族に類する地位が与えられ、警護の精鋭たちが揃えられた。

 最高級の料理を扱う機会もあるから、と、師匠から王族としても通用する所作を叩き込まれたのも役立ちそうだ。お陰で尻込みすることなく任につける。





 検問手続きが終わり、一向(いっこう)は唐突に関所空間からリヴェテ界の出口広場に転移で放りだされた。


 しかし、今までの出口広場とは全く違う異様な気配が漂っている。


 窓にへばりついてきた餓鬼めいた人の顔に、エルナは悲鳴を飲み込んだ。押しのける別の顔。餓えた必死の形相。その隙間から見えるのは人人人! 群衆の真っ只中?


 神馬のひく魔法防御の高い馬車が、群がる人々のギラつく熱気で揺れている。

 迎えではなさそうだ。

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