97話 イドラのダンジョン
各地からの冒険者で混んでいる、イドラのギルド。
どこよりも大きい建物とはいえ、規模以外は他のギルドとそこまで違いはない。
依頼の貼り出されているボードを見ていくと、一定の階層ごとに、依頼が分けられているのを目にする。
「一階から五階……六階から十階……ふーん」
「目的とするものを選びやすいな。奪い合いも激しくなりそうだが」
「一番下はどこまで……」
「あっちよ」
セラが指し示す先に向かうと、地下四十六階から地下五十階、と書かれている部分を見つける。
そこは、ボード全体からするとわずかな場所しか用意されておらず、依頼に関しても数枚だけしかない。
「一番深いところの依頼は……ドラゴンの討伐に、あとは古い封印の強化?」
「滞在しているギルド職員に物資を届けるというのもある」
「届けるのを依頼として出すのは、そうでもしないとわざわざ潜ろうとする者がいないから、でしょうか?」
「報酬はよさそう。冒険者ランクを上げたいなら、ここら辺をこなせばあっという間でしょうねえ。ま、問題は私たちがどこまで潜れるのか、だけども」
さすがに、いきなり最下層付近を目指すのは無謀過ぎるということで、まずは地下十階までの依頼を探す。
大きなボード見ながら移動し、討伐か採取で楽なものを探すと、ダンジョン内部の泉から水を持ってくるというものを見つける。
樽一つ分ということで、荷車を貸し出してくれるらしい。
「これ受けてみよう」
「泉は地下十階に存在すると書いてある。探索中、水の補充ができるのは大きいな」
幸い、イドラのダンジョンの地図には、泉の場所が記されていた。
受付で依頼を受け、用意された荷車を引きながらダンジョンの中へ。
なお、階段における荷車の移動用に木の板も渡される。
「思ったんだけど、荷車はセラに任せたい」
地下七階、疲れてきたリリィはぼやく。
「嫌よ。リリィ、あなたが引き続けなさい」
「えー。ここは美人で力強いセラお姉さんに頼りたいなー」
「あのねぇ……わざとらしすぎ。逆効果よ」
「もうちょっと言い方変えた方がよかった?」
「見知らぬ相手なら効果ある。見知った私たちには、そういう臭い演技は通じないわ」
「なら次は自然な感じで……」
話をしながら歩いていると、リリィは足を止めて剣を引き抜く。
ウサギの耳は、遠くの音を聞き分ける。小さな音にも気づける。
怪しげな足音が、背後から迫るのに気づいたのだ。
「誰?」
リリィが呼びかけると、暗闇の奥から数人の冒険者が現れる。
たいまつやランタンの類いを持っているのに、使用していない。
明らかに怪しい者たちだが、先に攻撃を仕掛けるのは控えた。
「いやあ、驚かせてしまったようだ。申し訳ない」
「イドラで初めて見る顔だから、少し様子を見ててね」
「敵意はない。本当だよ」
その言葉のどれだけが本当でどれだけが嘘なのか。
冒険者たちは、両手を軽く上げながら敵意がないことを示すが、リリィは警戒を解かないでいた。
表向きはにこやかでも、裏で何か企んでいる者はそれなりにいる。
かつて孤児として貧しい暮らしをしていた頃、そういう冒険者を目にしたことがある。
「それじゃ、用は済みましたよね? わたしたちは依頼があるので失礼します」
「……依頼か。なら仕方ない」
冒険者たちは、そう言うと暗闇の中へ消えていく。
最後まで明かりを用意しない様子は、かなり怪しく思える。
だが、ここに来たばかりの身としては、できる限り他人と揉めないことを優先した。
「いいのか? 戦闘になれば、あたしたちが勝つのに」
「素性のわからない相手だし。何かの組織の一員かもしれない」
「向こうから引き下がってくれるなら、それが一番いいか」
地下十階は、ちょっとした広間になっていた。
中央に噴水のような泉が存在し、他の冒険者たちの姿もあった。
地図を見ると、広間の周囲に少しばかりの通路と小部屋がある。
水を汲むのを仲間たちに任せ、リリィが軽く探索していると、中から物音のする小部屋が。
どうやら、一部の冒険者が宿屋代わりに使用しているようだ。
そのまま立ち去ろうとした時、扉越しに呼びかけられる。
「すまないねえ。そこのウサギのお嬢さん、ちょっと手伝ってくれないかい?」
実質的な名指しに、リリィは驚くも、とりあえず声が聞こえてきた扉を開ける。
するとそこには、黒いローブに身を包んだ小柄な何者かがいた。
フードと仮面のせいで顔はわからないが、声からして若い女性ではあるようだ。
「なんですか?」
「そこの泉で、私の代わりに水を汲んできてくれないかい。お駄賃をあげるから」
「…………」
「おやおや、地下十階に来た冒険者相手にはちょっと物足りないかな? なら、おまけとして情報はいかが?」
「それなら、まあ」
片手では持ちきれない容器を、リリィは慎重に持つと、広間中央にある泉に向かう。
「どうした、それは」
「小部屋にいる冒険者っぽい人から、水を汲んでくれって頼まれた」
「よく引き受けましたね」
「なんか情報もくれるって言うから」
「ふーん? 地下十階で寝泊まりするような人物となると、よさげな情報がありそうね」
水を汲んだあと、リリィは先程の小部屋に戻る。
だいぶ重いので歩みは遅くなるが。
「持ってきました」
「いやあ、悪いねえ。水ってのはなかなか重いから」
謎の女性はそう言うと、ローブの一部を引っ張り、自らの足を見せた。
驚くことに、足は折れていた。
手当てはされ、支えとして木の板が当てられているが、一目見るだけでわかるほどの重傷だった。
「……これは」
「さて、ちょっとしたお話をしようか。世の中には色んな種族がいる。君のような獣人に、君の仲間であるラミアやハーピーといった存在も」
リリィは無言で剣の柄に手を置いた。
どうやってかは知らないが、相手は遠くから物を見ることができるようだ。
「そう警戒しなくていい。ダンジョンの探索において、障害物を無視して“視る”ことができるのは便利でね。おかげで、死ぬような状況でも大怪我で済んだんだよ」
その言葉と共に、相手は怪我している足を手で軽く触れる。
「まあ話を戻そうじゃないか。当然ながら、他の種族のことを気に食わない者はいる。人間以外を目の敵にしている人間至上主義、とかね。そういう者のうち、一部は行動を起こす」
「あなたは、あまり姿を見せられないような種族であると?」
「まあね。詳しくは言わない。そこで私からの助言となるが、パーティーに人間がいない君たちは、周囲に気をつけることだよ」
「大丈夫です。他の冒険者に襲われても、返り討ちにしたことはあるので」
ダンジョンの内部には、冒険者を襲う冒険者というのがいる。
痛めつけて金品を巻き上げようとする程度の者から、私利私欲のために人を殺そうとする者まで。
しかし、リリィはそれらを返り討ちにした。
その上でここにいる。
「はっは……そうかいそうかい。それなら安心だ」
「あなたは、どうしてここに? 地上に戻ったりとかは? わたしのパーティーなら、送ってあげることができますけど」
「いや、いい。ダンジョンの中にいないと、見過ごすことがあるから。ああ、それと最後に一つ。……今から一ヶ月以内に、この島を出た方がいいよ。年長者からの忠告だ」
「なぜ?」
「……悪いけど、言えない」
謎に満ちた相手だが、敵意はないので忠告を無視するわけにもいかない。
リリィは首をかしげながらも、仲間たちと合流し、水でいっぱいになった樽を荷車で地上まで運ぶ。
「……やれやれ、世界が終わるという時に、あの子たちも運がない」
上に続く階段を進む直前、リリィのウサギの耳は、先程の女性の呟きを捉えた。
「どうした?」
「ちょっと気になることができた。セラ、
荷車は任せる」
「え? あ、待ちなさい」
リリィは足早に向かうが、その時、別の音が聞こえてきた。
複数の激しい足音、それに加えてガチャガチャと金属のぶつかる音。
そしてリリィが小部屋の前に到着すると、武装した集団と遭遇する。




