96話 イドラという島へ
波がほとんどない穏やかな青い海。
そこにも、当然ながらモンスターは存在する。
「リリィ! 海から攻撃されてます! 高度を上げるか、速度を上げて回避を! わたくしは、下の船団に降りて確認をします」
「ああもう! まさか海より空にいるこっちを狙ってくるとか!」
リリィたちの飛空艇は、海上を航行する三隻の船の少し上を飛んでいた。
だが今、その飛空艇が海中から現れる魚のようなモンスターに狙われ、魔法の攻撃を受けていた。
幸い、攻撃の威力はそれほどでもない。しかし、連続で攻撃を受ければ、どこかが壊れる可能性は十分にある。
ハーピーのレーアが飛空艇の外へ飛び出していくと、操縦室にはサレナがやってきた。
「これは予想外だな」
「呑気に言ってる場合じゃなくない?」
「大丈夫だ。ほら」
サレナはそう言いながら、下を指差す。
つられてリリィは視線を動かすと、三隻の船が、海上からモンスターに攻撃を加えて追い払っているところだった。
甲板にいる魔術師や弓使いが仕掛けており、大砲はさすがにお金がかかるのか使わずにいた。
「あたしたちが攻撃受けても、ああやって援護してくれる」
「商会の人が、三隻も用意してくれてよかったよ。もし、わたしたちだけで海を越える場合、色々と危なかったかも」
多少の危険はあろうとも、海を進むこと自体に大きな問題はない。
商会の船には、レーアのためにハーピーの人員が二十人以上存在し、飛空艇が空中にいながら修理などを行うことができる。
「リリィ、速度はゆっくりで。魔法を受けた部分を、修復ついでに補強するそうです」
「わかった。ゆっくりで行く」
飛空艇の操縦を始めてから、まだそれほど経ってない。
けれども、今のところ特に問題は出ない。
定期的にモンスターと小競り合いをしつつ、港町を出発してから一週間。
遠くに、大きな島が見えてきた。
それは目的地であるイドラという島。
各地から冒険者が来るというだけあって、海には多くの船が浮かび、空にも飛空艇が飛び交っていた。
「おおー、たくさんだ」
「空から見てるから、数や範囲がはっきりとわかるな」
「この分なら、わたくしたちは目立たずに済みそうです」
「私としては、魔導炉に魔力を供給するのやめて休みたいわ。連続で何日もやってると、まあまあ疲れてくるし」
ラウリート商会が派遣した船団に関しては、商会の大事なお嬢様たるレーアの護衛として、そのまま滞在するとのこと。
将来的にイドラへ進出するための実質的な支部としての準備もするらしく、困った時は頼れるのである意味心強い。
「イドラでは、リリィの男装した肖像画を売ってお金に引き換えたいですね」
「……それとなく売ってよ? わたしとは無関係という感じで」
やがて、リリィの操縦する飛空艇は、他の船と同じようにイドラの港に停泊した。
冒険者は手続き不要ということで、リリィたちはまず、近くの商人からイドラの地図を買う。
そのあと冒険者ギルドに向かう。
「ええと、この道を進んで……」
冒険者で溢れている町並みは、揉め事にも溢れていた。
「てめえ、やるってのか!?」
「上等だ、こら!」
少し歩くと喧嘩の声が聞こえてくるため、巻き込まれないよう慎重に進む。
ついでに、財布などを盗まれないよう警戒もする。
そうしていると、目当ての冒険者ギルドを見つける。
今まで目にしたどこのギルドよりも、大きな建物だった。
「これは期待できそう」
「どういう期待だ」
「稼げる仕事? あるいは、名声を得られる仕事も? わたくしは、どちらでもいいですが」
「リリィ、どういう目的で潜るのか、今のうちに決めましょ」
ギルドの建物に入ったあと、隅の方に移動して方針を話し合う。
「借金はないし、実力の確認がてら、どこまで潜れるか試す?」
「あたしはそれでいいが、レーアお嬢様が危ない気がする」
「実戦経験を積んでからでお願いします。パーティーの中ではわたくしが一番弱いと思うので」
「そうねえ、子どもながらに経験積んでる白黒ウサギの二人と比べて、レーアはそこまで実戦経験はないわけだし」
パーティーを組んでいるとはいえ、四人の実力は割とバラバラ。
ウサギの獣人であるリリィとサレナは、ヴァースの町にいた頃から経験を積んでおり、実力は高い。
ラミアのセラは熟練の冒険者であり、純粋な魔術師としては微妙ながらも、総合的な強さを持っている。
そんな中、ハーピーのレーアだけは、お金持ちな家のお嬢様ということで実戦経験が少ない。
「浅い階層ならともかく、深い階層で足を引っ張るかもしれません。わたくしがどこまでやれるのか試します」
「じゃあ、わたしたちは見学する。レーアが危なくなったら助ける。これでいい?」
「ええ」
短期的な方針が決まり、サレナはぼそりと呟く。
「商会の者たちは、心配でたまらないだろうな」
「同感ね。まあ、いつまでも守られていては、商会という組織を率いることは難しい。あの子の母親はやり手の商人。その娘だからでは、どこかで限界がくる。やっぱり、若いうちからある程度の実績がないと」
しみじみとした様子で話すサレナとセラの二人。
その後、イドラのダンジョンの地図を売っている商人を探して買ったあと、四人でダンジョンに潜る。
しかし、地下に潜るとすぐに問題に直面する。
「冒険者、多すぎ……」
地下一階には、依頼をこなす者、通路で休む者など、大勢の冒険者がいた。
これではモンスターと戦うどころではない。
「とりあえず、下に行きましょう」
地下三階まで降りると、ようやく人の数が減り、探索がしやすくなった。
「レーアは武器だけ? 魔法とかは使えない? 改めて聞きたい」
道中、リリィは尋ねる。今後の連携を考えて。
「わたくしは、槍を振るい、魔法のスクロールを使うのが基本になります。一応、空を飛ぶということも……ダンジョンの中では無用の長物ですけど」
ハーピーとして自力で空を飛べる。ダンジョンの中ではほとんど役立つ機会がないが。
なので、槍を振るい、魔法のスクロールで援護する形となる。
「前衛二人、中衛一人、後衛一人、と」
リリィはすぐに全体の役割を決めた。
これといって偏りのない、バランスの良いパーティー。
ただし、四人のうち三人が十代半ばの子ども。
他から見れば、不安が残るパーティーではある。
「グルルルル……」
「モンスターが出てきた。レーア、やれる?」
「愚問ですね。そのためにここにいます」
レーアは槍を持ち、犬のようなモンスターへと近づく。
他の三人は、武器を持ったまま、いつでも助けられるように備えた。
「はっ!」
群れではない。相手は一体だけ。
レーアは槍で突こうとするが、犬のようなモンスターは避けると一気に迫る。
「ガアアアア!!」
「なんのこれしき!」
懐に飛び込まれても、レーアは慌てずに槍の柄でモンスターを殴りつける。
すると相手は怯むので、ハーピーとしての鋭い鉤爪がある足で引っかいた。
「これで、トドメ!」
慌てて距離を取るモンスター。
すかさず槍を突き刺すと、決着はついた。
「レーアって、意外と強い?」
「これでもわたくしは、細々と訓練とかしてたので。……たまーにお母様が直々に訓練相手になります」
なぜか、最後辺りはうなだれるレーアだが、リリィはすぐに察しがついた。
娘を溺愛する親からすれば、間近で成長を見られる良い機会。
訓練が終われば、親子でのスキンシップもあり得る。
「……まあ、強くなれたのはよかったと思う」
「本当にそう思いますか?」
「うーん……半々くらい?」
「ふん!」
ハーピーの鳥の足による軽い蹴りをすねに受けるリリィ。
こうしてレーアの実力を確認した一行は、地上に戻り、手頃な依頼を探すことに。




