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95話 飛空艇のある生活

 「あちちち! 船の中で料理するのはいいけど、こぼさないでよ!」

 「なら船が揺れないようにして。それと、ご飯よ」


 空を緩やかに進む飛空艇の中。

 昼食の時間になり、操縦室にいるリリィのもとにセラが出来立ての食事を持ってきた。

 だが、海の船ほどではないが、飛空艇もそこそこ揺れる。

 熱々の料理の一部が白いウサギの尻尾にかかると、リリィは抗議した。


 「それじゃあ、交代で」

 「はいはい、任せなさい」


 セラに操縦を任せたリリィは、置いてある食事に手をつける。

 ふと窓の外を見ると、広がるのは一面の平原。

 整備された街道の先には港町が見えていた。

 到着まではあと数十分といったところだ。


 「飛んでる間は、モンスターとかを警戒しなくていいし、安全な速度でもそこそこ速い。飛空艇っていいね」

 「でしょ? 普通に頼んだだけじゃ、絶対に貰えないから。あの王様が、私たちを英雄として持ち上げてくれてよかった。おかげで、飛空艇を要求しても断りにくい状況になったし」

 「セラってば、結構あくどいよねえ」

 「賢いと言ってちょうだい」


 食事を終えたリリィは、操縦室を出て船内の少し広い部屋へ。

 そこではサレナとレーアが片付けをしているところだった。


 「セラに交代したのか」

 「うん。あと数十分くらいで到着するし、何しようかな」

 「それなら、これをどうするか一緒に考えませんか」


 レーアは小さな包みを開ける。

 現れるのは、片手に収まるくらいの小さな肖像画。

 描かれているのは、白いウサギの耳と尻尾を生やした貴族の少年が立っている場面。

 それを目にした瞬間、リリィは怯む。


 「……まだ持ってたの」

 「売る機会が訪れなかったので。商会で取り扱うわけにもいきませんし」

 「男装したリリィの絵。あれは王都だから売れた。なぜなら、王女の恋人という付加価値があったからだ。他のところで売るには……」

 「わたくしが思うに、男装すればいいのでは? そして手頃な活躍をすれば、まあまあ売れるはず」

 「いや、ちょっと待ってよ」


 まさかの流れにリリィは慌てる。

 男装はそうする必要があっただけで、別に積極的にしたいわけではない。

 そのことを伝えると、サレナとレーアの両方から、じろじろと見つめられる。


 「なになに。借金はもうないから。男装する必要ないでしょ」

 「あたしは、もう一度見てみたい。この絵とは違う格好のを」

 「わたくしとしては、残った肖像画を売ってお金に引き換えたい」

 「……しないからね?」


 もはや借金はない。

 自分を縛るものはない。

 リリィはあくまでも男装を拒否すると、レーアは軽いため息をついた。


 「仕方ありません。普通に売ってみましょう」


 それから、港町に近づくにつれて高度を下げていくが、どこに停めるかが問題となる。

 町の中は無理、かといって町の外の場合は盗まれる可能性がある。

 悩んだ末に海へ浮かべることにし、浸水対策は万全にした。

 無事に着水したあと、町の役人がやって来る。


 「君たち、飛空艇で来るならもう少し目立たないところに降りてくれ」

 「いやあ、貰ったばかりなので、あまり詳しいことは……」

 「それじゃ、この書類にいくつか記入を」


 短い手続きのあと、四人は港町を散策する。


 「ここに来るまでの間に、そこそこ飛空艇を動かすのに慣れたし、海を越えるのはどう?」

 「私は、もう少し操縦の経験積んでからがいいと思うわ」

 「レーア、この港町にラウリート商会は進出してるか?」

 「基本的に、アルヴァ王国の各地に大なり小なり展開しています。なので、ここにもあるかと」


 サレナは黒いウサギの耳をピクピクと動かしていたが、立ち止まるとレーアの方を見る。


 「商会の船と一緒に行くというのは? 何かあっても助けてもらえるし、色々頼れる」

 「悪くはない考えですね。問題は、ここの商会がどれだけの船を所有しているか、ですが」


 最初に向かうのは、町中にあるラウリート商会の建物。

 港にだいぶ近い場所に存在しており、人から聞き出す必要すらなかった。

 レーアは商会のトップであるエリシアの娘であるため、すぐさまここの責任者がやって来る。


 「おお、エリシア様の一人娘たるレーア様が訪れるとは。本日はどのようなご用件ですか?」

 「イドラという島に向かうつもりですが、ここの商会では、イドラに向かえる船はありますか?」

 「ふむふむ……大型船は交易に使用しているため、すぐ動かせるのは中型船しかありません。それでもよろしいですか?」

 「はい。あ、わたくしたちは飛空艇で移動するので」


 飛空艇の話題になると、港町における商会の責任者は、何度かまばたきをしてから何か考え込む。


 「……そうですか。なら、そこまでの準備はいりませんか。レーア様がよければ、その日のうちに出発も可能です」

 「その日のうちに、ですか? ずいぶんと用意がいいのですね」

 「わずかとはいえ、すぐに動ける者を常に用意しておくことは、商機を逃がさないためには必須です。とはいえ、もう少しこの港町に滞在したいのなら、予定を合わせますが」


 どうするべきか。

 レーアは、リリィたち三人を見る。


 「今、動きますか? それとも明日か明後日?」

 「今行けるなら今にしよう」

 「商会の船と一緒なら、いつでもいいわ」

 「あたしは、どちらでも」


 意見は、今行くことが多数だったため、レーアはすぐに出発したいことを商会の責任者に伝える。


 「では、しばしお待ちを。準備ができたらお呼びします」


 商会の建物の中で、しばらく待つ四人。

 お菓子や果物が出てくるため、セラは遠慮なく食べていく。

 それを見て、リリィもあとに続いた。


 「あら、美味しいわねえ。やっぱり港のあるところっていいわ」

 「セラはさ、遠慮って言葉知らないわけ?」

 「そういうあなたも、パクパク食べてるじゃないの」


 タダで食べられるということで、ラミアと白ウサギな獣人の二人がどんどん手と口を動かしている中、ハーピーと黒ウサギな獣人の二人は、やや呆れ混じりの視線を向けた。


 「わたくしの食べる分を残してください」

 「そうだ。二人だけで全部食べるのはダメだ」

 「ねえ、これ、おかわりとかできないわけ?」


 図々しいという言葉を体現しているセラに対し、やれやれといった様子で、おかわりを頼もうと人を呼ぶレーア。

 だが、やって来るのは商会の責任者だった。


 「お待たせして申し訳ありません。準備が整いましたので、港の方へ」


 そのまま港に向かうと、三隻の船が停泊しているところに到着する。


 「レーア様は、エリシア様の大事な一人娘。なので、護衛も兼ねてキャラック船を三隻ご用意しました。一隻辺り、五十人ほどが乗っております」

 「一隻で十分なのですが」


 自分のために百五十人近くを動かすと聞いて、さすがに驚くレーア。

 しかし、港町におけるラウリート商会の責任者は、やや真面目な表情になると、声を抑えて語り始める。


 「……エリシア様は、大事な一人娘のことを溺愛している。それこそ、一部の者からすればため息が出るほどに」

 「それは、そうですね……」

 「もし、あなたに何かあれば、エリシア様は我々に問い詰めてくることでしょう。大怪我するだけならまだしも、命を失うようなことがあれば、どのような処分が待っていることやら」


 わざわざ百五十以上もの人員を動かすのは、自らの保身のため。

 レーアの身の安全をできる限り確保するのは、エリシア・ラウリートという人物が怒りに満ちてしまわないようにする備え。

 それを聞かされたレーアは、なんともいえない表情のまま、顔に手をあてる。


 「色々と大変なのですね」

 「正直なことを申し上げるなら、レーア様には、エリシア様のもとに居続けてほしいと考えています。かごの中の鳥になるとしても」

 「それは、できません」

 「わかっておりますとも。娘の成長のため、あの方は束縛したいのを我慢しておられるのですから」


 各地を巡り、経験を積む。

 商人として、冒険者として、人として。

 それゆえに、娘が旅に出ることを親として認めた。認めるしかなかった。

 それは、商会の者たちからすると、否定も肯定もしにくい決断。


 「それと助言を。……イドラでは、各地から冒険者が集まっております。悪目立ちするので、喧嘩などは避ける方が懸命かと。目立てば、泥棒にも目をつけられますので」

 「わかりました。注意します」


 あとは出発するだけ。

 到着したその日のうちに出ていくことになるが、物資の補充などは商会の方でやってくれた。


 「よーし、発進!」

 「気をつけなさいよ。私は遭難したくないからね」

 「大丈夫だって」


 まずは飛空艇で、小規模な船団の上に向かう。

 そして船団が動くのに合わせ、速度を調整していく。

 目指すは、どの国にも属さない、世界で一番深いダンジョンがある島。

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