94話 魔界とダンジョンの繋がり
その日、リリィたちはラウリート商会の一室に集まっていた。
王都アールムのダンジョンが消滅した以上、しばらくは復活しない。
冒険者として活動を続けるなら、新たなダンジョンを求めて別の地へ向かうしかない。
広げられた大きな地図を前に、リリィ、セラ、サレナ、レーアの四人は行き先を相談していた。
「えー、どこに行くのがいいと思う?」
「地続きの場所がいいわね。飛空艇があるとはいえ、海を越えるのは不安だし」
「そうなると、南のヴァースの町を除けば、未知の地を求めるなら北か東になる」
「次の目的地、その先も考えるとなると……どこがいいでしょうか……」
地図をじっくりと眺めていると、リリィの指がある一点を示した。
「ここ、気になる」
それは大陸内部に広がる内海。その中心に浮かぶ、やや大きめの島だった。
アルヴァ王国を西へ進んだ先に位置する島、イドラ。
「ああ、そこね。確か“世界で一番深いダンジョン”があるって噂よ」
この場にいる中で最年長のセラが補足する。
「各国の冒険者ギルドは、基本的にその国の影響を受けるものだけど……イドラは違うわ。どこの国も支配していなくて、実質的に冒険者ギルドが統治している島なの」
「へえ、じゃあ過去に誰か支配しようとしたことは?」
「もちろんある。でも、他国の牽制が入って、結局どの国のものにもならなかったの」
なるほど、とリリィは頷く。
「じゃあ、そこに決定!」
そう勢いよく言い切った。
「待ちなさい、海越えはまだ不安だって言ったでしょ?」
「そうです。経験を積むために、まずは近場から……」
イドラは確かに魅力的だが、飛空艇での長距離移動には慣れていない。まずは練習がてら、北方の港町を目指すことに決まった。
「じゃあ、さっそく出発の準備を……」
そう言いかけたところで、商会の者が駆け込んできた。
「リリィさん、国王陛下からの使者が来ています」
「……え?」
しかも、リリィを名指ししているという。
「ロジーヌがお父さんに頼んで呼んだのかな?」
「あたしたちもついていこうか?」
「いや、大丈夫。そんなに長くならないだろうし」
そう言って、リリィは使者の馬車に乗り込んだ。
向かった先は、王城から少し離れた貴族街の屋敷。修復途中の城に代わる、一時的な避難場所らしい。
馬車から降り、案内された屋敷の中へ入る。
「おや、あなた一人だけですか」
聞き覚えのある落ち着いた声。見覚えのある水色の髪。
「……ソフィア?」
そこにいたのは、救世主教団の教祖ソフィアだった。
「え、なんでここに?」
「あなたと話がしたくて、国王陛下に頼んで秘密裏に場を設けてもらいました」
そう言うと、彼女はダンジョンのコアを取り出す。
それは以前、リリィがソフィアに渡したものだった。
「何か進展が?」
「ええ。こちらへ」
案内されたのは屋敷の地下。
そこには、異質な門のような装置が設置されていた。金属と宝石の欠片で構成されたそれは、見たことのないデザインをしている。
「これは?」
「魔界に通じる門、と言ったらどうします?」
リリィの目が見開かれる。
「……魔界?」
「ええ、まずは魔界について説明しましょう。お茶でも飲みながら」
再び地上へ戻り、ソフィアは調理場でお茶を用意しながら話を続けた。
「まず魔界というのは、この世界とは異なる世界」
「魔族はそこの住人?」
「はい。各国の権力者といった一部の者しか、魔界や魔族のことは知りません。異なる世界の存在は混乱を生むことから情報は隠され、そもそも魔界側が積極的な交流を求めていないので、情報は広まらないまま」
この辺りの話は、以前オーウェンから聞いていたのとあまり違いがない。
「私は仮説として、ダンジョンは魔界の者が作ったものだと考えています」
「……え?」
リリィは、手を止めて固まった。
「ど、どういうこと!?」
「塔が崩壊したあと、国王陛下の協力を受けて調査を進めた結果、魔界に通じる先程の門を作り上げることに成功しました。そして、魔界で目にしたモンスターは、ダンジョンに出現するものと同じでした」
魔界とダンジョンに現れるモンスターは、同じ存在。
リリィはそれを聞くと、賞金首だったワイズとの会話を思い出す。
ヴァースの町にあったダンジョンの最下層。
そこで少しばかりの問答をした。
『個人ではダンジョンを生み出すのは不可能ということ。同じ目的を持った集団か組織でないと』
『地下にそれらしい空間を作ることはできるが、モンスターや宝箱をどうやって出現させるかという問題が残っている』
どれもかつて彼が語った言葉。
それは、この世界の者ではダンジョンが作れないということ。
色々な点が繋がり始めたが、しかし気になることはまだあった。
「なんのために、ダンジョンが生み出されてるの?」
「それは、まだわかりません」
ソフィアはため息混じりに首を振った。
「とりあえず、魔界へ行って確かめてみませんか? お茶が冷める前に戻れます」
「行く」
ソフィアが門を起動させると、光の幕が現れる。リリィはそのまま、光の中へと足を踏み入れた。
辿り着いた先は、草原だった。
「ここが魔界? なんだか普通すぎる」
青空に白い雲。遠くに見える森林。
思っていたよりも、あまりにも“普通”な風景に、リリィは拍子抜けする。
しかし、ここが本当に魔界ならば、この先、さらなる真実が待ち受けているのかもしれない。
「意外でしたか?」
「うん」
魔界の草原をしばらく歩くと、イヌのような姿をしたモンスターが数体、群れを成しているのが見えた。
するとソフィアは手に持っていた干し肉を地面に投げる。
モンスターたちは一斉に肉に群がり、食べ始めた。
「あ、ヴァースの町のダンジョンで見かけたことある」
「魔界のモンスターが、こちらに敵意を抱く前に戻りましょうか」
ソフィアはそう言いながら、時間を確認し、門へと戻る。
光の幕をくぐると、再び屋敷の地下へと戻っていた。
初めての魔界探索は、あまりにもあっさりと終わった。
けれど、確かに何かがある。
ダンジョンは、魔界の存在と深く関わっている。
では、なぜダンジョンは存在するのか?
魔界の者たちは、いったい何のためにダンジョンを作ったのか?
考えれば考えるほど、わからなくなる。
「……まあ、考えても答えは出ないよね」
早々に思考を切り上げると、ソフィアが改めて問いかけてきた。
「あなたは、次はどこに向かう予定ですか?」
「近場の港町に行って、そのあとイドラの島へ」
「そうですか……もしかしたら、そこでまた会うかもしれませんね」
ソフィアは微笑み、ティーカップを口に運ぶ。
「ダンジョンについて、少しずつ進展があります。今後も調査を続けるつもりです」
「……ソフィアは、ダンジョンって消せると思う?」
「私は、そのつもりで動いています」
その答えを聞いて、リリィはゆっくりとお茶を飲み干した。
話を終え、屋敷を出ようとしたところで、ロジーヌからの伝言があるらしく、手紙を渡される。
“一度顔を見せなさい”
なんとも簡素な文面だった。
せっかくなので、ソフィアと共に、ロジーヌが滞在している別邸へ向かうことに。
王城の修復が終わるまでの間、王族が仮住まいとしている屋敷。
そこは、さすが王族の住まいといった豪奢な造りだった。
「よく来てくれました」
出迎えたのは、灰色の髪とウサギの耳が特徴的な少女、もとい王女のロジーヌだった。
「一度顔を見せろって言われたから」
「もう、別の場所へ行くのですね?」
「うん。王都のダンジョンは消えてるし、別の場所を探さないと」
ロジーヌはしばらくリリィを見つめたあと、ふっと小さく息を吐き、頷いた。
「お元気で。暇なら遊びに来てもいいです。同じウサギの獣人として、あなたの存在を嬉しく思います」
「またね」
「適当なところで、くたばったりしないように」
ロジーヌとの別れを済ませた後、ソフィアとも挨拶を交わし、リリィはようやく商会へ戻った。
そして飛空艇に荷物を積み込み、広げた地図を確認しながら、ゆっくりと目的地へ向けて飛び立つ。




