93話 飛空艇の使い方
新しい移動手段を手に入れたが、大きな問題があった。
「これ、誰が動かすの?」
海を進む船でも、思うように動かすのは苦労する。
空を進む船ともなれば、さらに大変なのは火を見るより明らか。
リリィが問いかけるも、答えは返ってこない。
「セラ」
「はいはい、ちょっと王様に相談してくるわ」
物があっても、それを動かす者がいないとどうしようもない。
というわけで、飛空艇を手に入れる立役者とまったセラは、国王に会いに行こうとするのだが、レーアがそれに待ったをかける。
「待ってください。わたくしに考えがあります。お母様の力を借りればいい」
「それはそうだろうけど、大丈夫なの? レーアが、その、大変な目にあいそう」
娘のことを溺愛する母親。
そんな人物に娘本人が頼み事をするとなると、どうなるか予想できてしまうため、リリィは少し困ったような表情を浮かべる。
すると、レーアはわずかに渋い顔となるが、国王に頼るよりはいいと語る。
「国王陛下は、なかなか油断ならない人物のようですから、何かを求めた場合、代価として何を要求されるか」
「レーアがお母さんに頼るなら、レーアがイライラするだけで済む、と」
「……リリィにも、お母様の鬱陶しさを味わわせてあげたくなります」
「いや、それは……遠慮させてもらいます」
「ふん!」
「あいたた」
リリィがすねを蹴られたあと、飛空艇は、数頭の馬を使ってラウリート商会の建物へと運ばれる。
数人乗りの小型船ということで、そこまで場所を取らないが、それはつまり狭いということでもある。
「うわ、王都に来る時に乗った船のがよっぽど快適だ、これ」
「……狭い。荷物をたくさん積むのは無理そうだ」
「空を飛べるんだから、我慢しなさい。荷物としての食料も減らせるし」
リリィは、サレナとセラを連れて試しに乗ってみるも、一人ならまだしも、数人で乗った場合の狭さになんともいえない様子となる。
レーアを含め、かろうじて四人で寝られるだけの空間はあるが、基本的に誰かと密着する形になるだろう。
「皆さん、エリシア様が到着されたのでこちらへ」
レーアの母であるエリシアは、ラウリート商会を率いる人物にして、実力ある商人。
値段のことを考えないなら、大抵の物は用意できる。
そんな彼女がいるという部屋に向かうと、先にレーアが入っていた。
妙に疲れた表情で。
「……遅いですよ」
「もう少し遅くても構わなかったのですが。まあいいでしょう。話は聞いています。飛空艇を動かしたいそうですね」
ハーピーとしての、腕と一体化した翼を動かし、エリシアは一冊の本をテーブルに置く。
「幸い、小型の飛空艇ということで扱いは容易。これを読みながら自分たちで動かすのがいいでしょう。その方が、空間の節約にも繋がりますから。王都の外までは、商会の方で運んでおきましょう」
「ありがとうございます」
「では、早く行きますよ」
母親と二人きりの間、何かあったようで、レーアは本を持つと急いで部屋から出ていく。
リリィは慌てて追いかける。
「何があったの?」
「ぎゅっとされたり、幼い頃よちよち歩きだった時してたようなキスに、あとは……言いたくありません」
「大変だね」
「蹴りますよ?」
「勘弁して」
全員で飛空艇のところに戻ったあと、商会の者が運ぶ準備をしている間に、エリシアが用意した本を読む。
「ええと……」
“まず、飛空艇の魔導炉に魔力を供給し、動力を起動させます。次に、舵を使って進行方向を定め、高度調整用のレバーで上昇・下降を行います。速度は中央のスロットルで調整し、停止する際は魔導炉の出力を絞るか停止させてください”
書かれていたことをまとめると、これだけ。
意外とわかりやすいが、問題は実際に動かす場合。
「……思ってたよりは簡単そう」
「基本的な操作は簡単ですが、安定した飛行には慣れが必要でしょう。……船が大きく揺れて、吐くようになることだけは避けたいところです」
レーアが補足をする。
海とは異なる船酔いについても語った。
「とりあえず、動かすだけなら問題なさそうね」
「誰が最初に動かす?」
セラは腕を組んで頷き、サレナは問いかける。
「じゃあ、最初はわたしで」
こうして、一行は飛空艇の初飛行に挑むことになった。
運ばれる飛空艇と共に歩き、王都の外に広がる平原に到着したあとは準備を進めていく。
なお、万が一落下するような事故が起きた場合に備え、商会からは大人のハーピーが数人ほど派遣されていた。
「うーん、本に書かれてる通りに……セラ、魔力お願い」
「はいはい、魔術師は私だけだものね」
本に書かれた手順に従い、不慣れな手つきで各種装置を動かしていくリリィ。
ややふらつく形になるが、飛空艇は無事に空へと浮かび、ゆっくりとした速度で空中を進む。
「おおー! 空を飛んでる!」
「……こ、怖い」
それは初めての感覚、初めての景色。
空から見えるのは、城壁に囲まれた都市。そこから各地に伸びる街道も。
リリィは喜びの声をあげるが、サレナは怯えているのか、リリィのそばから離れようとせずに、じっとしていた。
「まあ、初めての空はきついわ。これで怯えないって方が難しい」
「大丈夫です。慣れです。何事も」
四人の中で唯一、自力で空を飛べるハーピーのレーアは、自らの経験から自信満々に言う。
「それはそうだけどね。こっちはハーピーほど気軽に飛べないのよ」
やれやれといった様子でセラは肩をすくめると、次にリリィを見た。
怯えることなく、どこかノリノリで飛空艇の操縦をする白ウサギ。
鼻歌混じりに船の舵を動かし、何度も方向転換をしたりする余裕があった。
「……意外と、あの子は余裕そうね」
やがて、飛空艇はゆっくりと降下していき、無事に地上へと降り立つ。
順調な初飛行に、商会から派遣されているハーピーたちは口々にリリィを褒めた。
「初めての操縦で、ここまで危なげなく動かせるとは」
「さすがはエリシア様が目をかけた子」
「まだ初心者丸出しですが、この分だと早々に腕は上がる。商会の一員になってもらいたいものですが」
「こら、あなたたち! リリィはわたくしのパーティーメンバーですよ」
その後は、サレナやレーア、セラといった面々に飛空艇を任せるも、さすがに初めての者ばかりということで、リリィほど上手く動かせる者はいなかった。
そして数日ほど、飛空艇の操縦に時間を費やしていると、来客があった。
「これはまた、驚くことをしているな」
「団長? なんでここに」
どこか暇そうにしているオーウェンがやって来た。
その目はリリィに向いていた。
「貸してた特殊効果つきのアクセサリーあるだろ。あれを返してほしいと思ってな」
「でも団長、あの時裏切ったじゃないですか」
「おっと、そう来るか」
「なので返しません」
返す気がないのをリリィが伝えると、オーウェンは苦笑しつつ頭を振った。
「なら、しょうがない。返してもらうことは諦めるとしよう。どれも高価な代物だ。無駄にはするなよ?」
裏切りの部分を突かれると、あまり強くものを言えないようで、オーウェンは飛空艇を見たあと去っていった。
とりあえず様子を見に来ただけのようだ。
それからさらに数日が過ぎ、飛空艇の運用が安定してくると、あとはどこへ向かうか決めるだけとなる。




