89話 グラムを追い詰める
「おや、まさか彼が倒れるとはね。所詮は、個人の限界か」
「だ、団長が……」
サレナとオーウェンの戦いを最後まで目にした者の感想は、それぞれ異なっていた。
グラムは期待外れとでも言いたげな様子でいた。リリィはただ純粋に自分の知る最も強い者が倒れることに驚いていた。
とはいえ、サレナが合流すると戦いは再開される。
「リリィ、あいつを倒す」
「うん。サレナが一緒なら心強いよ」
「二人でなら、勝てるとでも?」
余裕な態度でいるグラムだが、そんな彼女に対して氷の槍がいくつも飛んでくる。
しかし、避けることなく骨の剣で斬り払い、防いでしまう。
「私のことを忘れてもらっても困りますが。死霊術師のグラム」
「……リセラの神官もいるのは、少々面倒だ。だけどね、これしきのことで私を倒せると思うのはよくないなあ」
死体はなおも現れ続け、周囲を包囲するように襲いかかってくる。
ソフィアがそちらへの対処に追われていると、グラムは積極的に斬りかかり、リリィは避けながら反撃を狙う。
「そこ!」
「ふむ……痛いね」
浅いとはいえ脇腹を斬った。
だが、グラムはため息混じりに骨の剣を振るうため、リリィはすぐさま距離を取る。
「その体は、なんなの」
「少々、人の道を外れてしまったってところかな?」
斬られたグラムの肉体は、肉同士が蠢き、くっつくと、傷一つない状態に戻った。
最初に斬った斜めの傷も、同じように治ってしまう。
「若くなるだけでは足りない。死ににくくなるようにもしないと。人ってのは意外と頑丈で、意外と脆い。転んで頭をぶつければ、それだけで死ぬくらいには」
「だから、化物になったの?」
「ひどい言い方をするね。まあ、そこまで間違ってもいないか」
話している合間にもリリィは剣を振るい、グラムにかすり傷を与えることはできていたが、すぐに回復されてしまうので、他のやり方を考える必要があった。
より強力な一撃か、特別な肉体に効果のある魔法か。
「サレナ」
「わかった」
操られている死体は厄介だが、幸いにもソフィアが処理してくれる。そのせいで、実質的に彼女は他の行動ができないが。
リリィはサレナと共に、前後から挟み撃ちするような形で攻めていく。
片方が積極的な攻撃を行い、意識をそちらに向けさせ、もう片方が隙を見て仕掛ける。
「子どもにしては、やるじゃないか」
「そっちこそ、子どもの姿でいるくせに」
上から、横から、時には斜め下から。
リリィは全力で剣を振るい、相手が反撃してきた瞬間、飛び退いて距離を取る。
「ちっ」
自分だけが一方的に攻撃を受けている状況に、グラムは苛立ちを募らせ、先程までの余裕が少しずつ薄れていった。
やがて、サレナに魔法を放とうとするグラムだったが、これはリリィが斬りかかることで妨害した。
「ああもう、鬱陶しいウサギだよ、君は!」
死霊術師の天敵たる神官のソフィアがいて、リリィとサレナは昔からお互いを知っている者同士。
いかにグラムが強力とはいえ、勝利はできないまま時間が過ぎていく。
業を煮やしたのか、階段を封鎖していた鉄格子のようなものは消え、グラムは逃げ出した。
「仕切り直しだ」
「逃げるな!」
追いかけるリリィだが、死体が壁となって階段を塞ぎ、邪魔をする。
多少の攻撃を加えたところで死体の壁は崩れず、ソフィアが魔法によって一掃することで、ようやく解決した。
だが、既にグラムは逃げ去ったあとだった。
「どうしますか? こちらも一度、準備をしてから上に進むべきだと思いますが」
「……少し休憩する」
「それがいい。さすがに、あたしも疲れた」
「では、私は息がある者を治しに行きます」
全力で動き、戦った。
このまま連戦はきついということで、リリィとサレナは休憩を選ぶ。
その間にソフィアは回復魔法を使って、怪我している者を治していくが、少し問題が起きる。
「全員、こちらに」
ソフィアがそう言うので、リリィたちは集まると、床に倒れたオーウェンの姿があった。
まだ息があるようだが、このまま放っておけば死ぬだろう。
「彼をどうしますか? あなたたちを裏切り、敵となりましたが」
「殺すべきよ」
傷は治ったものの、衣服がぼろぼろのセラが最初に言う。
これにエクトルも同意する。
「ああ。後顧の憂いは断つべきだ」
しかし、殺すことに反対する者もいた。
「いや、ここはあえて生かすのも、一つの手に思える」
「団長は強い。あたしたちの味方に戻せるなら生かす意味は、ある」
ジョスとサレナは、生かして利用することを口にする。
「私は、どちらでも構いません。つまり、あなたが決めることになります。リリィ」
ソフィアはどの選択もしなかった。
これにより、リリィがどういう選択をするかで、オーウェンの今後が決まることに。
「オーウェン団長、しぶといですね」
「は、いきなりそれか」
血は少しずつ、今も床に広がっている。
リリィは血に触れないよう少し距離を置いて座った。
「正直、むかつきましたよ。わたしは、団長を信用していた。孤児であるわたしとサレナは、団長のおかげで町に馴染むことができたので」
「悪かったな。まあ、それくらい若返りってのは魅力的だ。お前も、歳を取ればわかる」
「……わたしは、とあることを思いつきました。レーアのお母さんに、団長が裏切ったことを伝えた上で、治療してから引き渡すことです」
その瞬間、倒れているオーウェンの目が大きく見開かれる。
「おいおい、とんでもない脅しをしてくるじゃないか」
「先に裏切ったのは団長でしょ」
「エリシア殿に引き渡されたら、考えるだけで恐ろしい未来が待ち受けているな」
「なので、次は裏切らないと約束できますか?」
「……約束は、できない。口だけならできると言えるが、それは不誠実だろう」
「なら、しばらくそこにいて。ソフィアは、団長を治療して」
「引き渡すのか」
「いいえ。もっと良い利用方法を考えつきましたよ。わたしがラウリート商会にある借金、全部団長に肩代わりしてもらいます」
リリィの言葉に、オーウェンは笑った。
それは確かに、ただ殺したり引き渡したりするよりも、良い利用方法である。
エリシアとしても、大事な娘のレーアを傷つけたわけではないので、問題なく受け入れるだろう。
「そうきたか」
「借金がある人生より、ない人生の方が良いじゃないですか。なので、借金のある苦しみはわたしではなく団長に」
「……ふっ、好きにしろ」
話はまとまった。
ソフィアが、死なない程度にオーウェンの怪我を治していく。
完全に治すと、敵対した時に危ないためだ。
「セラとエクトルと、あとジョスは団長を見張ってて」
「いいわ。いざとなれば、殺すけど」
「ああ。こちらも怪我は治っているとはいえ、血を流しすぎた」
「しょうがないか。最低でも一人は無事な者がいないと、ゴールドランクの冒険者を抑えるのは難しい。それに、死霊術師相手なら彼女を連れて行かないと始まらない」
一度戦闘不能になった者たちに見張りを任せると、リリィは休憩を終わらせ、サレナとソフィアと共に上に繋がる階段を進んでいく。
その途中、リリィの頭の中にある疑問が浮かんだ。
「そういえば、さっきの振動とか爆発って」
「グラムの言った感じからすると、ハーピーがやったらしいが」
「さっき戦った場所は、十七階。それでも振動などが伝わるということは、かなり大々的な行動が上であったということ」
「上では何が待ち受けてるかな」
「行けばわかる。行かないとわからない」
「なんにせよ、急いだ方がいいでしょう」
爆発が起きた影響からか、十八階や十九階はなんの妨害もないまま通り過ぎていく。
そして一番上となる二十階に到着した時、驚くべき光景を目にする。




