88話 裏切った団長との戦い
「……え?」
最初に気づいたのはリリィだった。
何かが爆発する音がかすかに聞こえたあと、塔が揺れた。
この段階になって全員が気づき、一時的に戦闘は止まる。
「へえ? 爆発ということは……誰かが火薬を使って爆発を起こしたか。うんうん、急がないとまずいね。外の状況は急速に動いている」
「空を飛べる存在。ハーピー辺りが動いたか」
オーウェンは深呼吸をし、一気に踏み込む。
そしてエクトルをあっさりと斬り捨てた。
「しまっ……」
「悪いな」
塔に起きた明らかな異常、それに注意が向いているうちに。
これにより、壁となる者は消えて魔術師のセラへの攻撃は阻まれなくなる。
「次はあんただ。すまんが、死んでくれ」
「嫌よ。あの子たちを裏切れるほどに、若返りは大事なの?,」
あの子たちというのは、リリィとサレナの二人。親を知らない白黒ウサギたち。
幼い頃から見知った少女、それをここで殺す価値があるのか。
その問いかけに、オーウェンは苦笑する。
「耳が痛い。けれど、いくらか面倒を見ていた子どもをこの手で殺すことになろうとも、若返りというのはそれだけの価値がある。……セラ、大人の女として世の中を見てきたあんたなら、わかるだろう?」
「まあね。老いというのは恐ろしい。今までのように食べれなくなる。今までのように動けなくなる。けれどね、そもそも私は死にたくないのよ!」
今にも振るわれる剣を見て、セラは叫びながら杖を振るう。
その瞬間、二人の大人の間には爆発が発生し、お互いに飛ばされることで距離ができる。
「あと、あの生意気な白ウサギのクソガキには、お仕置きをしてやらないといけないから、無事に生きて帰ることが必要なの」
「……いたたた、自爆覚悟とはな」
オーウェンの防具は損傷し、露出している手や顔から血が出ていた。
それは彼が塔の中に入ってから受ける、初めての怪我らしい怪我だった。
「魔法は覚えてても、制御できないと危ない。だけど、使おうと思えば使える。代償としてこうなるけど。あー、痛い」
怪我をして体のあちこちから血を流したまま、セラは苦笑してみせる。
きちんと制御できて、安全に使える魔法でないと、自分の身が危ない。命の危険がある。
しかし、制御を気にしないなら高位の魔法を使うことはできる。それだけの実力がセラにはあった。
「色んな魔法を学んでも、他の実力ある魔術師と違って、私が安全に使える魔法はほんのわずか。でもまあ、あなたみたいな強い奴にダメージを与えられたなら、そう悪いものでもないわ」
「苦労してきたようだな」
「そりゃあね。なにせ、人を食べることがでこるラミアだもの。昔よりもマシになってるとはいえ、忌避はされる」
「そうか」
オーウェンは軽く頷くと、一気に迫り、剣をセラに突き刺した。
魔法を使うよりも先に、仕留めにかかったのだ。
「くそ……覚えておきなさいよ……私はこの程度で……」
ラミアは生命力が高い、つまりしぶといからか即死はしない。
ただ、もはや喋ることも難しく、戦力としては期待できそうになかった。
オーウェンは首を切り落とそうと剣を持ち上げるが、背後からの声に動きを止める。
「団長! どうして、こんな……」
「サレナか。いいのか? リリィを手伝わなくて」
視線を動かせば、リリィとグラムが切り結んでいる。
動く死体については、ソフィアやジョスが魔法で数を減らしていた。
そして頃合いと見たのか、妖精のジョスはサレナの近くにやってくる。
「あいつはエクトルを倒した。戦うにしても、子ども一人じゃ無理だろう。援護する」
「助かります」
黒ウサギの獣人であるサレナは、険しい表情で、今まで世話になった人物相手に剣を構える。
オーウェンはすぐに決着をつけようと剣の柄を強く握るが、何か思うところがあるのか力を抜いた。
「サレナ、お前は自警団の中でも一番の有望株だった。リリィほどじゃないにしても」
「……あたしは、お姉ちゃんがいないと生きていなかった。どこかで死んでいた」
「あいつは面倒見がいい。ただ、割と適当なところもあるからな。お前が自警団でやっていけると判断したからか、自分は自警団を抜けるという適当さだ。まあ、組織の一員というのが合わないのもあるんだろうが」
自警団の団長と団員。
二人が話すのは、リリィについて。
だからか、部外者のジョスは黙ったままでいた。
「つらかったか」
「はい。捨てられたと思いました」
「一緒に冒険者として活動できるのは嬉しかったか」
「はい。お姉ちゃんと一緒にいられるから」
どこまでも真面目な様子で返すサレナであり、それを見たオーウェンはわずかに顔をしかめる。
「サレナ、お前は俺が目をかけてやった一人だ。どいてくれないか? 邪魔をするなら斬らないといけない」
「できません。あたしが団長を通せば、お姉ちゃんが……リリィが死ぬことになる」
「そうか。残念だ」
「来るぞ!」
ジョスはサレナに魔法をかける。
子どもでも大人と正面から戦えるように、身体能力を強化したのだ。
その後、オーウェンへ氷の矢をいくつか放つが、剣や腕にある防具などで受け流される。
「この塔は人工物。使える魔法も限られ、対処は容易。戦場を選ぶのも大事なことだ」
「くそ、これだから経験ある冒険者ってやつは!」
ガギン!
剣と剣がぶつかる。
だが、すぐに離れる。
一ヶ所に留まると、ジョスによる魔法攻撃が飛んでくるため、オーウェンは積極的に動いていた。
「団長! あたしたちより、若返ることが大事ですか!」
「そうだ。これ以上の話はやめよう。空しくなるだけだ」
サレナは歯を食い縛ると、最低限の動きで迎え撃つ。
動けばそれだけ体力を消耗する。
オーウェンのペースに合わせれば、体力のないこちらが不利。
そう考えてあまり大きく動かない。
「ふん!」
「ぐ、重い……でも!」
素早くて重い一撃。
受け止めるだけでも一苦労、受け流すのでさえ集中しないといけない。
ただ、魔法により一時的に身体能力が強化されたサレナは、意外にもオーウェンと互角以上に渡り合えていた。
「意外と、やるな。町を出てから一ヶ月か二ヶ月くらいしか経ってないというのに」
「それは、あたしが強化されてて、団長が弱っているからです」
「弱っている?」
元々の実力差があろうとも、片方が強化され、もう片方が弱体化することで、差は大きく縮まった。
オーウェンは一度距離を取ると、セラの魔法でぼろぼろになった自分を見る。
「……表面だけの怪我だけじゃなく、意外と内部まで来ていたか。それに、疲労も」
まず倒れているエクトルを見たあと、次にセラを見る。そして軽いため息をついた。
リザードの前衛相手に疲労を蓄積することになり、そのあとラミアの魔術師の魔法によって負傷した。
それらが合わさることで、自分の予想以上に肉体が弱っていたのだ。
「早めに、終わらせないといけないか」
「あたしは、終わりません。リリィのためにも」
「思いだけでは、届かないぞ」
「なら、思い以外で届かせます!」
剣と剣がぶつかることで火花が散る。
そして団長と団員のどちらも、衣服や髪が切られ、一部は宙に舞う。
ほぼ互角の状況、放っておけばいつまでも続きそうな戦い。
片方には妖精の援護があるとはいえ。
「動きを止めるものは……これしかないか」
サレナが押されそうになったその時、ジョスは舌打ち混じりに呟く。
何か呪文を唱えると、次の瞬間、倒れていたエクトルが動き出す。
ぎこちない動きのままオーウェンに向かっていき、体を斬られようとも止まらずオーウェンに掴みかかる。
「今だ、やれ。一時的にあいつを操ってるが、長くは無理だ」
「え、でも」
「リザードはしぶとい。あとは回復魔法使えるソフィアに任せればいい」
本当にいいのか疑問に感じるサレナだったが、千載一遇のチャンスなため、エクトルごとオーウェンに剣を突き刺した。
次に道具袋を奪ってから、剣を引き抜き、さらに一撃を加える。
その念の入れように、オーウェンは血を吐きながら笑みを浮かべた。
「は、はは……やるじゃないか」
「団長はまだ三十歳で若いじゃないですか。どうして若返るためにあたしたちの敵に……」
「もう、三十歳だ」
もはや体は動かない。
敗北を悟ったオーウェンは、床に倒れたまま天井を眺めて呟く。
「二十代の頃と比べ、わずかな衰えが感じ取れた。まだ、鍛えれば補える範囲だが」
「…………」
「三十五辺りでも、ギリギリなんとかなるだろう。しかし、四十になれば? 五十になれば? 肉体の衰えは隠しきれないものとなる。思うように体が動かせなくなることの恐ろしさは、形は違えどわかるだろう?」
「……はい。お腹が空きすぎて、動けなくなる。頭では動かそうとしているのに、体は動かない。それは……怖いことです」
自分の意思に、肉体が追いつかなくなる。
その恐怖を口にしたあと、オーウェンは大きく息を吐いて目を閉じる。
「サレナ、お前の大好きなお姉ちゃんが苦労している。急げば、助けられるかもしれないぞ」
「さようなら、団長」
「なあに、若いまま死ぬのも、それはそれで……」
いくらかの悲しみを抱えたまま、サレナはその場を離れた。
「一つの決着がついた、か。だけど、戦力は足りるのか? 急がないと」
残されたジョスは、倒れている者たちの道具袋を漁り、無事なポーションを取り出した。
そして飲ませるために飛び回る。




