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87話 塔の中の激闘

 オーウェンの剣は再び振るわれる。

 その動きに迷いはない。


 「団長!」


 リリィは叫びながら後退するも、相手の方が俊敏なこともあって、白い髪が何本か宙に舞う。

 もし後退していなければ、死んでいたかもしれない一撃だ。


 「オーウェン、ゴールドランクの冒険者ともあろう者が、この場で裏切るとは正気か!?」

 「長命なリザードには、短命な人間の気持ちはわからんさ」

 「ぐっ……ぬぅ……!!」


 基本的に、種族としての違いから人間よりもリザードの方が身体能力は高くなる。

 なのに、エクトルは押されていた。

 攻撃をメイスで受け止めた瞬間、衝撃でエクトルの足が床を擦る。

 守ることはできているが、反撃はとてもではないが無理な状況。


 「俺だって、裏切りたくて裏切ってるわけじゃない」

 「ちっ、身勝手な話だね。これだから人間ってやつは」


 妖精であるジョスは、さっさと魔法で決着をつけようとするも、これには横から妨害が入る。


 「ダメだよ。大規模な魔法は、あの子に傷がついてしまうじゃないか」

 「くそが、お前の種族はなんなんだ、いったい!」


 死霊術師たるグラムが、腕を振って黒い瘴気をまとった魔力の塊を放ってくるため、ジョスはそちらに対処せざるを得ない。


 「私はグラムを相手します。余裕があれば、回復魔法で援護はしますが、あまり頼りにはしないでください」


 これまで静かに様子を見ていたソフィアはそう言うと、ジョスを援護するため場所を変えた。

 手が空いているのは、リリィ、セラ、サレナの三人だけとなる。

 次にどう動くべきか。

 それが問題だった。


 「団長……どうして」


 リリィは混乱していた。

 彼は、自分が知っている大人の中で、最も強く頼りになる人物。

 そんなオーウェンが、若返りのために自分たちを裏切った。


 「何をボーッとしているの。こうなったらもう、やるしかないでしょ」


 背中を叩きながらセラは言う。


 「団長が敵になった。これはかなりの脅威だ。……世話になったことがある。恩人でもある。それでも、戦うことになったなら、迷っている暇はない」


 サレナはしかめっ面のまま剣を握る。

 黒いウサギの耳は、迷いがあるのか、ぺたんと垂れていた。


 「わかってる……わかってるけど、勝てるかな」


 リリィは視線を動かす。

 ジョスとエクトルは防戦一方で、ソフィアが二人を援護しているため、どうにか戦いの形となっていた。

 実力者同士の戦いに、自分たちが割って入ることなどできるのか?

 不安はあれども、やるしかない。

 グラムは自分の死体を求めている。

 オーウェンは、若返りのため彼女の言うことに従うだろう。


 「団長に接近戦は危ない。だから、グラムから行く。サレナ、ついてきて。セラは、遠くから魔法で団長へ攻撃を。エクトルの負担を減らすためにも」

 「わかった」

 「ええ、任せなさい」


 話はまとまった。

 リリィとサレナは走り出し、セラはオーウェンの妨害のため、魔力の塊を放つという初歩的な魔法を使う。


 「こっちに来るか。なら、おもてなしをしよう」


 死霊術師のグラムは、笑みを浮かべながら指を鳴らす。

 次の瞬間、辺りがわずかに揺れると、塔の壁から骸骨や死体となった兵士が次々に現れる。

 戦力となるものを事前に仕込んでいたようだ。


 「さて、楽しい戦いの始まりだ。リリィをどう傷つけずに手に入れるか。ふふふふ」


 戦況は最悪だった。

 死霊術によって操られている死体が襲いかかってくる。それも大量に。


 「ちっ、厄介な……!」


 エクトルはメイスで叩き潰していくが、すぐに別の死体がでてくるため、倒しても倒してもきりがない。

 その隙を狙い、オーウェンの剣が振るわれるが、体を捻って避けたため緑色の鱗がある肌を浅く斬るだけに留まった。


 「さすがに、熟練の冒険者だけはある。もっと深手になるかと思ったが」

 「ふん、賞金首を狙う賞金稼ぎをしていた。この程度の危険、慣れているとも」

 「そうかい」

 「こっちも忘れないでほしいんだけど?」

 「おっと……初歩的なものとはいえ、当たればまずい」


 オーウェンを抑え込むのは、エクトルとセラ。

 ただ、傷が増えていくのはエクトルだけなので、どちらが有利かは言うまでもない。

 とはいえ、そのおかげでリリィたちは自由に動けた。


 「死体はあたしがやる」

 「任せた」


 サレナは死体の足を狙って斬っていき、余裕があれば腕も狙う。

 操られている存在を倒すのは大変なので、無力化する方向でいるわけだ。


 「まずは、グラムから」


 オーウェンの強さは知っている。

 今の自分たちが正面から戦って勝つことは難しい。それに、操られている死体も厄介だ。

 だが、グラムを倒せば死霊術を止められるし、そのあとは全員でオーウェンを相手できる。

 戦況を変えるには、それしかない。


 「はああっ!」

 「魔術師である私なら、剣で斬り殺せるとでも? 甘いよ」


 グラムは笑いながら、軽々と横に跳んで避けた。

 白い少女の姿をしていても、中身は経験を積み重ねてきた大人である。

 すかさず、手をかざし、黒い瘴気をまとった魔力の塊を放つ。


 「このっ……程度で」

 「バカな、当たったのに効いていないだと!?」


 腕に命中するも、少し力が抜けるだけ。

 リリィは止まらない。

 これには予想外だったのか、グラムは驚くも、リリィの身につけているアクセサリーを目にして納得がいったように頷く。


 「なるほど。特殊効果つきのアクセサリーをたっぷり装備してる、と」


 ザシュッ


 斜め上から振るわれる剣は、グラムを斬った。

 しかし彼女は倒れない。

 わずかに顔をしかめると、近くの骸骨を呼び寄せ、その骨を剣にしてしまう。


 「……骨が、剣に」

 「文字を刻んだりとか仕込みはいるけどね。魔法が効果薄いなら、物理的にやるしかない。あーあ、君の死体を無傷でほしかったのに」


 キン!


 話をしながら、一閃する。

 意表を突いてくる攻撃だが、リリィはなんとか反応し、後ろに跳びながら剣で受け止めた。


 「おや、今のを止めるとか。あまり舐めてはいけないか」

 「ぐっ、強い……」

 「ぶんぶん飛び回る妖精と、ぴょんぴょん動き回るウサギたち。手間をかけさせないでほしいよ。自前の体を動かすのは疲れるんだから」


 オーウェンもグラムも健在。

 長引けばそれだけ不利になる。

 まだ、決着には程遠い。




 塔の内部で激しい戦闘が行われている頃、塔の外では動きがあった。

 王都に到着した王国軍の増援により、少しずつだが確実に骸骨の軍勢は掃討が進められ、王都では人々が外に出始める。


 「お嬢様、本当によろしいので?」

 「今、まとまって動ける集団のうち、手が空いているのは、わたくしたちだけですから」


 それはラウリート商会としても喜ばしいことだった。暴徒に備えたバリケードは解除される。

 しかし、それだけでは終わらず、レーアによって商会の中から特定の者が集められた。

 全員が、空を飛べるハーピーであり、規模にして十数人。


 「エリシア様からの許可は出たとはいえ、いささか不安ではあります」

 「一番手っ取り早いのは、お母様がここに来ること。まあ無理でしたけど」

 「その方がいいのは我々としても同意できますが、ヴァースの町にオーウェン団長がいないことから、向こうはなかなかにお忙しいようで」

 「さて、それでは行きますよ」


 レーアを筆頭に、ハーピーたちは飛び立つ。

 目指す先は、王都の中心部に生まれた塔。


 「レーアお嬢様も、意外と大胆な部分がありますね。中を登るより、外から乗り込むというのは」

 「エリシア様の娘らしいと言えます。普段は冷静に振る舞うも、いざという時に無茶苦茶なことをするのは」

 「こら、無駄口を叩かない」


 普段の王都なら、許可がなければ飛ぶことは許されない。

 だが、今はそれどころではないため、悠々と飛んでいける。

 レーアたちはまず、最上階に向かう。

 その後、壁を叩きながら脆い部分を探していくが、簡単に突破できそうな部分はない。

 ハンマーなどを叩きつけても無理。

 では、どうするべきか?


 「下の人々に避難するよう連絡を。爆破します」

 「わかりました、お嬢様。他の者は、壁に穴を空けて爆薬を詰め込みなさい」


 すぐさまいくつかの集団に分かれ、それぞれの作業が進められる。

 使用される爆薬は、鉱山において硬い岩盤を破壊するために使われる代物。

 ラウリート商会は様々な代物を手広く扱っているため、こういった物を用意することができた。


 「爆破します。お嬢様、空中に避難を」

 「ええ」


 やがて、轟音と振動が発生し、塔の最上階には大きな穴が空いた。

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