86話 若返りという餌
十六階も、これまでとあまり違いがない。
ただ、ちらほらと人の姿が見えたりする。
死体ではないようで、リリィたちの姿を目にした瞬間どこかへ逃げていく。
「あの人たちはいったい……」
「装備を見る限り、反国王派の者たちでしょう。わざわざ上の階にいるということは、前国王も塔にいるのかもしれません」
王都アールムに教団の拠点があることから、ソフィアは王国の政治にもある程度は詳しい。
そんな彼女の言葉に、オーウェンも同意するように頷く。
「そうなるだろうな。まあ、取っ捕まえて聞けば早い」
オーウェンはそう言うと、近くの扉へ駆け寄る。
鍵がかかっていたが、扉に剣を叩きつけて破壊し、中にいた兵士を数人引きずり出してしまう。
「ひいぃ……い、命だけは」
「くそ、なんで冒険者がここに。下の階段は塞がれているんじゃないのか……」
「命は取らない。知っていることを素直に教えてくれるなら、だが」
これ見よがしに剣をゆらゆらと動かすオーウェン。
何も情報が得られないなら、殺しにかかるだろう。
兵士たちは、最初こそ悩んでいた。
「致し方ありません。指を何本か切り落とせば口が軽くなるでしょう」
「いいのかい? そんなことしたら、むしろ口が固くなりそうだが」
「私は回復魔法が使えますので。指を切り落とし、回復魔法で生やし。また切り落としましょう。余った指は、きちんと持ち主に食べさせてしまいましょうか」
しかし、トドメとばかりにソフィアが横から口を出すと、降参とばかりに話し始めた。
「わかった! 言う! 言うから勘弁してくれ!」
「上の階層に、前の国王陛下はいるか?」
「……いる」
「なぜ? どのような目的で?」
「詳しいことは知らない。ただ、険しい表情でこうするしかないと呟いていた」
「なるほど」
前国王は追い詰められている。
付き従う者もいるとはいえ、少し脅せば語ってくれるくらいには忠誠心は薄れている。
次はソフィアが質問を行う。
「あなた方のような兵士たち以外にいる者は?」
「……角を生やした女、口数の少ない男、ローブをまとった小柄な何者か。この辺りだ」
「情報提供ありがとうございます」
近くで話を聞いていたリリィは、オーウェンを見ると、向こうも見てくるため視線が合う。
「団長、今のって」
「ああ。前の二人は、盗み聞きしに行った時にいた奴らだろう」
「最後の一人が、グラムっていう死霊術師かな?」
「さてな。有象無象の死霊術師もいそうだが。どちらにせよ、邪魔するなら潰せばいい」
やることは単純明快。
とはいえ、そこに至るまでが大変なのだが。
道中、他の兵士たちを捕まえ、塔内部の大まかな地図を手に入れたりしつつ十七階へ。
そこはまたもや広間だった。テントなどがあるのを見るに、休憩所として利用されているようだ。
「逃げろー!!」
「あの方を呼べ!」
進めば進むほどに、一階辺りの範囲は狭まるため、兵士たちはあっという間に上の階へと逃げてしまう。
「大変な戦いになりそう」
「置いてきた二人を呼んでくるか?」
「念のため、そうしようかな」
「なら急げよ」
リリィは一人で下の階へと戻る。
すれ違う兵士たちは、リリィがオーウェンの仲間ということで微妙に距離を取っており、敵対する意思はないようだった。
そして十五階の広間で待っているセラとサレナに会うと、上に向かうよう伝えた。
「人手がいるかもしれない」
「やれやれね。私たちを置いていく必要はなかったでしょうに……まあいいわ」
「そろそろ、決着の時は近い。油断しないようにしないといけない。リリィ、警戒を怠るな」
「大丈夫だよ」
そして三人は、何事もなく十七階へ到着するのだが、そこは緊張感に満ちていた。
ちょうど、黒いローブをまとった小柄な何者かが降りてきたからだ。
その人物は、体型も顔も隠しており、種族も性別もわからない。
「これで勢揃い、かな?」
発する声は少女のもの。
また死体を操っているのかと睨むリリィだったが、その視線を受けた謎の人物は軽く笑った。
「白ウサギの君は、私のことが気に食わないようだ。いや、わかるよ? 人の死体を操るというのは、普通に嫌悪感が出てくる行為だからね」
その言葉のあと、指を鳴らす。
辺りがわずかに揺れると、鉄格子のようなものが階段を塞いだ。
これにより、上に進むことも下に戻ることもできなくなる。
「そろそろ鬱陶しくなってきたところだ。ここで終わらせる」
「おっと、いいのかい? そっちも逃げられないように思えるが?」
オーウェンは挑発するような声色で尋ねる。
「だってねえ、逃げる必要がないもの」
ローブが脱ぎ捨てられる。
中から現れるのは、白い髪に赤い目をした少女。
しかし、血の気が感じられないくらい肌は真っ白であり、人間とは異なる存在に思えた。
「知ってる人もいるだろうけど改めて。私はグラム」
「……その体は、誰かのものじゃなく自分のもの?」
リリィの質問にグラムは頷く。
「そうさ。自前の肉体だよ」
「その見た目はどういうこと?」
「可愛らしいだろう? まあ、一目で怪しまれるから表には出せないけれど。だから、表で活動できる可愛い君の体が欲しいんだよねえ。リリィ」
「その“幼さ”はどういうことか聞いてる」
グラムは、ソフィアが自分以上の実力はあると口にする魔術師。
ソフィアは若くして実力のある天才といった具合だが、それでもそこそこの年齢。
目の前にいる真っ白な少女は、どう見ても自分と同じくらいの年齢なため、リリィは睨むような視線を崩さずにいた。
「そう大したことじゃない。若返っただけのことさ。何十年も修練を積み重ね、とある魔導具によって若返り、今は老いないことに重点を置いている。あ、少々若返り過ぎてるって思ってるでしょ? 若い方が体力の回復とか凄いから。魔法に関する研究は、これでなかなか体力勝負でね」
若返った。
その言葉が出た瞬間、辺りの空気はわずかに変化する。
どんな種族であれ歳は取る。
長命なものであっても、老いからは逃れられない。
「ははは、気になるかい? 気になるだろう?」
グラムはひとしきり笑ったあと、軽く首を揉んでから真面目な表情となる。
「私の側につけ。そうすれば、若返らせてあげる。魔導具なしで、だ」
ある意味、破格の条件。
若返りというものは、いったいどれだけの大金を出せば実現できるのか。だが、相手を信用していいのかという問題もある。
動くに動けない者ばかりの中、リリィだけは前に進み出る。
「わたしの命は?」
「…………」
「いらないと言えないなら、わたしはそっちにはつけない」
「ふむ。では他の者は?」
少しばかりひそひそと話す声がするも、そこまで迷うことなく結論が出る。
「ジョス、どうする?」
「実に気になる。気になるけれど……乗れないな」
「そもそも、私たちを素直に返してくれるのかって問題があるわ」
「あたしは、リリィを守るだけだ」
ほとんどの者の意見は一致するが、一人だけ答えを出さない者がいた。
それはオーウェン。
彼はグラムを見つめたあと、他の者たちを見渡し、軽く目をつぶって顔をしかめる。
「……一つ尋ねたい」
「なにかな?」
「若返りは、何度もできるのか?」
「ああ、できるよ。歳を取ってから一気に若返るのは大変だ。小刻みに一歳や二歳若返ることで、現状を維持してるのが私だからね」
オーウェンは何歩か前に進む。
リリィよりも前に出ると立ち止まるが、再び口を開いた。
「グラム、そちらの考えている計画の終点はどこにある?」
「私は、リリィの死体さえ手に入れば、適当におさらばするだけ。前王や魔族とかの計画は知ったこっちゃない。まあ、報酬分の働きはしておくけどね」
「計画の内容は?」
「前王は、若返った上で王の座に返り咲く。魔族は、世界が混ざるための下準備とか言っていたねえ」
大まかな計画が語られたあと、オーウェンはさらに進み、そのあと振り返る。剣を握ったまま。
「すまん。俺は、若返りたい」
「だ、団長!? まさか……」
「だから、死んでくれ」
素早く重い一撃。
リリィはとっさに飛び退くことで回避するも、当然ながら追撃が来る。
これを防ぐのは、熟練冒険者たるジョスとエクトル。
魔法による妨害、メイスによる防御。
二つが合わさることで、かろうじて無傷なまま最初の攻撃を防ぐことができた。
「私は君を歓迎するよ、オーウェン」
「……老いは、恐ろしいからな」
「くっ、まさか団長が敵に回るとか……!」
それはまさかの事態。
信用できる大人であり、リリィの知る限り最も強力な人物。
そんなオーウェンが、若返りのために自分たちを裏切った。
非常に危機的な状況だが、階段は塞がれており、逃げることはできない。




