85話 広間での合流
代わり映えのしない景色。
代わり映えのしない塔の内部。
モンスターは出てこず、定期的に動く壁などを見ながら歩くだけ。
ある意味楽な道のりの最中、リリィはソフィアを見る。
「城がこうなる前はどうしてたの?」
「反国王派の者と戦闘を。私が実力ある魔術師ということで、死霊術師に魔法を封じる魔導具に……とにかく色んな対策をした上で足止めをしてきました」
「それで生きてるってことは、全部返り討ちに?」
「ええ。死にかけた国王派の兵士を回復し、戦力にすることでなんとか」
同行している兵士がいないのは、生き残りが出ないほど激しい戦いがあったことに他ならない。
よく見ると、ソフィアの衣服のところどころが切れていて、動くたびに肌がちらりと見えていたりする。
「肉体の怪我が治せても、切られた衣服は直せません。そういう部分から見ると、私としてはリリィの実力に驚くばかりです」
「いやあ、それほどでも」
リリィの着ている衣服は、土などで汚れているとはいえ、どこも切れたり破れたりしていない。
頭に巻いているスカーフも同じ。
さらにウサギの耳や尻尾といった部位も無事。
少女でありながらも、余裕を持って危機を乗り越えていることに、ソフィアは感心していた。
「教団の一員になってほしいものですが」
「入らないよ。入っても、すぐやめてしまうだろうし」
「無理に縛りつけても逃げてしまう。ならば協力関係の維持に留める。私はそう考えますが、あなたはどうですか?」
「教団はそこまで変な組織じゃないから、協力関係を維持するのは良いと思う」
「それはなによりです」
やがて十三階から十四階へと上がるが、そこも今までと変わらない。
「どうして、塔を作ったんだろう?」
「なんらかの目的……とはいえ、わざわざここまで大規模なことをする理由は……」
情報がないため答えは出ない。
「一般的には、儀式が考えられます」
「儀式かあ。呪ったりするわけ?」
「可能性としては、あり得ないと言い切ることはできません」
「手っ取り早く、情報を知ってる人を取っ捕まえて聞き出したいところだけども」
十四階を過ぎて十五階に到達すると、そこは今までと違って壁のない広間となっていた。
床に近いところは太いが、天井に向かうほど少しずつ細くなっているため、階を上がるごとに範囲は狭まっているようだ。
「何が出るかな」
「死霊の類いなら楽なのですが」
明らかに何か出てきそうに思えるため、二人は戦闘に備えつつ移動していく。
だが、結局は何事も起こらないまま上に続く階段へと到着した。
「……罠があるように思えたけど」
「私たちに対する罠ではないとしたら?」
ソフィアは言う。
冒険者をしていると、特定の種族や性別にだけ作動する罠があるというものを。
「わたしたちの場合、獣人と人間、どっちも女性」
「他のパーティーの構成は?」
「セラとサレナの場合は、ラミアと獣人の女性。オーウェン団長たちは、人間、妖精、リザードの男性」
「ふむ。戦闘の痕跡がないのを見るに、ここには私たちが一番乗り。なら、後続の者を待つのもいいかもしれません」
「少し、休憩しないとね」
長く移動し続け、途中で戦闘があった。
休むちょうどいい機会ということで、リリィは寝転がり、道具袋にある保存食を取り出す。
「パサパサする。水が欲しい」
「出してあげましょうか? 魔法で出したものは不味いと評判ですが」
「まずは喉を潤すくらいで。あ、手を洗ってから」
ソフィアは実力ある魔術師。
加減をして、無害な水を出すことは朝飯前。
リリィは手を洗ったあと、手のひらに溜まった水を飲む。
すると顔をしかめた。
「……確かに微妙」
「喉を潤すことはできたでしょう」
数分後、下に続く階段から見覚えのある紫の髪が見えてくる。
やや遅れて黒いウサギの耳も。
「あら、もう到着してるとはね」
「無事なようでなによりだ」
まずはセラたちとの合流に成功した。
このままオーウェンたちを待つかどうかについては、休憩がてら待ってみることに。
「セラとサレナは、分断されたあとどうだった?」
「どうもこうも、定期的に動く塔の壁にイライラしながら移動してきたわ」
「モンスターは出なかった。おかげで楽な限りだったが、グレイスはどうした?」
下の階層で出会った使用人の少女がいないことに言及するサレナであり、リリィは真面目な表情で、彼女が操られていた死体だったことを語る。
そして操っていたのは、グラムという死霊術師であることも。
「恐ろしい話だ。あたしの目には、生きているようにしか見えなかった」
「……死体を使って、リリィに近づいて、その肉体を奪おうとした、か」
セラはリリィに近づくと、ぺたぺたと触り始めた。
白いウサギの耳に、これまた白い髪に、さらには頬を指でつまんだりも。
「なにふんの」
「欲しがる気持ちはわからなくもないって話」
「えぇ……」
「私はね、あなたみたいなクソガキを尻尾でぐるぐるに締め上げて骨を折ったら、どれだけ気持ちよくなれるのか試してみたい。とてもスカッとしそう」
「…………」
「冗談よ」
体に巻きつきかけた尻尾を離しながらセラは苦笑するが、リリィからすれば、さっきのは冗談なのかどうか迷うところ。
「嫌すぎる冗談なんだけど」
「なら、私にちょっかい出したりしないように」
話しているとサレナが階段の方を見るので、全員がそちらに意識を向けるため、一時的に静かになる。
広間となっている十五階に、オーウェンたちがやって来たのだ。
これでひとまず合流できたため、お互いの状況を共有したあと、今後の話し合いが行われる。
「まず俺と、回復魔法の使えるソフィアが先行する」
「私としては不安があります。いくら実力者とはいえ、一人では限界が」
「偵察を兼ねてる。だが、それはごもっとも。ジョスとエクトルを同行させよう。あとは、リリィもいいかもしれん」
「あれ、わたしも?」
意外な時に名前が出たため、リリィは不思議そうにする。
「グラムという奴からすれば、美味しい餌だ。逃したくない餌。お前がいるだけで、なんらかの行動を引き出せる」
「それはそれで怖いんですけども」
「いざとなれば逃げればいい。回復魔法が扱える者がいるなら、こっちもだいぶ無理ができるからな。大量の敵が出ても足止めしてやる」
「戻る道が塞がれてたりして」
今までのことを振り返り、リリィはそう言うが、これについてはエクトルが答えた。
「こちらに任せてもらおう。塞ぐ壁を破壊してみせるとも」
鍛え上げられたリザードの肉体は、それそのものが武器となる。
これにメイスという鈍器が加われば、確かに破壊できそうだ。
「ああ、期待していいよ。こいつは、とある寺院の僧兵だったが、乱暴者過ぎたせいで寺院の壁とかを壊してね。追い出された末にここにいる」
「……昔の話は、今ここでする必要はないだろう」
過去のやらかしについて恥ずかしい気持ちがあるのか、むすっとした様子で答えるエクトル。
ジョスはからかうように周囲を飛んだあと、ソフィアに近づく。
「お姉さんの肩に乗ってもいいかな? 鱗のある肉体はむしろ疲れるから」
「お断りします」
「ははは、振られたな」
「うるさいよ」
大人たちはそれぞれ話していた。
リリィはセラやサレナを見つめたあと、軽く手を振る。
そして上の階層へと歩いていった。




