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84話 グラムという死霊術師

 「あなたは、何者?」


 生存者はいなかった。

 いたのは、操られていた死体だけ。

 警戒しながらリリィは相手に尋ねる。


 「わかっているんじゃないかな? 私だよ私。グラムさ」


 アールムのダンジョンの最下層において、死霊術師と戦ったものの、それは操られていた死体だった。

 操っていたのは、グラムという厄介な死霊術師。

 今回もまた死体を操っていたということで、リリィの表情は険しいものになる。


 「使用人の生き残りを演じてたのは、パーティーを分断するため?」

 「おや、頭の回転が早くて嬉しい限りだよ。君の死体が欲しい。だからまずは、邪魔が入らないよう二人きりにならないと、ね」

 「この塔は、あなたが?」

 「そうなるように仕込みをした。おかげで、ある程度は私の思うままに動かせる」


 次の瞬間、階段のある狭い通路の壁から、腕がいくつか現れる。肉と骨で構成された不気味なものだ。

 その腕は、リリィの手足を掴み、捕らえてしまう。


 「くっ……」

 「ごめんね。手荒な真似をして。でもこれは必要なことなんだよ。どうせなら、綺麗な死体が欲しい。だから、できるだけ君を傷つけないよう殺さないといけない」

 「魔法を使えば、すぐに済むでしょ」


 グレイス、もといグラムは、苦笑混じりに首を横に振る。


 「あーダメダメ。それじゃ、綺麗な死体にはならないよ。どうせなら、可愛い君を丸ごと欲しいもの」


 そう言うとリリィの首を浅く斬った。

 即死はしないが、出血は続く。

 そんな手加減が行われていた。


 「何を……」

 「血抜きをしないと、あとが大変。完全には抜かないから安心して」


 なんともおぞましい笑みだった。

 死体を操る、というよりも乗り移っているような仕草は、相手がまともではないことを一瞬で理解できる。


 「ふふふ、君の死体に入ったら、どういう生活を送ろうか? 年頃の少女らしく? 君みたいな冒険者? いっそ学校に行って学者にでもなろうか?」

 「…………」

 「睨んでも怖くないよ。君は動けないもの」


 グラムは近づくと、リリィを軽く眺めてからウサギの耳や尻尾を確認するように触っていく。

 最初は指でつつくだけ。そこから手で掴んだりする。


 「ふわふわしてるねえ。どれどれ、耳垢は」

 「くそ、離れろ!」

 「おおー、きちんと掃除されてるね。耳垢がない」


 ウサギの耳からグラムは離れると、次は尻尾に興味が移る。


 「こっちもふわふわだ。ただ、ウサギの尻尾は短いからあまり楽しめないなあ。自分でこの肉体を動かすことを考えると、それはそれでありだけど」

 「…………」

 「泣いても叫んでもいいんだよ? 私にも慈悲はあるから」


 何が慈悲だと言い返したいリリィだが、ぐっと我慢する。

 体力や時間を無駄に消費してしまうからだ。

 首からの出血は止まらない。残された時間は確実に減っている。

 そして考える。

 この状況をどう切り抜ければいいのか。


 「逃げられないよ。助けも来ない」

 「……なら、せめてどの辺りにいるのか教えて」

 「うーん……黒ウサギとラミアはまだ十二階だね。まあ、十二階と十三階の間となるここには辿り着けないけどね」


 圧倒的なまでの余裕。

 それは、リリィの命を自分が握っていることに由来するもの。

 だから油断していた。そうできるだけの状況が作り出されていた。


 「もう一つの方を教えて」

 「ふむ、人間、リザード、妖精のパーティーは……おっと既に十三階まで行ってる。ま、どちらにせよ、ここには来れないけど」


 どういう手段で位置を把握しているかは不明だが、遠くを知る場合はわずかに時間がかかる。

 つまり、見ようとしないと見れない。


 「何か企んでる? でも、そろそろきつくなってきたはず。力が入らず、考えもまとまらない。たくさん血が流れてるから」


 なんとも丁寧なことに、衣服に血が流れないよう、追加の腕が血の流れる先を変えていた。

 下ではなく、腕をつたって斜めに。

 しかしそれは、首を掴んでいることに他ならないため、拘束から抜け出すのは難しい。


 「安心しなよ。君のパーティーメンバーは殺さずに助けてあげよう。軽くボコボコにしたあと地上に戻すのさ」

 「……グラム、あなたはこの塔にいるの?」

 「いるよ。私自身の目的のため、そして他の者が進める目的のため」


 グラムはいる。他の者も。

 それが聞けたリリィは笑みを浮かべたまま体の力を抜く。

 今は階段の上に立っており、下を見ることができた。

 そこから、人影がチラチラと見えていたのだ。

 いったい誰なのか?

 血を流し過ぎて意識が薄れているリリィだが、突然意識が覚醒する。


 「ちっ、回復魔法だと!? しかも遠距離からとは!」


 グラムは焦り混じりに振り返るが、いくつもの氷の槍が、操っている死体を貫き、壁に張りつけてしまう。


 「生きていますか?」


 近づいてくるのは見覚えのある水色の髪。

 聞こえてくるのは凛とした女性の声。

 リリィが視線を動かすと、そこにはソフィアがいた。


 「……ありがとう。助かったよ」

 「それはなによりです」

 「でも、どうしてここに?」


 その質問をした瞬間、ソフィアはわずかに顔をしかめる。


 「捨て駒にされたからですが。国王陛下と、王女殿下を護衛していた誰かさんたちに」


 ちょっと不機嫌な声なのでリリィは焦る。


 「いや、それは状況がそういう風になってしまったわけで……」

 「まあ、あなたにはこれ以上言いません。文句を言うべき相手は国王陛下なので」


 そう言うとソフィアは、グラムが操る死体へと近づき、片手で触れながら何かを唱える。

 呪文のようであり、祈りの言葉にも聞こえた。


 「ふ、ふふふ、リセラの神官がいたとはね。どおりで気づけないわけだ。死霊術師の天敵め」


 そのまま死体は憑き物が落ちたように動かなくなり、氷の槍が消えるとソフィアによって床に寝かされる。


 「今のは?」

 「彼女の肉体が、二度と他人に操られないよう、魔術的な処理をしました。ただ、今は状況が状況なので放置するしかできません」


 死体が操られるということは、死んだあとの尊厳にも関わる。

 ソフィアはかつてリセラ聖教国の神官だったが、今は抜けて救世主教団の教祖となっている。

 それでも、神官だった頃に培ったものは変わらず残っており、使用人の少女の死体に哀悼を捧げていた。


 「どうか安らかに」


 その後、拘束していた腕を魔法で消滅させると、リリィは自由の身となる。


 「今のって……」

 「死霊術師が魔法で生み出した腕を、浄化して消しただけです。属性的には光になるでしょうか」

 「というか、わたしの怪我を離れてても治せるとか、ソフィアってかなり凄い?」

 「以前も言いましたが、王国でも三本の指に入る実力であると自負しています」

 「グラムには、勝てる?」

 「一対一なら、相性的な部分でなんとか。それ以外の場面では……この塔のような仕込みがあるので難しい」


 どこか険しい表情で語るソフィアだが、リリィからすれば心強い味方なので、そこまで悩みはない。

 なにせ、自分は知っている者の中で最も強いオーウェンがいる。あとは熟練冒険者にして賞金稼ぎのエクトルとジョスの二人。


 「ま、パーティー組めばどうにかなるよ」

 「合流できるかの問題がありますが、そうですね」


 ひとまず危機は去った。

 グラムは生きているため、一時的な平穏に過ぎないとしても。

 軽く休憩をしてから、二人は十三階へと向かう。

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