83話 変化の進む内部
静かな塔の中、二人の歩く音だけが聞こえる。
外にある王都での騒ぎは欠片も聞こえず、塔に入り込んでいる冒険者の声なども聞こえない。
「この塔は、音を通さない素材で作られてるのかな」
「そう、かもしれないです」
無言のままではどことなく気まずいため、リリィは定期的に話題を振る。
そうすることで、グレイスという少女が怯えて動けなくなるのを防ぐ意味合いもあった。
「今のところ、モンスターとか動く死体は出てきてないけど、もし出てきたらどうしようか。避難は難しいし」
「多分、大丈夫だと思います。リリィさんたちと会うまで、遭遇することはなかったですから」
「だといいけど。でも既に敵が出てきたんだよね」
リリィは紙を持っていない。そのため地図を描くことができず、通路や小部屋の位置は頭で覚えるしかない。
だが、ずっと一本道なため、迷ったりせずに済む。
「この塔は、自分の意思で中の形を買えてるらしいけど、どう思う?」
「誘い込んでいる、ように思えます」
「だよね」
敵は出ない。分かれ道もない。
しかし、戻れないよう塞がれている。
一本道を前に進むことしかできない状況は、明らかに仕組まれているといっていい。
「そういえばさ」
「はい?」
「グレイスはどうして上にいたの? 十階じゃなく、十一階に」
塔に変化する前の城は十階まで。
それ以降は、あとから生まれた部分。
彼女は無力な使用人であり、物置に隠れていた。
そのあと移動するにしても、なぜ上に行ったのか?
そんな疑問をリリィが投げかけると、グレイスという少女は少し悩み始めた。
「それが、その、記憶になくて」
「どういうこと?」
「気づいた時には、通路に立っていました」
「……ふーん?」
城という巨大な建築物が、大きく変化した。
内部にいる人々に、何が起きてもおかしくはない。
それゆえに、リリィは警戒を強めた。
「怪しいと思っていますか?」
「それなりに」
「それは……そうなりますよね」
話している途中、二人の足は止まる。
これまで一本道が続いていたが、途中で扉を見つけたからだ。
慎重に開けて奥を見ると、そこは小部屋で、中心にはダンジョンで見かけるような宝箱があった。
「なんで部屋と宝箱が……」
塔となった城において、これは初めて目にする宝箱。
これまでの探索では、一切発見できなかったのに。
リリィが険しい表情でいると、グレイスは横から言う。
「変化が、進んでいるのでは?」
どういう風に、とは聞かない。聞く必要がない。
世界各地にあるダンジョンと同じようになっている。
これまでは地下にしかなかったダンジョンが、地上にも生まれるとなれば、どういう混乱が起きるのやら。
「変化か。まったく、どこの誰がこんな凄まじいことを……」
ぼやきながらも、リリィは宝箱に近づき、遠くから剣でつついたりして罠がないか反応を確かめる。
特に反応はないため、開けようと手を触れた瞬間、宝箱は勝手に揺れた。
ガタガタ……!
その瞬間、リリィは後ろに跳んで距離を空ける。
それからやや遅れる形で、宝箱の蓋が開くと、さっきまでリリィがいたところに噛みつく。
「モンスター!? 危ないから下がってて!」
「は、はい」
宝箱から手足が生える。
蓋の部分には鋭い歯らしきものがあり、噛まれたら大怪我するのは確実。
「なんだっけ、確か宝箱のふりをするモンスターは」
「ミミックです」
「そう、それだ」
素早く迫るミミックというモンスターは、飛びかかってくるも、リリィは相手が空中にいる時に剣を叩きつけた。
ガン!
箱となっている木材の部分が一部だけ壊れ、そこから肉体らしき部位が露出する。
「微妙に固い!」
「だ、大丈夫なんですか?」
「まあ、問題ないよ。意外と弱いから」
ミミックの動きは素早いとはいえ、リリィからすればそれほどでもない。
相手の攻撃に合わせて迎撃を行い、身を守る木箱を少しずつ壊していき、弱点と思わしき露出した肉体に剣を突き刺す。
「普通のダンジョンで出てきたら、危なかったかもしれない。でも、わたしだけの時に出てきたところで……」
刺したあと剣を捻る。
これがトドメになったのか、ミミックの伸ばしてきた腕は、だらりと垂れ下がる。
「す、凄いですね。お一人で厄介なモンスターをあっさり」
「装備が良いからね。安物じゃ、ここまで簡単にはいかなかった」
武器も防具も、少し前と比べてかなり良い物に変わっている。
あとは、身体能力をいくらか強化するアクセサリーを、オーウェンから借りているおかげでもある。
「おっと。次はこっちこっち」
リリィはミミックの死体を漁る。
普通のモンスターからは、お金になりそうな部位を剥ぎ取るくらいしかできないが、宝箱として振る舞っていたモンスターなら、何か良さげなものがあるかもしれない。
「まあ、こんなもんか」
宝箱の中、もといミミックの体内にあったのは
少しのお金と保存食。
リリィはお金だけを回収すると、グレイスの方を見る。
「お腹空いてるならこれ食べてもいいよ」
「いえ、結構です……」
部屋を出て探索を再開するのだが、すぐに足は止まる。
内部構造に変化が起きていた。
今まで見えていた道は消え、上に続く階段が、先程まで壁だったところに出現していた。
「……合流は難しい、か」
「どうします?」
「進もう」
再び内部が変化するまで待つ?
それは期待できない。かといって他に進めるところもない。
塔の意思か、あるいは塔を動かす者の意思か。
まるでどこからか、様子を見ながら動いているような変化であり、あまりよくない状況にリリィの表情は険しくなる。
「あ、そうだ。ちょっと手伝って」
「はい?」
「ミミックの死体を階段のところまで運ぶ。目印代わりに」
「そ、それは、なかなか画期的な考えです」
一応、セラやサレナがここを通った時のために、何か目印を置いておきたい。
そう考えたリリィは、倒したミミックをグレイスと一緒に運び、階段の上に置いた。
そして十二階へ到達すると、またもや階段は塞がれる。
「絶対どこから見てるはず」
「でも、どうすることもできません」
「…………」
「あの、なんでしょう?」
少し見つめてくるリリィに、グレイスは首をかしげる。
そこに演技はなく、素で疑問に思っているようだった。
「いや、なんでもないよ。城の使用人って毎日良いものを食べてそうだなって」
「貴族の方々ならともかく、使用人はそこまで良いものは食べられません」
「そうなんだ?」
「はい」
雑談をしつつ進めば、すぐに十三階への階段が。
今はまだ内部の変化は起きていない。
ここの階段で待つべきかリリィは考えつつ、それとなくグレイスに視線を向けた。
茶色い髪をした平凡としか言いようのない外見の少女。
セラは、彼女について何か言いたそうにしていた。
その直後、壁が出現して分断された。
まるで話を遮るように。
「グレイス」
リリィはグレイスに対して剣を突きつけると、血が出ないギリギリの状態まで首に刃を食い込ませる。
自分と相手、どちらが動いても確実に傷を与える形だ。
「君の正体は?」
「……い、いきなり何を」
「これ以上、知らないまま進むことはできないから」
それは彼女からすれば予想外の行為。
戸惑いながら息を呑むグレイスであるが、次の瞬間、リリィは蹴飛ばされ、これにより刃は動いてグレイスの首を斬る。
しかし、血は出ない。死者であることの証明だった。




