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82話 隠れていた生存者

 そこにいるのは誰なのか。

 確かめようにも、距離があるせいで光は届かない。

 警戒しつつ近づくと、暗闇の中にいたのは一人の少女だった。

 年の頃は十代前半、ボロボロのローブに身を包み、怯えた様子でこちらを見つめている。


 「た、助けて……!」


 少女はかすれた声で叫び、今にも泣きそうな表情で駆け寄ってきた。


 「落ち着いて。あなたは誰?」


 リリィは慎重に問いかける。

 いつでも剣を振るえるよう、柄を握ったまま。


 「グレイス……城にいたの……変な光が満ちたとき、私は物置に隠れて……気づいたら塔になってた……」


 リリィ、セラ、サレナは互いに視線を交わした。

 城にいた生存者ならば、保護して安全な地上まで送るべきだろう。


 「とにかく、ここに留まるのは危険。下に降りよう」


 リリィがそう言った瞬間、塔全体が振動し始める。


 ズズズズ……!


 「なっ!? 揺れてる!?」


 床が軋み、天井の石が細かく落ちる。

それだけではない。

後ろを振り返ると、ついさっき登ってきたはずの階段が、跡形もなく消えていた。

 そこにはただの壁が広がっている。


 「階段が、ない!?」

 「そんな……戻れなくなっただと!?」


 サレナは焦りを滲ませながら壁を叩く。

 だが、完全に塞がれており、扉一つない。


 「塔が変化した……?」


 セラは指先で宙をなぞり、魔力の流れを探る。

 魔術師としての実力はそれほど高くはないが、最低限のことは一通りできた。


 「この塔、下の階でも感じたけれど生きているみたい……自分の意思で形を変えてる……!」

 「これって、巨大な何かのお腹の中って感じ?」

 「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える」

 「それなら、どうすれば……」


 グレイスは怯えた様子で見つめてくる。


 「……くそっ。進むしかないか」


 リリィは剣を強く握り直し、先を見据える。

 安全な場所に送り届けることはできない。かといって見捨てることも難しい。


 「仕方ない……慎重に進むぞ」

 「……そうね」


 サレナの言葉に、セラはわずかな間を置いてから同意する。

 その視線は、グレイスという少女に向いていた。

 ──この少女が現れた途端に、塔の構造が変化していった。偶然にしては出来すぎている。


 「ねえ、グレイス」


 セラは何気ない様子を装い、歩きながら声をかけた。


 「あなた、塔になる前の城では何をしていたの?」


 グレイスはおずおずと振り返る。


 「えっと、私は……使用人でした。貴族の屋敷で働いてて……でも城には来たばかりで、よくわからなくて……それで物置に隠れてて」


 話す姿に不自然なところはない。

 震えた声も、怯えた表情も演技には見えない。

 だが、セラは違和感を拭い去ることができなかった。


 「そう……」


 それ以上は何も言わず、前を向いた。

 その時、空間が歪むような感覚がわずかに来る。


 「またよ!」


 直感的にセラが叫んだ瞬間、壁がうねるように変形し、通路が一瞬にして閉ざされた。


 「また塞がれた……」

 「道が、消えてる」


 リリィとサレナは驚愕しつつ振り返る。

 進めば進むほど、後戻りできないダンジョン。

 ここはそうなっている。

 幸い、まだモンスターは出てこないものの、警戒を緩めずに進むしかない。


 「ああ、嫌だ嫌だ。本当に生きてるみたいね、この塔は」


 セラは低く呟く。

 そして、ふと気づく。

 グレイスの表情が、一瞬だけ緩んだように見えた。

 気のせいかもしれない。揺れるランタンしか、ここには光源がないから。

 だが、気をつけるに越したことはない。


 「リリィ」

 「どうしたのセラ?」

 「あの子だけど……」


 足音だけが響く、静かな空間。

 小声でも周囲には聞こえるため、グレイスに聞かれることを考え、セラは続きを話すことに躊躇してしまう。

 そして迷っているうちに、離れたところから足音が近づく。


 ガチャ……ガチャ……


 金属鎧に身を包んだ何者かが、こちらを目指して歩いてくる。

 その手には、抜き身の剣。

 すぐにリリィたちは戦闘に備えつつ、相手を待ち受ける。


 「セラ、グレイスを任せた」

 「ええ。私たちは後ろにいるわ」


 前衛と後衛に分かれると、前衛側のリリィとサレナは、全身鎧の何者かに声をかけた。


 「大丈夫ですか?」

 「あたしたちは、城に異常が起きたからやって来た冒険者」


 しかし、返事はない。

 音を立てながら歩き続け、ある程度距離が縮まると、全身鎧の何者かは斬りかかってくる。


 「敵か」

 「どうする? 頑丈そうな鎧だが」

 「鎧相手は私に任せなさい」


 グレイスの護衛を兼ねて後衛側にいるセラは、そう言うと魔法を放つ。

 属性のない魔力の塊が飛んでいき、鎧をすり抜けて内部へと命中した。

 効果があるのか、いくらか動きが鈍る。


 「このままだと、命が危ない。武器を手放すなら攻撃をやめる」


 リリィは説得にかかる。

 生かすことで、情報を得る狙いもあった。

 だが、相手は聞き入れずに攻撃を続けてくるため、リリィは覚悟を決める。


 「やるしかないか」


 正面から斬り結ぶことはしない。

 子どもの力では、大人と張り合うのは無謀。

 そこで、サレナと協力して挟み撃ちの形を作ると、交互に仕掛けていく。


 「動きは遅い。けれど鎧で守りは万全」

 「言ってる場合か」


 ほぼ鎧を叩くだけな攻撃にしかならないが、注意を引くことはできている。

 セラがさらに魔法を放つと、再び相手の動きは鈍くなる。

 その瞬間、リリィは頭を狙う。

 より正確には、視界を確保するための隙間に、剣を突き刺した。

 すると、ようやく動きが止まる。


 「……手応えが、なかった」

 「どういうことだ? 現にこうして倒せてる」


 リリィは険しい表情で呟き、サレナは首をかしげるが、剣が引き抜かれるとどうしてなのか理解できた。

 血が一切ついていない。

 これが意味することは一つ。


 「あれの鎧を外すわ。全員、手伝いなさい」


 セラはそう言うと、まず頭部の兜を外しにかかる。

 少しして内部にいる何者かが明らかとなる。

 現れるのは、骸骨。

 それが鎧に身を包んで襲いかかってきたということは、死霊術師が動かしていたに違いない。


 「頭も、体も、ぜーんぶ骨だけね」

 「厄介だな。まだまだ出てきそうだ」

 「とはいえ、戻れないし、進むしかない」


 その後、進み続けるうちに上へ続く階段を発見すると、ここで一時的に休憩となる。


 「モンスターらしいモンスターはいなかった。敵となるのは、死霊術師に操られてる死体ぐらい?」

 「十階まではいたが、十一階以降に出ない理由がわからない」

 「ま、それについては城を塔に変化させた奴らの思惑次第ってところでしょ」

 「どういう思惑?」

 「知らないわ」


 休憩のあと、一行は十二階へ足を踏み入れる。

 暗闇に満ちた代わり映えのしない景色。

 やはりここも静かだった。


 「団長たちは、どうしてるかな? もっと上に行ってる? それとも迷ってる?」

 「団長は心配いらない。むしろ、あたしたち自身を心配した方がいい」

 「そうね。まあ、本当にどうしようもなくなったら、魔法のスクロールで脱出すれば……」


 セラの言葉は途中で途切れる。

 辺りが揺れると、地面から壁がせり上がり、パーティーを分断してきたのだ。

 リリィとグレイス、サレナとセラ、という風に。


 「はっ!」


 すぐさまリリィは壁に剣を突き刺そうとするも、食い込むだけで貫通はしなかった。


 「そっちどうなってる!?」

 「……無事だ。けれど、分断された!」

 「とにかく、次の階段の中で合流しましょう。そこは変化しないはず」


 焦っても仕方がない。

 すぐに方針が決まると移動が再開されるも、リリィは困ったような様子でいた。

 同行しているのは非力な少女。

 悪く言えば、戦えないお荷物。

 道中、戦闘が起きないよう願うしかなかった。

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