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81話 実質的なダンジョン

 「行かない方がいいのでは? ここで解決するまで待てばいい」


 話し合いの場が設けられたあと、王女であるロジーヌは開口一番そう言った。

 まさかの内容に、集まった全員が固まる。


 「いやいやいや、あれは明らかにやばい感じだし」


 リリィは突っ込む。

 さすがに、無視するには異常過ぎる代物であるからだ。

 これにはサレナやセラも同意する。


 「ああ。城を塔に変化させる。どれだけの用意があれば、あんなことができるのか」

 「王都の中心部で起きてるのがね。無視できないわ」


 だが、ロジーヌは自分の意見を崩さない。

 幼い王女は、これでなかなか自分の意思が強い。


 「おとうさまは生きている。リリィとそっちのラミアが、ギルドまで一緒にいたから。それに、外から王国軍も到着し始めた」


 放っておいてもやがて解決する。

 そう話すロジーヌの考えは、どちらかと言えば理解できる部類のもの。

 近くで聞いていた熟練冒険者のジョスとエクトルは、軽く頷いていた。

 これは王女に同意することで、相手から良く思われたいという打算もある。

 しかし、途中まで黙って聞いていたレーアは、やや重苦しい雰囲気のまま口を開いた。


 「待てば解決する。それは事実だと思います。ただ、一つ問題が。王都の中心部において、あれほど目立つ存在。今の状況で、あのような代物が生み出されたのを考えると、このあと何が起きても不思議ではありません」

 「これ以上、何かが起きる前にどうにかしたい……?」

 「はい。それに、王都が混乱したままだと、商会はお金を稼ぐことができません。あんな塔が存在し続けると、王都から人が減っていき、場合によっては王族の方々も引っ越すことになる可能性が」


 鉤爪のついた鳥の足で床をコツコツと叩きながら、レーアは言う。

 親から商会を引き継ぐ立場にあり、そのための教育も受けてきた。

 それゆえに、商会の立場から物を言うことができた。


 「まあ、とにかくだ。偵察するくらいはしておいた方がいいだろう。そのあと進むにしろ、戻るにしろ」

 「それでは、商会の方で物資の補充を済ませておいてください」

 「……ちなみに料金は?」

 「最初はタダです。二回目以降は有料」


 この場にいる者の中で最も実力のあるオーウェンは、話をまとめにかかる。

 これにより、ロジーヌとレーアが留守番する形で、リリィたち一行は塔に変異した城を目指す。

 先行した冒険者たちによって道中の安全は確保されているため、何事もなく禍々しい塔の真下に到着する。


 「おーい、怪我人がいる。回復魔法使える奴いないか?」

 「魔力が足りない。魔力補充するポーションくれ」


 そこでは、ちょっとしたキャンプができていた。

 塔に残されていた人々が助け出されており、多くの人がいる。


 「ふむ。低い階層は問題なしか。城は元々十階建てくらいだが、塔になった今は倍の二十階といったところか」


 ゴールドランクの冒険者たるオーウェンは、少し観察すると折り畳まれている紙を用意した。

 枚数にして二十枚。

 いつでも持ち運んでいるようで、リリィは少し驚いた。


 「その紙って」

 「変異した城は、ダンジョンみたいなもんだ。そして内部の構造にどれだけ変化が起きているかわからん。紙を普段から持っているのは、いつでも対応できるように」

 「地図を描きつつ登っていく、と」

 「既存のダンジョンは地図が用意されている。出来立ての野良ダンジョンは地図なしに潜ることになるが、浅くて簡単なものでしかない。あと、メモ帳代わりにもなるんだな、これが」


 今から挑むのは、事前の情報がほとんどない実質的なダンジョン。

 浅い階層は、先行した冒険者たちにあまり被害が出ていないので安全。

 しかし、上に進めば進むほど危険度は増すだろう。

 まず、一階部分に足を踏み入れる。


 「基本の内部構造は、城と変わらないようだな」

 「塔になったせいか窓とかは消えてますけど」


 歩いていると、所々でモンスターの死骸らしきものが転がっているのが見える。

 解体している冒険者に話を聞くと、魔法を使うやつや毒を持っているのが出てくるから気をつけろとのこと。


 「さて、ここからは別々に行動だ」


 十階までの探索がいくらか終わった時点で、オーウェンは提案する。

 ぞろぞろと大勢で行動するよりも、別れて行動した方がいい。

 それを受けて、二つに別れた。

 リリィ、サレナ、セラのパーティー。

 オーウェン、ジョス、エクトルのパーティー。

 だいぶ戦力に偏りがあるが、こういうのは相性や関係性という問題もある。

 遠くなる後ろ姿を見送ったあと、リリィはセラを見る。


 「なによ?」

 「魔法戦力として期待してる。あと遠距離攻撃とかも」

 「はいはい。白黒ウサギのどっちかが、弓とか使えたら楽なんだけどね」


 十階までは、城としての面影が残っているが、それ以降は未知のダンジョンとなっている。

 既に、深夜となっている。

 ランタンだけが辺りを照らし、三人は暗闇に満ちている中を慎重に進んでいく。


 「正直なところ、朝になってからでよくない? 私はそう言いたい」

 「じゃあ、安全な小部屋を見つけてそこで寝る?」

 「……それはそれでどうなんだ」


 正直なところ、長い戦いを経てダンジョンに挑んでいるような状態のため、万全な調子とはいえない。

 だが、だからこそ、何かを企んでいる者の意表を突ける。


 「というか、リリィ。どうしてあなたはこれに挑むわけ? あのオーウェンという冒険者に任せれば、それで済むのに」

 「いや、ちょっとね、探しておきたい人がいて。ソフィアという人なんだけども」


 ソフィアの名前が出た瞬間、セラの表情はピクリと動く。


 「そういえば……王女を逃がして、私たちは国王のところに行って、そのあと彼女を目にした記憶がないわね」

 「骸骨が大量に迫ってたし、あの段階では城から脱出するのは不可能なわけで」

 「そうこうしているうちに、城は塔になった……。でも、生きて内部にいるとして、冒険者たちが来たのに下のキャンプにいなかったのはどういうこと?」


 生きているなら、一度誰かと合流しに出てきてもおかしくない。

 なのに、今のところ姿は見えないときた。

 セラは疑問に思うが、リリィはそれに対する答えを持っておらず、首を横に振ることしかできない。


 「わからない。」


 リリィのその言葉に、セラとサレナはしばし沈黙する。


 「まあ……とにかく、先に進みましょ」


 三人は慎重に進む。

 十一階へと続く階段は、城だった頃のものとは違い、不自然にねじ曲がっていた。

 まるで誰かがあとから作り変えたかのような形状に、リリィは不安を覚える。


 「やっぱり、ただ塔になっただけじゃなさそう」

 「ええ。魔力で作り変えられてる……それも、かなりの規模で。わかってたこととはいえ、こうして間近で見ると恐ろしいわ」


 セラは指を宙に滑らせ、何かを感じ取るように目を細める。


 「魔力の流れが変。塔全体が生きているみたい」


 その言葉に、リリィとサレナは顔を見合わせる。


 「生きてる……?」

 「比喩じゃなく?」

 「ええ、実際に何かの意思が介在してる可能性が高いわ。普通の魔法で作られたものとは違う」


 その言葉が、じわりと不気味な緊張感を生む。

 リリィはソフィアの姿を思い浮かべた。

 彼女の実力の高さからして、死んではいないはず。しかし、完全に無事かまではわからない。 


 「上に行こう」


 階段を上がり、十一階へ到達した瞬間、空気が変わった。

 ぴたりと、音が消える。

 ランタンの灯りが揺れ、冷たい風が足元を撫でる。


 「……この階層、妙に静かね」

 「気配がない……逆に怖いな。団長たちは既にいるはずだが」

 「モンスターとかもいないなら、それはそれで探索が楽に……」


 リリィは剣の柄を握りしめ、警戒しながら進もうとする。

 その時、廊下の奥から小さな足音が聞こえた。

 暗闇の中に、誰かがいた。

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