80話 状況の好転
相手は骨だけで構成されていて、質量的にはそれほどでもない。
とはいえ、見上げるほどには巨大。
建物三階分くらいはあるため、武器を剣しか持ってないリリィは、周囲をうろうろしつつ見物する。
「飛び乗るのも危なそうだよね」
「ロープでも引っかけて登る? 一部の冒険者はそうしてるけど」
見ると、骨の竜の下側にいる冒険者がロープを骨に引っかけて登り、とある場所を目指している。
それは胸の位置にある、唯一骨ではない部分。
なんらかの大きな宝石らしきそれは、怪しげに鈍く光りながら、周囲の骨と一体化していた。
「あれを壊せば倒せるかな? セラ、当てれそう?」
「止まってれば余裕。ただ、動いているから難しいわ」
試しに遠くから魔法で攻撃してみるセラだが、放たれた魔力の塊は、宝石からわずかに外れて周囲に当たる。
「ダメね」
「登って近くまで行くしかないか……うん?」
さてこのあとどうするか。
考えようとするリリィだが、何か飛んでいるのが見える。
遠くてわかりにくいが、それは小さな人。
「妖精の誰かがいる」
「あら、勇気あるわねえ。動く腕とかに当たれば一発で死にかねないのに。いや、肉のないすかすかな骨だから意外と大丈夫なのかしら?」
骨の竜は城に近づいている。冒険者たちとの戦闘でやや遅れているが。
それはリリィたちとの距離が縮まることも意味しており、飛んでいる妖精の姿が少しずつはっきりしてくる。
「……あれはもしかして、ジョス?」
「確か、ワイズという賞金首関連で会った人物ね」
「ヴァースのダンジョンの最下層に潜る時、一時的に雇った」
かつてリリィは依頼を出したことがある。
パーティーメンバーが黒ウサギなサレナだけだったため、二人だけでは戦力的に不安があり、同行する冒険者を求めたのだ。
その時、依頼を受けた冒険者の一人が、妖精のジョス。
彼は骨の竜にぶつからないよう慎重に飛んでいくと、至近距離から宝石へ魔法を放った。
だが、破壊できないのか何回も魔法による攻撃は続き、やがて骨の竜の動きは鈍くなる。
「ワイズが作ったゴーレムと似たような感じみたい。動かす核が傷ついて、弱体化するのとか」
「今なら、私の魔法を当てられそう」
セラは援護するように魔力の塊を放ち、宝石部分への攻撃を行う。
そして動きが鈍ったのを好機と見た他の冒険者たちも続き、やがて宝石は砕け散った。
それと同時に、骨の竜は崩れ始める。
「崩れるぞー! 逃げろー!」
誰かが叫ぶと、冒険者たちは慌てて逃げ出した。
しかし、妖精のジョスは逃げるのが間に合わず、骨に埋もれそうになる。
その時、これまた見覚えのある緑の鱗を持った存在が、跳んでから彼を掴むと一気に走り抜けた。
そしてリリィたちの前にやって来ると、立ち止まる。
「おお、久しぶりだな」
「ここにいるとはね。いや、即位式があったから、そうおかしいことでもない、か」
リザードのエクトルと、妖精のジョス。
一時的とはいえ、二人をパーティーに加えて共にダンジョンに潜ったことがある。
それゆえにリリィは尋ねた。
「二人も、即位式のためにここへ?」
「それもあるが、基本的には次の賞金首を探すためだ」
「人が多いところには情報も集まる。少し前の異変による式の中断、さらにこんなことまで起きるとは思わなかったけれど」
ジョスは呆れ混じりに言うと、崩れ落ちた骨の竜や、塔に変化した城を見て肩をすくめる。
「困ったことだよ」
「まったくもってその通り。これでは情報集めどころではないし、資金稼ぎもままならない」
「やれやれだね。どこの誰が、こんなに派手なことを仕掛けてきたのやら」
熟練冒険者の二人は、今回の出来事においては完全に部外者なようで、何も知らない様子。
そこでリリィは考える。
この二人を味方につければ、今後が少し楽になるだろう、と。
冒険者の質は大事。しかし今回のような状況では、数も求められる。
「二人とも、手伝ってくれない?」
「何を?」
「城、というか塔だけど、そこに行って救出や、原因とかを探してどうにかする」
「まーた、僕たちを利用するのかい。油断ならない白ウサギの子どもめ」
ヴァースの町のダンジョン最下層において、賞金首のワイズと戦うことになった。
その経験から、ジョスはやや疑うような視線を向けてくる。
「まあ待て。今回も、この子だけが持つ情報があるかもしれん」
「……どうなんだい?」
「ある」
リリィがそう呟いた瞬間、エクトルは軽く頷き、ジョスは物凄く嫌そうな表情を浮かべた。
「……それは、他の者に言い回れる類いのものなのかい?」
「一般人相手には隠した方がよさそう」
険しい表情のまま空中を浮遊する。
そして考えが決まったのか、姿勢を正した。
「悪いけど、協力しない」
「リリィ。こういう場合は、あえて情報の一部を明かすことで、無理矢理に協力させるということもできるわ」
「おいこらそこのラミア、余計なことを吹き込むんじゃない」
「あのクソやばそうな塔に挑むんなら、人手はいくらあっても足りないもの」
「とはいえだ。そういうやり方では、いざという時が危ない」
ちょっとした言い争いが起きる中、離れたところから声をかける者がいた。
視線を動かすと、やや疲れた様子のオーウェンがいた。
ずっと戦っていたからか、首回りを自ら揉んでいる。
「全員、ご苦労だった。おかげで王都内の状況は好転した」
王都の門の辺り、より正確には外部で戦闘が起きている。
王国軍の一部が到着したらしく、その数は時間と共に増えるだろう。
「外から援軍も来た。一息つける」
「団長は今までどこに?」
「骸骨の軍相手にやりあってた。感謝してくれよ」
話しているうちに、さらに見覚えのある黒いウサギの耳が現れる。
黒いウサギの獣人であるサレナだ。
オーウェンと一緒に活動していたようで、少し怪我している。
「なんだ、ここにいたのか。王女の護衛とかは大丈夫なのか?」
「レーアに任せて避難させた。今は商会にいると思う」
「ああ……ハーピーだからか」
空を飛べるというのは便利なもので、サレナなすぐに納得する。
しかし、王女という単語が出てきた時、近くで聞いていたエクトルとジョスの二人は驚いていた。
「こちらの知らない間に、なかなかの立場になっているようだ」
「王女の護衛? それを任されるとはね。どういうカラクリで……いや、オーウェンというゴールドランクの冒険者と知り合いなら、そう不思議でもないか」
世の中、実力だけではなく人脈もまた大事。
そういう観点からジョスは納得する。
「次どうするか話し合いたいし、王女様のところに集まるとして……二人はどうする? 来る?」
リリィが問いかけると、少し沈黙が続いたあと渋々といった様子で頷く。
「行くだけ行こう」
「王女に顔を覚えてもらえる好機。これは逃せない」
全員でラウリート商会の建物に向かうと、出入口はバリケードで固められていた。
だが、ある程度安全が確保され、王都の外から援軍が来ていることもあって、バリケードはすぐになくなる。




