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79話 骨の竜と城の変異

 冒険者ギルドの中は、避難してきた人や冒険者などで混雑していた。

 骸骨との戦いから戻った者が、治療を受けていたりするため、どこもかしこも騒々しい。

 だからか、地下から国王が出てきても気づく者はいなかった。


 「そろそろお別れ、かな?」

 「君たちには世話になった。私はギルドの職員と話して今後に備える」

 「なら、こっちはこっちでのんびりしておくわ」


 リリィとセラは、国王と別れる。

 彼がギルドの職員と共に、建物の奥に向かうのを見届けたあと、二人はギルドの三階へ移動する。

 そこから外の様子を確認するのだが、王都の各地で戦闘が繰り広げられていた。


 「状況は、可もなく不可もなく、と」

 「とはいえ、このままの状況が続けば、王都はぼろぼろになるわ。経済的に」


 既に王都の半分ほどが骸骨の軍団に奪われている。

 住民は家に閉じこもることで身の安全を確保していたが、何日も続けば食料などの面で問題が出てくる。

 そもそも、各地から商人や農家が来たりすることで、都市は成り立っているのだが、その動きが途絶えた時点で混乱は必須。


 「骸骨を一掃しても、そのあと大変だよね」

 「冒険者の仕事は増えそう。まあ、私たち以外の動きに期待しましょ。地下でクソ面倒なことがあったし、のんびり疲れを取りたいわ」


 リリィとセラは、ギルドの三階にある休憩スペースに腰を下ろしていた。戦いの疲れを癒しながら、しばし静かに時を過ごす。

 しかし、その穏やかな時間は長くは続かなかった。


 「……ねえ、なんか聞こえない?」

 「聞こえてる」


 セラはかすかに響く不気味な音に気づいた。ウサギの耳を持つリリィも同様に。

 カラカラと乾いた音が、まるで潮のように辺り一帯に広がっていく。


 「これは……骨の音?」


 二人は立ち上がり、窓から外の様子をうかがった。

 王都の至る所に散らばる骸骨の残骸。

 それらがかすかに震え、ゆっくりと動き出していた。

 まるで見えない糸に操られているかのように、骨同士が引き寄せ合い、集まり始める。


 「ちょっと、あれ……」


 リリィが指差した先、大通りの交差する部分に向かって無数の骨が流れ込んでいた。そして、それらは次第に一つの形を成していく。


 「……ドラゴン?」

 「ほんと死霊術師って嫌い。面倒過ぎる相手を用意してくるとか」


 大通りの交差地点、無数の骨が組み合わさり、巨大な竜の姿を作り上げていく。

 空洞の眼窩に不気味な青い光が宿り、口を開けば、空気を震わせるような轟音が響く。


 「なんでこう、次から次へと厄介なことが……」


 セラは呆れたようにため息をつく。

 骨の竜はゆっくりと動き出した。その進行方向は、王都の中心にある城。

 住民たちの家を避けるかのように、大通りをまっすぐ進んでいる。


 「住民に被害は出ないみたいだけど……問題は、進路上にギルドがあるってことだけども」

 「止めるしかないでしょ。今の状況であれを無視できるのは、よっぽど鈍い奴くらいよ」


 すでにギルド内では騒ぎが起きていた。

 冒険者たちが次々と武器を手に取り、迎撃の準備を整え始める。


 「で、リリィ、どうする?」


 セラが問いかける。

 リリィは骨の竜を見つめながら、静かに考えた。

 確かに目の前の敵は厄介だ。しかし、ここまで目立つ動きをするということは、もっと別の狙いがあるのではないか?

 大きな陽動の裏で、本命の行動を進めるという疑念が思い浮かぶ。


 「……ひとまず、様子を見よう。これがただの脅しならいいけど、何か裏がありそう」

 「それなら、私としても賛成。幸い、地下で戦ったおかげで、私たちはぼろぼろで汚れてるから、休んでても何か言ってくる者はいないし」


 二人はギルドの一角で周囲の動きを観察することにした。

 やがて、骨の竜と冒険者たちの激しい戦闘が始まった。

 強力な魔法や攻撃が飛び交い、骨が砕け散るも、竜はすぐに再生し、普通なら何度も倒されているような被害を受けても平然としている。


 「やっぱり、しぶといね……疲れそうだし相手したくない」


 リリィがぼそりとつぶやいたその時、城で異変が起きた。

 闇に包まれたのである。

 黒い霧が、吹き出すように城全体を覆っていく。

 ギルド前の戦いに集中していた冒険者たちも、それに気づいて一部の者は動きを止めた。

 そして次の瞬間、王城は異形の塔へと変貌した。

 黒く禍々しい尖塔が天へと伸び、空を蝕むように広がっていく。

 その姿は、まるで地獄の門が開かれたかのようだった。


 「あーあ……当たり、か」

 「どうせなら、宝くじとか当たってほしいけど」

 「色々と落ち着いたら買ってみる? まあ、まずは降りよう。王様から話があるはず」


 リリィは苦笑しながら、セラと視線を交わす。

 戦いは、まだ終わらない。

 いや、本当の戦いはここからだった。

 あまりの異常事態に、ギルドの中では混乱が起きているが、職員たちはそれをなだめる。

 そしていくらか落ち着いた段階で、戦闘での汚れを落とした国王が姿を現す。

 彼の隣には、王都におけるギルドのトップが立っていた。


 「いつの間に、王がここに!?」

 「生きていたのか……」

 「確か、城の方にダンジョンに通じる穴が空いていて、そこからダンジョンを通ってここまで来たんだろ」

 「あー、そういえば昔は冒険者としてバリバリ活躍してたんだっけか」


 城がああなってしまったからか、国王は死んでいたと思われていたが、直接姿を見せることで生きていることを示した。

 これにより、ギルドにおける視線は一つに集まる。


 「諸君、まずは王都の危機において手を貸してくれたことを感謝したい」


 重苦しい雰囲気のまま、軽く頭を下げる。


 「城における異変は目にした。何が起きているかわからないが、調査すべきと考えている。ゆえに、今ここで依頼を出したい。変異した城の調査というものを」


 国王直々の依頼。しかも王都は危機的状況にある。

 当然、報酬はかなりのものになるだろう。

 盛り上がる冒険者たちの中、一人の熟練冒険者が手をあげて質問をする。


 「変異したとはいえ、中の物や人に影響がない場合、お尋ねしたいことが」

 「それ以上は言わずともいい。中にいるだろう貴族や兵士を救出すれば、報酬を上乗せする。なんなら、城にある調度品の類いを持っていってもいい」

 「なるほどなるほど。聞きたいことが聞けました。いやはや、全力を尽くしましょう」


 多少の制限はあるが、基本的には城の中にあるものを好きに持っていっていい。

 それを国王自身が口にした。

 ギルド内にいる冒険者たちは、骨の竜に挑む者と、変異した城を目指す者とで分かれた。


 「わたしたちは……どっちに行こうか」

 「骨の竜相手に戦って、そのあと変異した城。先行した者たちが、身を張って色々調べてくれるだろうし。情報なしに突っ込んだ冒険者って、何人くらい死ぬかしら?」

 「セラは地味にひどいことを考えるよね」

 「私からしたら、あなたも人のこと言えないと思うけど」


 雑談しつつ、武具の確認を済ませ、二人は外に出る。

 ダンジョンの最下層において、死霊術師を撃破したため、都市の骸骨はいくらか動きが鈍っていた。

 あるいは、骨の竜という巨大な存在を動かすために、残った死霊術師たちが竜を優先して力を注いでいるかもしれない。


 「グラムと、その他の死霊術師たち。どれくらいが生きてるんだろう」

 「なによ、他の死霊術師たちもグラムに操られてるとか思ってる? そしたら、これだけの惨状を一人で生み出した化物ってことになるわ。正確には、骨を運び入れた協力者とかがいるとして」

 「死霊術師がたくさんいたら、それはそれで怖い」

 「まあ、確かに」


 骨の竜と戦っている冒険者たちの中に、二人は混ざった。

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