77話 一人の死霊術師
「意外と……硬い!」
「こんの、すかすかの骨程度に、負けるわけないでしょうが!!」
とりあえず近くにいる特別な骸骨相手に戦うリリィとセラだが、相手はかなり頑丈であり、普通の攻撃では効果が薄い。
セラはすぐさま戦い方を変えると、尻尾で骸骨の一体を掴み、反撃を受ける前に他の骸骨へぶつけてしまう。
これはいくらか効果があり、部分的に損壊させることに成功。
しかし、倒すまではいかない。
「ちっ、しぶといわ。同じ硬さ同士をぶつけたってのに」
「そう簡単に、私が調整した者たちを破壊できるとは思わないことだ」
「なら……!」
リリィは静かに、おもりのついた紐を取り出す。
補充できていないので、これが手元にある最後の一つ。
それを、死霊術師の男性に対して投げつけると、国王と戦っていた骸骨の一体が紐を止めようと動く。
「小娘め。そのようなもので私を止められるとでも思うたか!」
「思わないよ」
「だが、おかげで、こちらは助かった」
数体の特別な骸骨と戦っていた国王だが、数の差から攻める余裕がなかった。
だが、リリィが一体だけとはいえ戦闘から離脱させたため、国王は目の前にいる骸骨を両断する。
上半身と下半身の二つに。
そして床と触れ合っている頭部を砕くと、ようやく一体を倒すことに成功する。
「術師が直々に調整した特別な戦力。一体だけでも、失われるのは痛いはずだ」
「ちぃっ!」
今までは高みの見物をしていた死霊術師の男性だったが、盛大に舌打ちをすると、魔法を放ってくるようになる。
それは球状の黒い塊。
「まずいわ! あれに触れないように!」
魔術師としての経験から、セラは叫ぶ。
相殺しようと魔力の塊を放ってぶつけてみるも、少し威力を弱めるぐらいしかできない。
「とは言ってもね……」
リリィはぼやく。
相手は頑丈で、自分たちより数が多い。
国王は再び防戦一方に。
セラは骸骨同士をぶつけようとするも、尻尾で捕まえる機会が来ないため傷が増えていく。
これはまずいと考えて剣で斬りつけるも、リリィは子どもなため一撃の重さが足りない。
「ちょっと食い込むくらいが限界。それに……」
相手は素手と武器を持った者に分かれている。
反撃が来るので、ずっと攻撃ばかりしているわけにもいかない。
「セラ、出し惜しみせず全部使ったら? 残ってるスクロールとか」
「あのねえ、あのおっさんを倒しても新手が出てくるかもしれないのよ?」
黒いローブを纏う、死霊術師の男性。
彼は自分以外にも死霊術師がいると口にした。
今、目の前の戦いに全力を尽くしたあと、さらなる敵との戦いが起きれば、非常に危うい。
「だったら……」
リリィは動き回りながら戦うが、その目はあちこちに向いていた。
戦闘よりも探索を重視している。
その目的は一つ。
周囲のどこかにあるだろうダンジョンのコア。
「はぁっ!」
怪しまれてはいけないため、定期的に攻撃を行う。声を出しつつ。
そのうち周囲の確認は済む。
今いるのはやや広めな部屋。
その奥に、通路と小部屋らしき空間がある。
おそらく、小部屋の方にコアはあるのだろうが、そこには死霊術師の男性が立ち塞がっている。
「脱出用のスクロールはある。あとは……」
リリィと国王は、ダンジョンから脱出できる魔法のスクロールを一枚ずつ持っている。
つまり、バラバラに行動しても多少はどうにかなる。
無茶ができるわけだ。
オーウェンから送られたアクセサリーにより、身体能力は上がったため、普段よりも素早く動ける。
「王様、セラ、二人は集まって!」
「何をするつもりだ?」
「そう……そういうこと。あとは任せるわ」
さすがに一緒にいた時間が長いからか、国王は首をかしげるがセラはすぐに理解した。
目立つように魔法を放ち、注意を自分に向けさせる。
「死霊術師ってのも、意外と大したことないわねぇ」
「安い挑発だな。ラミアの女という薄汚い存在に比べれば、些細な雑音でしかない」
あからさまに種族そのものを見下している言葉に、セラは苛立った表情を浮かべると、辺りに散らばる骸骨の破片を手で拾い、投げつけた。
「死者を好き勝手に扱う誰かさんよりは、綺麗に生きてるけれど?」
「ふん。人喰いの化物より、死者を操る者の方がマシと語る者もいる」
「種族間の戦争が終わって長い月日が経ってるわ。それこそ、私が町中をうろついても問題ないくらいには」
言い争いは過熱していく。
政策的な部分にも踏み込みそうな二人に、話を聞いていた国王は何か言いたそうにしていたが、骸骨との戦闘で忙しいので話す暇がない。
そしてそれは、この場にいる者にとってリリィに対する注意が薄れることに繋がる。
「……相手は、セラとの言い争いで熱くなってる。王様は、まあいいか」
リリィは目立たないよう、骸骨との戦闘を続けていたが、少しずつ奥の小部屋に繋がる通路へ近づいていき、やがて戦闘を放棄して走り始める。
「むっ!? 行かせん!」
「これ、くらい……!」
球状の黒い塊が放たれるも、地面を転がるように回避してしまうと、奥の小部屋に入り込む。
そこには台座と、宝石のようなコアがあった。
リリィがコアを手に入れ、台座から離れると、王都アールムにおけるダンジョンは大きく揺れ始める。
ゴゴゴゴ……!
「よし!」
「小娘め。それが狙いか!」
あとは脱出するだけなのだが、これが意外と難しい。
死霊術師の男性は直接仕留めに来たのか、セラと同じように魔力の塊を放つ。ただし、連続で。
そのせいで魔法のスクロールを使う余裕がない。
「逃がさん!」
「うっ、攻撃が多い……」
幸い、小部屋の方には死霊術師の男性だけ来ていて骸骨は来ていない。
おかげでギリギリ回避できているが、それも長くは続かない。主に疲労の問題から。
全力で回避するのは疲れるのだ。
「これで……!」
「正面からの攻撃が届くとでも思ったか」
ならば攻撃に転じてみるも、杖により防がれてしまう。
打つ手のないまま必死に逃げ回るリリィだが、少しすると国王やセラがやって来る。
死霊術師からの攻撃を受けずに済むことで、なんとか倒す余裕が生まれたのだ。
それでも、いくらか無茶をしたせいか二人とも大きな怪我をしていた。
「形勢逆転、だね」
「ちぃっ!」
「今度こそ、逃がさん」
国王が斬りかかり、杖ごと相手を一閃すると、リリィはすぐに道具袋を狙う。
ベルト辺りを斬って、そのまま奪い取った。
ドサッ
死霊術師の男性は、逃げ出せないように手足を斬られ、床に押さえつけられ、散々な有り様となる。
「ぐっ……ぬぅ……」
「安心して。殺しはしないわ。色々と話を聞きたいもの」
「ああ。そうだとも。ダンジョンが完全に崩壊するまで時間がある。じっくりと、お話をしようじゃあないか」
大人二人が威圧的に脅している中、リリィは奪い取った道具袋の中身を確認していく。
まずは羊皮紙が数枚。
これは魔法のスクロールであり、回復や解毒、姿を透明にする魔法が仕込まれている代物。
さらに金貨や銀貨も少々。
「これは、もらっとこ」
食料や道具としてのナイフもあったが、そちらはそのままにする。
漁っているうちに、厄介な代物を見つけてしまったために。
それは血のついた骨の指輪と、不気味な仮面。
小さな骸骨の指を削って作られた指輪は、気味が悪いがまだ理解できる代物。
しかし、仮面の方は、木製ながらもまるで人の顔を剥ぎ取って加工したかのような質感をしており、内側には紋様が刻まれている。
「こ、これって……」
「たまげたな。呪いに使うようなものに見えるが」
「ま、その辺も含めて、聞きましょう」
リリィは思わず息を呑む。
国王とセラは少し表情を変えるが、大人として色々経験してきたからか、そこまで驚いてはいない。
ありふれたもの以外に、恐ろしい代物が混じっている。
袋の中身は、死霊術師の男性がどれほど危険な存在かを物語っていた。




