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72話 死霊術師の襲撃

 城壁が一部とはいえ崩れた。

 それは王都に暮らす人々にとって驚くべき出来事。

 各地で混乱が起こり、その混乱に乗じて盗みなどを行う悪党も活発化。

 その騒がしさは、ラウリート商会に避難しているレーアたちにもすぐわかるほどだった。


 「まずいですね……暴徒になった人々がここに押しかけるかも」

 「レーアお嬢様でも打つ手なしか」


 もはや取引どころではないため、商会の建物は一時的に閉鎖され、一階部分ではバリケードの設置が行われている。

 レーアはサレナと共に、二階の窓からやや壊れた城壁を眺めていた。


 「サレナ、どこの誰が王都を襲ったと思いますか?」

 「あたしにわかるわけないだろ。ただ一つ言えるのは……」


 都市を守る城壁とはいえ、王都アールムのそれは長い平和が続いたことで実用性は薄れていた。

 そもそも、王都が包囲される状況になった時点で終わりなため、陸よりも海の守りに予算が割かれている。


 「地下からモンスターが出てきた時よりも大きな騒動になる」

 「あの時は、影響を受けない区画もありました。しかし、襲撃を受けて包囲されたとなると……」


 これは王都全域が影響を受ける出来事。

 誰も無視することはできない。


 「リリィは大丈夫なのでしょうか」

 「大丈夫。どんな状況だろうと生き残るよ。あたしはリリィが……お姉ちゃんがいなかったら生きていなかったから」


 サレナは過去を思い返しつつ、どこか柔らかな表情となっていた。

 だが、それも長くは続かない。

 城壁の上にいる兵士たちが逃げ始めると、代わりになんらかの存在が現れ、制圧し始めたからだ。

 レーアはハーピーとしての視力により、新しく現れた存在を見た。


 「あれは動く骸骨、に見えます」

 「骸骨? いったい何が起きて……」


 自分たちではわからない。

 なら知っていそうな者に聞けばいい。

 二人は一階に降りると、王都における商会の代表者に会う。


 「ヴァースの町に転移し、避難されますか? 既に準備をしています」

 「いえ、お母様と会うのはまたの機会に。今は、城壁を制圧しつつある骸骨について知りたい」

 「それはおそらく死霊術師が関係しているかと」

 「……なんのために?」

 「恨みがあるから襲った、お金で雇われた、大まかにはこんなところでしょう」


 予想が語られるも、理由はそこまで重要ではない。

 大量の骸骨を動かせる強力な死霊術師が、王都内部に攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。

 どう対応するべきか。

 これこそが最も重要な話題だった。


 「冒険者に任せる……のはあまり期待できません。お金を持っているところが、用心棒代わりに冒険者を雇うので」

 「ラウリート商会では、用心棒にしてくれと言ってくる冒険者は来なかったのですか」


 レーアの質問を受けて代表者の首は横に振られる。


 「来ましたとも。しかし、実力が不確かで信用のない冒険者を雇ったところで、無駄金にしかなりません。用心棒が泥棒になるのは、よくあることですから」

 「……そうなると、わたくしたちはここで籠城ということに」

 「万が一、骸骨に王都が制圧されそうになってもレーアお嬢様はヴァースの町に行けるからどうにでもなる。あたしは、ギルドにでも避難するさ」


 励ますようにサレナは言うと、激しく動くことに備えてベルトや靴などを確認していく。

 慌ただしい商会の内部だが、来客があった。


 「おーい、誰かいるか? 入れてほしい!」

 「この声は……」

 「団長!? どうしてここに」

 「とりあえず迎え入れましょう」


 ヴァースの町における自警団の団長オーウェン。

 彼はかなりの実力を持つ冒険者であり、信頼できる人物でもある。

 ラウリート商会との関係も深く、すぐさまバリケードの一部が解除されて道ができる。


 「ここはまだ無事なようで安心した。城壁に近いところは凄いぞ? 王都の中心部に避難する人々で混乱が起きてる」


 入ってきたオーウェンはそう言うと肩をすくめた。


 「それで、団長の目的は?」

 「リリィのところではなく、わたくしたちのところに来た。その理由を教えてほしいものですけど」


 サレナはやや鋭い視線を向け、黒いウサギの耳がピクピクと小刻みに動かす。

 レーアは何度か足の鉤爪で床を叩くと、腕を組む。


 「あいつは、国王と組むことができた。それなら俺がいなくても大丈夫だろうと判断した。まずは、うちの団員たるサレナと、エリシア殿の愛娘であるレーアお嬢様の安全確認。で、その次は安全確保なわけだ」


 話しながら、オーウェンは二階に移動する。

 到着するのは窓のある通路。

 そこから、やや壊れた城壁を眺めた。

 既に城壁の一部と門は制圧され、そこから骸骨が迫りつつあった。

 幸いにも、骸骨の集団は民家を襲ったりしないが、それは移動速度が低下しないことを意味しているので、むしろ厄介といえる。


 「王国軍は後手に回ってる。このまま大通りを進まれると、リリィの安全にも関わる」

 「団長、あたしも手伝います」

 「ラウリート商会からは、物資の提供を行います。国に恩を売る良い機会ですから」

 「ああ、助かる。人手は多い方がいい。物資もあるばあるだけ骸骨対策ができる。しかし、レーアお嬢様のやり方は……エリシア殿が直接会って褒めてくる可能性が高いと思うが」


 その瞬間、レーアは固まる。

 成功という結果に終われば、娘を溺愛している母親は褒めてくるだろう。

 しかし、どのくらい褒めてくるのか?

 言葉だけ? あるいは、肌が触れ合うほどのスキンシップが待っている?

 あまり自分の望まない未来が思い浮かぶのか、レーアの表情は暗くなる。


 「うぅ……」

 「まあ、死ぬよりはいいだろ。お金持ちで美人な母親の愛がきついとしても」

 「愛してくれる親がいるのはいいことだ。……子どもを捨てる親よりは」

 「そう言われては、返す言葉がないのですが」


 孤児だったサレナの言葉を受け、レーアはやれやれとばかりに頭を振る。

 その後、商会から物資を提供されたオーウェンは、万全な状態でサレナと共に大通りに立つ。


 「意外と、人は少ないですね」

 「建物の中に入ればひとまず安全なのが広まってるからな。まあ、俺たちみたいに抵抗する奴には攻撃してくるんだが」


 視界の先では、逃げる途中で転んだ人が骸骨に踏みつけられている。

 だが、死んだりはせずに近くの路地や建物の中に逃げ込むことができていた。


 「見えたか?」

 「はい。軽いおかげで、転んで逃げ遅れても死ぬことはないようです」

 「骨だけでスカスカだからな。つまり、相手がそういう存在であることを念頭に置いて、剣を振るえ」

 「わかりました、団長」


 一定の速度で進み続ける骸骨の集団。

 ほとんどは素手だが、一部には武装した個体もいる。

 まずはオーウェンが仕掛けた。

 一気に駆け寄ると、大剣を力強く振るう。

 それだけで数体まとめて吹き飛ぶが、攻撃は止まらない。

 一振りごとに散らばる骨は増えていき、たった一人でありながら、大通りでの足止めを成功させていた。


 「あれだけの相手を一人で……」


 感心するサレナだったが、他の道から抜けてきた骸骨を発見すると、数が増えないうちに斬りかかる。


 「はぁっ!」


 まずは手足を破壊するために一閃。

 そして地面に倒れたところで頭部を破壊。

 これにより一体を倒すが、骸骨は次々と現れる。


 「いったいどれだけいるんだ。どこかで打ち止めになるはずだが……それにしても、この数は」


 顔をしかめるサレナだったが、戦ううちに他の冒険者がやって来て手助けしてくれるようになるため、少しずつ状況は楽になっていく。


 「黒ウサギのお嬢ちゃん、やるな」

 「相手はスカスカな骸骨なので」

 「ま、それでもさ。大人が子どもに負けてはいられねえよ」


 ひとまず、ラウリート商会やギルドのある方面は比較的安全となる。

 長い戦いの途中、他の冒険者にその場を任せ、後方にて休憩するサレナだが、その赤い目は王都中心部にある巨大な城に向いていた。


 「リリィ、こっちは大丈夫だ。あとはそっちが無事なら……」


 見ている間にも、城では戦闘によるものか崩壊が進んでいた。

 火災のせいか新しい煙も出ている。

 不安そうにするサレナは、手を強く握りしめながら、リリィの無事を願っていた。

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