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71話 占い師を自称する仲間

 二日後の夕方、迫る戦いに備えてロジーヌの部屋で準備を進めていたリリィは、ソフィアを相手に模擬戦をしていた。

 より正確には、護衛としての立ち回りを学んでいる。


 「次は、相手が複数の方向から仕掛けてきた場合の対処を」

 「げ、なかなかきついのが」


 魔力を込めれば、ある程度自由に動かせる人形。そんな魔導具を複数同時にソフィアは使い、襲撃者を演じる。

 対するリリィは、ロジーヌを守る護衛として対抗するも、攻める側と守る側という違いにより苦戦を強いられていた。


 「片方を倒しても、もう片方を通しては意味がありません。死を覚悟して突っ込む者がいれば、王女の命は失われます」

 「うーん、ここはいっそ、ロジーヌに盾を構えてもらうというのは」

 「自分の命がかかっているので、その提案は受け入れます」

 「……ないよりは、あった方がいいとはいえ、幼すぎる身ではほとんどの盾を扱えないでしょう」


 リリィは十五歳。まだ子どもとはいえ、戦力として見ることができる。

 ロジーヌは十歳。体が全然出来上がっておらず、盾という重い代物を構え続けるだけでもきついものがある。

 ソフィアは他に良さげな方法がないか考えるも、扉をノックする音に思考は中断された。


 「はい。どうしましたか?」

 「王女殿下にお会いしたいという人物が。レイル伯爵からの紹介状を持っておりまして……」

 「この時期に、伯爵からの紹介状? 怪しいですが、名前と種族は?」

 「名前はラセ・モルニヤ。種族はラミアです。紫の髪と目が特徴的といえば特徴的でしょうか。なにぶん、有能な占い師であるとか」

 「……ひとまず、その占い師には私の権限でお帰りになってもらうとして」

 「待って」


 ソフィアと兵士の会話を聞いていたリリィは、横から割り込む。

 紫の髪と目をしたラミアの女性に心当たりがあるからだ。


 「ラセという人に、白ウサギに心当たりはあるか聞いて。多分、わかりやすい反応があるはず。その時は連れてきてほしい」

 「わかりました。試してみます」


 兵士は去ったが、少しすると再び扉がノックされる。

 開けると、兵士のすぐ後ろにラミアの女性が存在した。

 それはリリィにとって非常に見覚えのある人物。

 彼女が部屋に入り、兵士が去ったあと、鋭い視線が突き刺さる。

 穴が空くのではないかというほど見つめたあと、ラミアの女性は口を開く。


 「リリィ、むかつくから締め上げていい?」

 「ダメ。というか、偽名使ってまでセラが王女様に会いに来るとか驚いたよ」


 セラはラミアとしてのヘビな下半身を動かし、リリィを叩こうとするも、回避されるので当たらない。


 「本当は、もうちょっと貴族の間で地道にコツコツやろうとしたのよ。でも、どうにもキナ臭い状況だから」


 盛大なため息のあと、ソフィアやロジーヌに対して本名を名乗り、リリィのパーティーメンバーの一人であることも明かすセラだった。

 中途半端に自己紹介するより、関係性をすべて知らせた方がいいと考えたからだ。


 「それで、セラが地道にやろうとしてたことって?」

 「貴族の間で有名な占い師となって、常に貴族の近くにいることで、私の命が狙われるのを防ごうとした」

 「占い師ねえ? インチキな方だったりしない?」

 「的確に痛めつけたくなること言うのやめてくれない?」


 ヘビの尻尾が、リリィを捕まえようとウネウネ動いているが、王女の前ということもあって、セラはなんとか白ウサギを捕まえることを自制している。


 「まあ、インチキっちゃインチキだけど。相手が納得できることや、内心望んでることを言ってあげればいいだけだし」

 「うわ、詐欺師だ詐欺師」

 「あーこのクソガキむかつく。やっぱ締め上げるわ」


 王女の部屋は広いため、ウサギとヘビの追いかけっこが始まる。

 だが、それは十秒もしないうちに止まった。

 やれやれといった様子でソフィアが手を叩いたからだ。


 「まったく……おふざけは、すべて終わってからにしてください。近いうちに大規模な戦いが起きるので。……セラ・グローム。あなたが王女殿下に近づいたのは、戦いに加わるためであると考えても?」

 「半分ほど正しいわ。王女という偉い人物と一緒にいれば、その辺をうろちょろするよりは、命を狙われないだろうし。まあ、そもそも近づこうと思ったのは、腹立つことを定期的に口走るこの白ウサギの存在もある。知り合いがいるって、大事でしょ?」

 「……細かいことは問いません。今、求めているのは信用できる戦力」


 リリィのパーティーメンバーということで、ある程度信用できる。

 ただ、実力はどうなのか。

 ソフィアはそれを知りたがっており、セラは笑みを浮かべると辺りを見回した。


 「杖とかあるかしら。魔術師として、そこそこやれる自信はあるわ。それに多少の近接戦闘も」


 今のセラは、丸腰といっていい状況。

 杖や三角帽子はしておらず、怪しげな雰囲気を出すためにフードの付いたローブを纏い、口元を隠すようなベール状の半透明なマスクをしている。

 ついでに水晶玉を持っているが、これは格安で買った模造品とのこと。


 「私の予備として揃えたものがあります」


 王女の部屋は広いため、隅の方には武器や防具が集められていた。食料や水もある。

 これらは籠城することになった場合に備え、ロジーヌからの許可を得てソフィアが準備した。

 その中から、金属製の頑丈そうな杖がセラに渡される。


 「仕掛ける相手は、そこの人形でいい?」

 「ええ、どうぞ」


 リリィが訓練相手として利用していた人形に対し、セラは魔力の塊をいくつか放つ。

 拳くらいの大きさをしたそれは、頭、心臓、股間といった急所へ的確に命中した。

 さらに、一つだけ外れたものがあるが、これは途中で引き返すと、後頭部に命中する。


 「使える魔法は初歩的なものだけ。けれど、上手く操作できる」

 「悪くはないです。しかし……」


 ソフィアは水の塊を放った。

 それは途中で二つに別れると、セラを挟むような軌道を描くが、どれも命中することはなかった。

 まず杖に叩き消されるのが一つ。

 もう一つは、前に進みながら身体を捻ることで回避し、ヘビの尻尾が術者たるソフィアに巻きつくと自然に消滅する。


 「魔法を使わない戦いにも慣れてるのよ、こっちは。ダンジョンの中で舐めてかかる冒険者から襲われたりもするし。当然、返り討ちにしたけども」

 「なるほど。魔法は使えるが、それに頼りきることはない。なかなか心強い戦力です。では、国王陛下に伝えるので、ここで待っていてください。念のため、私が戻るまで扉を開けたりしないように」


 兵士を通じて知らせるわけにはいかないということで、ソフィア自身が連絡係として移動する。

 どこに敵となる者が潜んでいるかわからない。

 それゆえの対策だが、待つ側としては退屈な時間となる。


 「セラ、といいましたか。リリィの仲間としてはどれくらいの付き合いが?」

 「初めて会ってから一ヶ月くらいです」


 暇そうにしている王女からの質問ということで、セラはなんともいえない表情で答えていく。


 「会ったのはどこで?」

 「ダンジョンの中で。初対面なのに、まあまあ生意気なこと言ってくるのが」


 セラが途中で睨むような視線を送るも、リリィは顔を逸らして無視した。


 「どうしてパーティーメンバーに?」

 「成り行きで」

 「では、あなたはリリィのことをどう思っているのか」

 「……そういうことを答える必要性はないように思えますが?」

 「知りたいからです」


 再びセラの睨むような視線が送られるも、リリィは再び無視した。

 これにわずかな怒りが湧いたのか、セラは移動し始めるが、その時、辺りがわずかに揺れるので立ち止まる。

 その後、外が騒がしくなっているので全員が窓に集まり外を見た。


 「なんだか、城壁が崩れてるように見えるんだけど」

 「奇遇ね。私にもそう見える」

 「もしかすると、既に陽動が……」


 ロジーヌが呟いたあと、扉の方が騒がしくなり、扉が何度もノックされる。

 リリィとセラは武器を持って警戒しつつ扉に近づき、何があったのか尋ねる。


 「至急、扉をお開けください!」

 「何があったの?」

 「わかりません。王都への襲撃がありました。そのせいで城壁の一部が崩れ、被害は拡大しつつあります」

 「開けることはできない」

 「ソフィア殿から許可は得ています。どうか」


 リリィとセラは顔を見合わせると、小声で話す。


 「あの教祖様は、自分が戻るまで開けるなと言っていたけど」

 「その通りにしよう」


 リリィは開けることはできないと扉越しに伝える。

 すると、わずかな沈黙のあと扉に対して何かが叩きつけられるような音が響いた。

 おそらく破壊しようとしているのだ。


 「はい、大当たり。敵さんも動きが早いわねえ」

 「言ってる場合じゃないと思うけど。むしろ大外れでしょ」


 王都への陽動、そして王女への襲撃。この分だと国王への襲撃も同時に起きているはず。

 予定より少し早いものの、来るべき時が来た。

 それは厄介な戦いを告げるものでもあった。

 どのような結果に終わろうとも、王国の運命は大きく変わることになる。

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