表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/121

68話 意外な人気

 サレナについていく形で、王都の南側にある市場に向かうリリィたち。

 そこは広い空間となっており、大勢の人々で賑わっている。


 「うわ、こんなに広いとか」

 「基本的には普通の行商人ばかり。ただ、一部の者はこっそりと怪しげなものを取り扱っているようです」


 大量の商人に紛れる形で、こそこそと隠れるように取引をしている者がいるのを、レーアはハーピーとしての視力で見つけてみせた。

 兵士にでも通報すれば、怪しい者たちは退散するだろう。

 だが、それは一時的な解決でしかない。

 時間と共に戻ってくるため、根本的な解決にはならない。


 「それでサレナ、あの絵はどこで買ったわけ?」

 「こっちだ」


 大きな通りに近いところではなく、遠くの奥まったところに、目的とする店はあった。

 簡易的なテントを作り、片手に収まるくらいの小さい絵がたくさん並べられている。


 「あそこだ」

 「既に客がいるようです」

 「ちょっと離れたところで様子を見てみよう」


 三人は、近くの露天商を巡りながら観察をする。


 「店主さん、花の絵をお願いしたいんだけど。食事をする時に合うようなものを」


 一部のものには何も描かれていないが、これはお客の注文を受けて、その場で描く分として置いてあるようだ。

 店主らしき老人は、銀貨一枚というお金を受け取ると、数分ほどで緻密な花の絵を完成させた。


 「ほら、出来上がった」

 「ありがとう。また、機会があったら買いに来るわ」


 その店はあまり客が入らない。

 十分に一人か二人程度。

 絵を売る店としては儲かっている部類ではあるが、他の賑わっている店と比べると寂れており、どこか近寄りがたいものがある。

 新たなお客が去っていったのを見て、リリィたちはその店に向かう。


 「おや、これは珍しいお客さんたちだ」

 「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

 「なにかな」


 リリィはサレナから絵を奪い取ると、目の前に出す。


 「この絵の元になった人物を、どこかで見かけましたか?」

 「城の中で一度だけ。王女といるのを目にした。貴族から、家宝の剣を正確に描く仕事を受けていて、その途中で」

 「許可とかは貰ったんですか?」

 「王女と一緒にいる人物だ。声をかけるなど、とてもとても」


 つまり無許可で勝手に描いたということになる。

 その点を問い詰めると、店主は苦笑混じりに頭を振る。


 「やめろと言いたいのかね? しかし、王女の恋人の絵は、なかなか売れ行きが良い。一般人からは少ないが、貴族からの注文がそこそこあるのだよ」

 「…………」

 「こら、しゃんとしろ」


 自分の男装姿を描いた絵が、意外と人気があるという話を聞いて、リリィは少しばかり固まってしまう。

 ただ、サレナが拳で背中を軽く叩いてくるため、すぐに動きを取り戻す。


 「やめない場合、王女の恋人に知らせますけど」

 「ほお? 君は彼と知り合いなのかね? まあ、そこまで言われたらやめよう。まだ捕まりたくはない」


 リリィの男装した絵が集められ、袋の中にまとめられていく。

 あとは廃棄するだけだが、店主はリリィをちらりと見ると、そのあと絵が入っている袋を見る。


 「ただ捨てるのももったいない。君が買い取ってくれないか? 価格は普段の半額で」

 「…………」

 「わかったわかった。これ全部銀貨一枚、いや五枚でいいとも」

 「じゃあ、それで……」


 三十枚近い絵。

 それを買い取ると、絵描きの店主は少しばかりリリィを見つめる。

 頭の上から、足の先まで。


 「……なんですか?」

 「君のことを描いてもいいだろうか? ちょっといい考えが浮かんできた」

 「一応、聞くだけ聞きます。どういう考えから描くんですか?」

 「王女の恋人が女装した姿として、君を描こうと考えている。なに、売上の一部を渡すとも。どうだろう?」

 「ダメです」

 「ふーむ、ならば致し方ない」


 さすがに諦めたのか、店主は軽いため息と共にお客を待ち続ける。

 ひとまず目的を達したため、その場を離れるリリィたちだが、帰る途中にレーアが呟く。


 「よくよく考えると、商売としてはいいかもしれません」

 「わたしは嫌なんだけど」

 「でも、働かずに借金が返済できるとしたら?」

 「それは……」


 残る借金は金貨三千枚。

 一ヶ月ほど前には一万枚もあったことを思えば、かなり順調に返済できている。

 ここに、働かずに入ってくる収入があればどうなるか?

 リリィはかなり悩む。

 王女の恋人という時の人。

 その絵が貴族に意外と人気が出ているということは、大きく稼ぐ機会でもある。

 ラウリート商会に任せれば、かなりの利益を出せるだろう。


 「むむむむ……」

 「とりあえず、安く買い取った袋の中の絵。これをわたくしに預けてくれませんか? 大金に変えてみせます」

 「まあ、それくらいなら」


 三十枚ほどの絵。

 これだけなら、売りさばかれてもそこまで広まることはない。

 さすがに百枚ともなれば、リリィとしても断るつもりだったが。

 手のひらに収まるくらいの絵が、レーアの手にかかれば、果たしてどれくらいのお金になるのか。

 そこは割と気になるので、渋々とはいえ頷いた。


 「ふふふふ、お母様から独り立ちするための第一歩です」


 レーアは満足そうに袋を抱えながら、リリィとサレナの前を歩く。

 リリィは複雑な表情を浮かべながらも、やや期待する気持ちがあるのを否定できなかった。

 自分の顔が知られていくことには少し抵抗がある。

 だが、それ以上に苦労せずお金が入ることへの誘惑もある。

 そうして歩いていると、不意にサレナが立ち止まった。


 「どうしたの?」

 「リリィ、レーア。ちょっと向こうを見てみろ」


 サレナが視線を向けた先には、一人の男性がいた。

 痩せぎすの身体に古びたローブをまとい、うつむきながら市場を歩いている。

 なにやら木箱を大事そうに抱えており、そのせいで姿勢が悪いようだ。


 「んん……?」


 特に目立つ人物ではない。ただの行商人か、あるいは旅の学者にも見える。

 だが、サレナは真剣な表情のまま、低く告げる。


 「あの男、見たことがある。城で、あたしとリリィが崩落に巻き込まれた際、一緒に落ちていた冒険者の中にいた」

 「よく覚えてるね」

 「少し耳をすませてみろ」


 サレナが黒いウサギの耳に手をやりながらそう言うので、リリィは自分の白いウサギの耳に意識を集中させる。

 すると、痩せぎすな男性の持つ箱から声らしきものがかすかに聞こえてくる。苦しみに満ちた声だ。

 ただ通り過ぎるだけなら、周囲のざわめきに埋もれて聞こえない。


 「何か変な声がすると思ったら、あの時落ちていた冒険者の一人が抱える謎の箱から聞こえてくるときた。だから、気づけた」

 「これは、気になりますね……」


 レーアは目を細める。ハーピーとしての視力で、木箱の中身を見ようとしたのだ。

 しかし、完全に閉じられているのでわからない。

 男性は周囲を警戒しながら、特定の露天商のもとへ向かっていく。

 リリィたちはこっそりとあとを追い、少し離れた場所から様子を見る。


 「例の物を手に入れた。これで国王に対し……」

 「迂闊な言葉は避けろ。こちらは手が離せない。ついでにこれをあの方へ届けてくれ」


 男性は露天商の店主と、小声で何かを話している。

 すると、店主は足元に隠していた袋を取り出すと手渡した。

 男性はその中身をちらりと確認すると、銀貨を数枚渡し、そのまま立ち去っていく。


 「今、国王とか言ってたけど。なんか怪しい」

 「ちょっと追ってみるか」

 「面倒事に首を突っ込むことにならないといいのですが……まあ今更ですか」


 リリィたちは人混みに紛れながら、あとを追った。

 男性は慎重に周囲を確認しながら、やがて市場を抜け、路地裏へと入っていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ