67話 空いた時間
到着した時、辺り一面は血に染まっていた。
敵味方双方の死体が転がり、激しい戦いが起きていたことがわかる。
まだ明るい昼であるため、なんとも毒々しい光景が日光に照らされる。
生きている者のうち、血で赤くなっている剣を持った大柄な人物が、リリィたちを見て笑みを浮かべた。
「娘を助けてくれたのは君たちか。お礼がしたいので、馬車で話をしようではないか」
「陛下。それはいささか危険なのでは……」
「水色の髪をした女性は、娘の護衛として雇っている人物だ。白い髪の少女は知らないが、何かあれば返り討ちにできる。異論は?」
「あ、ありません」
所々に傷がついている馬車の中に、国王やリリィたちは乗り込む。
扉が閉まると、外の騒がしさはだいぶ聞こえなくなる。
防音がしっかりしており、秘密の話し合いをするにはちょうどいい。
「さて、誘拐犯はどのような者だった?」
ここには秘密を知っている者しかいない。
なので国王は先程までの知らないふりを解いて質問をしてくる。
「間に何人も挟む形で依頼を受けたみたいです」
「尋問の途中、逃げられてしまったので生け捕りにはできませんでした。申し訳ありません」
リリィとソフィアがそう言うと、国王は少し考え込む様子を見せながら軽く頷いた。
「そうか。こちらでも、生け捕りにした者から同じことを聞いた。どうやら大規模な動きがあるようだ」
「……大丈夫なんですか?」
「あまり大丈夫ではないな。場合によっては王都が戦場になる。その場合、君たちにはロジーヌを連れてダンジョンに避難してもらうが」
「わたしはどっちの姿で?」
「状況による」
さすがに王都が戦場になる可能性は低いと話す国王だが、それを心の底から信じられるほどリリィは楽観的ではない。
短い間とはいえ、王都に起きた出来事の数々は警戒に値するものばかり。
前王は魔族と組んでおり、どう動くのか読めない。
とはいえ、できることはあまりない。
残りの期間、王女の恋人という役割を上手く演じることくらい。
「報酬については、後日渡そう。ひとまず今日は仲間のもとに帰るといい。今の君が貴族の間で有名になり、顔を覚えられては困る。白いウサギの獣人となると、なかなかに目立つのでな」
「わかりました」
「ソフィアは、ロジーヌの護衛としてそばに」
「はい」
リリィは馬車から降りると、レーアたちがいるだろうラウリート商会の建物へ向かう。
大量の野次馬の中に紛れてしまえば、冒険者には様々な種族がいることもあって、あまり目立たなくなる。
久々の再会に、わくわくしながら戻るリリィだったが、返ってくるのはやや冷たい視線。
「遅かったですね。お帰りなさい」
「貴族の中に混ざっての生活はどうだった?」
「な、なんか厳しくない? あとセラは?」
「かつて所属していた黒い刃という組織からの襲撃があったようなので、一時的に姿を消しました」
セラと一緒にダンジョンに潜っていたレーアがそう言うと、リリィは仕方なさそうに頷く。
「セラはだいぶ謎な部分があるよね」
「あ、ちなみに、表に出まくって簡単に殺せないようにするとかなんとか。王都にいればそのうちわかるとも言っていました」
「……何するつもりなんだろ」
「さあ? その時になるのを待つしかありません」
今ここにいない者のことはどうしようもない。連絡が取れるならまだしも、どこで何をしているのか一切不明。
リリィはセラのことを頭の中から追い出すと、レーアとサレナを見る。
「なんですか? 気になることでも?」
「そんなにじろじろ見ても、何もないぞ」
「わたしがいない間、どうしてた?」
それはちょっとした質問。
そこそこの期間離れていたため、パーティーメンバーがどうしていたのか気になるわけだ。
これにはまずレーアが答える。
「わたくしは、セラと一緒にギルドで依頼を受け、冒険者ランクを上げようと地道に頑張っていました。ダンジョンの中で襲撃を受けたため、ランク上げは一時中断となりましたが」
ため息と共に、翼となっているハーピーとしての腕がぶらぶらと揺らされる。
「お母様に頼んで、使った魔法のスクロールを補充してもらわないといけません」
「それは……頑張って」
「……添い寝だけで済めばいいのですが」
自分を溺愛している母親相手に、お願いをするという行為。
レーアが待ち受けるだろう苦難を想像し、リリィはしんみりとした表情で祈る。
そのあと、サレナの方を見た。
「む、あたしは王都を観光してた」
「地下からモンスターが出てきて色々荒れてるけど」
「ここはヴァースの町より何倍も広い。無事なところを巡っていた」
王都に被害が出ようとも、それは全体から見るとわずかな範囲。
のんびり楽しめるところはいくらでもある。
一応、表向きには異変は解決しているため、無事なところでは大した混乱は起きていない。
「どういうところを巡ってた?」
「まずは、大通りに面してる武器や防具関係の店を。品揃えは豊富だが、質はそれほど差がなかった」
「ふむふむ、それでそれで?」
「次は大きな市場に行った。なにやら怪しげなものを売ってる者がそこそこいた」
「田舎から都会に来たばかりの人をカモにする、ってところかな」
「ああ」
リリィとサレナ、二人は孤児として生きてきた経験から、悪どい商売のやり口についても理解している。
他所の地域から来た行商人が、これまた他所の地域から来た冒険者を食い物にする。
そういうのを目にしてきたことがあるのだ。
ラウリート商会のお嬢様であるレーアとの付き合いも影響している。
「そして、その市場ではこんなものを見つけた」
サレナはそう言うと一枚の肖像画を取り出した。
片手に収まるくらいの小さい代物だが、かなり綿密に描かれている。
その中に存在するのは、白いウサギの耳と尻尾を生やした貴族の少年が立っている場面。
伸びている白い髪を一つに束ね、青い目はどこか遠くを見ている。
どこか幻想的に描かれている絵だが、中の人物を見たリリィとレーアは目を大きく見開いた。
「げっ……こ、これって……」
「もしかしてリリィ、なのですか?」
「“憂いに満ちた様子でいる王女殿下の恋人”という題名でこれが売っていた」
いつの間にそんなものが売られているのか。
リリィの疑問に満ちた視線に、サレナは自らの黒い髪をぽりぽりと掻いたあと頭を横に振る。
「魔導具を使っているとは思う。小さい絵ながらも、ここまで綿密に描かれているのを見る限り」
「サレナ、もっと見せてください」
レーアは肖像画を受け取ると、何か仕込まれてないか裏や側面を確かめていく。
だが、何も見つからないためサレナに返した。
「それにしても……これは男装したリリィが描かれているわけですね。似合っていますよ」
「絵とはいえ、じろじろ見るのやめてほしいんだけど」
「ちなみに、他にも色んな種類のがある。座っていたり、寝転んでいたりとか」
「……サレナはなんで、わたしのそういう絵を買ったわけ?」
その瞬間、口数の多かったサレナは黙り込む。
どこか気まずそうにしているのを見ると、なんとなく買ったわけではなさそうだ。
「なんとなく買った!」
「嘘だ。本当のこと言って」
「か、格好よかったから」
「……そう」
意外と素直な返答を受け、何か言おうとした口はすぐに閉じられる。
なんともいえない雰囲気となり、少し無言になるが、耐えかねたレーアが質問をする。
「とりあえず、その肖像画はどこで買いました?」
「王都の南側にある市場」
「なら、売っている者を突き止めて、わたしの男装した絵を売らせないようにしたい。レーア、商会の力を借りたいんだけど」
「構いませんが、まずは実際に会ってからですね。まだ外は明るいので」
せっかくの空いた時間、休息することに越したことはないが、勝手に自分の男装姿を売られているのはさすがに大問題。
三人でのパーティーになると、少し準備をしてから商会を出ていく。




