66話 王女を誘拐する者との戦い
城にいても貴族と会って話すことになるだけ。
それよりは公務に付き合わされているロジーヌを見ている方がマシということで、リリィは屋根の上から、王族の乗る馬車や周囲にいる護衛を見物していた。
「おー、豪勢だ」
「へっ、王様が平民の前に出るんだ。見栄を張らにゃいかんのよ。そこんとこ知っときな、ウサギのお嬢ちゃん」
屋根の上には他にも見物人がいたが、その中でも酒を飲んでいる男性に声をかけられる。
「ぞろぞろと揃いも揃って街中を練り歩く。ま、俺らのような貧乏人にとっては暇潰しになるからいいけどよ」
「なりますかね? そこまで面白みはない気が」
ただ移動しているだけ。
最初こそ驚きはあったが、すぐに見慣れてしまい飽きが来る。
リリィのどこか退屈そうな返答に対し、酒飲みの男性は苦笑しつつ、空になった酒のビンを近くに捨てた。
「これから面白くなるんだよ」
「それはどういう……」
ドン!
大きな爆発音が聞こえてきた。さらにいくらかの衝撃も。
国王やその護衛の方を見ると、爆発物が投げ込まれたのか、既に隊列はバラバラになってしまっている。
死者は出ていないが、どこからともなく現れた襲撃者との戦闘が始まり、混乱は一気に加速していく。
「とうとうあの王様は始めやがった」
「ええと、ちょっと説明を」
何がなんだかわからないリリィは問いかける。
「あの新しい王様だがよ、かなりの武闘派だ。自分を囮にしたんだろうさ」
「無茶苦茶過ぎる」
「王様なったばかりで、子どもは息子と娘のみ。しかも、娘の方は訳ありときた。これに加えて、少し前に地下からモンスターが大量に出てきた事件もある。王様を消せばアルヴァ王国を好きに動かせる者にとっちゃ、これ以上ない機会ってわけだ」
「そういうことがわかるってことは、まさか王様に消えてほしい側だったり?」
いつでも逃げられる用意をしながらリリィが尋ねると、酒飲みの男性は大きく笑う。
「がははは! 長く王都で暮らせば、嫌でもそういうことに詳しくなるってもんだ。貴族の争いも面白いが、やはり王様が狙われるのが一番面白い」
「あ、悪趣味……」
話を終えてから見物に集中すると、今のところ国王側が勝っているのが見えた。
少し目を凝らせば、国王自身が武器を振るって襲撃者を返り討ちにしているという有り様。
だが、襲撃者の方は大量の犠牲を出しながらもロジーヌを馬車から引きずり出し、連れ去ると共に退却していった。
「これはまずいですね」
いつの間にかリリィに追いついたソフィアは、隣でそう言うと、魔法を使って誘拐犯たちの逃走を遠くから妨害していく。
「剣ある?」
「市販品でよければ」
「ありがとう」
それを見たリリィは、剣を受け取ってから屋根の上を駆け出した。
普段使い慣れている剣は王女の私室に隠されているため、武器は安物で妥協する。
目指すは、今にも連れ去られようとしているロジーヌのところ。
「王様を殺すか、王女を連れ去る。誰がなんのために……」
貴族なら思い当たる者が出てくるのだろうが、平民であり王都で過ごした期間が短いリリィには答えが出てこない。
できるのは、ソフィアの援護を受けながら誘拐犯からロジーヌを取り返すことだけ。
屋根の上を走り、時には建物から建物の間を跳んでしまう。
そのまま逃げる者たちに追いつき、少し広い場所に出たのを見計らってから、屋根から飛び降りて奇襲する。
ガキン!
「ちぃっ! 邪魔が入るとは!!」
「防がれた……まあいいか」
この場にいるのは五人。
前衛が三人、後衛が二人。そのうち魔術師が一人と、弓使いが一人ずついる。
隊長格の人物への奇襲は防がれたため、リリィは狙いを後衛に切り替えた。
「くそ、素早いぞこいつ!」
まず魔術師を狙う。魔法は弓以上に厄介だからだ。
走る勢いを利用して胴体を斬りつけるが、これは杖で防がれる。
すかさず腕を斬るも、浅いのか少しだけ出血させるだけに留まる。
ヒュッ
矢が放たれるのでリリィは魔術師から離れると、次は弓使いを狙う。
次の矢をつがえようとしているため、とにかく弓へ斬りかかると、弓を破壊することに成功。
そのまま追撃をしようとするも、短剣を取り出して抵抗してくるため、一時的に距離を取る。
「ロジーヌは……まだいるか」
何か変な薬を嗅がされたのか、灰色ウサギな少女はぐったりとしたまま意識を失い、肩に乗せて運ばれている。
これにより五対一が、実質的に四対一になっているわけだが、どちらにせよ不利なことには変わりない。
「逃げない……となると」
四人に足止めをさせつつ、一人だけ逃げることはしない。それが一番確実だというのに。
どうしてなのか気になるリリィだったが、まずは目の前にいる相手を倒してからでないと、ゆっくり考える余裕はない。
少しして、他の道に繋がる通路に氷の槍が突き刺さるのを見た瞬間、リリィは剣を握り直す。
「援護します」
ウサギの耳に聞こえてくるのはソフィアの声。
ようやく追いついて、魔法による援護ができるようになった。
これでだいぶ楽になるわけだが、状況が変わったのを感じ取ったのか、誘拐犯たちは無言でそれぞれの顔を見ていくと、ロジーヌのところに集まり、武器を突きつけて人質にしてしまう。
「武器を捨てろ! 近づくと王女の命はないぞ!」
「ええと、死んだらごめん」
「ちっ、こいつ王女の命が惜しくないのか!」
リリィが走り出すのと同時に、水の球が誘拐犯たちの中心に発生すると、それは弾ける。
弾けた衝撃により、ロジーヌを含めた全員が辺りに散らばった。
「なに、あの魔法……? まあいいや」
ソフィアほどの実力ある魔術師なら、援護のために見慣れない魔法を使うこともあるだろうと自らを納得させたリリィは、一人一人の手を剣で突き刺していく。
殺さずに弱らせることを目的とした行動だが、五人ともすぐに立ち上がり、その場から逃げようとする。
しかし、リリィは最後尾にいる魔術師らしき者の足を浅く斬って転ばさせると、背中から踏みつけて武器を首筋に突きつける。
「仲間から見捨てられたね」
「くっ……」
「もし、色々教えてくれるなら、見逃してあげてもいいよ」
「な、なにを……!?」
相手の肌に剣を食い込ませる。
わずかに赤い粒が出てくるも、切れ味は悪いのでそこまでの傷にはならない。動かしたら、大きな傷になるだろうが。
「今なら誰も見てない。誰か来たら、引き渡さないといけない。王女を誘拐しようとした者が生け捕りになったら、どんな恐ろしいことが起こるんだろうね」
「…………」
「教えてよ。王様を襲って、さらに王女を誘拐しようとしたのはどうして?」
「君に教えた場合、王などに話さないという保証がない」
「言わないよ。どうせ、王様を襲った者のうち生け捕りにされた誰かが話すだろうし」
「…………」
「教えてよ」
少しずつ剣は食い込んでいき、血の粒は大きくなる。
数秒ほど無言の状態が続くが、相手は観念した様子で呟き始めた。
「我々は、命令を受けた。襲撃した者たちとは、指示する者が違う。誰が命令したかについては、間に何人も挟んでの命令なのでわからない」
「ふーん? 色々な人が王様を狙ってたというわけ?」
「ああ。あの王は、色々なところに敵を抱えてる。国外はもちろん、国内にいる貴族の中にも王を排除したいと考えている者はいる。それに、王の父も」
「それって代替わりする前の王様?」
「そうだ。言うべきことは言った。放してくれ」
興味深いことが聞けたため、リリィは剣を戻し、相手を解放した。
走り去る姿を軽く見送ったあと、ロジーヌのところに戻るとソフィアが介抱していた。
「なかなか危うい選択をしましたね」
「告げ口する?」
「いいえ。教団はそこまで王国に忠実ではないので。ただ、内容の共有をしてほしいとは考えています」
リリィはソフィアに対し、脅して聞き出したことを語る。
なぜか前王も、今の王を排除したがっているという部分についても話した。
「なるほど……。だから一気に敵を減らそうと今回のような無茶を」
「わたしたちはこのあとどうするべきだと思う?」
「王女を偶然助けた通行人でいきましょう。あなたが戦っている最中、私はたまたま目にして援護した」
「じゃあ、そういう感じで」
王女を助けようと大勢の兵士がやって来るのは、それから数分後のことだった。
二人は簡単な説明を行い、感謝と共に国王のところへ案内される。




