65話 興味を持つ貴族
リリィが王女の恋人という名の囮となってから一週間が過ぎた。
それだけの時間があれば、城中に白ウサギな少年の存在は広まり、王都にいる貴族の中でも知らない者の方が少なくなる。
「ふぁ~あ……」
「起きましたか」
王女の私室に近いところの部屋を用意されたリリィは、そこで寝泊まりしていたが、目を覚ますとソフィアがいたので首をかしげる。
「あれ? ロジーヌの護衛はしなくていいの?」
「彼女は、父親である国王のところです。王族として公務を部分的に経験させられるそうで。それゆえに、私という怪しい護衛の出番は一時的になくなりました」
「それでなんで、わたしのところに?」
「あなたに会いたがってる貴族がそこそこいます。そして国王は会うことを認めたため、私があなたを補佐することに。というわけで、まずは完璧な変装から」
少女であることを知られてはならない。非常に面倒なことになるのが確実だからだ。
少年としての変装に問題がないか、ソフィアからのお墨付きが出ると、その次は嘘の身分を暗記することに。
「今までは適当に誤魔化せました。しかし、貴族と間近で話し合うとなれば、ある程度しっかりした背景を用意しなくてはなりません」
リリィの目の前に、一枚の紙が置かれる。
国王が用意した嘘の身分に関する情報なようで、一字一句間違えないようソフィアから注意が行われる。
「ええと内容は……生まれは王都。行商人の親と共に各地を巡り、商人と冒険者、二つの経験を積む。そして即位式に合わせて王都に戻り、お金を積んで貴族との交流が行える王宮たる城に入る。その時、王女と出会い、様々な経緯を経て恋人に。商人である親は異変が起きたあと王都から離れて修復用の資材の確保に動いてる、と」
「各地を巡る途中で教団の教祖たる私と知り合いになった。それゆえに王女と話す機会が訪れた。そういう筋書きなのでお忘れなく」
「まあ、あと一週間か二週間ほど誤魔化せればいいし、なんとかなる。うん」
鏡を見ながら、割と別人になった自分の姿で様々なポーズを取ってみるリリィだが、さっさと外に出るよう怒られてしまう。
なお、一時的にとはいえ、王女の護衛という仕事がなくなったソフィアは、王女の恋人の護衛を国王から任されたと話し、リリィに同行する。
「このあとは、別室で朝食ですが……」
「会いたがってる貴族の人が、その時に来るわけだ」
「食事のマナーについては、今までのを見た限り心配はしませんが、話す内容には気をつけて。揉めるようなことがあれば、王都から逃げる必要が出てきます。それは嫌でしょう?」
「まあね。何か報酬を貰えるよう、交渉しておきたいし」
恋人役にならないと牢屋行きという国王からの脅しがあるとはいえ、リリィは意外と乗り気で恋人役を演じていた。
単純に良い生活を送れているのと、周囲の人々が自分のことを良い意味で噂していることに気分を良くしていたのである。
それに事実上の囮役をこなせば、なんらかの報酬が得られるだろうという打算的な考えもあった。
「しかしながら、普段より人がいないね」
「つまり貴族による人払いが済んでいるというわけです」
用意された食事は豪勢な限りだが、二人で食べている途中、部屋の扉が開くと見慣れない男性が入ってくる。
豊かな口ひげを蓄えており、どこか観察するような視線を向けてくる。
「お食事中、失礼してもよろしいかな? 既に開けているが」
「構いませんよ。もうすぐ食べ終えるので」
「それはよかった」
男性は向かい側に座ると、ソフィアをちらりと見たあとリリィを正面から見つめた。
何か探るような目だが、やがてウサギの耳へと視線は動く。
「ここは詳しい自己紹介をするべきなのだろうが、簡単なものでいいだろう。陛下に忠実な貴族と、怪しげな王女の恋人。この場における関係はこれだけでよいと思う」
「……それで、忠実な貴族殿はいったいどのような興味があって、わたしに会いに?」
「それはもう、君と話すこと以外あり得ない。王女殿下も困ったものだ。同じウサギの獣人とはいえ、素性の知れぬ者を選ぶのだから」
軽く笑いながら話す姿は、いったいどこまでが本気でどこまでが冗談なのか。
貴族の男性は、少し苦笑したあと話を続ける。
「まあ、君が何者なのかという部分は、そこまで重要ではない。結局のところ、灰色ウサギな王女殿下は、国王陛下の派手な火遊びのせいで生まれたこともあり、王位の継承には影響がないのだ」
「ロジーヌ王女の兄こそが、忠実な貴族殿にとってはより重要であると」
「ああ。君が王女殿下とお遊びをするのは構わない。他に迷惑がかからない限り」
「ご忠告ありがとうございます」
わざわざそれを言いに来たのかと口にしそうになるも、さすがに心の中に留めるリリィ。
頭を下げると、貴族の男性は去っていく。
そして入れ替わるように今度は貴族の女性が入ってきた。
「まあ、綺麗な子ねー」
男装しているリリィを見た瞬間に出てくる言葉がそれなので、リリィはソフィアをちらりと見て助けを求めるも、軽く首を横に振られて断られてしまう。
「ええと、あなたは」
「名乗れないの。ごめんなさいね。私は今日王都を去る予定だったから、噂の人物を一目見ようとやって来たのよ」
「は、はぁ……」
「国王陛下にお願いした甲斐があったわ」
貴族の女性は砂時計を置くと、話を続ける。
「いやあ、それにしても、まるで女の子のように可愛い男の子ねえ」
「だから恋人になれたのかもしれません」
「あらあら、王女殿下ったら趣味が良いのねえ。いつかじっくり話せる機会があれば、女の子のように可愛い男の子について話し合いたいものだわ」
なかなかに厄介な趣味を持っている貴族の女性だが、そのあとは当たり障りのない雑談を交わすだけ。
十数分後、砂時計の砂がすべて落ちると、慌てた様子で女性は立ち上がる。
「まあ、もうこんな時間。遅れると大変なので失礼しますね。ああ、そうそう……今日何か起こるかもしれないので、お気をつけて。逃げるなら早い方がいいですよ」
それはどういうことなのか。
質問をする前に女性は出ていき扉は閉まる。
二人きりになったリリィはソフィアを見た。
「どう思う?」
「善意の忠告か、あるいはただからかっているだけか」
「ちょっとロジーヌのところに行こうかな。何かあるとして、国王と一緒にいる時とか危ない気がする」
「私が陛下より知らされた話では、貴族街を巡ったあと、その外側に出るそうです。つまりは一般人が住む区画」
「……絶対何か起こるでしょ、それ」
「大勢の護衛がいるので大丈夫だとは思いますが」
一国の王ともなれば、その守りはかなりのもの。
暗殺に備え、護衛には最高峰の実力を持つ信頼できる者がいることだろう。
自分にはやや劣るものの、実力ある魔術師が複数いるのだから。
ソフィアはそう語るが、リリィは納得しない。
「というか、結構な自信家じゃない?」
「王国でも三本の指に入る実力であると自負しています」
「さすがに一番とまでは言わないんだ」
「一番上となると、あまり語るべきでない人物が出てきますから」
「どんな人物?」
その質問に対して険しい表情が返される。
「……グラムという名の死霊術師。私は元々リセラ聖教国の神官であり、死者を操る死霊術師と戦うことがそれなりにありました」
「死者を操る……」
「それは死の安らぎすらも奪う禁忌。それゆえに、世界中で禁じられています。特別な許可を得た者のみ、研究のために学ぶことはできますが」
禁止しても、独学で学ぶ者がいる。
なんなら、死霊術に関する写本を作って広める者もいたりする始末。
時折、死霊術師が実験のために墓場の死体を動かしたりするため、一部は賞金首になるほど。
「わたし、死霊術師の手配書とか見たことないけども」
「基本的に、一般には出回りません。実力があって信用できる冒険者に対し、ギルドの職員が直接見せてくるだけなので。私がリセラの神官であった時、何度か見たので仕組みを知っています」
「つまり滅茶苦茶やばい相手と」
「悪用しようと思えば、かなりのことができますから……当時は苦労させられましたよ」
リセラ聖教国の神官時代を思い返しているのか、ソフィアはため息混じりに言う。
食後、国王や王女がどこにいるのか調べてから向かうも、どこもかしこも混雑していて進めない。
誰もが、普段は目にできない国王を一目見ようと集まっている。
「……変装を解いて、屋根を移動する」
「それしかありませんか。私は無関係な人物を演じながらついていきます」
頭に布を巻いてウサギの耳を隠しながら、人のいない路地裏へ。
リリィは貴族の服を脱ぐと、その下からいつもの服が現れる。どうやら最初から二重に着込んでいたようだ。
あとは頭に、穴が空いた青いスカーフを巻き、ウサギの耳は穴から出す
「ふう、動きやすくなった」
リリィは近くの建物の屋根に上がると、うるさくないように早歩きで人が一番群がっているところへ向かう。
地上が混雑しているせいか、屋根の上にも多くの人がいるが、おかげで迷うことはない。




