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64話 夜に動く者

 多くの人々が眠りにつく夜においても、冒険者は精力的に活動する。

 昼は人が多すぎるという理由から、あえて夜に活動する者がそれなりにいるのだ。人口の多い王都では特に。

 そんな冒険者たちの中に、ラミアであるセラとハーピーであるレーアは混ざっていた。


 「お嬢様の割には、結構頑張るじゃないの」

 「わたくしやあなたのような、人からやや離れた姿を持つ種族は、身体能力という面から見ると人間を総合的に超えていますから。なので、多少の夜更かしは問題ありません」

 「ま、そのせいで人の枠組みに入るのは遅くなったわけだけど。ハーピーの百年あとにようやくラミア、ってね」


 ラミアやハーピーといった種族は、人間や獣人と比べると、だいぶモンスターに近い。

 そのせいで過去に大きな争いがあったが、今では人間や獣人と同じように人の枠組みに入っている。

 しかし、それですべて解決したわけではない。


 カタッ


 「……聞こえた?」

 「ええ。三人くらいでしょうか」


 リリィが王女の恋人役という名の囮になっている間、セラとレーアの二人は、ギルドで依頼を受けて冒険者ランクを上げる予定でいた。

 そのため、今はダンジョンの地下五階を歩いているのだが、石畳に硬い靴底がぶつかる音がかすかに聞こえてきたのである。


 「……これは、どこかで仕掛けてくるはず」

 「備えます」


 しかも自分たちが歩くのに合わせて一定の距離を保っていることから、二人はいつ戦闘が起きても大丈夫なよう警戒を維持していた。

 やがて行き止まりとなっている通路に入り、奥の壁に到着すると二人は振り返る。

 すると謎の追跡者たちが立っていた。

 頭には布を巻き、仮面で顔を隠しているので、正体は不明。


 「さて、子どもに前衛を任せるのは不安だけども」

 「あ、わたくしは後ろで援護します。お母様から渡された魔法のスクロールをたくさん持っているので」

 「お金持ちな家の子って羨ましいわねえ」

 「補充する際は、甘えておねだりしないといけないのが、問題といえば問題ですが」


 あまり使いたくないが、この状況ではそうも言ってられない。

 そんなレーアの苦悩をよそに、追跡者たちは攻撃を仕掛けてきた。

 二人が迫り、残る一人は後方から魔法を放とうとする。


 「前衛は私が止める。そっちは後衛を」

 「ええ、わかりました」


 セラはラミアであり、魔術師でありながらも近接戦闘を普通にこなせる身体能力を持っている。

 杖で剣の一撃を受け止め、すかさず尻尾で殴り飛ばす。

 だが、防具を着ている相手に効果は薄いのか、相手はあまり怯まない。


 「ああもう、一人だったなら投げ飛ばせるのに」


 ラミア用の防具はほとんどないため、尻尾は剥き出し。

 斬られると危ないため、尻尾で相手を掴んで投げ飛ばすことができず、セラは舌打ちしつつも応戦する。


 「まずは、火球を」


 後方でレーアは魔法のスクロールを取り出すと、相手の魔術師らしき者に火球を放った。

 すると持っているものはボロボロになるため、すぐさま次のスクロールを取り出す。


 「次は二枚」


 後方の相手に対して追加の火球を放ちつつ、セラの援護のため敵前衛へと氷の槍を放つ。

 これにより、わずかながらも前衛同士の距離が空くため、セラは魔法による攻撃を行う。


 「助かるわ」


 それは魔力の塊を放つという初歩的な魔法。

 ただ、属性に左右されず安定した被害を与えることができ、それでいて威力の調整もある程度は可能、さらに魔力の消費量も少ないため、使い勝手はいい。

 ただ、強力なモンスターを相手する時は力不足な部分があるものの、幸いにも今戦っている相手は人間。

 獣人特有の耳や尻尾が見当たらないことから、そう判断できた。


 「ぐっ……」

 「こちとら、何年も冒険者やってんのよ。モンスター以外に、ダンジョンで仕掛けてくる冒険者と戦ったりとかねえ」


 追跡者たちは、魔法に対する抵抗力を高める装備をしているのか、多少苦しげな声を出すが、倒れるまではいかない。

 そこでセラは、ラミアとしてのヘビな尻尾で近くにいる一人を掴み、魔法で怯んでいる他の者へと投げつけた。


 「ちっ……撤退だ」

 「逃がすか!」


 生け捕りにしてギルドに突き出す。

 そうしないと気が済まないのか、セラは追いかけるも、目の前に液体の入ったガラス容器を投げられるため渋々立ち止まる。

 触れるだけで危険な毒の可能性があるからだ。

 その結果、襲ってきた者たちはボロボロになりながらも全員が逃げ去ってしまう。


 「くそ、逃げられた」

 「どうして襲ってきたのか、心当たりはありますか?」


 レーアは地面に落ちてる布切れを拾いながら尋ねると、セラは険しい表情で紫色をした自分の髪を手で弄り、軽く引っ張った。

 髪が一本だけ抜けた。


 「ない」

 「わたくしも心当たりはありません。となると、個人ではなく種族を狙ったという可能性が」

 「……勘弁してほしいわ」

 「とりあえずギルドに報告をしましょう」


 依頼は指定されたモンスターの部位を採取するだけだったため、目的を果たしたあと二人は地上に戻り、冒険者ギルドにダンジョン内部で起きたことを報告する。

 一時休息を兼ねてギルド内部にある酒場に立ち寄るも、その時レーアはセラの腕を軽く叩く。

 話があるという合図だ。

 周囲の冒険者は、昼に比べれば減っているとはいえ、あまり大きな声では話せない。

 どうしても、小声でのやりとりになる。


 「で、何よ?」

 「これを」


 レーアは布切れを取り出す。

 土で汚れていて、素材もありふれたものなので、特に価値があるようには見えない。

 しかしセラはわずかに表情を変えた。


 「……襲ってきた奴が巻いてた布の一部か」

 「投げ飛ばした際に、一部が千切れたようです」

 「とはいえ、これを使って人探しは無理……いや、試すだけ試すか」

 「どこに行くんです?」

 「知り合いの情報屋」


 今日はもう依頼を受けることはせず、情報屋やへと向かう二人。

 夜の王都は昼より静かだが、代わりに酔っぱらいがうろつくようになるため、部分的には騒がしさが増していたりする。

 そして目的の場所に到着したあと、セラは控え目に扉を叩く。


 「……誰だ?」


 少しすると眠そうな女性の声が聞こえてくる。


 「私よ」

 「帰れ」

 「調べ物があって、ここに来たの。支払いには金貨を出すから受けて」

 「ちっ、入れ。人が寝てる時にやって来るとか、本当にこいつは同族として……」


 夜、寝ている時に起こされたことに対してだいぶ苛立っているのか、聞こえる程度の声で文句が出てくるも、レーアが布切れを受付に置くと、一瞬にして文句は消えた。


 「調べ物とは、これなのか」

 「はい。さきほど、わたくしたちはダンジョンの中で襲撃を受けました。こっそりと追跡してきた末に」

 「この布切れは、撃退した際に相手が頭に巻いた布から落ちた代物。何か情報が欲しくてね。わかる?」

 「少し、時間をくれ。その間、そこの椅子に座って待っていてほしい」


 情報屋のラミアの女性は奥に引っ込む。

 待つ間することがないため退屈だが、調べるだけだからか数分ほどで戻ってきた。

 ただ、その顔はどこか険しい。


 「厄介な相手に目をつけられてるぞ」

 「何かわかったわけ?」

 「教えてください」

 「王国には貴族がいるが、まあ貴族同士でよく揉める。そういう時、揉めた相手が死んでくれたら色々と楽になるわけで。汚れ仕事を専門にやってくれる組織がいる」


 貴族御用達の暗殺組織、その存在を知る者は少ない。

 表沙汰になれば、さすがに国が重い腰を上げて動くからだ。


 「黒い刃ってところだ。セラ、お前のいた古巣だよ」

 「…………」

 「それで、襲われないようにするため必要なことは?」


 今必要なことを聞くためレーアは遮るように質問をする。


 「仕掛けてくる奴をすべて返り討ちにする」

 「さすがに難しいのでそれ以外で」

 「強力な組織の後ろ楯を得る。あるいは、この王都からさっさと離れる。これぐらいしかない。……ああ、もう一つあった。セラを見捨てて黒い刃に引き渡すってのも」

 「ふん、情報ありがとう。支払うわ」


 見捨てるという部分で露骨に不機嫌な様子となるセラだったが、特に何か言ったりせず、金貨を一枚置くと建物を出た。


 「どうしますか? 冒険者ランクを上げることを諦めるなら、どうにでもなると思いますが」

 「別行動で。そうすればそっちは安全よ。私は……独自に動く。ダンジョンでのあれは、積極的に襲ってきたというより、襲えるから襲ってきたという感じだから」

 「姿を隠すんですか?」

 「いいえ。むしろ表に出まくって、私のことを簡単に殺せないようにする」

 「どんな感じに?」

 「教えるわけないでしょ。ま、王都にいればそのうちわかるから。じゃあね」


 こうしてセラは一時的に別行動を選んだ。

 レーアは首をかしげるしかないが、無理に引き止めたりはしない。

 離れていく後ろ姿を見つめながら、小さく呟く。


 「王都にいればそのうちわかる……何をするつもりでしょうか」


 夜の王都を子ども一人だけで長く動き回るのは危ないため、レーアは急いで商会へと戻った。

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