63話 子どもの決闘
刃を潰した剣を持ち、向かい合う二人。
降参するか、武器を落とした時点で負けとなる。
ただ、ソフィアが回復魔法を使えるため、多少の怪我は問題ないというルールが新たに定められる。
これを受けてリリィは、貴族って意外と物騒だなと考えるも、どこか気楽な様子でいた。
見たところ相手は十代半ば。
腕に自信があろうとも、冒険者として修羅場を潜った経験はないだろうからだ。
「アラン、君はどうしてわたしを悪人と決めつける?」
「突如現れた恋人。どんな術を使ってロジーヌ王女に近づいたかは知らないけど、あなたは怪しすぎる」
そう言われては返す言葉がない。
リリィは苦笑すると、使い慣れない剣を軽く振るって少しでも手に馴染ませる。
その動きを始まりの合図と勘違いしたのか、アランという少年は一気に仕掛けてきた。
キン!
意外と動きは素早い。
だが、やはり経験不足なところが目立つ。
余裕を持ってリリィは防いでいき、隙を見て相手の武器を弾き落とそうとするも、さすがに読まれていたのか避けられる。
「くっ、強い……」
「踏んできた場数が違うから」
「あなたは、ぼくとそれほど歳が変わらない。なのに、戦いの経験を積んできたと?」
「……人生ってのは、色々あるからね」
孤児としての暮らし、冒険者としての生活。ただ生きるだけで、嫌でも鍛えられてしまう。
とはいえ、わざわざ自分の正体を明かすわけにもいかないため、リリィは曖昧な言い方で終わらせる。
「どんな過去があろうとも、ロジーヌ王女のためにあなたを倒す」
「そっか」
王女に対して、何か特別な感情を抱いているだろうアラン。
彼の決意は、遠くから見る分には好ましく思えるが、相手するリリィは少しだけ悲しげな表情を浮かべた。
「はぁっ!」
「遅いよ」
剣は金属の塊であり、ただ振るうだけでも疲れは溜まっていく。
大振りな攻撃の中に、小振りな攻撃というフェイントを混ぜるアランだが、疲れからか動きは鈍っている。
それを見逃すリリィではなく、的確に防いでいくと、ついに反撃に転じた。
「おい、アラン。負けるんじゃない」
「ここで負けたら、しばらく笑い物だぞ、いいのか」
「ぽっと出のイケメンに負けてんじゃねー!」
応援というか、野次に近い声援が飛び交うと、アランの顔から先程までの険しさが薄れていった。
何か吹っ切れたような様子だ。
「なかなか言葉に遠慮がない友人たちだね」
「だから、なんだかんだ今でも関係が続いてるんですよ」
斜めから、横から、時には縦にも振り下ろす。
リリィの攻撃に、アランはかなり劣勢ながらも耐えていたが、とうとう壁際に追い詰められてしまう。
戦う二人が移動するのに合わせ、見物客となっている子どもたちも距離を取るのだが、いよいよ決着というその時に備え、誰もが口を閉じて静かになる。
「このまま終われない。せめて一撃……!」
「これは……」
自分が傷つくことを恐れない捨て身の一撃。
殺さずに止めるのは難しいため、リリィは回避するも、かすめたせいでウサギの耳にわずかな傷が。
赤い染みが床に散らばるも、リリィは気にせず隙だらけなアランに横から体当たりを行い、体勢が崩れたところを狙って武器を弾き落とした。
「これで、決着はついた」
「ぼくは負けたのか。あなたは強いな」
終始一方的な状況だった。
それは誰の目にも明らか。
しばらく沈黙が続いていたが、パチパチと拍手をする者がいた。アルヴァ王国の王女たるロジーヌである。
「さすがはわたしが見込んだ人物。ここで不甲斐ない姿を見せてたら、怒るところでした」
「結構ひどい王女様だよね。あと、みんなが見てるわけだけども」
「それがどうしました? 生意気なことを言わない」
パシッ
話している二人と色々知っているソフィア以外、誰もが呆気に取られていた。
ロジーヌが恋人の頬を、手加減しているとはいえ叩いたのだ。
「王女殿下、そろそろ夕食の時間が」
そして今まで機会を見計らっていたかのように、ソフィアは壁にかかっている時計を見て声をかけた。
「本来ならお話をしているはずが、決闘の見物に時間が取られてしまいました。ほら、行きますよ」
「はーい」
立ち去っていく王女と恋人、ついでに護衛。
今のやりとりを見て、全員が二人の力関係を理解した。
王女が上で、恋人は下なのだ。
なお、目の前でそれを目にすることになったアランは驚きから動けずにいた。
「まさか大勢の前で叩くとか」
「だからこそ、あそこにいた者たちは大きな衝撃を受ける。それに痛くないようにしました」
通路を歩きながらリリィとロジーヌは話す。
貴族相手に対する自慢、もとい恋人のお披露目が済んだため、今日残っている予定は夕食のみ。
人がいる前で食べるか、人がいないところで食べるか。
どちらにするか聞かれたリリィは、軽く肩をすくめた。
「人がいないところで。こういうのは段階的にやっていかないと。いきなり見せびらかすのは怪しまれる」
「貴族の中には内心わたしをバカにしている者もいるので、少しでも鼻を明かしてやりたい」
そういう部分がバカにされるのではとリリィは考えるも、言葉にはせず黙っていた。
しかし、そんな考えを読み取ったのか、ロジーヌは軽く睨みつける始末。
「何か言いたいことがあるなら、はっきりと言ったらどうです」
「怒らないでよ」
「怒ります。なにせ、こちらは子どもなので」
実に子どもらしくない物言いに、リリィは肩をすくめると、助けを求めてソフィアを見る。
「四歳くらいの時、彼女は国王に引き取られました。そのため、周囲との関係にいささか壁が」
「へえ。そういえば、ソフィアはいつから王様との繋がりを得たり?」
「数年前、とだけ。教団の勢力を拡大するために貴族を手助けしている途中、紹介される機会がありまして」
「どんな感じで手助けしてるの?」
「病気や怪我で死にかけているところを助けるのが多いですね。命の恩人という立場は、なかなか便利なものですよ。時には、今回のように護衛をすることもありますが」
ソフィアは強力な魔術師でありながら、油断ならない策略家としての側面も持っている。
味方である間は頼もしいが、もし敵対した場合を考えると、果たして自分に勝ち目はどれくらいあるのだろうか。
リリィはなんとなく考えるも、苦笑しつつ考えを振り払う。
「ロジーヌ、どんと構えてればいい。王女様なんだから」
「今、むかつくという気持ちをどうにかしたい場合は?」
「何か問題があればそれを解決、とか」
「城には大きな問題がありますが、わたしの手には余るのが困りもの。どうにかなるのを待つしかない」
夕食は、ロジーヌの私室で取ることに。
使用人が運んでくるものを食べていくわけだが、毒見役が確かめてからになるため、食べる時にはいくらか冷めていた。
「いつも、こういう食事を?」
「そうです。時折、城内の貴族が毒で倒れることがあるので」
「……結構、物騒じゃない? ここ」
意外と治安が悪い。
意図的にそうしているのか。あるいは、貴族だからこそ、対策を乗り越えられるのか。
「色恋沙汰、復讐、嫌がらせ、様々な理由による暗殺が起きてるのが王国の現実」
つまらなそうに語るロジーヌだが、人の死を何度も目撃した経験が彼女をそうさせていた。
リリィは何か言おうとしたが、結局は口を閉じる。
適当な気休めを言ったところで意味がないためだ。
「数週間、事実上の囮になるわけだけど、報酬はどんなのが期待できるかな?」
「普通ならお金。ただ、ケチな場合は牢屋行きにならなかったことを語って無報酬に抑える可能性も」
「ひどい」
「でも、リリィ、もといリオは変装して無断で侵入した事実が」
「いや、それはちょっとね……色々あって」
「おとうさまの計画が上手くいけば、気分がよくなって報酬は出るはずなので、祈っててください」
自分たちではどうしようもないということで、夕食のあとはボードゲームなどをして時間を潰したあと、眠りについた。




