62話 リリィの男装
城に到着した瞬間、リリィは気づく。
今もあちこちで修復作業が行われているというのに、なぜか自分が降りるところに人が集まっていた。
それも、高価な衣服に身を包んだ者ばかり。
「ほう。いったいどんな物好きかと思えば、獣人か。もう少しまともな衣装に着替えてほしいものだが」
「ある意味、あの王女にはお似合いですかな?」
「こらこら、そういうことを言うものではありませんよ。どこの馬の骨かわからぬ者であろうとも、国王陛下が認めた人物であるのですから」
あまり歓迎はされていないようで、話の内容からしてリリィを明確に見下している。
大量の視線に晒されつつ、案内人に従ってロジーヌのいる部屋に向かうと、ここしばらく王女の護衛となっているソフィアが出迎えた。
「ずっといるよね」
「別室にいる時、襲撃があったら、それで終わりですから」
見知った仲なので挨拶はしない。
部屋のソファーには、だらりとした様子で寝そべるロジーヌがいたため、リリィは近づいてから頭を下げる。
「こんばんは」
「それで、次の言葉は? 表向きには恋人なので、それらしい言葉を」
「え……」
いきなり恋人らしい言葉を求めたロジーヌ。
まさかの要求にリリィは悩む。
これまで誰かを好きになったことはなく、参考にできそうなのは、たまに見かける恋人同士らしい男女のやりとりくらい。
「……えっと、その、今日も……すごく、可愛い……ね?」
言葉を絞り出しながらも、リリィの声はどこか上ずり、目線もだいぶ泳いでいる。
本気でそう思っているというよりも、言わなければならないから言っただけ。
そんな雰囲気がありありと伝わる。
ロジーヌは少し驚いたように目を丸くしたあと、ふっと微笑んだ。ややバカにした感じだ。
「ソフィアはどう思います? この演技丸出しな言葉を」
「そこで私に話を振られても……。そうですね、ギリギリ及第点といったところ」
「む、お手本見せてよ。わたしはそれ参考するから」
ギリギリ及第点と言われ、さすがにむっとしたリリィは、ソフィアに対してお手本を要求した。
「まったく、なぜ私がこんな……一度だけやります。見逃しても二度はやりません」
深いため息のあと、軽く背筋を伸ばし、姿勢を整えてから一歩前に進む。
そして軽い咳払いのあと口は開いた。
「ロジーヌ、あなたと一緒にいると、世界が少しだけ優しく見える。今日は一段と美しいね。なんだか、隣にいる私まで誇らしく思えるくらい」
声は柔らかくも自信に満ち、言葉が紡がれるたびに、ロジーヌはいくらかの驚きと恥ずかしさにより顔をやや赤くする。
リリィはその様子を見て、唖然とした状態で口を半開きにしていた。
「わぁ……聞いてるこっちが恥ずかしくなってきた」
「お手本を見せたのにそう言われるのは、さすがに腹が立ってきますね」
「さすがはソフィア。なかなかの演技」
ロジーヌはわざとらしく拍手してみせる。
これにて演技は終わるが、問題はこのあとだった。
夕食の前に城内を少し出歩くのだが、地下から湧き出るモンスターのせいで所々が崩壊したため、動ける範囲は限られている。
そしてそれは他の貴族も同様。
つまり、どこに向かっても以前より多くの貴族が集まっており、否が応でも大勢の視線に晒される。
「お披露目する前に、まずは着替え。さすがに黒ずくめなのはよくない」
「でも、高価な服とかは」
「なので、昨日のうちに国王陛下より男性用の衣服を融通してもらいました」
ソフィアはそう言うと、隠すように置いてあった木箱から、貴族向けの高価そうな衣服を取り出した。
早速着替えていくわけだが、着慣れていない衣服なだけあって、ソフィアに手伝ってもらう羽目に。
「少しサイズが合っていませんね。まあ、少し緩いくらいが、性別を誤魔化しやすくなりますか」
「髪はどうしよう?」
「パサパサな先端を少し切ります。これにより、一つに結んだままでいれば髪を伸ばした少年に見えるでしょう」
「じゃあそれで」
リリィの腰まである長く白い髪は、少しだけ短くなった。親指の根元から先端くらいの範囲を切られたことによって。
そして最後に少年らしく見える化粧を薄く施すことで、怪しげな黒ずくめの少年から、お金持ちな家の子息に見間違うほどの変身を果たした。
「これが完成形です」
「おー」
鏡の前に立つリリィの姿は、普段の彼女とはまるで別人だった。
腰まであった白い髪は先端が少しだけ切られ、後ろで一つに結ばれている。
その姿は少年のように見えつつも、どこか上品さを漂わせていた。
澄んだ青い瞳はそのままの輝きを保ち、余計な飾り気が一切ない。
黒を基調とした貴族風の衣装には金糸の装飾が施され、ジャケットとシャツ、細身のズボンが体に少し緩く馴染んでいる。
リリィはその変わりように驚きながら、鏡の中の自分を確かめるように体を動かしていた。
「素材は良いので、少し弄ればこの通り」
どこかやり遂げたような様子のソフィアであったが、ロジーヌは急いでやって来ると、リリィの周囲をうろつきながらペタペタと触っていく。
「ちょ、な、何を」
「んんん……どちらかというと、あり。かなりあり。惜しい、異性だったなら」
「そ、そうですか」
どうやら好みに一致したらしく、残念そうにするもすぐに気を取り直す。
「では行きましょう。貴族たちに自慢するために」
「えぇ……自慢って」
「私は護衛なのでお供します」
今まで見た中で一番元気な様子で歩き始めるロジーヌであり、リリィはなんともいえない表情のまま追いかける。
一行は社交の場として解放されている広い部屋に入ると、その瞬間、そこにいる全員の視線が集中する。
ここに集まっているのは、年齢的に十代前半から半ばの子どもたちだけ。
「おや、王女様がここに訪れるとは珍しいですね」
「隣の殿方が、王女様の恋人なのですか?」
最初はロジーヌに、その次は男装したリリィに視線は動いていく。
一部の者は、大人であるソフィアを見つめていたが、これは大人の女性相手に下心を抱いている少数のみ。
大部分は、王女とその恋人という特大の話題で盛り上がっていた。
「ふふふ、今まで隠していましたが、そろそろ見せないといけないと思い、連れてきたわけです」
「お名前を、お尋ねしても?」
子どもたちの中で、利発的な男子が前に進み出ると、競争心を隠そうともせずリリィに声をかける。
「リオ。リオ・ウィフと言います」
普段より少しだけ声を変えて答えると、後ろの方で眺めていた貴族の令嬢たちから黄色い声が出てくる。
「あの声、聞きました?」
「中性的で、凛々しくて……ドキドキします」
「どことなく冷徹な感じがする目つきもたまりません」
「手を見る限り、剣を長く振るってきた者なのがわかります。冒険者なのかしら?」
リリィの仕草や表情を観察しては次々と感想を言い合う。
彼女たちの間では、王女の恋人はいったいどんな人物なのかを探ろうとする空気が漂い、いくつもの好奇心に満ちた視線が向けられていく。
だが、そうではない者もいた。
「リオ、ぼくはあなたに決闘を申し込みたい。受けてくれますか?」
「け、決闘!?」
まさかの提案だった。
いきなり決闘を申し込むという事態に、他の子どもたちは驚き、辺りは騒がしくなる。
「……いつ、どこで?」
「今、ここで」
利発的な男子はそう言うと、パンパンと手を叩く。
すると隅に控えていた使用人らしき人物が、剣を持ってきて二人に渡す。
幸いにも刃は潰してあるので命に関わる事態は低い。それでも大怪我する可能性はあるが。
「理由を聞かせて」
「王女様を惑わす悪人だから」
「あ、悪人……」
「受けてくれますか? それとも逃げますか?」
これはどうしたものかと考えるリリィは、それとなくロジーヌを見たあと、決闘をするよう促されるため、受けることを決断する。
「まず、君の名前を教えて」
「アラン・レイル」
「わかった。受けるよ」
こうして突然の決闘が行われることになり、急いで場が整えられる。
家具などで二人が戦うところを囲み、他の者は壁際に立って見物する。
万が一にも周囲に被害が出ないように。




