61話 戻ったあとの情報共有
「何か言い訳があるなら聞きますよ」
到着早々、レーアは言う。
怒ってはいないが、何か言いたげだった。
返答次第では、翼と一体化しているハーピーの特徴的な腕が叩きつけられることだろう。
「文句は団長に言ってほしい」
自分は悪くない。
それをどうにか説明するリリィであり、オーウェンと一緒に潜入した時のことを事細かに話した。
特に現地解散の部分は詳しく。
「……やれやれだな。お金持ちなレーアお嬢様、親を通じてオーウェン団長に制裁できますか?」
「ええ、そうしないといけませんね。あとでお母様に連絡を取らないと」
話が進む中、二人の後ろでは、どこか真面目な様子のセラが考え込んでいた。
彼女はラミアとしてのヘビな下半身を動かし、リリィを引っ張って引き寄せる。
「まだ、あたしたちに言ってないことあるでしょ?」
「ええと……そこそこ?」
「ほら、ちゃっちゃと吐きなさい。前の王から盗み聞きした内容と、なんで一夜経ってから戻ってきたのかを」
その瞬間、レーアとサレナの視線が突き刺さる。
一人では三人相手に逃れることは不可能。
リリィは唸りながら迷ったあと、意を決する。
まずは人がいない部屋に移り、誰かに聞かれるのを防ぐ。
その上で、非常に言いにくそうにしつつも語っていく。
「なんか、魔界の魔族と組んでるみたい」
「……ずいぶん厄介な話を聞いたのね」
これに反応するのは、三人のうちセラだけ。
残る二人は顔を見合わせる。
「とりあえず団長を呼び出しましょう。変装せずに、どこかをうろついてるはずなので」
「その方が早いか。あたしたちよりも色々知っているだろうし」
ラウリート商会の情報網を使ってオーウェンを探し出そうとするするレーアだったが、本人が向こうからやって来るので探す手間は省けた。
「全員揃ってるか。いやあ、リリィが無事に戻れてよかった」
「現地解散はひどくないですか」
「逃げやすくなるよう、ちょいと暴れて陽動したぞ」
「効果なかったんですけど……。まあそれはともかく、オーウェン団長、昨日の説明を」
「わかってる。ここで誤魔化しても、エリシア殿を通じて聞き出そうとするだろうからな」
商会の者に聞かれないよう、部屋に移動したあとは小声での会話となる。
「まず、どこまで話した」
「魔界と魔族の部分だけ」
リリィがそう答えると、オーウェンは険しい表情のまま目頭を揉む。あまり寝ていないのか、目が疲れているようだ。
「これは極一部の者しか知らないんだが、世界は複数あるらしい。こちらの世界以外は、今のところ魔界しか関わりがないが」
「なんでそういう情報は広まってないんです?」
「そりゃ、混乱が起きるからだ。そもそも、交流があるのは一部の王だけ。このアルヴァ王国は、その一部ってわけだ。まあ、今の王が魔界と関わりあるかどうかは知らん」
異なる世界の存在は、無用な混乱を生むことから情報が隠されている。
そもそも、魔界側が積極的な交流を求めていないのも大きいとのこと。
「そういえば、ダンジョンを制御とか言ってたけど」
リリィがダンジョンの制御という話題を口にすると、オーウェン以外の全員が驚いてリリィを見た。
「団長は何か知ってますか?」
「こればっかりは、さっぱりだ。なんらかの方法でダンジョンや内部にいるモンスターに影響を及ぼすんだろうが、魔族の誰かを取っ捕まえる以外、詳細を知る方法はないな」
「じゃあ魔族を捕まえるというのは?」
「この白ウサギはたまに驚くことを言うから困る。あの時のやりとりを見た限り、あっちはあっちで立場があるようだし、その辺を出歩くとしても変装してる」
魔族相手にできることはないということで、リリィは他のことを尋ねてみる。
それは、若返る魔導具について。
その話題になった瞬間、オーウェンは険しい表情となった。
「ああいうのは、誰かを生け贄にすることで効果を得られるという代物だ」
「となると、孫を犠牲に若返るつもりでいる祖父という構図になりますけど」
「止めたいなら、準備をしっかりしておけよ。国相手にやりあう可能性が出てくるからな」
「手伝ってください」
「なら、俺が手伝える状況に持っていってくれ。無策のまま対峙してヴァースの町に火の粉が飛ぶのは避けたい」
今の段階では、無闇に動いても逆効果。
時間はあるのでこれについては後回し。
次の話題は、魔族の協力を得てアルヴァ王国が領土の拡大を考えているというもの。
だが、これは一般人にはどうしようもない。
隣国が上手く対処してくれることを願うしかない。
「前の王から聞いた話は終わり?」
「うん。そうなるかな」
質問に対してリリィが頷くと、セラは話を続けた。
「それじゃ、どうして一夜経ってから戻ってきたのか教えてほしいわ」
「…………」
「逃げようとしても無駄よ。鍵かかってるから。いきなり人が入ってきたら、よくないからねえ」
すぐにその場を離れようとするリリィだったが、セラはわざとらしく扉をガチャガチャと動かし、部屋から出られないことを示す。
リリィが逃げようとしたのを見て、レーアとサレナは両腕をしっかりと掴んで捕まえた。
「……言わないとダメ?」
「ずっと隠し通せる自信あるなら言わなくてもいいわ。あとで判明した時、そこの二人がどういう対応するかは知らないけど」
それはあからさまな脅しだった。
その日のうちに戻らなかったということは、城で一夜を過ごしたことに他ならない。
セラは理解しているからこそ、表向きは柔らかい態度でいた。
口元が微妙に笑っているので、面白がってもいるわけだが。
「わたしは、二週間から三週間くらい王女様の恋人を演じることになった。昨日、追われてたところを匿ってもらう代わりに」
「ええっ!?」
「な、なんだと!?」
「……聞いた私の頭が痛くなってくるわ」
「そいつはまた、とんでもない話だな。何がどうしてそうなった?」
まさかの理由にリリィ以外の全員が驚く。
一国の王女ともなれば、かなりの立場。
少なくとも、ゴールドランクの冒険者でも会える機会は滅多にない。
その時、セラはじろじろとリリィの全身を見ていく。
「今は、昨日変装した姿でいる。なるほどなるほど」
「なになに」
「見てくれは悪くないわ。若い子どもだからこそ、変装しても違和感は少ない」
観察のついでに、白いウサギの耳を両手で持って引っ張ったりするが、すぐに手を離す。
「あなたが女の子でよかった。もし男の子だったら……」
「だったら?」
「食べたくなってたかもしれない。その柔らかい肉に噛みつき、血を飲み干し、骨すらも飲み込んで溶かしてしまえる。ラミアは人を食えるのよ。だから昔、大きな戦争起きたけど」
さすがに本気ではないようだが、ラミアという種族はヘビな部分があるため、人を食料にすることができてしまう。
思わず怯むリリィであり、捕まえていたレーアやサレナもわずかに固まっていた。
「あー、大人が子どもを脅すのはよくないぞ」
「自警団の団長さんは知らないだろうけどね、生意気な子どもにはこういう脅しが……」
大人同士で話している途中、リリィはそっと動くと、目の前で揺れているヘビの尻尾の先端を掴み、一気に噛みついた。
「こ、このっ……また噛むとか!」
「先に人のことを食べたいとか言ったのはそっち」
一触即発の雰囲気となったが、外から扉が叩かれるため、リリィとセラのどちらも動きを止める。
「はい、どうしましたか?」
「お嬢様、城の方から人が来ています。黒い衣服に身を包んだ者を出すように、と」
「わかりました。今から連れていきます」
レーアは扉越しに対応したあと振り返る。
「くれぐれも正体には気づかれないように。上手く別人を演じてください。わたくしたちに問題が振りかかるので」
「頑張る。ところで、その間ダンジョンとかは」
「ほどほどに潜っておきます。わたくしはセラと一緒に、冒険者ランクを上げようかと」
「そうね。シルバーランクにはなっておきたいわ」
「あたしは、観光がてら王都を楽しんでおく」
パーティーメンバーは各自勝手に行動するらしく、そこまで心配はいらない。
オーウェンは表向きの仕事をこなすため、別口からこっそりと出ていく。
それは変装しているリリィと無関係を装うためでもある。
「王女様より、あなたを連れてくるよう指示がありまして。ご同行いただけますか?」
「もちろんです」
リリィは商会を出ると、目の前にある馬車に乗り込んだ。
やや狭いが、自分以外には誰も乗っていないので特に不便はない。
そして城に向かう間、どういう偽名がいいか考え込む。




