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60話 国王

 王都アールムの中心部には大きな城が存在するが、その内部は朝から落ち着かない状況にあった。

 それはなぜかというと、代替わりしたばかりの国王、その娘であるロジーヌ・ラウム・アルヴァ王女に恋人がいたというのだ。

 まさかの出来事に、城内は騒然となった。

 相手はどんな人物なのか。いつどこで出会ったのか。そもそもなぜ今になって明らかになるのか。

 あっという間に噂は城中を駆け巡り、知らない者の方が少数派になるという事態に。


 コンコン


 「そろそろ、よろしいですか?」

 「もうしばらくお待ちを」


 朝早く、王女であるロジーヌの部屋の扉が叩かれる。

 リリィは変装の最中であり、ソフィアが待つように求めることで、少しだけ時間を稼いだ。


 「これ、王様のところに連れていかれるでしょ」

 「なので変装をしっかりと。バレたらわたしは大丈夫でもそっちは危ない。立ち振舞いとか気をつけて。ああ、ウサギの耳は出して。説明が楽になる」


 食べ物がないからか、ロジーヌはリリィの周囲をうろつき、男装に問題がないか見ていく。

 最終的に問題ないことを確認すると、ソフィアに合図を出して扉を開けさせる。


 「おはようございます。王女殿下、国王陛下がお呼びです。用件は、あなた様の隣に立っている人物について」

 「朝食は?」

 「お話のあと、とのことです」

 「場所は? 見世物にはなりたくない」

 「私室なので、ご安心を。それと、護衛の方はこちらへ」


 三人は部屋を出るが、扉を越えた辺りでロジーヌはさりげなく肘でリリィを小突く。

 周囲にそれらしく思われるような演技をしろという指示だ。

 その際、手を差し出されるため握り返す。

 やがて国王のいる部屋に到着するが、中に入れるのは限られた者だけなようで、兵士たちは外の通路で待機していた。


 「よく来てくれた。朝早くからすまないね。なにぶん、忙しい身なのだ」


 そう話すのは、やや大柄で筋肉質な男性。

 彼こそが、このアルヴァ王国の現国王であり、ロジーヌの父でもある。

 リリィは、国王を前に平静を装いつつも内心緊張していた。

 王の目を騙し続けられるのか、どうにも不安だが、ここまで来たらやるしかない。


 「ふーむ……なるほどなるほど、娘の恋人くん、君はいくつだい?」

 「十五です」


 じろじろと遠慮のない視線が向けられる。

 娘に近づく異性がどういう人物であるか、探っているのだ。


 「ほう。娘とは五歳差か。……どこで出会ったのかね?」


 少し声が低くなる。

 脅しの混ざった質問だが、これはロジーヌが代わりに答えた。


 「貴族街を出歩いている時に。おじいさまは、獣人が大層お嫌いなようですから」

 「……意趣返しのために、特定の種族を選んで恋人にするようなことはやめなさい」


 皮肉混じりに言いのけるロジーヌに対し、国王はどこか困ったような表情を浮かべる。

 そんな彼を見ていたリリィだが、あることに気づく。


 「娘の恋人くん、私を見つめてどうしたのかな?」

 「人間なんだな、と」


 リリィは耳の辺りを見てそう言うと、国王は苦笑しつつ自らの顔に手をやる。


 「若い時、私は複数の女性と火遊びをしていてね。この子の母が病気で亡くなったあと、引き取ることになったわけだ」

 「…………」

 「そういう目を向けられるのは、やはり心にくるな。これでも反省している」


 結構な醜聞を聞くことになったが、話は終わらない。

 軽く息を吐いてから国王は立ち上がり、扉へ向かう。


 「恋人なのを認めよう。どのような形であれ、周囲に真実と思わせることができる限りにおいて、だが。さて、そろそろお腹が空いただろう。食事にしようか」


 まるで嘘に気づいているかのような口振りで話したあと、朝食のため別室へと移動することに。

 最後辺りの言葉は、扉を開けてから言ってきた。

 外には見張りの兵士などが立っており、断れば悪目立ちするので、リリィは頷くしかなかった。


 「好きなところに座るといい。それともロジーヌの隣がいいかね? ははは」


 到着したのは、一国の王が食事するようには思えないこじんまりとした部屋。

 清掃は行き届いているが、それだけ。

 その辺の宿屋でも見かけるような、ありふれた内装は、豪勢な城の中とは思えないほど。

 とりあえずリリィはロジーヌの横にある席に座った。


 「あの、質問が」

 「よろしい。言ってみなさい」

 「ロジーヌ……から、兄がいることを耳にしたのですが」

 「別の場所で食事をしている。次の王となる身なので、若いうちから色々な経験を積ませている」


 家族が揃って食事をする機会はあまりないようで、国王やその娘であるロジーヌは普段通りな様子でいた。

 やがて料理が運ばれてくる。

 焼きたてのパンに、香ばしいベーコンとふわふわのオムレツ。濃厚なスープの湯気が立ち上り、鮮やかなフルーツの盛り合わせが彩りを添える。

 高級な紅茶やコーヒーも並べられ、テーブルはまるで祝宴のように豪華だった。

 そして、そのほとんどは国王のお腹の中に入ってしまう。


 「おや、十歳である娘はともかく、十五歳の君はもっと食べないといかんよ」

 「その、充分に食べてます」

 「おとうさまが大喰らいなだけでは」


 父親に対して意外と辛辣な娘であり、大喰らいと言われた国王は肩をすくめてみせる。


 「我が娘ながら、その口の悪さはいかがなものか。そう思わないかね? 恋人くん」

 「え、いやあ、それは……」


 複雑な親子関係を目の前で見せられる羽目になったリリィは、曖昧に返事を濁した。

 肯定と否定、どちらを選んでも問題があるためだ。


 「大きな肉体を作るには、たくさん食べないといけない。大きくなれば、その分だけ死ににくくもなる」

 「死ぬような機会が?」

 「あるとも。王族だろうと、いや王族だからこそ危ない状況はある。異変による混乱の最中、ロジーヌは襲われた。危ういところだったが、教団の教祖以外に親切な誰かが助けてくれたおかげで、娘は一命を取り留めた。……君は知っているのではないかな?」


 国王はわざとらしい言い方をしながら見てくるため、ソフィアが口を滑らせたかと考えるリリィだった。


 「なんのことだかさっぱりです」

 「ここにいるのは私たちだけ。そろそろお芝居はやめにしようか」


 ずっと動いていた食事の手は止まり、どこか見透かすような目となる。

 友好的な雰囲気はそのままだが、油断ならない部分が表に出てきていた。


 「救世主教団の教祖たるソフィア。彼女は娘の護衛なのだが、君を排除しない時点でなんらかの繋がりがあると考えられる。これに、暗殺組織と戦った生き残りからの証言を組み合わせる。“回復魔法を使える魔術師以外に、剣を振るう白ウサギな少女がいた”」


 明らかに色々と知っている。というか気づいている。

 リリィはどう反応すべきか迷うが、その時ロジーヌがどこかむっとした表情になると、リリィの頭にあるスカーフを外した。

 これにより男装は部分的に解除され、白く長い髪が垂れ下がる。


 「おとうさま。恩人なわけです。だから匿いました」

 「さてさて、昨日の侵入者であると同時に、一人娘の命の恩人でもある。この場合どうするべきかな?」

 「こ、ここは見逃すということで一つ」

 「いやダメだ」


 国王は首を横に振る。

 表情を見る限り処罰するつもりはないようだが、それはそれで面倒事に繋がる可能性が高い。

 そんなリリィの懸念は、残念ながら現実のものとなってしまう。


 「君には、二週間か三週間ほど娘の恋人として振る舞ってもらう」

 「え……なぜですか」

 「五歳も離れているとはいえ、娘に知り合いが増えることは喜ばしい。それに君は若いのに実力がある。護衛代わりにもなるだろう」

 「その、断るという選択肢は」

 「権力者相手に逆らうという勇気は好ましいものだ。もちろん、断った場合は牢屋に行ってもらうが」

 「……わかりました。しばらく恋人として振る舞います」


 相手は王。そして今いる場所は相手の本拠地。

 牢屋行きと告げられ、断るという選択肢はなくなる。


 「なあに、たった数週間だ。それだけの時間があれば、こちらとしても色々やりやすくなる」

 「……囮とか、そういう感じですか」

 「うむ。王女の恋人、これは様々な者たちの動きを誘える。混乱に満ちた城内で、暗殺組織を動かすような悪巧みをする者であっても、な」


 王だけあってなかなかに腹黒い。

 娘とその恋人を利用することで、自分に都合の悪い者をどうにかするつもりのようだ。

 リリィはできるだけ無表情を維持して食べていくが、隣にいるロジーヌは肩をポンポンと叩く。


 「おとうさまについての感想をどうぞ」

 「…………」

 「無言も、それはそれで一つの答え。では、短い間とはいえ、周囲にバレないよう頑張って」


 その後、しばらく無言のまま食事が続いた。

 まず呑気に雑談できる気分ではない。

 食後になるとリリィは一時的に解放される。

 夕方には迎えの者を寄越すので、それまでの間に準備を進めておくように。

 そんな指示と共に、男装したままパーティーメンバーの待つ商会に戻ることになったリリィだが、その足取りは重かった。

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